FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
「でよ! すげぇのはこっからよ。鉄と鉄がぶつかった瞬間に地鳴りがして、がれきまで舞い上がっちまってな──」
「……野蛮ねぇ」
襲撃の爪痕がまだ生々しく残る宿の一室。
古びた梁からは、ときおり埃がぱらぱらと舞い落ちる。
その食卓を囲み、身振り手振りを交えて昨日の激闘を語る少年と、それを聞く二人のエルフ。
もっとも、「語る」と言っても実際はイシドロが一方的にまくし立てているだけなのだが。
パックとイバレラは相槌こそ打つものの、それ以上話を広げようとはしない。
いつもなら茶々の一つや二つ飛ばしてくるはずなのに、今日はどこか気の抜けた反応ばかりだった。
そんな空気にも気づかぬまま、イシドロの興奮はまだ冷めない。
「ガンガンのメラメラってなもんよ! まさに全身全霊! 魂をぶつけ合う怪物同士の死闘だぜ。おりゃ、まだ興奮が治まらねえや!」
「……暑苦しいわねぇ」
「こうだぜ、こう! あのおっさんが一瞬下ブレた瞬間に、ガッツの兄ちゃんがすげぇ速さで前足を──」
鈍い反応がもどかしかったのか、とうとう少年は全身を使い始める。
語るだけでは飽き足らない。
自分が見たものを、少しでもこの場にいる者たちへ伝えたい。その一心なのだろう。
それほどまでに、あの激闘は少年の目に焼き付いていた。
「ちょっ、テーブルに足乗せんじゃないわよ!」
食卓を揺らされ、さすがのイバレラも鋭く声を上げる。
その隣では、パックだけが妙に静かだった。
イシドロの話を聞いていないわけではない。視線は向けているし、相槌も返している。
だが、その表情にはどこか物憂げな色が浮かんでいた。
「ベッチー、ごめんな~。今日はこれでガマンしてちょ」
そう言ってベヘリットへ"餌やり"をする姿さえ、どこか上の空に見える。
差し出されたカビだらけのチーズの欠片を押し込まれ、ベヘリットは何も語らない。
ただ、まるでパックの胸中を知っているかのように、その顔だけがむにゃりと歪んだ。
窓辺からは、朝の日差しが差し込む。
ようやくやってきたその穏やかな陽光に肩の力を抜きながら、ファルネーゼは湯気の立つ茶へ静かに口をつける。
器を卓へ戻した、そのときだった。
「雨……あがったようですね」
飲み終えるのを待っていたかのような間で、セルピコが声をかける。
「ええ……そうね」
先ほどまで町を叩いていた不吉な豪雨は嘘のように止み、いま窓の外には澄み切った空が広がっていた。
ようやく、本当の意味で道が開けた──そんな晴れた思いが胸を掠める。
セルピコが役場から戻ってきたのは、宿を見つけてほどなくしてからだった。
話によれば、例の港町まではあと二日ほど。そしてその先には──鎮守府ヴリタニス。
目的地はもう目前に迫っている。
「遅くとも……明日の朝には」
「ええ。出立しませんと」
言葉はそれだけだった。
二人は静かに茶を口へ運びながら、神意官とのやり取りを思い返す。
法王庁の教えを奉じる官職──それでありながら、なお心の奥底には、この土地を守る風精への信仰が残っていたこと。
だからこそ自分達を異端として切り捨てるのではなく、二日という猶予を与えてくれたこと。
その話を聞いたとき、ファルネーゼの胸には言いようのない感情が芽生えていた。
唯一絶対の教えだけを信じていた頃なら、決して理解できなかったはずの祈り。
けれど今の彼女には、それを笑うことはできない。
目に見えぬものを畏れ、救われ、時に導かれる──そんな人の在り方を、自分もまた知ってしまったのだから。
その静寂を縫うように、横では相変わらずイシドロの声が飛び交っている。
