FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
乾ききった噴水が、水音を失い、静かに佇む。
天使の彫像は朽ち果て、まるで誰にも届かぬ涙を流し続けているかのように見える。
目の前に広がる光景。
──“それ”は、昨日までとはまるで異なる世界。
地に積もる死だけではない。
空までもが色を失い、どこまでも遠く、どこまでも冷たい。
この空は、生者を照らす空ではない。
まるで、死そのものが天蓋のように覆いかぶさり、この一帯だけを異界へと切り離してしまったかのように思えた。
「……サイアク」
小さく、しかしはっきりと響くイバレラの第一声。
その一言が示すとおり、淀みきった気の流れは、この場にいる誰一人として例外を許さない。
朝焼けの光が、町に穿たれた裂け目へと静かに差し込む。
隠すものなど何ひとつないと言わんばかりに、
その光は惨劇のすべてを白日の下へ照らし出していく。
逃げ場のないほど──克明に。
入口に佇む二人は、目にした瞬間に悟った。
──ここだ。
この場所こそが、町を呑み込んだ惨劇の底。
幾十、幾百もの断末魔が折り重なり、死そのものがこの地へ根を下ろした場所。
「……っ」
シールケは喉を震わせ、思わず瞼を閉じる。
(これほど……なの……!)
鼻腔を刺す腐臭。折り重なる亡骸。
そして──なおも彷徨い続ける、夥しい魂。
その悲嘆も、苦痛も、怨嗟も。
魔術師である彼女には、すべてが濁流となって精神へ流れ込んでくる。
足が竦む。
呼吸が浅くなる。
胸の奥が締めつけられ、杖を握る指先から力が抜けていく。
──できない
巡る思考の中で、浮かび上がった唯一の結論。
(無理だ。今のわたしでは……)
(こんなにも多くの霊魂を、還すなんて──)
脳裏に浮かぶのは、師フローラの面影。
けれど、その姿へ手を伸ばそうとするほど、
先ほどまで胸に灯っていた決意は、押し寄せる慟哭の波に呑み込まれていった。
「先に行ってるぜ」
瞼の裏──闇の中へ、不意に落ちてきた低い声。
重い鉄塊を引き摺るような金属音が、静かに右耳を打つ。
気づけば、隣にいたガッツが、すでに自分を追い越して歩き始めていた。
「ったく……朝っぱらから御大層なモンを見せてくれやがる。ひと仕事終えたと思ったら、いつもこれだ」
ぼやくような口調。
だが、その足取りに迷いはない。
ただ前だけを見据え、踏み分けるように進んでいく。
「おい」
不意に足音が止まる。
「やるならさっさと済ませようぜ。朝メシが不味くなっちまう」
軽い調子のままの一言。
だがそこには、気遣いとも、急き立てともつかぬ響きがあった。
踏み込めと背を押しながら、同時に“立ち止まるな”と告げるような。
(でも……わたしは)
一度立ち止まった足が、また動き出す。
それでも、閉じた瞼はまだ開けられない。
──そのときだった。
前を行く大きな背中から、空気を裂くような“何か”が滲み出す。
殺気とは違う。
黒く、荒れ狂い、制御されながらもなお漏れ出る──強烈なオド。
(……この流れは)
胸がざわつく。
(これは、あのとき垣間見たガッツさんの記憶……いや、憎悪の乱流?)
忘れるはずもない。
あの日、霊樹の館で彼の精神へ踏み込んだときに見た、際限なく渦巻く“狂気の宴”。
そして、その奥で燃え続けていたもの。
目の前の惨状は、その記憶を容赦なく呼び起こしていた。
ガッツの内で、黒い復讐の炎が再び牙を剥こうとしている。
ギリ……。
歯を噛みしめる音が、かすかに響く。
肩が、わずかに上下する。
(ガッツ……さん?)
──だが。
それ以上は、溢れない。
黒い奔流は荒れ狂いながらも、その背中の内に押し留められている。
(そうか……この人は……)
今にも噴き出しそうな激情。
それを押し殺している。いや──押さえ込んでいる。
誰よりも激しい憎悪を、誰よりも強い意志で。
その背中は、憎しみに呑まれそうになりながらも、ただ前へ前へと進んでいた。
ならば、自分は──
『これは、魔術師であるあなたにしかできないこと』
ふいに、胸の奥へ染み入る声。
『死者に心を痛め、その魂を敬うことを知る。今のあなたなら、きっとできるはず』
直接聞いたはずのない言葉。
それでも確かに、師の声だった。
胸の奥に巣くっていた恐怖が、ゆっくりとほどけていく。
──お師匠様……
静かに息を吸う。
肺を満たした冷たい空気が、乱れていた鼓動を少しずつ鎮めていく。
シールケはゆっくりと瞼を開いた。
視線の先には、赤黒く染まった石畳。
そして、その上に立つ自分の両足。
恐怖は完全には消えていない。
鼻を衝く腐臭も、魂の慟哭も、何ひとつ変わってはいない。
それでも──
「そうだ……」
「わたしが……やらなくちゃ」
ガッツが振り返る。
「……いけそうか?」
シールケは静かに頷いた。
「はい」
その返事を聞くと、ガッツは口の端をわずかに吊り上げる。
「期待してるぜ、魔女殿」
その一言だけを残し、再び前を向いて歩き出した。
シールケもまた、その背中に続く。
今度は、立ち止まることなく。
黒い鳥が、二人を歓迎するかのように──上空で高く鳴いていた。