FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
「おーい」
はるか後方から、声が届いた。
自分と年の変わらない、聞き慣れた少年の声。
軽口と憎まれ口を投げ合う日々の奥に、いつも確かな頼もしさを滲ませていた声。
「お師匠様! セルピコ!」
続いて、焦りと安堵の入り混じった声。
息を切らせて駆けてくる姿が、見ずとも浮かぶ。
「ファルネーゼ様!」
セルピコの声は、わずかに震えていた。
どれほど案じていたのか、言葉より先に伝わってくる。
「ファルネーゼ様……ご無事で何よりです。お怪我は?」
「あなたこそ……よく、生きて……!」
指と指が触れ合う気配さえ、ここまで届く。
傷だらけの従者と手を取り、瞳を潤ませる彼女の姿が、あまりにも容易に想像できた。
「気配が感じられなかったから、どうなったかと思ったわよ」
「ここに来るまでに雑魚どもがうろついてやがってな。骨が折れたぜ……ま、全部まとめて俺様の剣の錆にしてやったがな」
「ほんとぉ? その割に剣、ピカピカじゃない?」
「ば、バッキャロ! これは……あとでちゃんと手入れしたんだよ!」
「言い訳くさいわね」
「…ったく、嫌味は言うわ勝手に飛んでくわ……エルフってのはどいつもこいつも」
イバレラとイシドロの掛け合い。
嵐の後にだけ戻ってくる、あの軽やかな調子。
戦いは終わったのだと、遅れて実感が追いついてくる。
そう──いつもの仲間たちが、帰ってきた。
「あーぃ」
小さく、かすれた声。
それは幼いようで、どこか遠い。
けれど確かに、彼女の声だった。
「キャスカさん……ご一緒だったのですね」
「ええ……」
キャスカの安心に満ちた声が聞こえてくる。
彼女から発せられるオドは、いまとても穏やかだ。
ヒタヒタという足音が近づくたび、彼女の安心が地に満ちていくようだった。
「また彼女に、救われてしまいました。本当は、私が守るはずなのに……」
ファルネーゼの声には、苦笑の奥にかすかな嬉しさが滲んでいた。
「しっかしひでぇな……屋根も壁も吹っ飛んじまってる。ここで一体何があったんだ?」
再び、少年の声。
「まあ、その……いろいろと深い事情がありましてね」
セルピコが穏やかに言葉を選ぶ。
つい先ほどまで、この場所を満たしていた激烈さを知る者の声音で。
「……まあ、だいたい想像はつくけどよ」
──視線が、集まる。
背中に、確かに感じる。
応えなければならないことも、振り返るべきであることも、分かっている。
再会に泣き、奇跡に喜び、これからの旅のために、もう一度歩幅を揃える。
いつもなら、何の迷いもなくできたはずのこと。
けれど──
振り返れない。
はしゃぐ声も、安堵の声も、すぐそこにあるのに。
届いているのに。
意識だけが、妙に遠い。
仲間たちのことがどうでもいいわけでは決してない。
むしろ、胸は今にも崩れ落ちそうなほど満ちている。
振り向けばいい。
背後にある世界へ意識を向ければ、ただそれだけで、元の自分に戻れる。
それでも――
あの
焚火のそばで、人々に言葉をかけている。
子どもの頭を撫で、傷ついた者に膝を折る。
先ほど見た神々しい幻影など微塵も感じさせない。
ただの人間に見える。
しかし、
あのとき触れた瞬間に垣間見たものは確かだった。
「………」
思考が、同じ場所を巡る。
あれは一体何だったのか。
分からない。
分からないはずなのに、目を閉じると、あの姿だけが浮かぶ。
「おい、シールケ!」
「シールケさん?」
「先生……?」
呼ぶ声が、重なる。
「どうしちまったんだアイツ。石になっちまったか?」
「シールケー! みんな戻ってきたわよ!」
振り返らなければ。
彼らの想いに応えなければ。
なにより──自分自身が、この感覚から解き放たれなければ。
現実感が追いついていない。
今すぐにでも振り向きたいのに、笑顔を見せたいのに、心は異界の深淵に取り残されている気がした。
刹那──
鋭い金属音が聞こえてきた。
聞き慣れた、重い足音。
この世でただ一人、その響きを纏って歩く者。
背後に落ちた影が、静かに近づく。
そして――大きな手が、そっと肩に置かれた。
「無事だったか」
低く、確かな声。
その一言が、遠のいていた現実を引き戻す。
「あ……」
ようやく、少女は振り向いた。
その瞬間──
シールケの内で張り詰めていたものが音もなくほどけ、異質なものへの思考と、
再会の喜びがようやく同じ場所に着地する。
シールケの身体は糸が切れた人形のように、
ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「シールケ!」
「お、おい!」
イバレラとイシドロが一目散に駆け寄る。
だが、その前に――
「…っと」
ガッツの右腕が、先に届いた。
咄嗟に差し出された右腕が、小さな体を受け止める。
軽い。あまりにも軽い重みが、確かにそこにあった。
「また……随分と無茶をしたみたいだな」
風の余韻、折れた街路樹、地を這う静寂。
ガッツは目を細め、周囲に漂う魔術の残滓を感じ取りながら呟いた。
「私が、無茶をさせてしまったのです。あの極限のなか幽体離脱を二度も……結界の維持だけでも大変だったでしょうに……」
誰も言葉を返さない。
だが、そのセルピコの説明で誰もが理解した。
この場で行われたのが、賊徒や死霊の討伐などでは到底片付けきれない、文字通り命を賭した“死闘”だったということを。
「すまなかった……もう少し早くたどり着いてれば……」
ガッツは義手の左手も添え、両の腕でシールケを支える。
その低く押し殺した声には、拭えない悔恨が滲んでいた。
「……ガッツさんのせいじゃありません」
細い声が返る。
彼の腕にもたれたまま、シールケはゆっくりと顔を上げた。
「セルピコさんが全力で守ってくれました。それに──」
言葉を切り、シールケは焚火を囲む輪の一角の方へ視線を向ける。
その横で銀の髪が炎に照らされ、静かに揺れた。
「あの方が……戦いでも、それから……私たちの心の上でも、大きな支えになってくれたんです」
──?
ガッツはその視線の先を追う。
目に映ったのは女の後ろ姿。
由緒ある礼装、腰の細剣。
立ち居振る舞いは静かで、気品すら漂わせている。
どこか貴族のような、聖職者のような、一見すると戦場に立つ者には到底見えない。
戦いというよりはむしろ、傷ついた者に寄り添う側の人間。
だが──わかる。
理屈ではなく、感覚が告げる。
その奥に潜む気配は、ただの人間のものではない。
(何モンだ……?)
呼吸の奥に潜む異様な波。
首筋に走る微かな疼き。
──つい先ほど感じた、“炎を携えた剛の剣士”の気配に酷く似ている。
ガッツの脳裏にあの村で見た記憶が蘇ってきた。
燃え残る熱の傍らにあった、もうひとつの痕跡。
まるで、あらゆる熱がこの世に存在することを許さないとでもいうように、絶対的に光り輝いていた凍てつく氷晶。
──ドクン
首筋がざわつく。
使徒のそれとは違う、もっと深い、もっと根源的な“何か”。
ガッツは足を止めたまま、女の背を見据え続ける。
やがて──
女は民の介抱を一通り終えたのか、その後ゆっくりとこちらへ振り返った。
青の瞳と、漆黒の瞳が交わる。
「………」
その瞬間、夜の空気が音を失った。