FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
いつだったか、こんな話を耳にしたことがある。
同じ檻に閉じ込められた二人の囚人の話だ。
鉄格子の向こうに広がる景色は同じだったはずなのに、二人はまったく異なるものを見ていたという。
ひとりは泥濘を、ひとりは夜星を──
「さて、どうしたものかねぇ」
屋根や壁が飛んだ建物の前で、一人の老人がぽつりと呟く。
「明日から頑張って立て直しね。また日常を取り戻さなくちゃ」
ランタンを掲げた婦人が、やわらかく声をかける。
瓦礫を取り除く者。
互いを励まし合う者。
子どもたちの笑顔を守ろうと、冗談を絶やさぬ者。
失われたものの大きさを知りながら、それでも残されたものへ目を向ける──その姿には、か細くとも確かな希望の火が灯っていた。
一方で──
焚き火を囲み、肩を寄せ合う人々がいる。
炎に照らされた顔には、生気よりも疲労と喪失の色が濃い。
家族を失った者。
住む場所を失った者。
未来そのものを失った者。
揺らめく火影は、その胸中を映すように静かに揺れていた。
(同じ状況でも、人が見出すものは違う……か)
セルピコは、かつて聖鉄鎖騎士団に属していた身として、複雑な胸中を隠せなかった。
静かに遠くを見つめる眼差しには、過去の戦乱と人々の嘆き、そして拭いきれぬ罪の影が滲んでいる。
(諸侯は要所に集まり、臣下や男手の多くは軍の召集で町を離れたまま……。いま頼れるのは、法王庁の慈善派とヴァンディミオン家の後ろ盾くらいでしょうか)
希望は確かに存在する。
だが、それだけで町は再建できない。
理想と現実の間に横たわる距離を知る者の目で、彼は静かに人々の営みを見つめていた。
だが、一息ついてすぐにそれを振り払い──
(……感傷に耽っている暇はないですね)
神意官との約束だ。
与えられた猶予は、明後日まで。
それまでに、ヴリタニスへの道のりを掴み、現地の船の手配状況を調べなくてはならない。
そして今は何より──主の行方。
(無事でいてくださればいいが……)
ファルネーゼの姿が脳裏を過る。
セルピコは踵を返し、一旦この場を離れようと、シールケに声を掛けようとする。
が──
「まったく野暮なんだから」
気づけば目の前にイバレラが浮かんでいた。
まるで行動を読んでいたかのようなそぶり。
驚くセルピコをよそに、彼女は肩をすくめてみせる。
「女子同士の神聖な対話よ。あとにしなさい」
「はぁ……しかし」
「ファルネーゼなら無事。少し遠いけど、ちゃんと気配があるわ」
そこでふと、イバレラは石階段の方へ視線を向けた。
「──あ。ちょうどこっちに向かって来てるみたい。他のみんなも一緒ね」
今度こそ、セルピコの胸に安堵がゆっくりと満ちていく。
──よかった。
本当に。
直感に頼ったエルフの言葉は、ときに吉報にも凶報にもなる。
だが今回は、間違いなく前者だった。
今回の敵の異質さを思えば、ガッツのことも気がかりではあった。
だが──あの男に限っては、容易く倒れる姿が思い浮かばない。
どれほどの死地にあろうと、なお立ち上がる。そういう男だと、嫌というほど知っている。
キャスカや他の者たちについても、彼がいる限り最悪の事態は避けられるだろう。
どこかで“心配には及ばない”とする感覚が、拭いきれずにあった。
それでも──
ファルネーゼの無事だけは、別だった。
理屈ではなく、ただ純粋に。
胸の奥から、安堵がほどけていくのを感じていた。
(……確かに、少々野暮かもしれませんね)
気が緩んだのか、セルピコの視線は自然と、今回大きな助けとなった二人の女性へと向いた。
視線の先では、シールケが加勢に来たあの女性と向かい合い、互いを気遣い合っている。
「無理しなくてもいいわ。大分疲労がたまっているみたいだから」
「いえ、お気遣いなく。もう立てますから」
町民の懸命な介抱もあって、シールケの顔には、いつもの逞しさと微かな笑みが戻りつつあった。
だがその回復は、彼らの優しさだけによるものではない。
彼女自身の内に芽生えた、ある変化が確かにそれを支えていた。
「あの……先ほどの、あなたのお言葉……」
うまく言葉にできないもどかしさに、シールケは一瞬視線を落とす。
それでも──伝えたかった。
目の前の女性は、自分の力も、精霊の在り方も、否定せずに受け止めてくれた。
