FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
深く息を吸い、迷える御霊の思念を胸に映す。
心をしなやかに。
意識をたおやかに。
行く川を見定め、
その流れすべてに、身を委ねて──
「聖なる光よ。御霊に安らかなる帰還を」
その一節が静かに響くと、広場を満たしていた闇が、淡い白光へと溶け始めた。
祈りが天へ届いたかのように、
黒く澱んでいた幽体は、ひとつ、またひとつと光へ導かれ、静かに上空へ昇っていく。
「……ぁ……ひぃ……ぁ…っ」
「……く……くるひぃ……ぇ」
漏れ聞こえていたかすかな声が、やがて言葉の形を取り始める。
その変化を見たエルフの二人──パックとイバレラは、思わず表情を曇らせた。
「な、なに? あれは」
「……」
やがて、幽体それぞれの輪郭に、人の顔が浮かび上がる。
死してなお抱え続けた悲嘆。
癒えぬ未練。
断ち切れぬ執着。
それらの名残を抱いたまま、叶わなかった最後の願いを、生者へ託そうとするかのように。
「……叫んでる」
「え?」
「……叫んでるんだ。早く送ってほしいって」
「……」
白光が彼らをやわらかく包み込む。
苦悩は雪が解けるようにほどけ、歪んでいた表情は少しずつ穏やかさを取り戻していく。
ようやく辿り着いた安息に身を委ねるように。
だが──すべての魂が、その光を受け入れたわけではなかった。
深い怨嗟と憎悪に縛られた魂は、なお現世へ絡みつき、差し伸べられた光を振り払うかのように、その場に留まり続ける。
肉体だけでなく、心まで引き裂かれた者たちは、どれほど唱えようと、どれだけ光が強かろうと、容易に闇から解き放たれようとしない。
「……まずいわね」
イバレラが険しい声を漏らす。
「早くしないと怨念が増幅して、生き残った連中に取り憑くかも」
そうなれば、同じ惨劇の繰り返しだ。
「シールケ!」
鋭い呼びかけ。だが、少女は応えない。
瞳を閉ざしたまま、微動だにせず詠唱を紡ぎ続ける。
「エル・エロヒム、エロヘイ・ルアフ──」
澄み渡る呪句。
周囲の空気が凍るように張りつめる。
少女の唇が紡ぐ一節ごとに、迷える魂は光へと導かれ、
なお抗う怨霊はその輝きに灼かれるように身をよじり、絶叫を響かせた。
「アドナイ・シャローム……エーヘーイエー」
その神名に応えるように、濁りを宿していた魂も次第に白く透き通ってゆく。
穢れは祓われ、黒き怨嗟はほどけ、御霊は静かなる光となって天へ還っていく。
「エーロヒム・ハイム、ネフェシュ・シュル……」
詠唱はなお続く。
光は波紋のように広場全体へ広がり、幽体の数が目に見えて減っていく。
今や頑なだった怨念でさえ、長い苦痛から解き放たれるように、その表情から憎悪を失ってゆく。
その光景に、クライヴは驚きを隠せなかった。
ひとつやふたつではない。
あれだけ悲憤に満ちていた幽体の数々が、白い光へ抱かれるたび、穏やかな表情を取り戻し──そして静かに天へ昇っていく。
(……浄めているのか)
思わずそう思った。
死者を討つ術なら知っている。
魔物へ堕ちた者を斃す術も。
だが、死してなお苦しみ続ける魂そのものを救う力など、見たことも聞いたこともなかった。
ふと、思い浮かぶ遠い記憶──
自分たちが生きる時代の、はるか以前。
空の文明が栄えていた頃、白魔導士と呼ばれる聖職が存在したという伝承が、今もヴァリスゼアには語り継がれている。
傷を癒し、命脈を繋ぎ、そして迷える魂さえ安らぎへ導いたという、神話めいた語り草。
クライヴは、そんな話を信じたことはなかった。
奇跡譚など、人が願いを託すために生まれた言葉にすぎないと、どこかでそう思っていた。
だが──
(“解き放つ”……か)
先程少女が口にした言葉が、胸の奥へ静かに落ちていく。
「まさか、本当に……こんな御業が存在するとは」
黒の領域が大地を蝕み、人も獣もクリスタルさえ喰らい尽くされていく世界。
絶望だけが積み重なるヴァリスゼアで生きてきたからこそ、その“純粋な祈りと浄化”が持つ尊さは、あまりにも眩しく映った。
白き光はさらに輝きを増す。
やがて広場に残る亡魂は、ただ一つ。
最も深い念を抱き、最後まで光を拒み続けた、一柱だけとなった。
この幽体を解き放てば──
それですべてが終わる。
ふと、その幽体が揺らめき、引き寄せられるようにガッツの前へ漂い出た。
それは救いを求める哀願か、果てしない怨嗟か──音もなく口を開閉させ、しきりに何かを訴えかけている。
(言いたいことは山ほどあるだろうよ。だがな……)
ガッツは視線を逸らさず、心の中で低く呟く。
(死人と交わす言葉は持たねぇ……いや、持つわけにはいかねぇ)
それは拒絶ではなく、己への苛烈なる誓い。
憐れみや同情を寄せれば、彼らの“重み”が薄れてしまう──そう思えた。
生き延びた者が背負い続ける痛みこそ、死者への最大の弔い。
あの黒い太陽の下、虫けらのように食い散らかされたかつての同志たち。
その屍を復讐の業火へと変え、今もなお、終わりなき闇路を独り歩き続けている。
振るう剣の重さを噛み締めながら、
乾いた大地に足を踏みしめて──
(……お前も、同じだ)
視線を外し、次第に空を仰ぐ。
(生き残った誰かが、お前の痛みを背負って、前へ進み続ける)
──だから
「……安心して逝きな」
ただ一言。
静かに白き空を仰いだまま。
「……」
亡魂はしばらくガッツを見つめていた。
だが、やがて張り詰めていた表情がゆっくりとほどける。
苦しみでも、怒りでもない、ほんのわずかな安堵を浮かべると、その姿は白い光へ溶け始めた。
煙のように。
朝霧のように。
光へ抱かれた魂は、静かに空へ昇ってゆく。
誰にも知られず、誰にも讃えられず、
それでも確かに、その長い苦しみを終えて──
永き眠りの彼方へと還っていった。