太陽が空の中心に昇っている時刻、広大な草原の中を、数台の大型馬車が、草原を横断する街道を走っている。
その草原は広く、一面が緑の草で覆われており、まばらに樹木が生えている。小さな丘が凹凸のようにチラホラとあるが、基本的に平らでとても見晴らしの良い平原だ。
その街道は、その平原を真っ二つに割る形で伸びている。
細かく区画されている訳ではないが、草一本生えていない茶色い地面と、ならされたような凹凸のない平面から、かなり昔から、多くの人間の行き来があることが伺える。
ここはエルダー王国という国の南部の領内で、そこを走っているこの馬車の中には、南の国から入国したばかりの者達が乗っている。
乗客は観光客・商人・出稼ぎ労働者など、様々な身分の者が乗っていた。一番後ろの2台には、人ではなく大量の菓子類が詰め込まれている。輸入予定の南の国特産の菓子だ。
この一団は、あと1時間もすれば、この草原を抜けてエルダー最南部の街“パーフェクション”に到着する予定である。
ちなみにこの乗り物、今まで“馬車”と表記していたが、厳密には違っていたりする。
御者が手綱を引っ張り、この10人以上の乗客が座っているこの大型の車を引っ張っているのは、馬ではなく巨大な鳥だった。
その鳥は、池などでよく見かける水鳥のカルガモによく似ている。
全体的に黒く、先端が黄色い平らな嘴・茶色く覆われた羽毛と尾羽・橙色で水かきの付いた足・茶色い羽毛の線が通過した小さな目、外見だけならどこからどう見ても普通のカルガモであった。
だが大きさは全然違っていた。そのカルガモの身体は、人間よりも遙かに大きい。数百キロはある牛馬と同等の巨体を有していた。
その怪物のような奇怪な鳥が、それぞれの馬車に2羽ずつ繋がれており、普通の馬と変わらない力と速さで馬車を引っ張っている。
この巨大カルガモの名前は“ジャイアントダック”という。
エルダー王国で多く飼われている鳥の魔物で、水・陸・空と、様々な場所を移動できる。その有能さから、この国では馬の変わりにこのジャイアントダックが様々な仕事に駆り出されている。
むしろこの国では、普通のカルガモを見かける方が珍しいぐらいだ。
ダック達の体力は凄まじく、もう1時間以上走っているにも関わらず、未だに走りに余裕がある。
いつも通りの快調な通行であるが、周囲の草原を見てきた御者達は、今までにない違和感を抱いていた。
「何か変だぞ? 何で鹿共がいないんだ?」
先頭を走っている馬車の御者がそう口ずさむ。
この草原では大昔から動物の狩猟・捕獲が一切禁じられている。そのためかこの辺りの動物は人間をまるで恐れない。むしろ街道を人が通ると、好奇心で自ら近寄ってくるぐらいだ。
だがこの日は、いつもは必ず見かける動物たちが、今日に限って一頭も見かけない。長年この街道を通っている御者達にとって、こんなことは初めてであった。
馬車の中では、そんなことは何も知らない乗客達が、長旅の疲れからかスヤスヤと眠っているか、騒がしくないよう小さな声で談笑していた。
「しかし村長、移住するにしても、こんな遠出をすることになるとは思いませんでしたね」
「村長はやめろ・・・・・・。シリシャマはもう廃村になったんだ」
若い男性に話しかけられた黒鬚の中年男性が、不愉快そうにそう応える。
「・・・・・・すいませんでした、マードックさん」
「ああ、こっちこそすまんな。悪い態度をとった・・・」
「ええ、まあ前の村では散々でしたからね。大蛇が出たと思ったら、次に得体の知れないトカゲが出たり・・・・・・」
「全くだ。もう蛇など二度と見たくない」
そう言いながら、マードックと呼ばれた男性が、更に顔をしかめて一つ息を吐く。
「しかしこの国は本当に安全なんですかね? 移民の受け入れをしてくれたのは感謝しますが・・・・・・見ましたよね? 向こうの馬車に乗っていった客の姿」
「ああ、あれには驚いたよ。この国ではあんなのが普通に住み着いるとでもいうのか? とうに人生終わっているのに、悠々他国へ観光とは、羨ましい限りだ」
後ろから3番目の馬車に乗っている、ある特殊な客の話題へと二人の会話が変わっていく最中、何の前触れもなく馬車が急停止した。
「うわわわわわっ!?」
今まで快調に走ってきたのだ。それを急ブレーキのように突然停めたものだから、その反動は凄まじく、馬車の中はひっくり返るかのように大きく揺れた。
