FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント―   作:ほろにが

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第三章:岐路
夜明けが照らすもの


 

赤い屋根に囲まれた静かな路地──

 

すでに山の端からは夜の名残が流れ込み、向かいの建物の壁を朝焼けが淡く照らし始めていた。

 

先ほどまで柔らかな温もりを帯びていた風も、いまはわずかに冷たさを含み、石畳の上を音もなく滑っていく。

 

 

夜明けが近い。

 

 

 

ふと、視線を落とす。

 

(……おっと!)

 

気づけば、思った以上に距離を詰めてしまっていた。

 

慌てて羽ばたきを緩め、そっと高度と間合いを取り直す。

その先には、歩調を合わせて進む黒鎧の剣士と白銀の狼。

 

(……よかった、気づかれてない!)

 

二人に反応はない。

足取りも、身じろぎひとつ変わらず、ただ静かに前だけを見据えて歩き続けている。

 

パックは胸をなで下ろすと、今度は十分な距離を保ちながら、路地の上空を滑るように後を追った。

 

 

(酒蔵を出てから少し経つけど……気配に大きな変化はない、か)

 

剣士の後ろ姿を見据えながら、そんなことを考える。

 

戦いの名残ではない。

かといって、安らぎでもない。

 

ただ、どこまでも深く、静かに沈み続けていくような感覚。

それだけが、いまも変わらず、そこに在った。

 

(結局、何者なんだろ? ただの剣士でもないし、かといって魔術師とも違う……)

 

故郷エルフヘルムでも見たことのない魔術。

あのガッツと渡り合うほど洗練された豪快な剣技。

そして──空気そのものを震わせるような、あの感情の奔流。

 

力を隠すでも誇示するでもない。

酒蔵で見た、あの三つの力──そのどれもが邪悪とは無縁でありながら、明らかにこの世の理にそぐわぬ異質さを放っていた。

 

それだけではない。

 

この町を巡回していて、もうひとつ気づいたことがある。

 

(……この辺りからも感じる。いや、さっきより強くなってるような……)

 

鼻先をかすめる、かすかな違和感。

酒蔵を出たときから、ずっと肌にまとわりついて離れない、不思議な感覚。

 

まだほんのわずかではあるが、この土地の空気には見知らぬ"何か"が溶け込んでいる。

いや、空気というより、もっと実体に近いものかもしれない。

目には見えないのに、絶えず大地を巡り、流れ続けている。

 

その存在を、エルフであるパックの肌は敏感に感じ取っていた。

 

(現世の気配でも、幽世のものとも違う……潮の流れみたいな……いや、命そのものが巡ってるみたいな……うーん、何て言ったらいいんだ)

 

うまく言葉にできない。

だが、確かに“何か”がある。

 

そして奇妙なことに。

あの炎の剣士と狼が纏う気配は、その流れとどこかよく似た響きを帯びていた。

 

(あの不思議な力と関係があるのかな……)

 

思い浮かぶ憶測はいくつもある。

だが、今はいくら考えても答えは出そうになかった。

 

 

「………」

 

 

視界に映るのは、なおも変わらぬ黒い背中。

その背に負われた巨大な大剣。

 

その姿を眺めているうち、不意に懐かしい記憶が胸をよぎる。

 

(なんだかデジャヴだな……そういや、前にも誰かさんをこんなふうに追っかけたっけ)

 

朝の気配に混じって甦るのは、興味本位でガッツを尾行し、そのまま命懸けの旅路へ引きずり込まれた、あの頃の記憶。

壮絶な戦いぶりと、人ならざる力に惹かれ、その背を追い続けた日々。

そして、あの男がほんのひとときだけ"ひとりの人間"へ戻れるのは、決まって、こんな眩しい夜明けだった。

 

今度は──この黒鎧の剣士。

その内に秘めたものを、もう少しだけ確かめてみたい。

 

 

(たしか……中央広場、って言ってたな)

 

男と狼は迷うことなく通りを進み、角を曲がり、広場の方へと向かっていく。

その足取りには、どこかこの町の住人のような確信があった。

 

(そういや……おれたちは、まだあそこまで行ってなかったな。シールケたちも、多分……)

 

この町の中心部──

賊の討伐の最中、何度か近づきはした。

だが、その度に思いもよらぬ出来事が重なり、結局は辿り着く前に皆散り散りに。

 

気にならなかったと言えば嘘になる。

だから戦いが終わったあと、自称"エルフ偵察員"として住民たちにもそれとなく聞いて回ってみた。

 

