「ひぃいいいいいい! 何でだ!? 一匹じゃなかったのか!?」
マードックがあまりに理不尽な出来事にそう叫ぶ。
彼らや救助隊が見たグラボイズの動きは、確かに一体だけであった。
だが実際には、その周囲に複数体のグラボイズが潜んでいたのだ。残りの者達は岩のようにジッと動かず、ジッと獲物を待ち伏せていたのである。
動き回っている一匹は囮。もし彼が途中でどこかへ移動してしまえば、樹の上の獲物達は、危機は去ったと思いこんで樹から降りてしまっただろう。
それを残りの者達が、一斉に襲いかかれば狩りは大成功だ。
「うわぁああああああああああっ! もういやだぁああああっ!」
残りの3人は逃げ場を無くし、がむしゃらになって草原へと走っていった。
「馬鹿、走るんじゃない! 音を立てるな!」
部隊長が叫ぶが、彼らの耳には届かない。彼らの足音に反応したのか、5匹のグラボイズ達は、一斉に彼ら目掛けて動き出した。
草原の中どんどん小さくなっていく遭難者達。それに追いつく速度で、グラボイズ達の走る土の隆起が進んでいく。
やがて遠くからの悲鳴と共に、3人の姿が草原から消えた。残されたのは樹の側にいる3人の兵士だけである。
「どっ、どうしましょうバード隊長」
「何って? どうすればいいんだ? 1匹ならまだしも、5匹同時に相手なんかできるか。しかも逃げの足のダックは、既に奴らの腹の中だ」
部隊長=バードはほとんど諦めた表情で絶望的な言葉を返す。
地面の揺れが近づいてくる。グラボイズ達がこちらに近づいているようだ。兵士達は大急ぎで、さきほど遭難者が登っていた樹に走り出そうとする。
「えっ!?」
彼らは不思議な物を見た。兵士達とグラボイズがいるだろう場所の中間位置に、人型をした何かが姿を現したのだ。
現れたのはいいが、その姿形は判らなかった。その謎の存在は透けていたのだ。微妙に風景が歪んだ光景が、草原の中に人型になって立っている。ガラス細工で人形を作れば、これに近い光景を見ることができるのではないだろう?
「何だありゃ? 人か?」
「カツゴロウ様・・・・・・じゃないですよね?」
兵士達は一瞬それが幽霊かと思った。だがそれは違うことはすぐに判った。
それは突然透明化していた身体を元に戻したのだ。まるで瞬間移動でもしたかのように、一瞬でそれの後ろ姿がはっきりと映し出される。
それは長いハンマーを持つ、銀色の仮面を持った謎の存在。最初にグラボイズ達が馬車の一団を襲った直後に、天から飛来してきたあの怪人である。
「何者だ!? いや今はいい、とにかく逃げろ! 喰われるぞ!」
バードが呼びかけるが、怪人はそれを無視した。
怪人はハンマーを振り上げる。するとハンマーの頭部にある黒い横線に、突然赤い光で形作られた奇怪な模様が浮き出てきた。何かの文字のようにも見えるその文様が現れたと同時に、カチカチと機械音のような音がハンマーから鳴る。
するとハンマーの頭頂部分、物を叩く部位から青い光が眩しく放たれた。
(魔法か!? だが魔力を全く感じないぞ?)
グラボイズの一匹が、怪人のすぐ側まで接近してきた。位置は土の動きで簡単に判る。怪人はそこを目掛けて、力一杯ハンマーを振った。
ゴォオオオオオオン!
