FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
「ガッツ! シールケ!」
──!
聞き慣れた甲高い声に、二人は同時に足を止めた。
彷徨う亡魂のあいだを裂くように、ひと筋の金色の光が舞い降りる。
その光が、行く手を遮った。
「……と、イバッテラちゃん」
ほどけた光の中から、小さな羽精が姿を現す。
その瞬間、シールケは帽子を抱え直し、イバレラは露骨に顔をしかめた。
「誰がイバッテラよ!」
「パックさん……!?」
突然姿を消したと聞いていた。
まさか、こんな場所で落ち合うとは思ってもみなかった。
間髪入れず、イバレラの詰め寄るような問いが飛ぶ。
「アンタ、一体どこ行ってたのよ? こんな時に一人で遊び歩いてたんじゃないでしょうね?」
「……」
返事はない。
「パックさん……?」
シールケは思わず、その顔を覗き込む。
だが、いつものように軽口で返す気配はない。
その小さな身体から放たれる輝きはどこか弱々しく、尖った耳も力なく伏せられている。
「ごめん」
ようやく発せられる一言。
「せっかくの再会なのに……うまく言葉が出てこないや」
絞り出すような声だった。
だが、その視線が広場へ向けられた瞬間、言葉にしなくてもすべてが伝わる。
そこにいたのは、いつもの軽薄で陽気な羽精ではない。
この広場で起きたものを真正面から見てしまった、一人の小さな目撃者だった。
「なんていうか……はは」
かすれた笑いが、すぐにほどける。
ぽつりと零れた声は、今にも消えてしまいそうに弱い。
朝日に照らされたその顔は、どこか泣き出すのを必死で堪えているようにも見えた。
「今さらなのかもしれないけど……」
一度言葉を飲み込み、震える息を吐く。
「おれたちが、もう少しだけ早く気づいてたら……って。そんなこと考えちゃってさ」
言葉は、そこで途切れる。
続きを口にするまでもなかった。
──あと少し早ければ
その思いは、広場に横たわる亡骸の列が、あまりにも残酷な形で打ち砕いていた。
(……そうかもしれない)
シールケは静かに目を伏せる。
目的地は、最初から分かっていた。
ほんの数刻でも早く町へ着いていたなら。
あるいは、パックの言うように、あのとき迷わず中心部へ向かっていたなら。
せめて、この中の誰かは救えたのではないか。
彷徨う亡魂は、何も語らない。
だが、何よりその沈黙こそが──
シールケの悔いを、より深く抉り続けていた。
「──いや、どのみち防げなかっただろうさ」
ガッツが一呼吸おいて、口を開く。
「見たところ、一度や二度の襲撃じゃなさそうだ」
その親指は、広場の一角を示していた。
そこには、腐肉の裂け目から覗く白骨。
群がる蛆と羽虫。
骨にまで腐りが回った死体が、そこかしこに転がっている。
「大方、ここは前から連中の狩場だったんだろ。
その果てが──この様ってわけだ」
あまりに淡々とした物言いに、場の空気がわずかに軋む。
「ど、どういうことよ?」
誰も言葉を返せないなか、イバレラだけがかろうじて言葉を絞る。
「……ああいう連中はな、理由なんざ何でもいいのさ」
ガッツは惨状へ目を向けたまま続ける。
「最初は腹が減ったから殺す。次は面白半分に狩る。誰も逆らわねぇ、逃げねぇと分かりゃ、それこそ歯止めなんざ利かなくなる」
「……」
「まして、そんな連中に“奴ら”が憑りついたとなりゃ──」
視線が、わずかに落ちる。
「行き着く先は決まってる。……ここみてぇにな」
ただ喰らい、弄び、飽きれば捨てる──
人であることを捨てた者たちが残した、おぞましい狂宴の跡だけが、その言葉の続きを物語っていた。
シールケも静かに言葉を継ぐ。
