FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
寂れた部屋の窓辺に腰を下ろし、夜気にあてられた右手を見つめる。
まだ握れる。
まだ振るえる。
まだ戦える。
戦いが終わった直後は、いつもそうだった。
昂ぶった神経が、身体の損傷を隠している。苦痛も疲労も、まだ意識の底へ沈んだまま、表には浮かび上がってこない。
だが、戦いのない時間が訪れれば、否応なく思い知らされる。
今なお残されている、唯一の生身の右手──
それは戦うための手であると同時に、自分が何とどれだけ戦い、どれほどの痛みを刻み、刻まれてきたのかを突きつけてくるものでもあった。
窓の外では、月が夜空に浮かんでいる。
身体は疲れている。
それでも、目を閉じて眠ろうとすると、かえって神経が冴えていく。
あの月が、魔術的な諸力に満ちていた、あの日の満月に近いせいだろうか。
それとも──
ガッツは答えを探すことをやめた。
今はただ、指先に残る鈍い痺れと、手のひらにこびりついた熱だけが、はっきりとした感覚として残っている。
「……結局、最後まで何モンかわからなかったな」
数歩離れた小卓の上で、左腕から外した義手が、鈍い月明かりを返していた。
その装甲は大きく歪み、内蔵された矢の射出装置も一部がひしゃげている。
「……しばらくは、使いものにならねぇか」
ひと息ついた今になって、じわりと冷や汗が滲む。
あのとき、辛うじて受け止めた紅蓮の奇跡。
その炎に紛れるようにして繰り出された、重い一閃。
とっさに身を捻り、左腕を掲げた。
それと同時に、刃の軌道がほんのわずかに逸れた。
その二つがなければ、壊れていたのは義手だけでは済まなかっただろう。
月明かりの下、損傷した義手は黙ったまま、その事実を物語っている。
鉄の表面には、あの炎の熱がまだ残っているように見えた。
──もしあれをまともに受けていたら
縁起でもない想像が、胸をよぎる。
あの剣筋に乱れはなかった。
動きは研ぎ澄まされ、力の流れには、魔術としか思えぬ理が通っていた。
だが、剣を振るう者の技としても、魔術による攻撃としても、どこかが決定的に違う。
何が違うのかは、まだわからない。
ただ、違う。
それだけは、感覚が告げている。
「………」
ガッツは右手をぎゅっと握り、震えを鎮めて首筋に添える。
そこで初めて、あの
今日出会った、謎めいた二人。
その傍らにいた、獣とも魔物ともつかぬ存在。
そして、戦いの最中にわずかに疼いた烙印。
あの痛みは、いつものそれとは違っていた。
使徒に近づいたときの、肉を抉るような疼きではない。死霊や魔物に向けられたときの警告じみた反応でもなかった。
かといって、霊樹の館の婆さんから感じたような、深く静かな霊力とも異なる。
もっと深く、底知れぬほど大きい。
それでいてどこか、無垢なものの気配があった。
まるで、世界の底から生まれ落ちたばかりの赤子が、何も知らぬままそこにいるような──そんな、奇妙な感覚。
ガッツは眉をひそめた。
(あれは……)
今ならわかる。
そして、きっとあいつも──キャスカも同じものを感じていたにちがいない。
(あれは………“別モン”だ)
自分が追うべき相手でも、まして立ち向かうべき相手でもない。
ただ自分たちとは異なる、別の次元に属する何か。
本来なら、決して交わることのなかったはずの、異なる摂理に属する剣──
それでも、こうして思い返さずにはいられないのは、
あのとき全身を貫いた熱が、いまだ自分の内に残っているからだろう。
(そうだ。気のせいなんかじゃねぇ……)
あれだけは。
(あれだけは……確かなものだった)
思い返す。
あの炎に触れた瞬間、胸の奥に巣食う狂気の魔獣が、わずかに後退したことを。
焼き払われたわけではない。
消えたわけでもない。
ただ、烈日のような熱に晒されることを嫌うように、あれほど近くにあった獣の気配が、闇の奥へと退いていったのだ。
奴が、それを意図していたとは思えない。
奴はただ、目の前の敵を斬るために炎を振るっていただけだ。
それでも、あの炎は──
(俺に、何かを伝えようとしていたのか)
己と同じような怒りと絶望の熱を孕みながら、それらに呑まれることなく、なお燃え続ける不思議な輝き。
そして何より、奴と剣を交えた瞬間に覚えた、あの昂ぶり。
狂気に身を委ねたときの、獣じみた昂揚とは違う。
自分の意志で剣を握り、自分の力で踏みとどまるための熱だった。
人として戦え──
まるで、そう告げられたように。
「………」
ガッツは卓上の小瓶を手に取った。
中で揺れる青い液体が、月明かりを受けてかすかに光を返している。
その色を見つめているうちに、
記憶の奥底から、ひとつの声が甦った。
『その鎧に宿る気は決して消えることのない炎と同じ。たとえ一度御したとしても火種は燻り続ける。機があれば容易く業火と化す』
『たとえ護符が施されていようとも、ゆめゆめ侮らぬことだ』
『お前が人として在り続けたいと望むのならば』
あの騎士の言葉が、今になって別の重みを帯びて返る。
あの炎は、狂気を消したわけではない。
ただ、一時的に遠ざけただけだ。
──獣はまだ、胸の奥で燻っている。
じっと熱に耐えながら。
いつかまた、牙を剥くその時のために。
「──チッ」
ガッツはそこで思考を打ち切り、短く息を吐いた。
「……どいつもこいつも」
吐き捨てるように呟き、右手の親指で小瓶の栓を弾き飛ばす。
「人をバケモン扱いしやがって……ったく」
悪態をつきながら瓶を口元へ運び、
そして月光を受けて青く揺らめく液体を、喉の奥へ一気に流し込んだ。
味覚を失いかけたその舌に、ほんのわずかな苦味を感じながら──。