FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
豪雨。
白い雑音が耳を塞ぐ。
鎮魂を見届けるように降っていた細雨は、いつしか地を打ち据える轟音へと変わり、薄暗く煙る雨幕が町の姿さえ呑み込んでいく。
雨に打たれる、ひとつの影。
広場の一角で立ち尽くす、小さくやせ細った姿。
この場に残されたのは、もはや剣士でも術者でもない──ただひとりの少年だけだった。
数歩先も見えず、足元も覚束ないまま。
それでも、その視線はただ一点に縫い止められていた。
眼下に映るのは、ようやく見つけた姉の顔。
その顔は、あの頃のままだった。
雨に濡れた褐色の髪も、穏やかに口元を和らげた微笑みの形も──すべて、自分の記憶の中にある姉の姿そのものだった。
腕も、脚も、胴も。
見る影もなく変わり果てているというのに、顔だけは、あの頃と変わらぬまま。
まるで時が止まっているかのようだった。
──どうして顔だけが、傷ひとつないのだろう。
きっと、それには“意図”があったのだ。
色は褪せ、景色が白く霞む。
喪失という名の真っ白な闇が、幼い魂を静かに、しかし容赦なく塗り潰していく。
爪で腕を裂き、流れる血を見つめても、痛みはどこにもない。
できるのは、ただ“それ”を見つめ続けることだけ。
祈りも、怒りも、涙でさえも、いまは何の意味もなさなかった。
そのとき、水を弾きながら足音が近づいてくる。
見覚えのある履き物の色。
雨音の向こうから届く、聞き覚えのある澄んだ声。
そして──月光を映すような白銀の髪。
忘れようはずがない。
あのとき冷たくも温かいその手が、自分の小さな手を離さずに握り続けてくれていたことを。
恨む理由など、あるはずがない。
けれど、少年の瞳には、もはや幼子のものではない色が宿り始めていた。
喪失に焼かれ、怒りに濁り、行き場を失った殺意だけが、目の前に立つ"生者"へと牙を剥く。
身体は動かない。
喉は声を拒む。
それでも胸の奥では、言葉にならない叫びだけが渦を巻く。
──お前たちのせいだ──
ジルは半歩ほど離れた場所で、その矛先を静かに受け止めていた。
伝わってくる。
どうしようもなく、やり場のない感情が。
愛する者が、理不尽な暴力の果てに朽ちていく。
それは心だけを、むき出しのまま引き裂かれるような痛み。
──それは彼女自身が、かつて囚われの地で嫌というほど味わった絶望でもある。
「……私たちのことは、いいの」
ただ、雨音に溶けるほど小さな声を静かに落とす。
そしてゆっくりと歩み寄ると、少年の前に膝をつき、愛する肉親の亡骸へ、そっと死装束を掛けた。
いま、この少年に対してできることは何ひとつない。
その手を握ることも、抱きしめることも──結局は自らの慰めにすぎない。
ジルは静かに立ち上がり、亡骸へ視線を向けたまま、低く告げる。
「でも……お姉さんのことだけは、そんな目で見ないであげて」
それは責める声でも、諭す声でもない。
ただ、彼女自身の生の意志を宿した声だった。
「あなたのその小さな手を、この世の不条理のために穢すようなことは、決してしないで」
消え入りそうな、小さな蝋燭の灯。
それを吹き消すのは、他の誰でもない──自分自身の濁った吐息。
一度消してしまえば、もう二度と灯は戻らない。
何があっても。
心が壊れようとも。
たとえ世界のすべてを憎みたくなったとしても。
決して失ってはならない。
「あなたは、 絶対に……“獣”になんかならないで」
降りしきる雨のなか、ジルは胸の内に最後の祈りを抱いたまま、静かに踵を返す。
願わくば──
あの子がいつの日か、悲嘆の闇を越え、憎しみに蝕まれることなく、人の温もりに抱かれし生を歩まんことを。