FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
夜明け。
重い瞼を押し上げた先にあるのは、まだ完全には顔を出しきらぬ暁の光。
東の空に滲む橙が、瓦礫に覆われた町並みを静かに染め上げ、四つの影を長く引き伸ばしていた。
血と煙に満ちた夜の戦は、ようやく終わりを迎えた。
死霊も、魔の残滓も、陽光を恐れるかのように石畳の隙間へと沈み、姿を消していく。
悪夢は終わった──
誰もが、そう思ったはずだった。
だが。
朝焼けの光は、どこか冷たい。
まるで、この地に巣食う穢れを、白日の下に暴き出そうとするかのように──
「ふぁああぁぁぁぁ……」
まだ頼りない朝日を浴びながら、盛大なあくびをかます少年。
抜き身のままのカトラスを肩に担ぎ、気怠げに歩いている。
「はぁ……結局、昼夜逆転かよ。……なんだか久しぶりな気がするぜ、こういうのも」
変わらず腹は減っている。
だが、それ以上に、いま身体へ重くのしかかるのは抗いようのない眠気だった。
夜通しの戦いなど、ここしばらくなかったせいか、疲労が容赦なく身体を引きずり下ろす。
「なぁ、宿探そうぜ、宿。さすがにもう手足ガタガタだ。早えとこ柔らかいベッドで、泥のように眠りてえ」
その言葉に呼応するように、キャスカの足取りもおぼつかない。
千鳥足でかろうじて歩きながら、その身体は深くファルネーゼにもたれかかっている。
ファルネーゼは、自分よりわずかに背丈のあるその身体を懸命に支え、歩調を合わせながら静かに頷いた。
「そうですね……どこか、少しでも休める場所があればいいのですが」
気丈に振る舞ってはいるものの、彼女自身もすでに限界に近い。
一時も休まらぬ戦いの連続に、心身の疲労が今になって一気に噴き出していた。
町は荒れ果てていた。
崩れ落ちた赤い屋根。折り重なる瓦礫。
その合間に、賊と町民の亡骸が点在している。
舞い上がる砂塵と焼けた石の匂いが、夜の惨劇を忘れさせまいとするかのように、なお空気へとこびりついていた。
ファルネーゼは、ふと左へ視線を落とす。
そこにあるのは、守るべき安らかな寝顔。
無垢なほどに穏やかなその表情を見つめながら、彼女は胸の内でそっと呟いた。
──あと少し、ですからね
そう、あと少しだけ、この荒れた道を進めばいい。
そうすれば、ようやく休める。
温かな湯を用意して、こびりついた埃を洗い流して。
乱れてしまったその黒髪も、以前のように、また丁寧に梳かしてあげよう。
そんなささやかな願いを胸に、ファルネーゼは朝日に照らされた瓦礫の道を、一歩ずつ踏みしめていく。
──だがそのとき、
後ろを歩いていたシールケが、不意に足を止める。
束の間の安堵を断ち切るように、何かを捉えたかのように。
力強く足を踏みしめ、ただならぬ予感を感じながら。
視線が、一斉に少女へと向いた。
「ど、どうした? またなんか予兆か? 流石にもう勘弁──」
イシドロの軽口も届かず、少女の瞳はただ一点を見据えている。
その蒼には疲労の色など微塵もなく、むしろ心眼を開いた魔女だけが宿す鋭い輝きが宿っていた。
(間違いない……)
胸の奥が、かすかに震える。
──いる
すぐ近くに。
幽世でしか感じるはずのなかった、あの途方もない力。
本来なら現世では決して触れられないはずの気配が、今は驚くほど鮮明に伝わってくる。
(……熱い)
思考に触れた瞬間、焼けつくような感覚が走る。
だが、
不思議なことに、荒れ狂うほどの魔力でありながら、
それはどこまでも静かに、一点へと収束している。
滅ぼすためではない。
まるで──何かを送るかのような、そんな気配。
(なに? ……これは)
(彷徨える魂が……炎の中で……泣いて……)
──炎。
そう、炎には違いない。
だが、その奥から流れ込んでくるのは、無数の亡魂の気配。
シールケは眉を寄せ、さらに心眼を研ぎ澄ませた。
視えたのは、現世へ強い未練を残した魂たち。
