緊急救命の通信を受けたパーフェクションは、すぐにこの事実をエルダー王国軍に伝達した。
報告を受けた軍は、すぐに救助及びグラボイズ討伐の部隊を編成し、事件の起きた平原に向けて大急ぎで出発する。
救命報告を出した馬車団には、この国にとってとても重要な人物も乗っていたため、編成は実に迅速にかつ大がかりに行われた。その重要な人物とは、正確には“人”ではないのだが。
それとは別に、グラボイズ出現の報は、王国軍を大いに困惑させた。
“土のドラゴン”とも呼称されるグラボイズは、本来エルダーよりも遙か東方にある草原地帯に生息するモンスターである。魔物としての力はさほど強大なレベルではない。
だが狩りの仕方はかなり特殊である。地中をモグラのように移動し、音で獲物の位置をかぎ分け、地中から人間でも構わず喰らいかかる特性を持っている。
この地上からは見えない対処の難しい捕食方法と、その凄まじいほどの繁殖能力から、魔物の中でも飛び抜けて危険とされ、大量に狩られた。
そのため今となっては過去20年に渡って、グラボイズの目撃例は出ていない。
もう絶滅したのではないかとも言われているが、グラボイズの卵は、地中のどこに隠れて埋まっているのか判らないため、その国では未だに警戒態勢が抜けていない。
だがそれはあくまでその東方の国での話。
このエルダー王国にグラボイズが出現したという記録は、過去数百年に渡って一度たりとてない。それゆえエルダー王国内では、グラボイズの知名度はかなり低い。
それが何故突然にこの国の領内に現れたのか? 王国は何者かが、故意にグラボイズの卵を国内に持ち込んだ可能性が高いと考え、そちらの面でも調査することを決定した。
平原の上空に数十にも及ぶ飛行生物の姿が映る。救助隊が騎乗するジャイアントダックの大部隊だ。
ダックは、飛行能力は便利だが、空を飛ぶときに運べる重量は人間2人分が限界である。
多くの人間を運ぶためならば、陸路で馬車を引いていったほうが、効率が良い。だがここはグラボイズが生息している土地、陸路で渡るのはあまりに危険すぎる。
そのため遭難者全員を空へと乗せられるだけの数のダックを、ありったけ投入したのだ。
部隊は北から、馬車の一団が通る予定だった街道の真上を、沿うように飛んでいる。
道中、この平原の動物たちを全く見かけないことに気がついた。みなグラボイズの餌食になってしまったのだろうか?
しばらくして一団は街道の真ん中に停まっている、10台の馬車を視認した。
「全員停まれ! アールは下に降りて安全確認。残りは確認が取れるまで、空中で待機!」
先頭を飛んでいたダックの騎乗者がそう言うと、数十羽のダックたちは羽を強く羽ばたかせ、その場でホバリングを開始した。
巨大な鳥が群れをなして空中で停まっている光景は、中々滑稽な光景である。
ただ1羽だけ、アールと呼ばれた人物が騎乗しているダックのみ、地上へと下降していく。
「おいしょっと」
ダックと共に陸上に着地したその人物=アールは、まだ20代ぐらいの茶髪の若い兵士だった。
エルダー王国軍の制服の上に、軽装の鎧を着込んでいる。胸当てにはカルガモを模った紋章が描かれていた。
アールは眼前に存在している馬車の一団を見渡す。
牽引用のダックはおらず、馬車からも人気は全く感じられない。10台のうち2台は横に転倒しており、馬車の底が会ったと思われる地面は、何度も掘り返されたかのように荒れていた。
「王国軍だ! 救助にきた。誰かいないか!?」
試しに叫んでみるが、返答は無く、無言無音の空間が持続する。
アールは細かく調べる前に、突然しゃがみ込み、右手の掌を広げて地面に押し当てる。
一瞬地面についた掌が、茶色く光ったが、それ以降は何も起こらない。アールは目を閉じて何かに集中するように、無言でその場で固まっている。
20秒ほどして、唐突に彼は立ち上がり、上空にいる仲間達に両手を動かして、身振り手振りでサインを送った。
すると今までグラボイズの危険性を考慮して、上空に留まっていた部隊が次々と下降し、ようやく地面に着地した。
大地に60のダックがしゃがみ、それに乗っていた60人の兵士達が、馬車の周りを囲い、内部を確認していく。
だが残念ながら中には誰もいなかった。通信が行われたと思われる馬車にも、通信者の姿はなくもぬけの殻だった。
