FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
“遥けき時の彼方に潜みし、神獣たち。
その躯に宿るは、限りなき幻光。
創生より受け継がれしは、永遠の
幼いころ、聞かされた神話があった。
まだ言葉の意味もわからぬまま、ただ耳に残った、不思議な響き。
“召喚の刻を待ちわび、時の狭間を越え、
いま此処に顕現するは──
朽ち果てぬ牙、刻まれし翼。
救いと滅びの彼方より……”
それはまだ、霊樹の館で師フローラの傍らにいた頃。
幼いシールケが、陽だまりの中で師から聞かされた古い神話の一節だった。
当時は、その意味など知る由もなかった。
ただ、師の声とともに流れ込んでくる、温かな旋律として。
ひどく遠い昔から、自分の知らぬ何かを呼び続けている言葉として。
それだけを、幼い胸の奥にしまい込んでいた。
けれど今──あの頃には意味を持たなかった一節一節が、淡い光を帯びて甦ってくる。
昨日、身をもって感じた二つの“力”。
魔術という理そのものを、まるで意に介さぬかのような圧倒的な存在。
あのとき偶然立ち寄った村外れで感じた、二つの存在の残り香。
それは今、明確な形となって目の前に顕現した、“牙”であり、“翼”であるように思えた。
そして今夜──ついに、その全貌に近づく機会が訪れる。
(……感じる)
シールケは胸元に手を添えた。
はっきりとした姿が見えるわけではない。
声が聞こえるわけでもない。
ただ、夜風に紛れて流れてくる、そこに残されたものを感じ取りながら歩を進めている。
大地に染みついた、微かな残滓。
空気に漂う、魔力とも異なる奇妙な余韻。
そして、その奥に潜む──あまりにも巨大な存在の名残。
(この先……)
少女は歩き続けた。
一歩。
また一歩。
(あと……ちょっと)
近づくほどに、胸の奥がざわめいていく。
けれど、それ以上に──知りたかった。
古の神話が語った“神獣”とは、本当にあの者たちのことなのか。
答えは、まだ分からない。
けれど、確かめなければならなかった。
あの二つの力が、なぜこの目の前に現れたのか。
あの神話と、どこか重なるように感じる、この不思議な存在たちが何者なのか。
そして何より──あの途方もない力が、いったい何処から生まれたものなのかを。
──知りたい。
その一心だけが、少女の足を、宿の灯りへと運んでいた。
……。
歩みのなか、
シールケは、ふと夜空を仰いだ。
無数の星々と、その中心に浮かぶ月。
静かな月光が、夜の闇を淡く照らしている。
(月が……あんなに)
あの夜のように、心をかき乱されることはなかった。
けれど──なぜだろう。
同じ月のはずなのに、その輝きはあのときよりもずっと大きく感じられる。
──それこそ手を伸ばせば、届いてしまいそうなほどに。
(私は……)
ふと、足が止まった。
夜空を見上げていた瞳に、強い月明かりが静かに落ちてくる。
(私は……なにをしているんだろう)
シールケは抱えていた杖を力なく下ろした。
胸の内で、迷いと探究心が激しくせめぎ合う。
ひとまずの戦いを終えた今こそ、すぐにでも旅を再開せねばならない。
キャスカの心を救うため。そして、ガッツに安らぎを得てもらうため。
その歩みを止めている暇など、本来はない。
自分の知らぬ“力の根源”に手を伸ばしたい──
そんな個人的な願いなど、今は捨てるべきなのだ。
頭では、そう分かっている。
けれど──
ならば、なぜ自分はここにいるのだろう。
いったい何が、こんなにも自分の心を捉えて離さないのだろう。
答えを見いだせないまま、自責の念だけが、頭を巡り続けていた。
(お師匠様……)
気づけば、シールケは亡き師の名を呼んでいた。
強い月の光は、なおも静かに降り注いでいる。
まるで──心の奥底に沈殿する迷いを、浮かび上がらせるかのように。
(私は……自分が分からなくなりそうです)
仲間を救いたいという思いは何も変わっていない。
それに、もしこのまま進めば、もう戻れない禁忌の領域に踏み入ってしまうかもしれないのだ。
それでも──惹かれずにはいられなかった。
未知なる力を前にしたとき、恐れよりも先に手を伸ばしてしまう。
それは術師であれば、誰もが心の奥に抱える性なのかもしれない。
……でも、本当にそれだけなのだろうか?
