FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
一時的な避難拠点となっていた地下の酒蔵に、
開かれた床扉から夜の光が差し込んでいた。
「本当にありがとうございました」
「何とお礼を申し上げてよいやら……」
淡い光を受けながら、
町民たちは安堵と感謝の入り混じった面持ちで頭を下げ、
ひとり、またひとりと地上へ続く階段を上っていく。
「じゃあね」
暗がりの片隅で身を伏せていたトルガルへ、幼い少女が小さく手を振る。
埃と黴の臭いが染みつき、恐怖と不安を押し込めていたこの木造の酒蔵も、今では彼らにとって、再び歩き出すための最初の場所へと変わりつつあった。
蔵の端々に灯された蜜蝋燭が、そのささやかな再出発を祝うかのように、柔らかく揺れている。
そんな様子を、クライヴとジルは小さな微笑みを浮かべながら見送っていた。
「傭兵さん方、いつまでこちらに?」
そんな二人に声をかけてきたのは、現在の町の有力者であるビルだった。
「いや、少し休んだら明日にでも発つつもりだが」
クライヴは簡潔に答える。
人手も足りず、復興に取り掛からねばならない状況で、いつまでも居座るのは忍びない。
(それに──)
ビルの視線が、ふとクライヴの腰元に落ちる。
帯びられた騎士剣。
「ああ……そうでしたな」
察したように小さく頷く。
「気が急くのは分かります……だが、どうにもお疲れのようだ。今夜と、できれば明日一日。休んでから出立されてはどうです?」
穏やかな口調だった。
押しつけではなく、ただ状況を見たうえでの提案。
「それに、まだしばらくは残党が出るやもしれません。そんな折に、あなた方がいてくだされば……こちらとしても心強い」
そう言って屈託なく笑う。
貴族の装いはしていても、言葉の端々に元船乗りらしい大らかさが滲んでいた。
打算ではない。
ただ、この町を救ってくれた二人に対する、偽りのない厚意だった。
「そうだな……」
クライヴは短く息をつく。
確かに言われてみれば、すぐに動き出す気にはなれなかった。
身体も、
そして心も。
「私は構わないけれど、どうする? クライヴ」
ジルの問いに、わずかな沈黙を挟み──
「……分かった。世話になる」
決める。
ビルは「それがいい」といわんばかりに大きく頷いた。
「こんな状況ですからな。あまり大したもてなしはできませんが、できる限りのことはさせていただきますので」
「気遣いは無用だ。そちらの事情を優先してくれて構わない」
「はは、最後までありがたいお言葉だ。それでは、また後ほど」
軽く手を挙げ、ビルは階段を上がっていく。
やがて足音が遠ざかり、
酒蔵には再び静けさだけが満ちていった。
ジルは最後の一人を見送り、ゆっくりと床扉を閉める。
重い木戸の音が、地下に短く響いた。
「……ひとまず、生き残った人たちは守れたわね」
扉の閉じた先を見つめたまま、ジルが静かに言う。
「気づいていたか? ジル」
クライヴが静かに口を開く。
「……ええ」
短い肯定。
「あの元船乗りの男はともかく……」
思い返す。
助かった民たちの顔。
確かに、感謝はあった。
安堵も、これからを生きていこうとする意志も。
だが──
どこか、揺らいでいる。
視線は合わず、言葉はわずかに濁る。
笑みは浮かんでいるのに、それがどこか遅れている。
言葉にできない後ろめたさを抱えているような、何かを秘匿しているかのような──得体の知れない違和。
純真な幼子を除いては、誰も心から愁眉を開く者はいなかった。
「……彼らが心から安心しているのはわかるの。そして、これからを歩んでいこうという希望も」
ぽつりと、ジルが言う。
「それでも、どこか……」
言葉が続かない。
違和感だけが、残る。
戦火を生き延びた者の震え、理不尽に命を奪われた者たちへの痛み。
それを自分たちはこの数年で幾度となく目にしてきた。
そして同時に、そこから生を繋いだ者たちの確かな光も。
だが、この町の民はどこかそれが薄い。
