FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント―   作:ほろにが

67 / 84
名もなき者たちへ

 

 

一時的な避難拠点となっていた地下の酒蔵に、

開かれた床扉から夜の光が差し込んでいた。

 

「本当にありがとうございました」

 

「何とお礼を申し上げてよいやら……」

 

淡い光を受けながら、

町民たちは安堵と感謝の入り混じった面持ちで頭を下げ、

ひとり、またひとりと地上へ続く階段を上っていく。

 

「じゃあね」

 

暗がりの片隅で身を伏せていたトルガルへ、幼い少女が小さく手を振る。

 

埃と黴の臭いが染みつき、恐怖と不安を押し込めていたこの木造の酒蔵も、今では彼らにとって、再び歩き出すための最初の場所へと変わりつつあった。

 

蔵の端々に灯された蜜蝋燭が、そのささやかな再出発を祝うかのように、柔らかく揺れている。

 

そんな様子を、クライヴとジルは小さな微笑みを浮かべながら見送っていた。

 

 

「傭兵さん方、いつまでこちらに?」

 

そんな二人に声をかけてきたのは、現在の町の有力者であるビルだった。

 

「いや、少し休んだら明日にでも発つつもりだが」

 

クライヴは簡潔に答える。

人手も足りず、復興に取り掛からねばならない状況で、いつまでも居座るのは忍びない。

 

(それに──)

 

ビルの視線が、ふとクライヴの腰元に落ちる。

 

帯びられた騎士剣。

 

「ああ……そうでしたな」

 

察したように小さく頷く。

 

「気が急くのは分かります……だが、どうにもお疲れのようだ。今夜と、できれば明日一日。休んでから出立されてはどうです?」

 

穏やかな口調だった。

押しつけではなく、ただ状況を見たうえでの提案。

 

「それに、まだしばらくは残党が出るやもしれません。そんな折に、あなた方がいてくだされば……こちらとしても心強い」

 

そう言って屈託なく笑う。

貴族の装いはしていても、言葉の端々に元船乗りらしい大らかさが滲んでいた。

 

打算ではない。

 

ただ、この町を救ってくれた二人に対する、偽りのない厚意だった。

 

「そうだな……」

 

クライヴは短く息をつく。

確かに言われてみれば、すぐに動き出す気にはなれなかった。

 

身体も、

そして心も。

 

「私は構わないけれど、どうする? クライヴ」

 

ジルの問いに、わずかな沈黙を挟み──

 

「……分かった。世話になる」

 

決める。

 

ビルは「それがいい」といわんばかりに大きく頷いた。

 

「こんな状況ですからな。あまり大したもてなしはできませんが、できる限りのことはさせていただきますので」

 

「気遣いは無用だ。そちらの事情を優先してくれて構わない」

 

「はは、最後までありがたいお言葉だ。それでは、また後ほど」

 

軽く手を挙げ、ビルは階段を上がっていく。

 

やがて足音が遠ざかり、

酒蔵には再び静けさだけが満ちていった。

 

ジルは最後の一人を見送り、ゆっくりと床扉を閉める。

重い木戸の音が、地下に短く響いた。

 

「……ひとまず、生き残った人たちは守れたわね」

 

扉の閉じた先を見つめたまま、ジルが静かに言う。

 

 

「気づいていたか? ジル」

 

クライヴが静かに口を開く。

 

「……ええ」

 

短い肯定。

 

「あの元船乗りの男はともかく……」

 

 

思い返す。

 

助かった民たちの顔。

 

確かに、感謝はあった。

安堵も、これからを生きていこうとする意志も。

 

だが──

 

どこか、揺らいでいる。

 

視線は合わず、言葉はわずかに濁る。

笑みは浮かんでいるのに、それがどこか遅れている。

 

言葉にできない後ろめたさを抱えているような、何かを秘匿しているかのような──得体の知れない違和。

 

純真な幼子を除いては、誰も心から愁眉を開く者はいなかった。

 

「……彼らが心から安心しているのはわかるの。そして、これからを歩んでいこうという希望も」

 

ぽつりと、ジルが言う。

 

「それでも、どこか……」

 

言葉が続かない。

違和感だけが、残る。

 

戦火を生き延びた者の震え、理不尽に命を奪われた者たちへの痛み。

それを自分たちはこの数年で幾度となく目にしてきた。

 

そして同時に、そこから生を繋いだ者たちの確かな光も。

 

だが、この町の民はどこかそれが薄い。

 