それはシールケにとって、師以外の誰かに、自分という存在そのものを認められたに等しい出来事だった。
「嬉しかった……なんだか……勇気を、もらえた気がして」
頬をわずかに紅潮させ、照れくさそうにシールケは言った。
「ううん、本心をいったまでよ。でも、あの方も最後は分かってくれてよかったわ。きちんと対話ができる人だったもの」
ジルは風で靡く銀髪を抑えながら、穏やかに返す。
そして、わずかに視線を遠くへとやり──低く呟いた。
「けれど……本当に大変なのは、これからでしょうね」
男たちが不在のまま、いつまた災厄が襲ってくるかもわからない──。
町人たちはそれでも立ち上がらねばならない。
この地に不案内なジルでさえ、その困難の重さは痛いほどに伝わってきた。
──同じだ。
わずかな薪で焚いた小さな火に寄り集まる人々を見て、ジルの胸にいくつもの風景が去来する。
ロストウィング。
ノースリーチ。
ダリミル──そして、名も知らぬこの町。
秩序を失った世界では、人の営みはあまりにも脆く、儚い。
まるで傷口に容赦なく火をくべるように、禍は常に弱きところに降り注ぐ。
「あ、あの……わたし、魔術師のシールケといいます。あなたは……?」
「イバレラよ。この子のお目付け役」
お目付け役──飄々と答える小さな存在に、ジルはわずかに目を見開く。
始めてみる種族。
だが、その周囲に瞬く神殿の灯火を思わせるような、穏やかな光はまるでこの少女を見守る守護者のようだった。
ほんの一瞬だけ思案の色を浮かべるが──
やがて小さな笑みとともに自然と口が開いていた。
「ジルよ。ジル・ワーリック」
その名が発せられた瞬間──
シールケの胸の奥で、探究者としての直感が疼いた。
数々の術を学び、精霊との調和を重ねてきた自分ですら、彼女の力には未知の理が潜んでいる。
言葉にはできなかった。
できたとしても、おそらく正しく説明することはできない。
ただ──
解き明かしたいという衝動と、触れてはならないという畏れ。
相反する感情が、静かに胸の内で秘かにせめぎ合っていた。
「ジ、ジルさんは、この町の方ではないようですが……どういう経緯でこちらに?」
高ぶりかけた好奇心を押さえ込むように、シールケは話題を変える。
「人を探しているの。行方を聞こうとしたのだけれど、先ほどの騒動に巻きこまれてしまって……」
「人探し……お一人でいらしたんですか?」
「いいえ。もう一人いるわ。……正確には、二人…かしら」
───二人?
首を傾げる。
もちろん、人探しとはいえ、女性が単独で知らぬ場所に出向くのは考えにくい。
行動を共にする人物がいるのは自然だ。
ただ、“正確には”という言い方が引っかかった。
「ひょっとしてコレかしら?」
イバレラが小指を立てて、悪戯っぽく囁く。
「イ、イバレラ!」
シールケは慌てて声を上げた。
「もう、そういうのは──」
シールケは慌てて帽子でおどける小妖精を押さえようとしたが、思わず手を滑らせた。
「──あ!」
とんがり帽子がふわりと宙に舞い上がる。
反射的に手を伸ばすも、わずかに届かない。
咄嗟にジルが、彼女より長い手を伸ばし、つばの先をつかんで帽子を受け止めた。
そして、それをゆっくり手渡そうとする。
「……はい」
「ど、どうも……」
差し出された帽子を受け取ろうとした、そのとき。
指先が、かすかに触れ合う。
──!
次の瞬間。
シールケの視界を、言葉にならない“波”が満たした。
それは霊的領域にのみ触れうる、異質な波動。
先ほどの氷塊の暴威とはまるで異なる、荘厳にして神々しい、美の権能。
やがて、その輪郭がかたちを結ぶ。
金色の長髪。
白銀に透き通る肌。
冷たい光を戴く、女神のティアラ。
それはまるで、氷そのものが生命を得たかのような──
世界の根源に触れる、力の顕れだった。
「………………」
シールケは、息をすることすら忘れたかのように、その場に立ち尽くす。
胸の奥で、何かが静かに結びついていく。
言葉にはできない。
けれど確かに、感覚として理解できてしまう。
(まさか……この存在が……)
──あのとき。
風の精霊との距離が、ふいに近づいた理由。
それが、ほんの少しだけ──見えた気がした。
※
冒頭の囚人のくだりは、フレデリック・ラングブリッジ氏の詩『不滅の詩』から引用・アレンジしたものです。