上のデッキに置いてあった荷物が勢いよく飛び出し、睡眠中の者達は一気に意識を覚醒させられる。乗客達は突然の事態に、悲鳴すら上げられずに動転した。
「何事だ!? 狼でも出たのか!?」
マードックが外の御者に叫ぶように問いかける。
「ち、違う! 蛇だぁあああああああっ!」
“蛇”という単語に、マードックがトラウマを掘り起こされたかのように硬直する。他の乗客が、慌てて御者が乗っている側のカーテンを開け、窓ガラス越しにその様子を見た。
外には確かに蛇のようなものがいた。それは3匹おり、馬車の前にいたダックを襲っていた。
・・・・・・地中から。
「何だありゃあ!?」
乗客の一人が、それに素っ頓狂な声を上げる。
地面から蛇のような細い生き物が、地中からミミズのように這い出ており、それらが数匹かがりでダックの身体に巻き付き、あるいは噛みついているのだ。
その蛇もどきはかなり大きく、太さは成人男性の頭ほどもある。外見も変わっていて、表皮には鱗が全くなく、オレンジ色の滑らかな肌を持っている。顔には目が無く、口元からは細い触角が海老のように生えていた。
「グアッ! グァアアアアアアアアア!」
ダックはもがき苦しみながら蛇もどきに身体を取り押さえられ、地面に押しつけられている。傍らにいた筈のもう1羽のダックは、既に逃げ出したのか姿がない。
突然ダックが押さえつけられていた位置の地面が爆発した。いや爆発ではない。地中に潜んでいたとてつもなく大きな何かが、土を押しのけ一気に地表に飛び出したのだ。
「なっ、な・・・・・・」
乗客達があまりに非常識な展開について行けず、その巨体を呆然と見上げた。
地中から飛び出したのは、蛇もどきではなく、ナメクジのような姿をした奇怪な生物だった。
大きさは象ほどもあり、蛇もどきと同様に、その生物に目や耳はない。
頭部の先端には、鳥の嘴のような黒く硬質的な円錐形の口がついている。それは4つに別れて開く構造になっていた。上顎の嘴は大きく、下顎の嘴は上と比べると細長く、熊手のように三つついていた。
そんな巨大な生物が、上半身を全て地表に上げ、空を見上げるように立ち上がっている。
その巨大な口には、さっきまで地面に押さえられていたダックが、丸ごと咥えられていた。あの蛇もどきは変わらずダックの身体を拘束している。
よく見ると蛇もどき達はみな、この怪物の口内から、触手のように生えていることが判る。
ダックは足をバタバタと動かしながら、必死に抵抗するが怪物には何の影響も及ぼさない。
怪物はダックを加えたまま、地中に戻っていった。捕まっているダックは、蟻地獄に捕まった虫のように、ずるずると地中へと引きずられ、完全に土の中に埋まってしまった。
「「うわぁああああああああああ!」」
地獄のような光景を目の当たりにした。御者と乗客達が、混乱しながら馬車を下りだし、後ろの馬車へと走り出した。
残りの馬車達は、先頭が突然停止したことに何事かと不思議に思いながらも、皆その場で停まっていた。
「一体何が起こった? 何か変な音が聞こえたが?」
「化け物だ。とにかく急いでここから逃げさせてくれ!」
彼らの混乱ぶりに、後ろの御者は事態が判らず困惑する。その最中に、彼らは既に満員になっている馬車の中へと次々と乗り込んでいく。
だがそれは思わぬ形で、止めさせられた。地面から鼻息のような粉塵が上がったと思ったら、彼らが乗り込んだ大型馬車が、玩具のように容易くひっくり返ったのだ。
「うわぁあああああっ!? なっ、何だぁ!?」
御者は突然の馬車の転倒に巻き込まれ、歩き慣らされた街道の固い地面に打ち付けられ、鼻血を垂れ流す。
悲鳴は馬車の中からも聞こえ、馬車のドアの前にいた者達が、何人かそれの下敷きになった。
「なっ!? ばっ化け物!?」
馬車の転倒の原因はすぐに分かった。御者の目の前にあの怪物の巨体が存在していたからだ。
怪物は先程と同じように、上半身を地中から出していた。飛び出した先は馬車の真下。奴の巨体に上から押し上げられ、結果馬車が真横にひっくり返ったのだ。
異変は後ろの八台の馬車にも起こっていた。
怪物は複数いたようで、ある者はダックを襲い、ある者は馬車の側面に姿を現して襲いかかる。怪物の口からはあの蛇もどきの舌が三本伸び、手足のように器用な動きで馬車のドアに触れ始める。
「ひいぃいいいいいいいい!」
乗客達が次々と裏側のドアを開けて、外へ飛び出していく。この平原の中どこへ逃げようというのか、彼らは一目散に馬車から離れていった。
怪物達は地中に戻り、地中から彼らを追った。