「でもよ、昨日はすげぇもん見ちまったよな。ガッツの兄ちゃんもやべえけど、あのおっさんもまさかああ返すたぁな……」
言葉にこそ軽さがあるが、二人とも心の底では感じていた。
あれは、ただ剣を振るう者の戦いではない。
人の技も、魔の理も、そのどちらにも収まりきらない何か。
共闘という形でそれを間近に見たセルピコもまた、その余韻を消せずにいた。
「……なぁ。あの火の竜巻みてえな技、どうやって出したんだ? 試しにこいつでやってみたけど、全然ダメだった」
イシドロはそう言って、腰のサラマンデルの短剣を軽く振ってみせる。
「……試したんですか」
思わず、といった様子でセルピコが口を挟む。
「おう!」
「おう、じゃないわよ」
すかさずイバレラが頭をはたいた。
火の元素霊サラマンデルは、四大元素の中でもひときわ気性が激しい。
その力を宿す短剣は便利な反面、扱いを誤れば術者ごと焼きかねない代物だ。
イシドロはその向こう見ずな性格ゆえ、シールケから何度も釘を刺されている。
「だってよ。あんな常識外れの火ぃ見せられたら、気になるじゃねぇか。俺だって、一応は火の霊の主なんだし」
そんな彼の言葉に、少し離れた席に座るファルネーゼが静かに顔を上げた。
戸惑いを含んだ声で、思い出すように口を開く。
「お師匠様のお話では……あれは“魔術”とは異なるもののようです」
詠唱はなかった。
魔法陣も、触媒もない。
ただ、剣を振るうその一瞬だけで、意志に応えるように噴き上がる。
少なくとも、ファルネーゼたちが学んできた魔術の理とは、まったく異なる力だった。
「あれが魔術じゃねえなら……なんて呼ぶんだ? 超能力とか?」
「さあ……。お師匠様も、それ以上は……」
その答えに、テーブルの空気が少しだけ静まった。
やがて、お師匠という言で思い出したかのように、イシドロが椅子から腰を浮かせる。
「そういや、シールケの奴は?」
「お師匠様なら……」
「一人にしておいてほしいみたい」
イバレラが肩をすくめて答える。
「……あいつ、最近付き合い悪ぃな」
その一言に、エルフの眉がぴくりと吊り上がった。
「なに言ってんのよ! 見知らぬ町で連戦続き、挙句ヘンなものまで見せられて……疲れてるに決まってるでしょ? みんな、あの子に頼りすぎなのよ!」
勢いよく言い切ると、イシドロは「へいへい」と肩をすぼめるしかなかった。
そのやり取りを黙って聞いていたファルネーゼは、首元のスカーフをそっと整え、静かに椅子を引く。
「ファルネーゼ様?」
「……少し、席を外してきます」
短くそう告げると、彼女は部屋を後にした。
仲間たちの視線に見送られながら、閉じた扉の音だけが静かに響く──
「……おい。ファル姐ちゃん、行っちまったぞ」
「……あんたがヘンなこと言うからでしょ」
「お、俺のせいかよ」
いつものようなやり取りが、食卓に小さく戻る。
そんな中、セルピコは彼女の去った扉を見つめたまま、静かに目を伏せた。
止めることはしなかった。
誰のもとへ向かうのか。
何を掛けようとしているのか。
口にせずとも、それは十分伝わっていた。
──変わられましたね、本当に
この旅路で、彼女は大きく変わった。
それは、これまで幾度となく感じてきたことだった。
そして、これからもまた変わっていくのだろう。
自分の傍らにいるだけでは見られなかったものを。
自分では導くことのできなかった場所を。
彼女は、彼女自身の足で歩み、見つけていくのかもしれない。
──それは、喜ぶべきことなのに。
なぜか胸の奥が、じわりと熱くなる。
セルピコは視線を落とし、冷めかけた茶を口へ運ぶ。
苦味の残るその味が、なぜかひどく懐かしく感じられた。