ハンマー・プレデター   作:竜鬚虎

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第5話 分裂と進化

 炎の弾は、狙ったかのように怪人の身体に命中した。衝突と同時に弾は砕け、吹き上がる大量の炎が、怪人の身体を覆い尽くす。

 

 全身に付着したグラボイズの肉片は、ステーキのようにこんがりと焼ける。

 怪人は驚きと熱によるダメージ、そして蓄積した疲労も加わって、身体のバランスを失い、仰向けに倒れ込んだ。その拍子に手に持っていた大きすぎるハンマーを落としてしまった。

 

 そうこうしている間に、グラボイズが地面から姿を現した。

 地面を砕き、開かれた大口から、蛇に似た捕獲用の舌が3本伸びる。それらは怪人の両足に噛みつき、全身を口の中に引きずり込む。

 

 怪人の下半身が、グラボイズの喉に引っ張り込まれた。

 もはやここまでかと思われたとき、怪人の右手の籠手から長い刀が伸びた。以前バード共にいた兵士の首を刎ねた、あのかぎ爪だ。

 

 怪人は左手でグラボイズの巨大な上嘴を掴む。そこを重心に身体を固定し、右手のかぎ爪でグラボイズの上嘴の根本を突き刺した。

 

「ピギィイイイイイイイッ!」

 

 グラボイズが悲鳴を上げて、身体を揺さぶる。

 その拍子に捕獲していた怪人を、口から吐き出させた。当然かぎ爪も肉から抜き取られ、グラボイズの口から、オレンジ色の血液が、吐血のように流れ出てくる。

 

 怪人はすぐにその場で立ち上がった。目と鼻の先には、さっきまで自分を加えていたグラボイズの巨大な口がある。

 再度捕らえようというのか、口から血で濡れた蛇型の舌が、怪人に向かって伸びてきた。

 

 怪人はそれらに向かってかぎ爪を振った。一本爪の斬撃が、3筋放たれる。

 

 ザグザグザグッ!

 

グラボイズの三本の舌は、かぎ爪の恐ろしいまでの斬れ味で全て斬り落とされた。

 グラボイズは更なる痛みで苦悶の鳴き声を上げる。

 

 怪人の仮面から赤い照準光が発射された。光はグラボイズの口の真ん中、喉の奥を狙っている。肩の銃も、その位置へ正確に銃口を向け、そして発砲した。

 

 青い光弾がグラボイズの喉を貫く。そして食道を突き抜け、内臓を破壊し、そして下半部の背中の辺りの皮を突き破って、外に飛び出した。

 前と後ろの穴から、大量の血が河のように流れ、グラボイズはその巨体を地面に倒して、2度と動かなくなった。

 

 怪人は先程、炎の弾が飛んできた方角の上空を見上げる。そこにはホバリング中の、3羽のジャイアントダックがいた。

 

「おい! 気付かれたぞ!」

「やば・・・・・・」

 

 ダックに騎乗している兵士達が、自分たちの方に顔を向けた怪人の姿を見て、焦り出した。先程怪人に炎の攻撃を加えたのは、言うまでもなくこの兵士達の1人である。

 

 怪人の仮面から再び照準光が発射された。今度の標的はグラボイズではなく、上空にいるダックの1羽である。

 照準光の効果距離はかなり長く、数百メートル離れた位置にいるダックを、正確にロックオンしている。

 

「逃げるぞ!」

 

 言い終える前に、3人は一斉に後方回転して逃走を開始した。

 怪人の銃が発砲される。一発目はカルガモの身体ではなく、こちらに背を向けていた兵士の腹に命中した。

 

「ぐぼぉ!?」

 

腹に風穴を開けられた兵士は、当然絶命し、そのまま落馬(落鳥?)して、地上へ向かって壊れた人形のように落下していく。

 残されたダックはこの事態に驚き、主が落ちたのに構わず、大慌てで逃走を続けた。

 

 怪人は更に2発目を放った。今度はダックの右翼に命中した。

 

「うわぁあああああああっ!」

 

