(うわ、どうしよ・・・・・・)
剣はさっきの勢いでうっかり落としてしまった。カツゴロウは非実体化で攻撃を逃れようとする。
怪人の仮面から照準光が放たれ、それにそって肩の銃が発砲された。だがそれがカツゴロウに当たることはなかった。というか怪人は何も狙ってはいなかった。
(え?)
怪人が撃った先には誰もいなかった。
当てるべき標的のいない光弾は、ただまっすぐに飛んで、草原の向こうの遙か彼方に飛んでいく。今まで正確に敵を狙い撃っていた怪人の攻撃にしては、あんまりな射撃ミスだ。
怪人は用心しながら周囲を見渡す。近くにいる敵を探っているのだ。
だがおかしなことに、怪人はすぐ目の前のいる、自分を刺した張本人であるカツゴロウには全く注意を向けない。
「グォオオオオオオオッ!」
怪人は怒声を上げて、四方八方に発砲する。いくつもの光弾が草原の上を無差別に飛んでいく。よくわからないが、怪人は相当に苛立っているようだ。
(・・・・・・なんで?)
怪人の奇行にカツゴロウは訳が判らない。
ふと近くを見ると、これも兵士達の遺品であろう槍が一本落ちていた。
カツゴロウはそれを拾い上げてみる。そしてさっきと同じように、何もない平原を注意深く観察している怪人に向かって突進した。
槍の鋭い先端が、怪人の脇腹に深く突き刺さった。怪人は更なる痛みに苦悶し、その隙にカツゴロウは素早く別方向に回り込んだ。
怪人は腹に食い込んだ槍を、即座に引き抜いた。
脇腹から明らかに人間とは異なる緑色の流血を垂れ流しながら、槍が向かってきた方角に発砲した。当然その先にカツゴロウの姿はない。
(もしかしてこの人・・・・・・僕の姿が見えていない?)
標的である本人は、ふとそんな考えが浮かんだ。
霊体であるカツゴロウは、生きている人間よりも遙かに気配が読みにくい。だがそれでも、実体化したその姿は、誰の目にも見えるのだ。
すぐ目の前にいるのに、彼の存在に気付かないなどということは、まずありえない。
だが怪人のさっきからの行動を見ていると、カツゴロウの姿が全く視界に入っていないように見える。
カツゴロウは首を傾げながら、ロンダとアールが隠れている馬車の方角へ歩いていった。
「何が起こってるんだ? あれもカツゴロウの力か?」
アールが馬車の裏から顔を覗かせて、疑問の声を上げる。怪人の奇行は、ここの二人も目撃していた。そうこうしている内に、カツゴロウがこちらに向かってくる。
よくわからない内に、カツゴロウは二人の前にやって来て話しかけてくる。
『すいませんおばさん。さっきのぬいぐるみをくれませんか?』
「へ? ああ、いいけど・・・・・・」
ロンダは頭に疑問符を浮かべながらも、さっき怪人に対して使おうとしていたイノシシのぬいぐるみと、もう一つの犬のぬいぐるみを、カツゴロウに手渡した。
カツゴロウはそれを両手に持ち、再び怪人の方へと歩いていく。
怪人は、未だに自分を攻撃した敵を見つけられず、困惑していた。カツゴロウは極力足音を立てないように怪人に近づき、ぬいぐるみ爆弾の起爆スイッチを押した。
起爆時間は3秒。カツゴロウは二つのぬいぐるみ爆弾を、怪人の所へと放り投げる。
二つのぬいぐるみが、コロコロと怪人の足下に転がっていく。その音が聞こえたのか、怪人はぬいぐるみに顔を向けた。
その瞬間、ねいぐるみが光と共に弾ける。そしてさっきの2倍の威力の爆発が、怪人を襲った。
二連奏の爆音がなり、大量の土柱と共に、怪人の身体がさっきよりも高く空を飛んだ。怪人は頭から地面に激突し、3回ほど地面を転がっていく。
ヨレヨレになりながらもどうにか立ち上がったが、身体の各部から緑色の血が垂れ流れている。相当効いているようだ。
怪人はそれ以上、敵を探そうとはしなかった。
左腕の籠手についているスイッチらしき物を押す。すると怪人の透明化能力が発動し、その姿が再び消えた。
(逃げている?)
