FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
災厄の殲滅とともに、天を染めていた四色の光はふっと掻き消え──
夜空には、ようやく本来の静謐な闇が帰ってきていた。
先ほどまで町を叩きつけていた暴風も、今は跡形もなく鎮まり、温かな生命の吐息だけが、そっと夜の路地を撫でていく。
風の精は荒ぶる咆哮から恵みの息吹へとその役目を変え、静かに世界へと還っていった。
(……もっと大切に扱わなければなりませんね。いい教訓になりました)
これまで当たり前のように応えてくれていた風。
その加護を失いかけて、ようやく気づかされたものがある。
感謝とも、反省ともつかぬ思いを胸に、セルピコは剣を労わるような手つきで静かに腰へと収めた。
「お、終わったのか……」
周囲から漏れる町民の掠れた声。
見渡せば、彼らはすでに立ち止まることなく、無事だった者との再会を喜びながら、必死に瓦礫を退けていた。
「ほら、立てるか?」
「ああ、すまない」
助け合う人々。
その反対側では──
「ママ、お空の光が……」
「ええ……消えたわね」
神の奇跡が去った──そう解釈する者たち。
それが誰の手によるものかも知らないまま、彼らは両手を合わせ、ただ空へと祈りを捧げていた。
一方──
幾重にも散った氷片は未だ溶けることなく、石畳の上で澄んだ氷柱となって佇んでいる。
それは先の激闘の証であると同時に、終焉を告げる静かな標のように、淡い光を湛えていた。
──そして
それらに一瞥もくれず、まっすぐこちらへ歩いてくる姿。
「………」
幻ではない。
確かに、そこに存在している。
白銀の髪に、夜風に揺れる清楚な衣。
つい先ほど一帯を白の寒気で覆い尽くした、氷の化身。
世界を凍てつかせる魔女──幼い頃に聞いたそんな恐ろしいお伽話が、ふと脳裏をよぎる。
(あのような存在と……共に戦っていたのか)
思わず苦笑が漏れそうになる。
(しかも僕は、そのような相手に指示まで──)
戦いの最中は考える暇もなかった。
だが今振り返れば、随分と大胆な真似をしていたものである。
遅れて、幼き日に覚えたものに似た微かな戦慄が背筋をなぞっていた。
だが──
「お見事」
その一言が、すべてを掻き消した。
穏やかで、飾り気のない声。
賛辞として受け取ってよいものか。
だが目の前に立つのは、どこから見ても品格を備えた、一人の女性に他ならなかった。
「……いえ」
「貴女のお力添えあってこそでした」
戦場を離れた、初めての真摯なる対話──。
本来なら、問うべきことはいくらでもある。
だが、この夜闇の中にあってなお失われぬ氷の輝きを前に、セルピコは改めて畏敬の念を禁じ得なかった。
「お怪我はありませんか」
結局、口をついて出たのはその一言だけだった。
だが彼女は軽く微笑み、まっすぐに答える。
まるで同じ温度で、同じ地平に立つ者のように。
「大丈夫よ。それより、あなたもかなり消耗していたようだけど……」
見れば、衣はところどころ裂け、身体には浅くない傷が刻まれている。
幾度もあの怪物の攻撃を紙一重で躱したつもりだったが──完全とはいかなかったらしい。
その痛みが、改めてあの脅威を思い起こさせる。
だが今は、それ以上に別の痛みが胸を占めていた。
「……私のことは結構です。それより──」
ジルはその視線を追う。
「………あの娘ね」
二人の目が向けられた先は、女性陣と町人たちが避難していた建物。
度重なる詠唱の反動だろうか。
その中心で、シールケが意識を失い、数人に支えられながら横たわっていた。
目付け役のイバレラが、その小さな身で懸命に回復を施している。
(シールケさん……)
相手が相手とはいえ、今回はあの少女に多大な負担を強いてしまった。
もう少し早く敵の“律”に気づけていれば──
いや、いずれにせよ一人で抗える相手ではなかったのだが。
「失礼──」