月光は、なおも戸惑う心中を照らし続ける。
だが、シールケはずっと、その明かりから目をそらせずにいた。
(もし、この月明かりから目を背ければ……きっと、私は身動きがとれなくなってしまう)
いっそのこと、照らし出してほしい。
この未熟な心を、すべて。
一片も残さず、余すことなく、すべてを──
そのとき、
彼女の心の奥底で、やさしい声がそっと響いた。
『世界に内在する力の知識だけを盲信することなく、奇蹟のみに心を捕らわれることなく、目の前にある事実にも目を凝らしてごらんなさい』
あの夜、霊樹の館で。
烙印を持つ者たちとの出会いに戸惑っていた自分に、師がかけてくれた言葉。
なぜかそれが今、もう一度胸の奥で息を吹き返す。
(目の前にある……事実)
シールケは、いま一度戦いの場を思い返す。
あの氷の淑女と共に戦ったこと。
あの炎の剣士と共に死者を弔ったこと。
自分自身の目で見た、ひとつひとつの事実を。
(……私は……)
いま一度、自らに問いかける。
力に惹かれていたのは、確かだった。
その正体を知りたいと思ったのも、本当だ。
けれど、それだけではなかった。
その力を持つ彼らが、何を思い、何を選んでいたのか。
何を背負い、何と戦っていたのか。
自分はそれを、しかと見届けていたのではなかったか。
(そうだ……私が、私が見ていたのは)
あのとき、師は語っていた。
神は、人の子に運命を与えたもうのだと。だからこそ、彼らの強大な力に惹かれることもまた、神が私に与えたもうた運命なのだと。
どこかで、そう思っていたのかもしれない。
けれど、本当に惹かれていたものは。
魔術の理を超えてなお、この心に響き続けていたものは──。
「……お師匠様」
「私、やっとわかりました」
それは、強大な力を宿してなお、
人であろうとする、その誇り。
力ゆえにあらず──
その痛みもろとも背負って生きる、彼らの在り。
それこそが。
抗いがたく自分を引き寄せていた、その理由こそが。
──自分を、この場へ連れてきたのかもしれない。
「あのとき、お師匠様は仰いました」
「運命は、ただそこに在るだけ。それをどう受け止め、どの道を選ぶのか。
それを決めるのは、神でも奇蹟でもない──人の子である自分自身なのだと」
目の前に投げかけられたものを、運命と呼ぶことはできる。
けれど、いまこの夜、自分の前にあるのは、“奇蹟の詩”などではない。
目の前に示された、ひとつの現実。そして、自分が選び取ろうとしている、ひとつの道標だった。
「あの人たちは、この町を護るために己を賭して戦った」
「禍を祓い、死者を弔い、そして、素性も知れぬ私たちに力を貸してくれた」
シールケは、静かに顔を上げた。
「なればこそ──」
定められた旅路の途上で、因果によって拓かれた、もうひとつの道。
もしそれが、私たちにだけ許された縁なのだとしたら。
もしこれが、彼らと私たちの間に結ばれた運命なのだとするなら──
「私は、その導きを……あとほんの少しだけ、信じてみたい」
シールケは静かに息を吸い込んだ。
夜風の冷たさが、頬を撫でていく。
その先に立つのは、月明かりに照らされた異能者たちの“神殿”。
彼女は樫の杖を握り直し、その未知なる扉へ向かって真っすぐに歩き始めた。
──お師匠様。
私はまだまだ未熟なのかもしれません。
でもこの“兆し”が、この“予期しなかった出会い”が、きっとこれからの私たちの道筋にもうひとつの光をもたらしてくれる……
そんな気がするのです。