ひとつ、またひとつと、灼熱の焔に包まれながら、悲しみと怨嗟をないまぜにした声を上げ、いま最後の救いを求めている。
「先生? どうかなさいましたか」
ファルネーゼの呼びかけに、シールケはゆっくりと心眼を閉じた。
開かれた瞳には、先ほどまでとは比べものにならないほどの緊張が宿っている。
何が起きているのか、まだ全容は掴めない。
だが──ひとつだけ、確かなことがあった。
「……この先です」
小さく呟き、町の中心へと視線を向ける。
「この区画の先に……とてつもない数の死者がいます」
「……え?」
思わず、ファルネーゼはガッツを見上げた。
その瞳の奥に、言葉にならぬ予感が重く滲む。
町の中心──そこに、今の惨劇の“根”がある。
戦いの最中から感じていた得体の知れぬ違和が、確信へと変わっていく。
イシドロがカトラスを肩に担いだまま、訝しげに口を開いた。
「死人? そりゃあんだけの戦いだ。別にいまさら珍しくも──」
シールケは静かに首を振る。
「──違うんです」
短く、鋭い声。
イシドロは言葉を飲み込んだ。
その言葉が何を意味するのか、空気が一瞬で張り詰め、誰も言葉を続けられない。
しばしの沈黙──
やがてシールケは、迷いなく顔を上げた。
「私、行ってきます」
「お、おいおい」
「先生!」
二人の制止をよそに、少女は一歩を踏み出す。
その小さな背中には、年齢には不釣り合いなほど揺るぎない覚悟が宿っていた。
「ご心配には及びません……これでも魔術師の端くれです。死者と向き合うための修練も、積んできましたので」
「で、でも……」
「おうよ、下手すりゃトラウマどころじゃ──」
なおも引き止める声が飛ぶ。
だが、シールケは足を止めない。
「お師匠様の教えです」
「死者の魂は、導かれなければなりません。須らく、つつがなく──あの世へと」
その視線はただ、心眼が示す場所だけを真っすぐに見据えていた。
イシドロはそれでもなお食い下がる。
「けどよ、死人に対してどーしよってんだよ……魔術で火葬でもすんのか? そんなことしたら、今度は逆にお前が火炙りになるかもしれねーんだぞ?」
その懸念は正しい。
法王庁教圏の町で魔術を使うことは、すなわち“異端”を自ら示す行為だ。
神意官の目がある今、無用な注目を集めることは避けねばならない。
「……そんなことはしません」
シールケは樫の杖を握り直し、静かに顔を上げる。
朝の光が頬を照らし、淡い緑色の髪がやわらかく揺れた。
「ファルネーゼさん、イシドロさん。セルピコさんが戻るまで、お二人はどこか安全に休める場所を探しておいてください」
セルピコはいま、海路の伝手を当たりに出ている。
戻りは、そう遅くないだろう。
……少なくとも、こちらよりは。
「お、おい──」
言いかけたイシドロの視界を、黒い外套が横切る。
「じゃあ、頼んだぜ」
「ガ、ガッツ……!」
ガッツはイシドロを一瞥すると、それ以上何も言わず歩き出した。
迷いのない足取りでシールケの隣へ並ぶ。
少女もまた、何も言わない。
二人は自然と足並みを揃え、同じ方角を見据える。
「……総仕上げ、ってとこか」
その低い問いに、シールケはわずかに目を伏せ──頷いた。
「ええ」
静かな肯定。
「……
迷える魂を見届けることもまた、魔女の務め。
いつだったか、そんな教えを口にしていた少女の師の姿が、ガッツの脳裏をかすめた。
そして今、その少女が、自らの意志でそれを果たそうとしている。
言葉はない。
ただ、その横顔の奥にある固い決意だけが、彼を歩かせていた。
「………」
言い足りなさを残したまま、イシドロは不満げに口を尖らせる。
その傍らで、ファルネーゼはただ、二人の遠ざかる背中を見送っていた。
キャスカをしっかりと抱き支えながら、その小さな背中に宿る覚悟を、
ただ黙って受け止めている。
“死に触れる覚悟”を受け入れたその背が、やがて朝靄の向こうへと、静かに溶けていくまで──