「アールは引き続きこの場所の安全確認をとり続けろ。何か現れたらすぐに上空に避難するんだ。ロンダはグラボイズ出現の際の準備をしてここに残れ。私を含めた残りの者は、この周辺一帯を捜索しろ。何も発見できなかった場合は1時間後にこの場所に集合だ。全員すぐにかかれ!」
部隊長の言葉と共に、兵士達は次々とダックに再び騎乗し、空へと舞い上がっていく。
そして円を描くように空中で列を組むと、三羽ずつ一組になって、草原一帯の空を分散して飛んでいった。
無人の馬車の傍らに残ったのは、2羽のダックとそれに乗っていた二人の兵士。地面に手を付けて何かを調べていたアールと、ロンダと呼ばれた女性兵士だった。
ロンダは40~50代ぐらいで、あまり手入れされていない適当に切られた金髪の中年女性だ。
救助隊の兵士達は、遭難者を運ぶ際にダックの負担を減らすため、極力荷物などは持たないようにしていた。だがロンダは違っていた。彼女の背中にはとてつもなく巨大なリュックサックが背負われていた。
縦の長さだけでも彼女の身長近くはある。よくこんなものを持ってダックに乗れたものである。
そんな巨大な物を背負っても、ロンダはまったく疲れた様子が見えない。見かけに比べて中身は軽いのか、それとも彼女がとてつもない怪力なのかは不明だ。
「おし。そんじゃアール、ここいらの見張りよろしく」
ロンダはいかにもだるそうな口調で喋った後、リュックサックを無造作にその辺の地面に放る。
そして馬車の中に乗り込み、中を物色し始めた。馬車の中には、鞄などの乗客の荷物がそのまま放置されている。
ロンダはそれらを次々と開けていく。中に財布などを見つけると、現金を抜き取り、自分の懐に入れていった。
「何やってるんだか・・・・・・」
ロンダがしていることに、外にいるアールも気づき、呆れ顔で深いため息を吐く。
アールは再びしゃがみ込み、掌を地面に置いた。
アールは土の魔法を得意とする術者だ。こうやって地面に身体を付けることによって、地中に在住している生命の波動を読み取ることが出来る。その範囲はかなり広い。彼はこうすることによって、この辺一帯にグラボイズがいるかどうかを見極めることが出来るのだ。
アールは大地の波動を読み、グラボイズがまだここには近づいていないことを再度確認する。
近くの馬車では、ロンダが何かをひっくり返したのか、騒がしい音が聞こえてきた。
アール達がいる位置から、少し離れた場所の平原の上空を、3羽のダックが飛んでいる。
それに乗っている部隊長を含めた3人の兵士達は、辺りに遭難者、もしくはグラボイズがいないかを双眼鏡を両目に当てながら、注意深く観察する。
やがて捜し物は見つかった。
草原の中にまばらに生えている樹木。その中のとりわけ大きな木の上に人がいたのだ。
枝と葉で、上空からは判りにくいが、先に相手が飛翔中のダックに気付き、枝を揺らしたり掛け声を上げたりして呼びかける。
それに兵士達も気づき、そちらに向かって飛んでいく。やがてその樹の近くにまで行くと、その樹には最低4人の人間が登っていることが確認できた。
「数人いますね。ダック3羽では一度に連れて行けませんが」
兵士達が、木の根本辺りに着地しようと降下を始める。だが・・・・
「待て! まだ降りるな! いるぞ!」
部隊長の突然の静止命令に、二人の兵士は慌てて停止し、ホバリング体勢に入る。
見ると樹の周辺の地面の土が一部動いている。土が急速に盛り上がり、そしてすぐに沈む。その動きは連続しており、何かが地中を動いていることに気づく。グラボイズに間違いない。
どうやら樹の上に獲物がいることを知り、ずっと周囲で食いつく機会を伺っているようだ。
「相手は一匹か・・・・・・。よし、お前達は空中停止を続けろ! ここは私が行く」
部隊長はグラボイズが動いている位置から100メートル程離れた位置に着地した。
すぐにダックから降り、背負っていた長槍を取り出した。そして何を考えたのか、その槍で地面を叩き始めた。
「こら、化け物! 獲物はここにいるぞ!」
部隊長はそう叫び、槍をハエ叩きのようにバンバンと地面に打ち付ける。
その震動に気付いたのか、樹の周りを旋回していた土の動きが一時的に止まり、今度は部隊長のいる方向へと走り始めた。
グラボイズは真っ直ぐ部隊長目掛けて突進する。
彼が走る度に土の隆起がモグラ穴のように次々と形成されていく。その動きは意外と速く、人間の逃走速度など完全に追いつきそうだ。
危機が急接近している部隊長は、逃げようとは一切しなかった。