ハンマーの頭頂が地面に激突すると同時に、その部分を覆っていた青い光が突然爆破した。それによって凄まじい衝撃が、叩きつけた地面に送り込まれる。
その衝撃は、常人なら反動だけで全身が砕けそうな威力だった。だが屈強な巨体を持つ怪人は、その反動を耐え抜いて見せる。
叩きつけられた地面は、凄まじい衝撃で急速に陥没した。爆風と共に、大量の土砂が舞い上がる。土砂だけではない。その下にいたグラボイズの血と肉片も、共に空を飛ぶ。
爆風が止むと、その場にはオレンジの液体で染まった、直径3メートルほどの深いクレーターが完成していた。
光るハンマーの衝撃は、周囲の地面にも広がっていた。その影響からか、他のグラボイズ達は一時的に突進を止めている。
だが怪人の攻撃は止まなかった。再度ハンマーを振り上げると同時に、ハンマーからまたあの青い光が出現する。そしてそれを別の位置にいた、グラボイズいるであろう場所に叩きつけた。
広い草原の中、再び爆音が鳴り、2つめのクレーターが形成される。
怪人はその後も、3匹目・4匹目と、モグラたたきのように地面を破壊し、グラボイズ達を殺していく。やがて5匹全てのグラボイズが、この怪人に狩られてしまった。
「・・・・・・すごい、どこの魔法戦士だ?」
「いや・・・・・・あの仮面は・・・・・・」
二人の兵士が怪人の強さに感嘆の表情を向けた。バードだけが恐怖で震えた表情をしている。
怪人は兵士達の方へと振り向き、ゆっくりと近づいてくる。
「やあやあ助かった♪ あんたはどこの兵士だ? それとも傭兵か?」
兵士の一人が軽い口調で、怪人に近づいてくる。
この世界では獣人・亜人の兵士も存在するため、その人間離れした姿に、彼らは何の不信感も抱いていない。ただ一人バードを覗いては。
「馬鹿! そいつに近づくな!」
バードが必死な声で呼び止める。だが残念ながら遅すぎた。
「え?」
怪人の右手の籠手から、仕込まれていた鋭い刃が一瞬で伸びた。一本刃のかぎ爪だ。怪人はその刃を躊躇無く、近づいてきた兵士に振るう。
ザシュッ!
兵士は何が起こったのかすら判らず、その首を跳ねられた。
「ええっ!」
残ったもう一人の部下が、事態が判らず困惑の声を上げる。一方のバードは明確な敵意を向けて、怪人に槍を構えた。
「貴様、以前アンナ女王や海軍を襲った奴らの仲間だな! 今度は俺たちを狩りに来たか!? それともあのグラボイズ達はお前が・・・・・・」
言葉を最後まで待たず、怪人はハンマーを構えこちらに向かって走ってきた。ハンマーには既に青く発光している。
(いかん!)
あんなものを受け止められる筈がない。二人は接近し、振り下ろされるハンマーを慌てて回避した。
再び衝撃と爆風が発生し、それによる余波で、二人は数メートル吹き飛ばされる。
「くう! なめるな!」
バードはすぐに体勢を立て直して着地し、槍を構える。刹那に槍の先端から白い魔法弾が放たれた。
あの一撃を加えた後の怪人は、その反動により少しの間隙が出来る。素早い対応で発射された魔法弾を、怪人は避けることが出来ず、彼の腹部に命中した。
怪人は呻き声を上げ、数歩後退するが、これだけでは倒れない。
バードは怪人目掛けて走った。槍の先端に魔力を込め、威力を増幅させた槍の一撃が怪人を襲う。
爆音の次は、ガキン!と鈍い金属音が草原に響いた。怪人は持ち直したハンマーの長い柄で、槍の刺突を受け止めていた。
魔力によって強化された槍の一撃は強烈だったが、巨体の怪人との体重差ゆえか、その威力は完全に相殺されてしまった。
怪人は鍔迫り合いに近い状態のまま、右足を大きく上に上げる。上向きの蹴りはバードの槍の柄に命中した。
(しまった!)