 その威力でダックの翼は千切れ、ダックの身体は騎乗していた兵士と共に、勢いの落ちた紙飛行機のように墜落していく。

 

 怪人は更に3発目を放とうとしたが、残りの一騎と怪人との距離は、大分離れてしまっている。すでに銃の射程距離から離れてしまったようで、怪人は追撃を諦めた。

 そして先程撃ち落とした、ダックの墜落位置に歩き出した。

 

「ううっ、くそが・・・・・・」

 

 墜落したダックの騎乗者、さっき怪人に炎の魔法攻撃を放った兵士は、よろめきながらもどうにか立ち上がった。そして少しでもここから離れようと、足を進める。

 

 グチャグチャと、グラボイズの肉片を踏みつぶす、嫌な感触が足から走る。だがその踏みつぶす足音がさっきよりも増えていることに気がついた。

 

「ひいっ!」

 

 振り返ると案の定、怪人がすぐ後ろにまで迫っていた。かぎ爪を構えてどんどんこちらに近づいてくる。

 

「くそがぁ! くたばれ!」

 

 兵士が剣を怪人に向けて剣を突き出す。剣が一瞬で赤い魔力で包まれ、そこから強大な火炎放射が放たれた。

 

 紅蓮の炎が怪人の全身を襲う。それなりに効果はあったようで、怪人は手で顔を覆いながら、数歩後退した。だがその程度の足止めが限界で、倒すに至るはずがない。

 

 やがて剣に溜め込まれた炎の魔力が使い切られ、火炎放射は一旦打ち止めになった。

 その場には今だ五体満足の怪人が立っている。兵士はすぐに剣に魔法を再充填しようとするが、その前に怪人が間合いに踏み込み終える方が速かった。

 

 高速のかぎ爪の一閃が、魔道剣を兵士の手から払いのける。そして右足で兵士の腹を蹴り飛ばした。

 その衝撃で、今度は兵士が仰向けに倒れる。彼が最後に見た光景は、倒れた自分を見下ろす怪人が、自分に向けてかぎ爪のついた右手を振る光景だった。

 

 オレンジ色の血肉で染まった草原の中、一点だけ赤い血で染まった場所が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

 その大量のクレーターと肉片が散らばるその場所から、怪人が去って数分ほどして、そこにまたもやグラボイズが現れた。爆音につられてやってきた者が、出遅れて到着したのだろうか?

 

 だが今回は少し様子が違った。その場には獲物になりそうな者は誰1人としてない。にも関わらず、グラボイズは地表に姿を現したのだ。

 しかもいつもなら地面に出てくるのは、口部分か上半身だけであるが、今回は全身を地表に現した。

 

 全身をくねらせ蛇のように前進し、尻尾の先が地中から出てくる。グラボイズのナメクジのような太った身体が、地表に堂々と姿を現した。

 

「グゥウウウウウウウウッ・・・・・・」

 

 グラボイズが低い唸り声を上げる。だがそれ以上は何もしなかった。ただその場で留まって、何度も何度も唸り声を上げ続ける。

 

 口からは蛇型の舌がはみ出ており、力なくだらんと垂れ下がっている。さらに10分が経過しても、グラボイズは何もせず、ただその場にいるだけであった。

 もしここで狼の群れなんかと出くわしたりしたら、あっというまに彼らの餌食になってしまうだろう。ここまでいくと、何かの病気なのではないかと思えてしまう。

 

 更に数分して、ようやく変化が起きた。

 ただしグラボイズが動き出したわけではない。唸り声が止んだかと思うと、グラボイズの太った脇腹が僅かだが膨らんだ。膨らんだと思ったら、すぐに引っ込み、すかさず膨らみ始める。内部から何かが腹を押しているようにも見える。

 

 バリバリバリ!