カツゴロウの感覚能力が、怪人がこの場から離れていくのを確認した。どうやら敵は退散したらしい。
再び馬車に隠れている二人の元に戻り、ようやく危機が去ったことを告げた。
「一体どうしちまったんだか・・・・・・。極度に霊が見えにくい体質なのか? まあ、おかげで助かったよ」
次から次へと襲いかかってくる驚異からの疲れも含めて、ロンダが更に深い安堵の息を吐いた。
度重なる襲撃で生き残った者は、カツゴロウを含めてたった10名。
伝達されていた退却時間をまだ過ぎていないものの、これでは任務にならないと部隊はダックに跨って、ようやく退却していった。
1時間後。誰もいなくなったその惨劇の場所に、また新たなる来訪者が現れた。それは怪人でも兵士でもない。一匹のシュリーカーだった。
グラボイズから変体・分裂したシュリーカー達は、先程の王国兵達との戦闘で、ほとんどが殺されていた。だが一匹だけ、群れから出遅れて生き残っていた者がいたのだ。
シュリーカーは細い足でテクテクと歩き、ゆっくりと馬車へと歩み寄ってくる。
馬車のすぐ側まで近づいてきたときに、足下に何かが大量に散らばっていることに彼は気がついた。
それはさっき兵士達が食い散らかした、大量の菓子だった。
馬車の中にあった菓子袋の幾つかが外に出され、袋の蓋や破れ口から、幾つもの菓子が散乱している。
シュリーカーは、口から蛇のように動く細い舌を出し、その菓子を舐め回した。食べられる味だと判別したようで、舌でそのチョコ菓子を掴み、口の中へ運んでいく。
シュリーカーの口が盛んに動き、ボリボリと音を立ててチョコを噛み砕き、呑み込む。シュリーカーは舌を何度も動かして、菓子を次々と平らげていく。
やがて満腹になったのか、食べるのを途中で止め、「ゲエッ!」と汚い声を上げる。
「ゲエッ! ゲエッ!」
しかもそれは一回ではない。奇声を何度も上げ続ける。いい加減うるさくなってくるが、突然シュリーカーの口から、何かが吐き出された。
それは白い膜に覆われた、謎の球体であった。
大量の粘液と共に吐き出されたそれは、ビチャリと音を立てて地面に落下する。
汚物感漂う光景だが、それは人間が出すような嘔吐物とは、どうも違うようだった。
白い球体はゆらゆらと生きているように動いている。やがて白い膜が破れ、卵が孵化したかのように、中から何かが出てきた。
それはシュリーカーだった。吐き出した者よりも遙かに小型であるが、大きな口・白い体色・鶏のよう足、とその姿形は間違いなく、シュリーカーの特徴を全て備えている。
動物が、自分と同じ動物を口から出すという、何とも異様な光景。この親子?は地面の菓子を再び貪り始める。
地面に落ちている菓子を食べ尽くすと、大きい方のシュリーカーが、置いてあった菓子袋に噛みつき、袋の皮を食いちぎる。そこから更なる大量の菓子が、雪崩のように地面に落ちていく。
そして2体は再び菓子を食べ始めた。 さっき吐き出された小型のシュリーカーは、おぞましいほどの成長速度を見せた。
食べ続ける度に、小型シュリーカーの身体は、打ち出の小槌を振られたかのように、どんどん大きくなっていく。そしてあっというまに、親と同じぐらいの大きさになってしまった。
一方で親のシュリーカーは、二度目の子供を吐き出した。
その子供もまた、すぐに立ち上がり菓子を貪り始める。更に成長しきった子のシュリーカーもまた、同じように口から子供を吐き出す。菓子から栄養を取りながらそれを繰り返し、彼らはどんどん仲間を増やしていった。
外に出された菓子袋が全て食べ尽くされた頃には、シュリーカーは10匹程に増殖していた。彼らは餌が無くなると、馬車の中に乗り込み、内部に残されていた菓子を食い漁る。そしてますます増殖を始めていく。
