FF16×ベルセルク ―生贄の烙印とドミナント― 作:ほろにが
意識は微睡みの中にあった。
うすぼんやりとした視界を埋め尽くすのは、
世界のすべてを焼き尽くすかのような、赤く、激しい炎。
息を吸うたび、喉が灼けるようだった。
熱は肺の奥へまで入り込み、呼吸することさえ苦痛へと変えていく。
城壁は崩れ落ち、同志たちは絶叫の末に倒れていく。
血に沈んだフェニックスの紋章は、再生と復活の能を忘れたかのように、舞い落ちる灰の中へ埋もれていった。
全身を覆う激しい熱のせいなのか。
それとも──抗いようもない恐怖のせいなのか。
侵食されかけた身体は、ただ歯を食いしばることしかできない。
喉から漏れるのは、もはや声とすら呼べぬもの。
内側から溢れ出す何かに抗うような、獣じみた咆哮だけが、炎に覆われた空へと放たれていた。
──ダレダ?
誰かが、そんな自分を掴んでいる。
それは厳しくも、温かな手だった。
少年だった自分に剣を教え、戦うことの意味を教えてくれた、大きな手。
けれど、炎は止まらない。
肉が爆ぜる。
骨が砕け、白く焼け、灰へと崩れていく。
それでも、その手だけは離れなかった。
焼け爛れ、皮膚が剥がれ、指の形さえ崩れていく。
それでもなお、縋りつくように。
最後の力を振り絞るように。
自分の腕へ、ぶら下がるように絡みついていた。
ただ一本。
灰と化した、その手だけが──
「──ッ」
暖炉の火が、ぱちりと爆ぜた。
その小さな音に引き戻されるように、クライヴはうっすらと瞼を上げる。
「眠っていたの?」
意識が現実の輪郭を取り戻したとき、最初に映ったのは、暖炉に薪をくべるジルの後ろ姿だった。
「……少しな」
クライヴは椅子に腰かけたまま、浅く息をついた。
暖炉に揺れる小さな炎を見つめながら、朧げに残る夢の残骸に思いをはせる。
「本当にこんな町外れの小屋でよかったの? せっかくビルさんが綺麗な宿を用意してくれたのに」
ジルは少し不満げに、苦い笑みを浮かべながら振り返った。
「その言葉に甘える気分じゃないんだ」
短い返事が、乾いた室内に落ちる。
薪がまたぱちりと弾けた。
その小さな炎が、クライヴの横顔を淡く照らす。
「いつだったか、前にもその台詞を聞いた気がするわ」
「そうだったか……?」
とぼけたような返事に、ジルはかすかに微笑んだ。
崩れかけた入口から隙間風が吹き込み、壁際ではトルガルが身を丸めて、微かな寝息を立てている。
ジルは冷たい風を頬に受けながら、まだ頼りない暖炉の火を見つめていた。
「……ジル」
「なに?」
「オスカーは、なぜフェニックスゲートなんかへ向かったと思う?」
ジルは手を止め、わずかに振り返った。
「分からないわ……どうして?」
「いや……」
クライヴは答えず、再び窓の外へ目を向けた。
今にして思う。
オスカーは、明確な意志を持ってあの地へ向かったのではないかと。
マードック将軍のことを。
故郷のことを。
あるいは、自らが何者であるのかを。
探らずにはいられない理由が、彼をフェニックスゲートへ向かわせたのだとしたら──。
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
昨日、あの黒衣の剣士の目を見たからかもしれない。
愛する者を失った者の目。
奪われたものを前にしてなお、不条理へ刃を向けようとする者の目。
あいつもまた、同じものを抱えていたのではないか。
あの巨剣を携えた、黒衣の剣士のように。
そして──かつての、自分のように。
淡い夢の中で自分を掴んでいた将軍の手が、今も暖炉の炎の向こうで揺らめいているような気がした。
「こうしてると、なんだか、隠れ家のみんなが懐かしいわね」
冗談めかすように、ジルが唐突に古巣のことを口にした。
その懐かしさゆえか、顔にはかすかな笑みが浮かんでいる。
「そうだな」
クライヴも短く答える。
「ここに来てから、ずいぶん時間が経ったように感じるわ。何事もなければいいけれど」
目を瞑れば、仲間たちの顔が浮かんでくる。
ジョシュアの容態はどうだろう。
平静を装ってはいるが、あの身体では、いつ倒れてもおかしくない。
ガブは。
ミドは。
オットーは。
隠れ家のみんなは、どうしている。
いや──隠れ家だけではない。
航行船エンタープライズを預けた、バイロン叔父。
各地に残してきた“シド”の支援者たち。
さらに言えば、突然行方を絶ったディオン・ルサージュのことも気にかかる。
黒の一帯は広がり続け、各地ではエーテルの濃縮が進んでいる。
人も、魔物も、アカシア化に呑まれつつある。