 

 そうこうしている内に、突然グラボイズの脇腹の皮が、紙袋のように裂け始めた。

 裏側からグラボイズの血が、ドバドバとバケツから水を撒いたかのように吹き流れ、裂けた皮の裏から、血まみれの動く物体が複数飛び出してきた。

 

 それは生き物だった。確かに呼吸し動いている。

 そしてその姿は、頭部だけならばグラボイズにそっくりであった。

グラボイズの4つ又の口を持った頭を、縮小したような白い頭。その頭の後ろには、卵のような丸っこい胴体がついている。そしてその胴体の両脇には、鶏のような細い足が2本生えている。

 

 その生物の大きさは、グラボイズと比べるとずっと小さいが、それでも人間以上の大きさがある。

 彼らはその2本足で地面に立ち、完全な二足歩行で地表を動いている。グラボイズのように地中に潜ったりはしない。

 

 全部で3匹おり、周囲をくまなく見渡している。

 時々顔の部分の皮が羽のように開き、内部からピンク色の器官が露出する。ここがこの生物の目なのであろうか?

 

 この一連の光景を誰かが見ていたならば、グラボイズの体内に寄生していた何者かが、グラボイズの腹を食い破ってきたと思ってしまうかもしれない。

 

 だがこれは寄生ではない。“脱皮”である。

 

 芋虫が蛹に、蛹が蝶に変体するように、グラボイズも古い皮を脱ぎ捨てて進化する。

 地中のみを移動できる大型生物が、陸上移動ができる小型生物へと変体・分裂するのだ。この形態を“シュリーカー”と呼ぶ。

 

 ここだけではなく、現在この草原で生き残っている全てのグラボイズが、このシュリーカーに変質していた。

 

 シュリーカー達は、餌を求めて周囲を探索する。口から一本の、細長い触手のような舌が伸びる。その舌は地面をペタペタと舐め回した。

 舌は、一帯に散乱しているグラボイズの肉片に触れるが、その味はお気に召さなかったようで、舌を引っ込めてしまった。

 

 周囲には獲物になるような動物は一匹もいない。だが格好の食料は別にあった。

 それは一本の樹に吊されていた、一個の肉塊である。先程の怪人が起こした振動で、細い木々はみな倒れてしまっていたが、一本だけあった太くて丈夫な樹が、振動を耐え抜き立っていた。

 

 そこにあるものは、動物からすればそれはただの肉であるが、人間が見ればあまりのおぞましさに吐き気をもよおすだろう。

 それは人間の死体だったのだ。その死体は両足をロープか何かで縛り付けられ、ロープの先は、樹の太い枝に巻き付けられ固定されている。そこから全身が、食肉工場の牛のように、樹の上から吊されていた。

 更にその死体は、なんと全身の皮を剥ぎ取られていた。剥き出しになった肉と血管から、大量の血がこぼれ、下の地面を赤く濡らしている。あまりに猟奇的な殺人現場だ。

 

 このような姿では誰にも判らないが、この死体の身元は、先程この場所で怪人に殺害された兵士である。

 これはあの怪人の所業であろうか? 何の意味があるのか謎であるが、あまりにひどいことをする。

 

 シュリーカーの舌が、地面に滴り落ちた人間の血を舐め回す。どうやらお気に召したようで、シュリーカーは口を上方に大きく開け、死体からこぼれ落ちてくる赤い滴を口に入れていく。

 

 もちろんそれだけでは満足せず、口から触手状の舌が伸び、吊されている死体を掴もうとする。

 だが死体は結構高い位置に吊されており、シュリーカーの体高と舌の長さでは、どうしても高さが足りない。

 

 そうしている内に、別のシュリーカーがその場にやってきた。

 二匹のシュリーカーが頭上の死体を見上げる。すると最初に死体を見つけた一匹が、後からやってきた者の背中に、飛び跳ねて乗り上げた。シュリーカー同士の肩車である。

 

 乗られた一匹は特に嫌がったりせず、そのまま静止して、自分の背中に乗っている一匹の体重を支え続ける。

一匹分の体高を得たシュリーカーは、再び舌を、吊された死体に伸ばした。

 

 今度は高さが届いた。舌は死体の左腕に巻き付く。そして仲間の背中を踏み台にして、一気にジャンプする。シュリーカーの口が死体の左腕にかぶりついた。

 

 バリバリと肉と骨が噛み砕かれる音が、草原に静かに鳴り始めた。

 

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