FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
"ゴォン、ゴォン"──
鐘楼が鳴る。
響き渡る音は、神への賛歌。
同時にそれは、邪法を決して見逃さぬ厳格な審判が、この場に下る兆しでもあった。
少なくとも──セルピコは、常にそう捉えている。
勝利のあとの静寂を破ったのは、抑えた威厳を湛えた男の声だった。
「魔術……やはり、そうであったか。ここまで大地を凍てつかせ、木々を薙ぎ払う力──よもやとは思ったが、もはや疑う余地もあるまい」
振り返ると、そこには白布の法衣をまとった聖職者が立っていた。
その装いは清廉にして威厳を備え、瞳の奥には苛烈さよりも、深い思慮の色が宿っている。
よく整えられた口髭が、その自負と品位を静かに物語っていた。
「私は法王庁直属の神意官。この地における教会と行政、その均衡を預かる者だ」
神意官── 法王庁の名の下、各地で信仰と秩序を統べる司祭格の官職。
異端審問官のように苛烈な弾圧を担うのではなく、領主と並び、教義と実務の双方をもって地方を治める存在である。
セルピコは息を呑み、低く呟く。
「……厄介なことになりましたね」
「どういうこと?」
事情を呑み込めぬまま、ジルが問い返す。
「この町、いえ、この領域では魔女や魔術という存在は異端中の異端。つまり、我々の先ほどの行いも……」
「……この人たちにとっては"穢れ"に他ならない、ということね」
いかに町と人々を救ったとしても、ここは神の領土。
“異端”による救済など、本来は許されぬ。
たとえ、災厄が人外の手によるものであっても、人々はそれすら“神の御手”として受け入れる。
──『神の意に背く救いなど、救いではない』
セルピコの脳裏には、かつて仕えた大審院の枢機卿の言葉が反芻していた。
「申す者の素性は知らぬが……魔術とは、なんと恐るべき力か」
吹き飛ばされた建物の瓦礫。
冷たく輝く氷の残骸。
神意官の声には、露骨な恐怖ではなく、測りかねるものへの戸惑いが滲んでいた。
だからこそ──セルピコは警戒する。
恐怖は時に理性を失わせる。
だが理解しようとする者は、その先で結論を下す。
「………」
返す言葉を見出せず、セルピコは沈黙した。
神意官は連れの兵士へ軽く合図を送り、入口で馬を預けさせた。
おそらく近隣の監視塔か関所から、騒ぎを嗅ぎつけて駆けつけたのだろう。
法王庁からの一時派遣か、それともこの町の常駐管理者か──いずれにせよ、自分たちにとって好ましい状況ではない。
やがて、
その厳格な瞳がこちらを捉え、静かに問いが放たれる。
「その方ら、いかなる目的でこの地へ? 外法の退治のみが理由とは思えぬが」
その問いに糾弾の色は薄い。
ただ真実を見極めようとする、静かな圧だけがあった。
そして、その沈黙に耐えきれなくなったのか。
町の者たちが一人、また一人と目を伏せていく。
先ほどまで歓声に包まれていた広場は、いつしか重苦しい静寂に支配されていた。
(……こうなることは、どこかで分かっていた)
セルピコは場の変化を敏感に察し、胸の内で静かに息を吐く。
この地に通じる者として、事を収める責を負うのは自分だ。
巧みな弁舌など望むべくもない。
それでも、何かを言わねばならない。
──通じるかは、まさに神のみぞ知る。
セルピコは咄嗟に言葉を繕おうと、一歩踏み出し、
「それは──」
しかし、その声が形を成す前に、別の声が静寂を裂いた。
「町長さま! その方たちは、私たちを命を賭して救ってくださいました。どうか……寛大なご処置を」
群衆をかき分けて進み出たのは、家政婦と思しき若い女だった。
その声音には恐れが滲みながらも、確かな覚悟が宿っている。
「多くの命が突然の怪異に理不尽に命を奪われました。この方達がいなかったら …この町は今ごろ……屍の山と化していたはずです!」
神意官──町長は、その訴えを黙して聞いていたが、やがて重く息を吐いた。
「承知の上だ。だが、立場というものがある。この町を統治する務めにあたる以上、何らの処置もなく、この場を看過することはできぬ」
取り付く島もない。
唯一神への信仰を掲げる法王庁にとって、それ以外の力は「外道」「堕落」以外の何物でもないのだ。
この神意官なる人物は、まさにそうした概念を体現する存在のように見えた。
「ですが──」
「この有様が、すべてを物語っておろう!」
鋭く言い放たれた一言。
沈黙していた人々が少しずつ顔を上げる。
そこに浮かぶのは、単純な感謝ではない。
畏れ。
信仰。
そして──疑念。
救われたはずの者たちが、自らの目にした“奇跡”を、どう受け止めるべきか分からずにいるのだ。
セルピコは、収拾のつかぬこの状況に、先の戦いとは質の異なる疲労を覚え始めていた。
(……いまのうちに退散といきますかねぇ)
そんな、どこか他人事のような思考が、ふと脳裏をかすめる。
そのとき──
家政婦の背後から、ざわめくような人々の声が届いた。
「おお、気がついたか!」
「無理しないで、まだ横になっていなさい……」
避難所として使われていた、古びた祠堂。
風の精霊を祀ると伝えられるその奥で、 町人たちに介抱されていたシールケが、重たい瞼をゆっくりと押し上げる。
そして──
ひとひらの白羽が、どこからともなく静かに舞い降り、
そっと、彼女の頬に触れた。