それを知りながら、ここでこうして足を止めている暇などない。
オスカーがどんな理由を抱えていたにせよ、一刻も早くあいつを見つけなければならない。
そして──あの地へ戻らなければ。
ヴァリスゼアへ。
「……ここまでの道のりで、ようやく分かった」
クライヴは椅子から立ち上がった。
暖炉のそばまで歩き、揺らめく炎を見つめる。
「俺たちだけでは無理だ」
炎が、ぱちりと鳴った。
「協力者が必要だな」
──協力者。
しかも、ただの人間ではない。
必要なのは、他者の居場所を知ることのできる協力者。
遠く離れた場所にいる人間の気配さえ、感じ取れるような能力を持つ者だ。
クライヴには思い当たる記憶があった。
“奴”の──アルテマの能力。
あの存在が触れてきたのは、自分の肉体ではなかった。
直接、精神の奥へと踏み込み、抗う間もなく意識を攫っていった。
(あのとき、奴が干渉してきたのは……俺の身体じゃない)
あの異空間へ飛ばされたのも、おそらくは肉体そのものではない。
精神だけを切り離され、あの場所へ送り込まれていたのだろう。
肉体を介さず、精神へ触れる。
遠く離れた場所にいる者の存在を感じ取る。
この世界で、そんなことのできる者がいるとすれば──。
「ねえ」
不意に、ジルが口を開いた。
「あの“魔女”さん、だったかしら……協力を頼んでみない? もしかしたら、オスカーの気配を探れるかもしれないわ」
クライヴは小さく頷いた。
「ああ。俺も、今そう思っていた」
彼女の不思議な力。
天の光、自然の猛威の司り、霊体の浄化、それは道を閉ざされた二人にとって輝く奇跡そのものに感じられた。
もし、あれがアルテマと同様に、人の理解を超えた領域に踏み込んだ者だけが成し得る力だとすれば。
オスカーの居場所を探ることも、あるいは──
「ああ、でも……」
ジルが言葉を濁した。
「覚えてる? あのローブを着た娘」
「ああ」
「あの子を救うために旅をしている、と聞いたわ。彼らにも、彼らの事情がある。私たちが──」
「いや……」
クライヴは、静かに首を振った。
「あの娘も、きっと無関係じゃない」
「どういうこと?」
「あの娘にも、あった」
クライヴの脳裏に、あのとき見た印が蘇る。
あの男の首筋に刻まれていた、禍々しい烙印。
目を向けるだけで、こちらの意識まで引き寄せられるような、得体の知れない強い引力。
その傍らにいたあの娘にも、胸元の辺りに同じような印があったのを覚えている。
「あの剣士も、あの娘も……きっと何かを握っている」
二人がこの世界にいる理由。
自分たちがここへ導かれた理由。
どちらもまだ定かではない。
だが、確かなことがひとつだけある。
「俺たちの力は、あの烙印に引かれている。ここで一時的に分かれたとしても、またいつか引き合ってしまうだろう」
クライヴは、窓の外へ目を向けた。
「だが、俺たち自身は……あれに抗おうとしている」
それが何を意味するのか、まだ分からない。
ただ、あの少女なら。
「きっと、あの二人と俺たちの間にある何かを繋ぐ……懸け橋になる」
ジルが、息を呑む。
クライヴは静かに続けた。
「そして──その先に……オスカーがいる」
確かな根拠など、何ひとつなかった。
それでも。
「……そんな気がするんだ」
二人は月を見上げた。
ここにはメティアなどない。
見上げる月は、どこまでも冷たく、無機質に輝いているだけだ。
それでも、願わずにはいられなかった。
この奇縁が。
この世界で交わった、思いもよらぬ出会いが。
いつか何か意味のあるものへと繋がっていくことを──。
「……オスカーは」
「ああ、きっと見つかるさ」
それ以上、二人は何も語らなかった。
暖炉の火だけを残して。
小屋の中は、深い静けさに包まれていく。
やがて──
閉ざされた扉の向こう、夜の冷気に紛れて、何者かの気配が近づいてくる。
風に運ばれてくるのは、森の湿り気。
そして、草花を思わせる、かすかな香り。
嗅いだのは、たった一度だけのはずだった。
それなのに。
ひどく遠い昔から知っていたような、胸の奥に、懐かしさにも似た不思議な感覚が残っている。
トルガルは音もなく身を起こし、窓の外へ顔を向けた。
夜空に浮かぶ、冷たく白い月。
そのすぐ傍らで、窓硝子に映った暖炉の火が、赤く小さく揺れている。
それは、月の隣に瞬く、ひとつの赤い光に見えた。
願いを託し、帰るべき場所を思い出させてくれる光。
トルガルはただ静かに、かつて遠い故郷の夜空で見上げた星を想うように。
その揺らめきを、いつまでも──見つめていた。