逃げる乗客達の後ろに、あの怪物の動きの波動が地表に現れている。サメのヒレが水上を走っているかのように、土の隆起が連続して起こり、もの凄い速度で乗客達を追っていく。
「ぎゃぁあ!」
ついに一人の男性が怪物に捕まった。地面から生え出た蛇もどきの舌が、彼の足に噛みつき転ばせる。そして一気に地面が砕け、怪物が姿を現すと同時に、男性の身体を下半身から丸ごと呑み込む。
「うあぁああああああああっ!」
身体の殆どを呑み込まれた男性は、赤子のように泣きながら、残されていた右手を天にかざす。だが救いは現れず、怪物は男性ごと地中に戻っていった。
犠牲者は彼以外にも次々と出た。
動く地表の隆起があちこちで発生し、それが相当な速度で走って人々を追いつめていく。どうやらこの怪物達は、地中にいながらも獲物の位置を正確に把握する力があるようだ。
今まで異常に静かだった平原は、悲鳴と土の破壊音で満たされ、阿鼻叫喚の地獄となっていく。
そんな中、一人だけ馬車に残っている人間がいた。怪物達は彼を狙おうとせず、何故か遠く離れていく逃走中の乗客達を狙う。
その人物は魔物の生態にある程度の知識があり、この場は動かない方が安全であることを知っていたのだ。
彼は馬車の中に置かれていた魔法通信機を取り、パーフェクションに向けて連絡を取っていた。
「大変だ! “グラボイズ”が現れた! 現在位置は判らない。とにかくたくさんの、10?いや20を超えるグラボイズに襲われている! 早く軍に救援を呼んでくれ! うん?」
周囲を見渡しながら通信している彼の目に、不意に妙な物が映った。それはあまりに一瞬の出来事で、1秒でも顔を向けていなかったら気付かなかったかもしれない。
馬車の窓ガラスの向こうから見える晴れた青空の中に、何かがもの凄い速さで飛んだのだ。
それはかなり遠方の距離にあったらしく、形は視認できない。もしかして飛んでいる虫を見間違えのでは?とも彼は考えた。
その何かは上から下へと真っ直ぐ地表へと落下していき、馬車から遙か東の方角の大地に消えていった。
『どうした!? 襲われたのか!?』
ただならない事態を聞いて焦った通信相手の声が、受話器から聞こえてくる。その言葉に、彼は細く応えた。
「流れ星?」
グラボイズと呼ばれた怪物達が、盛んな狩りを行っている場所から数キロ離れた草原の中に、何ともおかしな物体が地面に突き刺さっていた。
それは長さ数メートルにも及ぶ、太い巨大な筒だった。
全体は銀色で、下部先端は釘のように尖っており、それが地面に貫くように深く突き刺さっている。上部にはクローバーのように三つに分かれた傘が付いており、パラシュートのように筒の上に広がっている。
突然この奇怪な筒から、耳につく機械音が発せられた。そして筒の側面が開き戸のように横向きに開け放たれた。そしてどうやら内部は空洞だったらしい筒の中から、何者かが外に出てきた。
それは人型の謎の生物だった。
身長2メートルを超える巨体で、筋肉質で屈強な体格である。銀色の軽装の鎧を着ており、顔と前頭部には同じく銀色の仮面で覆い隠されている。
仮面には鳥のような鋭い形状の目が付いており、ガラス状でそれで内側から外を見る仕様のようだ。下部の顎の部分が、上部より前に突き出ており、それ以外では特に装飾のないシンプルなデザインの仮面だ。
鎧が取り付けられていない箇所は、網目状の服が着込まれており、その裏側からはその怪人の肌が見える。その肌は両生類のように滑らかで、異彩な色をしていた。
これだけでこの人物が、人間とは異なる生物であることが判別できる。
仮面の後ろの、人間では髪の毛が生えている箇所には、管状の細長い棘が無数に生えている。それらがドレッドヘアのように、この怪人の髪型を形成していた。
怪人の右肩には、銃器と思われる筒状の物体が取り付けられていた。グリップの部分を中心に固定されており、横に回転できるように造られているようだ。
その銃は、誰も触れていないにも関わらず、まるで意思を持った生物のように、縦横にせわしなく動いている。
怪人の右手には大型の武器が握られていた。それは怪人の身長を超える長さの柄の、巨大なハンマーであった。
柄の先にある筒状のハンマーの頭は、鎧と同じく銀色で、横側面に黒いラインがある。
この武装をした謎の怪人は、筒から完全に抜け出て、黒く鋭い爪の映えた裸足で草原に足を踏み入れる。そしてグラボイズが住み着いている危険な平原を、意気揚々と歩き出した。