「今回対峙したのは形は人でしたが、明らかに幽世の邪念に取り憑かれた姿でした。……きっと、野盗や傭兵崩れのような外法の者たちが憑依されたのでしょう」
ガッツは小さく息を吐く。
「まあ、あのナリを見りゃあ容易に想像がつくさ」
傀儡と化しても、人世で覚えた美酒の味だけは一丁前に残ってる。
奴らはそういう連中だ。
そんな理性の欠片も残っていない人間に魔が宿れば、それはもう獣とも呼べぬ何かになる。
嫌というほど見てきた現実だ。
「で、でもさ」
パックが割って入る。
「それでも、町は壊滅しなかったわけだし、生き残った人たちもたくさんいたんだ。それだけでも……良かったって思わない?」
パックの言葉は、決して的外れではない。
彼が見てきた通り、生き残った住民たちは安堵の笑みを交わし、崩れた暮らしを少しずつ立て直そうとしていた。
数多の犠牲はあったけれど、自分たちの手で同じくらい多くの命も救われた。
それもまた、紛れもない事実。
──だが、
「……どうだかな」
ガッツがパックの言葉を冷たく遮る。
「ちっとばかり勇義のあるモンや腕の立つ奴らを前に立たせて、自分たちは家に閉じこもる。嵐が過ぎるまで息を潜める」
視線は、朽ちかけた彫像に向けられたまま。
「そこへ、たまたま俺たちが現れた」
鼻で、短く笑う。
「運が良かった。それだけの話だ」
「そ、そんな……」
パックの声が萎む。
「そんなの、分からないわ! 怖くて出て来られなかっただけかもしれないじゃない!」
イバレラが食い下がる。
そうであってほしい、と誰もが一瞬だけ思った。
その可能性が、場にわずかな沈黙を落とすなか──
ガッツは射抜くような視線のまま、ゆっくりと振り返った。
「だったら──」
「なんで、未だにこの場に人っ子一人姿を現さねえんだ?」
賊は殲滅させた。
町は、ひとまず持ちこたえた。
民は肩を寄せ合い、酒を酌み交わしながら互いの無事を喜び合っている。
それでも──
この広場には、今もなお、自分たちしかいない。
「……それが答えだ」
「……」
「大したタマだぜ、まったく」
生き残るために汚れを選ぶしかなかった者たち。
この町で最初に感じた濁った視線は、その歪な精神が露れたものだろう。
──だが
それを責めきる資格が、自分にあるのか。
ガッツは何も言わない。
ただ、そういう人間を。
そして、そういう自分自身を。
数え切れないほど目にしてきたのだから。
──うそだ
シールケの脳裏に、幾つもの顔が浮かぶ。
震える手で、そっと支えてくれた老婆。
美しい民謡を口ずさんでいた家政婦たち。
互いを励まし合い、子どもたちを抱き寄せていた人々。
あの人たちは。
あんなにも笑っていた。
怯えながらも、支え合っていた。
この町を愛し、そして懸命に生きようとしていた。
──なのに。
喉が震える。
少女の胸の奥で、言葉にならない黒い感情が激しく渦を巻く。
こんなにも、あっけなく。
こんなにも、無残に。
人は、人を見捨てるの……?
──そのとき、
ふわり、と風が吹いた。
淀みきった空気を押し分けるように、どこか懐かしい温もりが、頬をかすめる。
(……この風は)
朝の冷たさを運び去り、傷ついた町をそっと撫でるように吹き抜けていく。
脳裏に蘇るのは──
あの夜。
小さな羽根が空へ舞い、人々の祈りが一つになった光景。
この地に祀られた風精への、素朴で、けれど確かな信仰。
それだけは、偽りではなかったはずだ。
どれほど人の心が歪もうと。
どれほど醜さに染まろうと。
──せめて。
この風だけは。
彼らが信じ続けたものだけは、真であってほしい。
その想いに応えるかのように、
風は静かに一つの方角へ流れていく。
導くように。
その先には──ただならぬ気配を纏った、一匹の銀狼が佇んでいた。