上から蹴り上げられた槍は、高く宙を舞う。バードは慌てて腰の短剣に手を当てるが、それよりも怪人の攻撃が速かった。
ハンマーは横向きに振られ、頭頂がバードの右脇腹に命中した。その衝撃でバードの左方へと飛び地面に転がっていく。
「ぐは! ぐぼぉ!」
大量の吐血と嘔吐を出しながらも、バードは短剣を握って、どうにか立ち上がろうとする。怪人のハンマーが再び発光し、バードに近寄ってきた。
「くそっ、お前は一体何なんだ!?」
怪人は何も答えない。そもそも言葉が通じているのかも不明であるが。
そのまま無慈悲にバード目掛けてハンマーを振るう。今日7度目の爆音が鳴り、バードの肉体はミンチのように砕け、一帯を赤い血で染めた。
「ひぃいいいいいいいっ!」
残された一人の兵士が、泣きながらその場へと逃げていく。
怪人がそちらに向くと、仮面の右目の上の部位から、赤くて細い照準光が発射された。照準光は兵士の背中を正確に照射し、狙いを定めている。それと同時に、肩に装着されていた奇妙な形の銃が動き出し、照射された兵士に向けて銃口を向ける。
だが攻撃を始まる前に、その兵士を別の者が襲った。
「ぎゃぁあああああっ!」
突然地面が割れ、そこからグラボイズが飛び出してきた。真正面からぶつかる形で、兵士はグラボイズの開かれた口に飛び込んでしまう。
先程までこの辺りにいたグラボイズは6匹だった。だが怪人が起こしたいくつもの爆音に誘われて、もう一匹が近づいていたのだ。
兵士はあっさり呑み込まれ、グラボイズは身体を上方に掲げ、地中に戻ろうと動き出す。だがそれを怪人は見逃さなかった。
ドギュン!
照準光は兵士からグラボイズへと移り、肩の銃が発砲された。銃弾は金属の弾ではなく、青い光弾だった。光弾の光は、ハンマーから発せられていた物と酷似していた。
その弾は高速で飛び、グラボイズの身体を中に呑み込まれた兵士ごと撃ち抜く。
グラボイズの腹に丸い大きな穴が開き、背中からはオレンジと赤が入り交じった大量の液体が草原の草を濡らす。
結果、この場所には怪人以外は誰もいなくなった。怪人はたった今殺した、地面から上半身を生やしたように死んでいるグラボイズの死骸に近づく。
そしてグラボイズの細い下嘴の一本を掴むと、凄まじい豪腕でそれをグラボイズの口からちぎり取った。
まるで戦利品を得たかのように、怪人はそれを眺める。そしてそれを持ったまま、透明化装置でその場から姿を消した。
「しかしすごいなこれ。何千人分あるんだ? これじゃ全部持って行けないよ」
「持って行くな。そして食うなよ」
無人の馬車の前でアールがうんざり顔で答える。
馬車の一団の一番後ろの台は、乗客用ではなく運搬用だったようだ。中には袋に詰められた、大量のチョコやスナックなどの菓子類が、馬車の中一杯に積み込められていた。
ロンダはその袋を破り開け、中の菓子をボリボリと食べていく。
食べている最中にも手を動かし、袋を開けて中身を物色する。その中で気に入った菓子が見つかれば、傍らに置いた自分の袋に詰め込んでいった。
「本当に持ち帰る気か、それ?」
「おうよ。せっかくここまで来たんだ。このぐらいの土産は必要だろ」
「俺たちは旅行に来たわけじゃないぞ・・・・・・」
アールは今日何度目かのため息をつき、馬車から離れて地面に探知の魔法を使う。その瞬間アールの表情が高速で変わった。
「グラボイズだ! こっちに近づいてきてる! 数は9、東の方から群れで来ているぞ!」
いきなりのアールの大声に驚き、ロンダは口いっぱいに詰め込んだ菓子を、うっかり吹き出した。
「何で来るんだよ!? 折角気持ちよく味わってるのに!」
「知るか! いいから働けよ!」
めんどくさそうにしているロンダを、アールは強引に馬車から引っ張り出す。
ロンダはやれやれと言った感じ、先程無造作に地面に置いた自分のリュックサックに手をつけた。
リュックサックを開けると、内部に入っていたのは武器でも食料でも無かった。入っていたのは大量のぬいぐるみである。
