FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
夜明けが照らすもの
赤い屋根に囲まれた静かな路地──
すでに山の端からは夜の名残が流れ込み、向かいの建物の壁を朝焼けが淡く照らし始めていた。
先ほどまで柔らかな温もりを帯びていた風も、いまはわずかに冷たさを含み、石畳の上を音もなく滑っていく。
夜明けが近い。
ふと、視線を落とす。
(……おっと!)
気づけば、思った以上に距離を詰めてしまっていた。
慌てて羽ばたきを緩め、そっと高度と間合いを取り直す。
その先には、歩調を合わせて進む黒鎧の剣士と白銀の狼。
(……よかった、気づかれてない!)
二人に反応はない。
足取りも、身じろぎひとつ変わらず、ただ静かに前だけを見据えて歩き続けている。
パックは胸をなで下ろすと、今度は十分な距離を保ちながら、路地の上空を滑るように後を追った。
(酒蔵を出てから少し経つけど……気配に大きな変化はない、か)
剣士の後ろ姿を見据えながら、そんなことを考える。
戦いの名残ではない。
かといって、安らぎでもない。
ただ、どこまでも深く、静かに沈み続けていくような感覚。
それだけが、いまも変わらず、そこに在った。
(結局、何者なんだろ? ただの剣士でもないし、かといって魔術師とも違う……)
故郷エルフヘルムでも見たことのない魔術。
あのガッツと渡り合うほど洗練された豪快な剣技。
そして──空気そのものを震わせるような、あの感情の奔流。
力を隠すでも誇示するでもない。
酒蔵で見た、あの三つの力──そのどれもが邪悪とは無縁でありながら、明らかにこの世の理にそぐわぬ異質さを放っていた。
それだけではない。
この町を巡回していて、もうひとつ気づいたことがある。
(……この辺りからも感じる。いや、さっきより強くなってるような……)
鼻先をかすめる、かすかな違和感。
酒蔵を出たときから、ずっと肌にまとわりついて離れない、不思議な感覚。
まだほんのわずかではあるが、この土地の空気には見知らぬ"何か"が溶け込んでいる。
いや、空気というより、もっと実体に近いものかもしれない。
目には見えないのに、絶えず大地を巡り、流れ続けている。
その存在を、エルフであるパックの肌は敏感に感じ取っていた。
(現世の気配でも、幽世のものとも違う……潮の流れみたいな……いや、命そのものが巡ってるみたいな……うーん、何て言ったらいいんだ)
うまく言葉にできない。
だが、確かに“何か”がある。
そして奇妙なことに。
あの炎の剣士と狼が纏う気配は、その流れとどこかよく似た響きを帯びていた。
(あの不思議な力と関係があるのかな……)
思い浮かぶ憶測はいくつもある。
だが、今はいくら考えても答えは出そうになかった。
「………」
視界に映るのは、なおも変わらぬ黒い背中。
その背に負われた巨大な大剣。
その姿を眺めているうち、不意に懐かしい記憶が胸をよぎる。
(なんだかデジャヴだな……そういや、前にも誰かさんをこんなふうに追っかけたっけ)
朝の気配に混じって甦るのは、興味本位でガッツを尾行し、そのまま命懸けの旅路へ引きずり込まれた、あの頃の記憶。
壮絶な戦いぶりと、人ならざる力に惹かれ、その背を追い続けた日々。
そして、あの男がほんのひとときだけ"ひとりの人間"へ戻れるのは、決まって、こんな眩しい夜明けだった。
今度は──この黒鎧の剣士。
その内に秘めたものを、もう少しだけ確かめてみたい。
(たしか……中央広場、って言ってたな)
男と狼は迷うことなく通りを進み、角を曲がり、広場の方へと向かっていく。
その足取りには、どこかこの町の住人のような確信があった。
(そういや……おれたちは、まだあそこまで行ってなかったな。シールケたちも、多分……)
この町の中心部──
賊の討伐の最中、何度か近づきはした。
だが、その度に思いもよらぬ出来事が重なり、結局は辿り着く前に皆散り散りに。
気にならなかったと言えば嘘になる。
だから戦いが終わったあと、自称"エルフ偵察員"として住民たちにもそれとなく聞いて回ってみた。
しかし──
誰も話したがらない。
その話題に触れた途端、誰もが貝のように口を閉ざし、視線を逸らす。
まるで、見てはならないものを思い出したかのような、怯えと諦めが入り混じった濁った眼差し。
そのときは深く考えなかったが──
あの剣士が今、そこへ向かっているとなれば話は別だ。
町の人間たちの不可解な反応よりも、よほど好奇心が刺激される。
もしかすると、この土地に漂う妙な“流れ”の秘密もそこに隠されているのかもしれない。
「よおし。そうときまりゃ──とことんまで付き合ってやるか!」
パックは俄然やる気を取り戻すと、
高度を保ったまま、引き続き黒い背中を追いかけた。
上空から見下ろす先──
男は商業地区の看板を抜け、迷いなく通りを進んでいく。
その先にはひときわ大きな像が目についた。きっと、あれが例の広場だろう。
(あそこかぁ……)
やがて、男は広場の入口──天使の彫像の前で足を止める。
その瞬間、
傍らの大狼が、低く唸り声を上げ始めた。
(ん?……トルガル、どうしたんだ?)