地面を叩くのをやめ、得物の長い槍を構え、掴む腕から槍の柄へ、柄から槍の穂先へと自身の魔力を流し込んでいく。やがて槍の刃は多量の魔力を帯び、白く光り始めた。
グラボイズは部隊長の数メートル先まで接近してくる。残り1秒も経たずにグラボイズの、蛇舌が地表に飛び出て彼を捕らえて地中に引きずり込むだろう。
だがその前に部隊長が動いた。
「はあっ!」
部隊長が渾身の力を込めて、槍をグラボイズのいる地面目掛けて刺突する。
魔力によって威力を強化されたその刺突は、土を簡単に貫き、その下にいるグラボイズの肉体にまで届く。
部隊長の全身に強い衝撃が走り、身体が2メートル程押されるように後退する。それと同時に両手から、肉を刺し切り裂く生々しい感触が伝わった。
地面からブホ!と間欠泉のような土埃が吹き、グラボイズによる土の動きは一瞬で止まった。
部隊長はゆっくりと槍を地面から引き抜く。槍にはグラボイズの血液と思われるオレンジ色の液体が、ベッチョリと付着していた。
それは槍だけでなく地面からも出ていた。引き抜かれた槍の穴から、オレンジ色の血が、湧き水のようにわき出て、地面を濡らしていく。
グラボイズは、部隊長に地中から身体を突き刺され、更に自身の突進の勢いで槍に肉体を縦に切り裂かれてしまったのだ。
それによる深い手傷と大量出血によって、グラボイズは絶命して、二度と地面が動くことはなかった。
「よしお前達、降りろ」
部隊長のその言葉は、上空にいる部下達への物であったが、“降りる”という言葉に反応して樹の上にいる者達も次々と降りてきた。
「助かった。もう駄目かと思ったよ」
降りてきた遭難者の一人=マードックが涙ながらに部隊長に感謝の言葉を述べる。
「ああ、全く何でこんな事に。大蛇に村を追われたと思ったら、今度は地中のナメクジか? 何で私達がこんな目に? これは何かの祟りか? 私達が何かバチがあたるようなことをしたか!?」
「知りませんよそんなの・・・・・・」
感謝されたと思ったら、今度は愚痴を聞かされる部隊長。長くなりそうなので彼を無視して遭難者の人数を把握する。全部で5人、あいにく3羽のダックでは一度には運べない。
隣でまだ嘆いているマードックを放置して、残りの4人に問いかける。
「ここにいる他に遭難者はいますか? もしくは他に逃げ込んだと思われる場所は?」
「判らないよ。みんな無我夢中だったから。途中までは10人ぐらい一緒に逃げていた気がするが・・・・・・この大木を見つけて登ったときには、これだけしかいなかった」
「そうですか・・・・・・」
恐らく後ろにいた何人かが犠牲になったおかげで、彼らはここまで逃げ切ることができたのだろう。
「申し訳ありませんが、この人数を一度に運ぶことが出来ません。まずはこの中から3人を選んで・・・・・・」
そう言葉を続けようとしていた矢先、突然地面が揺れた。
「グエェエエエエエエエッ!」
一同が動揺する間に、背後からダックの悲鳴が聞こえてくる。
「何だと!?」
慌てて振り返ると3羽のダック達は、全てグラボイズに捕まっていた。
地中から3匹のグラボイズが顔を出し、それぞれがダック達を身体に噛みついて捕らえ、地中に引きずり込んでいく。
しかもグラボイズはその3匹だけではなかった。
「ぎゃぁああああああああっ!」
今度は遭難者の一人が悲鳴を上げる。別方向から走ってきたもう一匹のグラボイズが、地中から飛び出すように地表に現れ、舌を使わず遭難者の男性に直接かぶりついた。
地表にグラボイズの上半身が飛び出し、てっぺんの口から助けを求める兵士の手が必死に動く。
「クソが!」
部隊長は即座に、グラボイズ目掛けて槍の切っ先を向けた。
槍の先端から白い光があふれたかと思うと、そこから白い光の魔法弾が発射された。
それはグラボイズの腹に見事に命中。腹の肉が一部砕け、オレンジ色の血と肉片が飛び散り、グラボイズが痛みで悲鳴を上げる。だが致命にまでは至らなかった。
グラボイズは攻撃に一瞬怯んだもの、すぐに飛び出させた身体を降ろし、地面に潜っていく。
「うわぁああああああああああっ!」
遭難者達が大慌てで、先程まで登っていた樹へと走り寄ってくる。だが今度はその樹の根本の地面から、待ちかまえていたかのように6匹目のグラボイズが飛び出した。
一人がそれに驚きから躓いて転ぶ。グラボイズの3本の舌が彼の方へと伸び、両足に噛みつく。彼は悲鳴をあげながら、グラボイズと共に地中へ沈められていった。