セルピコは駆け出そうとする。
だが、次の一言がその足を止めた。
「さっき、町の人に回復薬を渡しておいたわ。しばらくすれば目を覚ますはずよ」
回復薬──その言葉に一瞬思考が止まったものの、
「そ、それはどうも……何から何まで」
「でも、問題はその後ね」
「…と、仰いますと?」
「目を覚ました後も手当ては続けた方がいいわ。さっきの魔法で、心身ともにかなりの反動が出ているはずだから」
“魔法”という言葉に、思わず意識が向く。
謎めいた氷結の力──やはりこの女性は、何らかの魔的素養を持つのだろう。
「彼女、何か大きな存在に身を委ねて、自然現象を操っていたように見えたわ。 さっき使っていた古代語らしき言葉も……きっと“それ”に由来するものね」
初めて目にしたはずの術を、ここまで正確に捉えるとは。
セルピコはその洞察に、わずかに目を見張った。
まるで彼女自身が、“何かに身を委ねる”感覚を知っているかのような口ぶりだ。
「あなたのその剣も……」
ジルの視線が、腰に収めたシルフェの剣へと落ちる。
風を集め、逃がさず、一瞬にして解き放つ一太刀。
その軌跡は、彼女の目にも、ひとつの奇跡として映っていた。
「ああ……これは借り物の呪具でして。今ではすっかり手に馴染みましたが、戦いの折にはああして助けてくれるのです。頼もしい存在ですよ」
──今回は少々奢りが過ぎたようですが。
胸中でそう呟きながら、セルピコはシールケの方へと目を向け、静かに言葉を添える。
「お恥ずかしい限りですが……ご覧の通り、まだまだ未熟です。いっそう修練を積まねばなりませんね」
ジルはその謙遜を受け流すように、夜風にそっと意識を預けながら口を開いた。
「……貴方の剣筋を見ていて、思ったの。まるで、風に揺蕩う魂のようだって」
──風に……揺蕩う魂?
「鎖されていたものが解き放たれ、ただ行きたい場所へと舞っていく ……そんな風に見えたわ」
「……」
セルピコはわずかに目を伏せ、静かに微笑む。
──そうかもしれない。
“何物にも縛られず、どこへでも吹いていく”
それは、自分にとって最も遠く、そしてどこか憧れる在り方なのかも知れなかった。
そのうえで──
「こちらこそ正直……いろいろな意味で震えました。あなたのそのお力には」
ようやく解き明かせる力の正体。
セルピコは、己ともシールケとも異なる“質”を前に、畏敬を隠さず言葉を重ねる。
「詠唱もなく、瞬時に大気を凍てつかせ、水分を凝固させて刃と成すとは。 シールケさんから聞いた四元素霊とは、ずいぶん趣が異なるようですが…………
…………やはり、貴方も魔術の心得がおありなのですか?」
もし、この女性も高位の存在から何らかの加護を受けているのだとすれば──そこに、何か掴めるものがあるかもしれない。
魔法初心者を自称するセルピコには、そんな密かな期待があった。
が──
「………」
彼女はふいに俯き、わずかに顔を背けた。
二人のあいだに、短くも確かな沈黙が落ちる。
何か非礼があっただろうか。
セルピコはすぐに言葉を引こうとするが──
「……ごめんなさい。気にしないで」
「………」
わずかに、空気が硬くなる。
──“魔術”。
もしこの力が、ただの学術として扱えるものなら──どれほど楽だっただろう。
この、呪いにも似た力が。
顕現と代償に結びついた、この在り方が。
もし誰もが学び、語り合い、気軽に分かち合えるものだったなら──
きっと、あんな“獣”は生まれなかった。
とうに乗り越えたはずの枷が、ふいに軋みを上げる。
ジルの胸の奥で、忘れていたはずの痛みが、静かに息を吹き返していた。
「わ……」
それでも何かを伝えようと、言葉を探し──
「私は──」
そのとき。
ローブの裾が石畳を擦る、ゆっくりとした足音。
直後、背後から厳しい声が静寂を断ち切った。
「……魔術、と申したか」
その一言が、終わったはずの戦場に、再び張り詰めた影を落とす。