空気が、わずかに変わる。
パックは直感的に異変を感じ取り、反射的に高度を落として二人の近くまで滑るように飛んでいく。
「……?」
広場には、朝日に照らされて橙色の光が揺れていた。
その中に、何かが点々と転がっている。
目を凝らすと、
そこには黒ずんだ塊、赤黒く染まった石畳、
戦士像の槍の矛先に掛けられた円形の異物──。
どれも輪郭を保てず、風と重力に引かれてかすかに揺れている。
(……なんだ……あれ)
一瞬、黒い予感が胸をかすめた。
鼓動だけが、不自然なほど早まっていく。
そして、剣士と狼のすぐそばまで辿り着き、
その全貌を目にした瞬間──
「──うッ!!」
思わず声が漏れる。
遠目から見えた"それら"は彫像でも、飾りでもなかった。
いや、もはや“死体”と呼ぶことすらためらわれる、無惨な残骸。
パックは思わず顔を覆い、震える指の隙間からその光景を見つめる。
理解が追いつくより先に、
どうしようもない怖気と、信じがたい衝撃が身体を駆け抜けた。
(まるで……食い散らかしたような……!)
原形を失った肉と、
無造作に引き裂かれた四肢。
指の隙間から、まだいくらでも見えてしまいそうだったが──
それだけで、十分すぎた。
(いや……違う。これは、何か"そういうもの"とは別の……)
ただ壊されたのではない。
踏みにじるように。
弄ぶように。
生命そのものを、何のためらいもなく雑に扱った痕。
そこにあるのは、明確な意思──
いや、意思ですらない。そんな言葉すら生ぬるい。
悪意なく、
さも当たり前のように振るわれた──無邪気な残酷さ。
(……なんだよ……これ)
目を背けたい。
それでも分かってしまう。
この夥しい亡骸は、紛れもなく人間のものだ。
昨日まで、この町で暮らし、笑い、生きていた人々の──
その時、
不意に強烈な感情の波がパックの身体を貫いた。
下に立つ黒鎧の剣士から、抑えきれないほど濃密なオドが静かに溢れ出す。
そこに宿るのは、ただ強大な力ではない。
悲痛。
喪失。
そして、胸が締めつけられるほど深い哀しみ。
──そうか
その瞬間、パックの胸の奥で何かが静かに腑に落ちた。
この男の力の根底にあるもの。
それは怒りでも、憎しみでも、破壊でもない。
何かを喪い、それでもなお立ち止まることを拒み、前へ進もうとする──そんな痛みの意志。
(あのすさまじい力の奥に……かすかに物哀しさの気を感じたけど、こういうことだったんだね……)
何を失ったのかは分からない。
何と戦い続けてきたのかも知らない。
それでも、その想いだけは痛いほど伝わってくる。
エルフは何も言わず、ただ男の背中を見つめ続けた。
朝焼けが広場を照らし、橙と黒の影がゆっくりと交錯していく。