異郷の地だからというような単純なものではない。

もっと深く、根に触れるような不可解さ。

 

だが──

 

本当はわかっている。

 

命までは救えても、

その先までは──踏み込めない。

 

いや、踏み込むべきではないのかもしれない。

 

 

(……救う、か)

 

 

いつか聞いたように、そんなことは本来傲慢な考えなのだろう。

自分たちが理念を掲げて戦う度、犠牲になるのは他でもない、当の弱き民たちだからだ。

それはこの五年で嫌というほど向き合ってきたはずの現実だった。

 

だからこそ思う。

 

「……彼らの心は、彼らにしかわからない。"そこ"から先は、俺たちでも触れられない領域なのかもしれないな」

 

クライヴは傍らに来たトルガルの頭を撫でながら、ため息交じりに声を漏らす。

その声音には、背負うべき責任と、拭え切れない無力さが入り混じっていた。

 

 

そして──

 

結局、オスカー・マードックの手がかりも見つからぬまま。

 

 

「………オスカーは、いないようね」

 

「この町でも手掛かりはなかった。誰も、その名の男を見た者はいないそうだ」

 

「戦いが終わって……生き残った人たちに聞けば、何か一つくらいは掴めると思っていたけれど……」

 

言葉が、静かに途切れる。

胸の内に広がっていた疑念と不安が、ひとつの形を取りはじめる。

 

 

──いったい、自分たちはどこへ来てしまったのか

 

 

ジルは遠い眼差しで、薄明りに沈む空間を見つめていた。

なぜここにいるのか。何のために運命が自分たちをこの場所へ導いたのか。

答えは、いまだ闇の中だった。

 

たとえオスカーを無事見つけ出せたとして──

自分たちは本当にこのもうひとつの“現”から抜け出せるのだろうか。

再び四人全員でヴァリスゼアの大地を踏む日は、本当に訪れるのだろうか。

 

わずかに感じるエーテルの共鳴も、その答えを導き出してはくれない。

 

 

しばしの沈黙。

 

 

やがて──

 

クライヴは小さな決意を灯した。

 

「ジル……」

 

顔を上げる。

その視線は、すでに決まっていた。

 

「この町を発つ前に、俺はもう一度だけあの広場へ行ってくる。何も知らない場所だが──できることは、やっておきたい」

 

この町で最初に目にした、あまりにも凄惨な殺戮の跡。

 

儀式のように並べられた死。

誰にも看取られず、ただ絶望のまま残された亡骸。

 

彼があの場にもう一度足を運ぶ意味があるとすれば──それは冥福を祈ること以外にない。

 

「せめて……弔ってやらねば」

 

たとえ闇の中で先が見えなくとも、たとえ報われることがなくとも。

いま、自分にできることを、ひとつずつ積み重ねる。

 

それだけが、今の彼にとって進むための形だった。

 

「……わかったわ」

 

ジルは静かに頷き、その背を見つめる。

 

言葉にせずとも分かる、その在り方。

 

どこにいても、彼はやはり“シド”なのだ。

ジルは小さく微笑み、その背中を静かに見送った。

 

 

───そのとき

 

 

誰にも気づかれぬ小さな影が、酒蔵の天井を飛び回っていた。

一筋の光が軌跡を描き、薄暗い天井のほころびを照らし出す。

 

(こんなところに住民を匿ってたんかぁ……お、ちゃんと我が友トルガルもいるぞ)

 

羽精──パック。

 

未知の力を持つ二人の素性を探るため、ひとり、こっそりと潜り込んでいた。

 

(話を聞く限りじゃ、人探しの最中みたいだけど……)

 

パックは二人の会話を聞きながら、不思議な気の流れを探っていた。

だが今の二人からは、戦いの余韻よりも、どこか落ち着いた別種の感情の流れが感じられる。

 

ただ、奥へと落ちていくような気配。

 

そのことが少しだけ気になった。

 

(……なんだろうな、この感じ)

 

だが、

次の瞬間には「ま、いいか」と小さく息を弾ませていた。

 

視線の先では、剣士の方が床扉へ向けて歩き出している。

 

何かを思い出したように。

あるいは――何かを確かめに行くように。

 

(……気になるな)

 

ほんのわずかに、間。

だが、エルフの好奇心を刺激するには十分だった。

 

(よし、偵察続行だ!)

 

音もなく、気配も残さず、パックはその後を追うことを決める。

 

淡い光がひと筋だけ揺れ、やがて酒蔵の薄闇の中へ、

溶けるように消えていった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。