FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
見渡す限り、深緑に覆われた大地が断崖の下へと広がっていた。
頬をなでる風は柔らかく、鼻をくすぐるのは、
色鮮やかな花々が放つかすかな香り。
その光景は、まるで乱世の記憶を霞ませるかのように穏やかで牧歌的だった。
だが──その静謐の奥底に潜むものは、まるで別の顔をしている。
緑の下に横たわる土の奥深くでは、幾重にも折り重なる亡者の怨嗟が蠢き、
遠くの森の木々の間には、形を成さぬ破滅の影が静かに息を潜めていた。
豊穣なる自然と澄み渡る大気は確かに美しい。
しかし、その静けさはあまりに異質で、生者の胸を締めつけるように重くのしかかる。
クライヴとジルは意識が戻ってきたところで、ゆっくりと辺りを見回した。
そして、自分たちがいま立っている大地をしっかりと踏みしめる。
「……なんなんだ、ここは?」
「クライヴ、空を見て……青空よ!」
ジルが天を仰ぎ、息をのむ。
クライヴも顔を上げ、思わず目を見開いた。
「あの暗い空が……原初の楔が……消えている……?」
ヴァリスゼアでは久しく失われていた、透き通るような蒼穹。
その青はあまりに鮮烈で、二人は束の間、忘れかけていた「空の色」に心を奪われた。
「……綺麗。これをどれほど望んだことかしら」
どこまでも澄み渡る蒼空の広がり。
わずかな白雲が、まるで空を舞う羽のようにそっと浮かんでいる。
ジルは我を忘れ、かつての日々の記憶と重ね合わせるように空を見上げていた。
クライヴはそんな彼女を横目に、足元へと視線を戻す。
「トルガルは……?」
視界もはっきりしてきたなか、
二歩ほど離れた場所を見ると、そこにはいつもと変わらぬ大狼の姿があった。
「トルガル、無事だったか!」
だが、その挙動にかすかな違和感が漂う。
声をかけても、狼は耳を動かすだけで落ち着きを見せない。
普段は冷静沈着なその瞳に、不安と焦りの色が宿っていた。
匂いを辿るように鼻を動かしているが、まるで何も感じ取れていない。
「お前……まさか、嗅覚が……?」
クライヴの胸を悪い予感が走る。
──!
その刹那、黒い森の奥から濁った殺気が立ち昇った。
クライヴは反射的に剣の柄へと手を伸ばした。
ジルもまた空から視線を戻し、腰のレイピアを握る。
「……誰だ?」
木陰から現れたのは、五人の男たち。
粗末な金属片を継ぎ合わせた鎧、汚れた布を腰に巻き、
顔はターバンのような布で覆われている。
手にしているのは、鈍く光る湾曲刀。
(この装いは……ダルメキア人か?……)
男たちは濁った眼を爛々と光らせ、
異端を狩るような視線で二人を睨み据えていた。
「……何者かしら?」
「さあな。ただ一つ、確かなのは──」
クライヴはゆっくりと剣を抜いた。
「俺たちに刃を向けている、ということだ!」
*
兵らしき者たちは合図もなく森の茂みから散開し、音もなく包囲を完成させた。
気づけば、前方と両側面から鋭く取り囲まれ、背後には切り立った断崖がそびえる。
「退路は……断たれているな」
「クライヴ! くるわよ、気を付けて」
彼らの動きは、訓練された兵士のそれではない。
規律よりも、むしろ本能と殺意に根ざした“暗殺者”の間合い。
目に宿る光は氷のように冷たく、三人の心臓を一つずつ狙い澄ますかのようだった。
「問答無用か……!」
クライヴが呟いた刹那、閃光のような影が飛び出す。
一人が湾曲刀を振りかざし、真っ直ぐ喉元を狙ってきた。
だが、その瞬間──低い唸りとともに白い影が跳ねた。
トルガルだ。
牙が閃き、敵の喉笛を貫く。
肉が裂け、血が飛び散り、男は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。
トルガルは血飛沫を浴びながら身を翻し、残る敵へ低く威嚇の唸りをあげる。
「やはりな……ジル! そっちは任せる!」
トルガルの”合図”とともにクライヴが吠える。
襲撃者たちは仲間の死にも一切動じず、無表情のまま次々と迫ってきた。
瞬間、クライヴの全身に炎が走る。
熱と光が弾け、彼の輪郭が燃え立つ残像に溶けてゆく。
そのままその場から消えるように、相手との間合いを瞬時に詰めた。
「──行くぞッ!」
轟音とともに振り下ろされた大剣が、三人の影を業火ごと断ち割った。
地面が焼け焦げ、立ちのぼる熱風が戦場を撫でる。
同時に、背後から響く冷気。
ジルが呼び出した氷が足元を這い、敵の脚を瞬時に凍りつかせた。
瞬間的な凍結による封じ込み。
骨の芯まで凍りつくような氷結は殺意さえも凍らせ、戦意を瞬く間に失わせる。
「──はぁっ!」
隙をついた鋭いレイピアの切っ先が二人の額を狙い、深々と突き刺した。
霧のように舞い散る血と砕け散った氷の破片が宙を乱れ飛ぶ。
五人の戦士は白目を剥いたまま、声もなく倒れ込む。
先ほどまでの鋭い殺意はもはや跡形もなく消え去り、辺りには再び穏やかな静寂が訪れようとしていた。
トルガルが倒れた者の一人の近くで無言で首をもたげ、こちらをじっと見据える。
その瞳は二人もよく知る”勝利”の知らせだ。
──終わったか。
二人は確信すると、呼吸を整え、静かに死体の側によって低く呟いた。
「何者だ? よく見ればダルメキアの兵とも違うな」
「……見る限り、どこかの戦人のようだけど、かなり鍛え上げられているわ。まるで殺生を生業とする刺客のような…」
ジルはレイピアを振り抜いたまま、ゆっくりと森の方へ振り向く。
まだ奥深くで残党が肉食獣の如く目を光らせているかもしれない。
もし群れを成して襲い掛かりでもしてきたら──。
だが、クライヴは眼下に倒れこむ死体に目を向けたまま、
黙ってその体から湧き出るものを見据えていた。
警戒心がないわけではない。
だが、この者たちが兵士か暗殺者か、気になるのはそこじゃない。
そして、僅かに目を細める。
(こいつは……)
倒れ伏した五人の身体からは、確かに温かい血が流れ出ている。
クライヴは血に濡れた剣を見つめた。
その手の感触が、やけに現実的だった。
切り裂く感触。すれ違う体温。突き抜けるような殺気。
──何もかも、自分たちの世界と“同じ”だった。