異郷の地だからというような単純なものではない。
もっと深く、根に触れるような不可解さ。
だが──
本当はわかっている。
命までは救えても、
その先までは──踏み込めない。
いや、踏み込むべきではないのかもしれない。
(……救う、か)
いつか聞いたように、そんなことは本来傲慢な考えなのだろう。
自分たちが理念を掲げて戦う度、犠牲になるのは他でもない、当の弱き民たちだからだ。
それはこの五年で嫌というほど向き合ってきたはずの現実だった。
だからこそ思う。
「……彼らの心は、彼らにしかわからない。"そこ"から先は、俺たちでも触れられない領域なのかもしれないな」
クライヴは傍らに来たトルガルの頭を撫でながら、ため息交じりに声を漏らす。
その声音には、背負うべき責任と、拭え切れない無力さが入り混じっていた。
そして──
結局、オスカー・マードックの手がかりも見つからぬまま。
「………オスカーは、いないようね」
「この町でも手掛かりはなかった。誰も、その名の男を見た者はいないそうだ」
「戦いが終わって……生き残った人たちに聞けば、何か一つくらいは掴めると思っていたけれど……」
言葉が、静かに途切れる。
胸の内に広がっていた疑念と不安が、ひとつの形を取りはじめる。
──いったい、自分たちはどこへ来てしまったのか
ジルは遠い眼差しで、薄明りに沈む空間を見つめていた。
なぜここにいるのか。何のために運命が自分たちをこの場所へ導いたのか。
答えは、いまだ闇の中だった。
たとえオスカーを無事見つけ出せたとして──
自分たちは本当にこのもうひとつの“現”から抜け出せるのだろうか。
再び四人全員でヴァリスゼアの大地を踏む日は、本当に訪れるのだろうか。
わずかに感じるエーテルの共鳴も、その答えを導き出してはくれない。
しばしの沈黙。
やがて──
クライヴは小さな決意を灯した。
「ジル……」
顔を上げる。
その視線は、すでに決まっていた。
「この町を発つ前に、俺はもう一度だけあの広場へ行ってくる。何も知らない場所だが──できることは、やっておきたい」
この町で最初に目にした、あまりにも凄惨な殺戮の跡。
儀式のように並べられた死。
誰にも看取られず、ただ絶望のまま残された亡骸。
彼があの場にもう一度足を運ぶ意味があるとすれば──それは冥福を祈ること以外にない。
「せめて……弔ってやらねば」
たとえ闇の中で先が見えなくとも、たとえ報われることがなくとも。
いま、自分にできることを、ひとつずつ積み重ねる。
それだけが、今の彼にとって進むための形だった。
「……わかったわ」
ジルは静かに頷き、その背を見つめる。
言葉にせずとも分かる、その在り方。
どこにいても、彼はやはり“シド”なのだ。
ジルは小さく微笑み、その背中を静かに見送った。
───そのとき
誰にも気づかれぬ小さな影が、酒蔵の天井を飛び回っていた。
一筋の光が軌跡を描き、薄暗い天井のほころびを照らし出す。
(こんなところに住民を匿ってたんかぁ……お、ちゃんと我が友トルガルもいるぞ)
羽精──パック。
未知の力を持つ二人の素性を探るため、ひとり、こっそりと潜り込んでいた。
(話を聞く限りじゃ、人探しの最中みたいだけど……)
パックは二人の会話を聞きながら、不思議な気の流れを探っていた。
だが今の二人からは、戦いの余韻よりも、どこか落ち着いた別種の感情の流れが感じられる。
ただ、奥へと落ちていくような気配。
そのことが少しだけ気になった。
(……なんだろうな、この感じ)
だが、
次の瞬間には「ま、いいか」と小さく息を弾ませていた。
視線の先では、剣士の方が床扉へ向けて歩き出している。
何かを思い出したように。
あるいは――何かを確かめに行くように。
(……気になるな)
ほんのわずかに、間。
だが、エルフの好奇心を刺激するには十分だった。
(よし、偵察続行だ!)
音もなく、気配も残さず、パックはその後を追うことを決める。
淡い光がひと筋だけ揺れ、やがて酒蔵の薄闇の中へ、
溶けるように消えていった。