 

しかし──

 

誰も話したがらない。

 

 

その話題に触れた途端、誰もが貝のように口を閉ざし、視線を逸らす。

まるで、見てはならないものを思い出したかのような、怯えと諦めが入り混じった濁った眼差し。

 

そのときは深く考えなかったが──

 

あの剣士が今、そこへ向かっているとなれば話は別だ。

町の人間たちの不可解な反応よりも、よほど好奇心が刺激される。

 

もしかすると、この土地に漂う妙な“流れ”の秘密もそこに隠されているのかもしれない。

 

「よおし。そうときまりゃ──とことんまで付き合ってやるか!」

 

パックは俄然やる気を取り戻すと、

高度を保ったまま、引き続き黒い背中を追いかけた。

 

 

上空から見下ろす先──

 

男は商業地区の看板を抜け、迷いなく通りを進んでいく。

その先にはひときわ大きな像が目についた。きっと、あれが例の広場だろう。

 

(あそこかぁ……)

 

やがて、男は広場の入口──天使の彫像の前で足を止める。

 

その瞬間、

 

傍らの大狼が、低く唸り声を上げ始めた。

 

(ん?……トルガル、どうしたんだ?)

 

空気が、わずかに変わる。

パックは直感的に異変を感じ取り、反射的に高度を落として二人の近くまで滑るように飛んでいく。

 

「……?」

 

広場には、朝日に照らされて橙色の光が揺れていた。

 

その中に、何かが点々と転がっている。

 

目を凝らすと、

そこには黒ずんだ塊、赤黒く染まった石畳、

戦士像の槍の矛先に掛けられた円形の異物──。

 

どれも輪郭を保てず、風と重力に引かれてかすかに揺れている。

 

(……なんだ……あれ)

 

一瞬、黒い予感が胸をかすめた。

 

鼓動だけが、不自然なほど早まっていく。

 

そして、剣士と狼のすぐそばまで辿り着き、

その全貌を目にした瞬間──

 

 

「──うッ!!」

 

 

思わず声が漏れる。

 

遠目から見えた"それら"は彫像でも、飾りでもなかった。

いや、もはや“死体”と呼ぶことすらためらわれる、無惨な残骸。

 

パックは思わず顔を覆い、震える指の隙間からその光景を見つめる。

 

理解が追いつくより先に、

どうしようもない怖気と、信じがたい衝撃が身体を駆け抜けた。

 

(まるで……食い散らかしたような……!)

 

原形を失った肉と、

無造作に引き裂かれた四肢。

 

指の隙間から、まだいくらでも見えてしまいそうだったが──

 

それだけで、十分すぎた。

 

(いや……違う。これは、何か"そういうもの"とは別の……)

 

ただ壊されたのではない。

 

踏みにじるように。

弄ぶように。

生命そのものを、何のためらいもなく雑に扱った痕。

 

そこにあるのは、明確な意思──

いや、意思ですらない。そんな言葉すら生ぬるい。

 

悪意なく、

 

さも当たり前のように振るわれた──無邪気な残酷さ。

 

(……なんだよ……これ)

 

目を背けたい。

 

それでも分かってしまう。

 

この夥しい亡骸は、紛れもなく人間のものだ。

昨日まで、この町で暮らし、笑い、生きていた人々の──

 

 

その時、

 

不意に強烈な感情の波がパックの身体を貫いた。

 

下に立つ黒鎧の剣士から、抑えきれないほど濃密なオドが静かに溢れ出す。

そこに宿るのは、ただ強大な力ではない。

 

悲痛。

 

喪失。

 

そして、胸が締めつけられるほど深い哀しみ。

 

 

──そうか

 

 

その瞬間、パックの胸の奥で何かが静かに腑に落ちた。

 

この男の力の根底にあるもの。

それは怒りでも、憎しみでも、破壊でもない。

 

何かを喪い、それでもなお立ち止まることを拒み、前へ進もうとする──そんな痛みの意志。

 

(あのすさまじい力の奥に……かすかに物哀しさの気を感じたけど、こういうことだったんだね……)

 

何を失ったのかは分からない。

何と戦い続けてきたのかも知らない。

それでも、その想いだけは痛いほど伝わってくる。

 

エルフは何も言わず、ただ男の背中を見つめ続けた。

 

朝焼けが広場を照らし、橙と黒の影がゆっくりと交錯していく。

 

 

 

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