それは子供が欲しがりそうな、デフォルトされた動物のぬいぐるみで、犬・猫・牛・馬・猪と多種多様だ。そしてそれらの全てのぬいぐるみの背中には、銀色の筒が取り付けられている。
その筒の側面には“危険 爆発物”という、判りやすい恐ろしい文字が書かれている。この可愛いぬいぐるみには、到底似合いそうにない。
この筒は火の魔法力を封印した魔術式の爆弾だ。側面上部にはダイヤルが取り付けれており、これで起爆時間を調整した後、上辺にあるスイッチを押すと、指定した時間後に爆発する仕様だ。
「敵は9匹だったよな」
そう言ってぬいぐるみを9個、リュックから取り出す。そしてそれらに付いている爆弾のダイヤルをいじり始める。
「早くしろ! 相手はどんどん近づいているんだ!」
「焦るな焦るな」
ダイヤルの調整を全て完了させると、ロンダは並べられた9個のぬいぐるみに向けて、右掌をかざした。掌からぼんやりとした白い光が放たれ、ぬいぐるみ達に当てられていく。
するとどうだろう、ぬいぐるみが一瞬震えたかと思うと、突然本物の動物のように動き出した。
短い手足を小刻みに動かしてロンダに近づき、お座りの姿勢で再整列する。
ロンダは人形を自在に操る特殊な魔法を扱うことが出来る魔道士だ。動物の形をした物体であれば、彼女の手にかかれば、どんな物でも魂を吹き込むかのように自由自在に動かすことが出来る。
本人がその気になれば、死体だって動かせるのだ。
ロンダはぬいぐるみ達が背負った爆弾のスイッチを全て押した。そして「行け」と一言号令をかけると、ぬいぐるみの軍団は一斉に走り出す。
彼らが向かった先は、先程アールが報告した、グラボイズ達が接近している東の方角である。
もの凄い勢いで突進してくるグラボイズの群れ。それに真正面から近づいてくる可愛いぬいぐるみの群れ。両者の距離はあっという間に縮まっていく。
グラボイズはぬいぐるみの足音に気付いた。もちろんそれが生き物ではなく、爆弾を抱えた動く無機物であるなど気付きようもない。グラボイズはそれらを獲物と判断し、そちらに向けて突進方向を少し変えた。
地中から怪物の口が飛び出し、ぬいぐるみを一呑みにする。
他のぬいぐるみ達も次々と犠牲になっていく。9匹のグラボイズ達は、それぞれぬいぐるみを一個ずつ腹の入れてしまった。
そして再度、アールとロンダのいる方向へと再突撃した。
「耳を塞いどけ。後5秒。4、3、2、1・・・・・・」
ドドドゥゥゥン!
0と言った瞬間に、地面が爆発した。比喩でなく、地雷が発動したかのように地面が土の下から、凄まじい爆音を立てて破裂したのだ。
しかもそれは一つではない。一挙に9箇所の地面が爆発し、高い土柱を上げる。
その轟音は凄まじく、アールとロンダは耳を塞いでいるにも関わらず、その音で耳鳴りがしてきそうだ。
グラボイズ達が呑み込んだ、ぬいぐるみに取り付けられた爆弾が、一気に爆発。腹の中から爆破された彼らは、原型を止めないまでに破壊され全滅した。
「いっちょあがりと・・・・・・ぶぺっ!?」
巻き上がる土煙を見上げるロンダの顔に、何かが投げつけられるようにベチャリと付着した。
それはオレンジ色の液体にまみれた、ナマコのような妙な物体=グラボイズの内蔵だった。
爆発で巻き上げられたのは土だけではない。粉微塵になったグラボイズの血や肉片が、無数に分解されて空を舞い、そして地球の重力に引かれて落下していく。
そこら一帯には、グラボイズの肉片が雨あられのように大量に降り注いだ。
グチャグチャグチャ!
気持ち悪い音を立てて、肉片が草原に落下していく。それはロンダ達2名の身体にも、満遍なく降り注いだ。彼らはあっというまに肉片で、服も髪も汚れきった。
「これは予想してなかった・・・・・・爆破見学なんかせずに、馬車の中に隠れてれば良かったよ」
「そうですね・・・・・・」
二人は立ち上がり、この後しばらく汚れを落とすのに四苦八苦することになる。