餌はどんどん減っていくのに、餌を欲しがる者達は無限に増えていく。結果馬車の中の菓子はあっという間に空になった。
餌の菓子を完全に食い尽くしたシュリーカー達は、今度は何と一帯に倒れている兵士の死骸にかぶりついた。
口を血で汚しながら、ボリボリと人肉を食べるシュリーカー達。そしてそのたびに彼らは、ねずみ算式に数を増やしていった。
エルダー王国南方の街“パーフェクション”。
木造の建築物が多い、人口が千人にも満たないこの小さな町に、今回出動した救助隊の対策本部が置かれている。
あまりに唐突に出現したグラボイズに、更にそれらを救助隊もろとも狩りに現れた怪人。
連続する事件に、本部はてんやわんやと議論を続けていた。恐らく最終的には、本国から更なる討伐部隊を要請するという結論に達するだろう。
怪人の驚異から逃れて帰還できた兵士は、僅か9名。一応報告にあった幽霊は救出には成功した。だが壊滅的な大被害だ。
負傷した兵士達は即座に病院に運ばれ、無傷だったアールとロンダは、町の周辺の警備に回されていた。
アールは街の入り口の辺りにいた。地面に手を付けて、周囲にグラボイズが近づいていないか確認し続ける。現在の所、グラボイズの気配は町の近くにはいない。
(まあ、シュリーカーへの変体が終わったんだから、グラボイズはもう出てこないだろうが・・・・・・。シュリーカーは・・・・・・あそこで倒したのが全部だと良いんだが)
シュリーカーの増殖能力はあまりに恐ろしい。一匹逃しただけで、どんな大被害が起こるか判ったものじゃない。
現在この草原の動物が、極端に減少していることが確認されている。おそらくグラボイズの餌食になっていったのだろう。彼らの餌になるものが、この草原には殆ど残っていないだろうと、僅かな希望を抱いていた。
空を見上げると1羽のダックが、彼方からこちらに近づいてくるのが見えた。偵察に向かったロンダが帰ってきたようだ。気のせいか、かなり急いで飛んできているように見える。
やがてロンダのダックが、町の入り口に着陸する。切羽詰まった表情で慌てて下馬してきたロンダは、ただいまの挨拶の前に、大声でこう叫んだ。
「やべえぞ! シュリーカーの群れがこっちに来てる! さっきよりもずっと多い! 200だか300だか、私にもわからねえ!」
アールの淡い希望は、無惨にも打ち砕かれたようだ。
数百にも及ぶ飢えたシュリーカーの大群が、バイソンの群れのようにもの凄い勢いで走っている。向かう先にはパーフェクションがある。彼らはそこに餌があると確信しているようだ。
彼らの位置から町の建物が、どんどん大きく見えやすくなってくる。その町から彼らに向かって走ってくる、謎の一団がいた。
それは背中に爆弾を背負った、動物のぬいぐるみ達だった。もう言うまでもないと思うが、ロンダが操っている特攻隊である。
数は全部で20。背中の爆弾は、既に起爆装置が動いており、あと数秒で爆発する。
草原の中、シュリーカーとぬいぐるみの群れが激突した。
シュリーカーはぬいぐるみなど目も暮れず、町へ向けて前進を続ける。ぬいぐるみ達は、シュリーカーの脚に轢かれ、無惨にも踏みつぶされていった。
やがて起爆時間が過ぎ、ぬいぐるみの背負った爆弾は、彼らの足下で大爆発した。20の爆音が一斉に鳴り響き、近くに人がいたなら、確実に耳がいかれてしまう。
シュリーカーの群れの中で、20の火柱が立ち、爆風に乗って大量のバラバラになったシュリーカーが舞い上がった。運良く爆発に巻き込まれなかった者達も、爆発の衝撃で次々と転倒していく。
群れは一時混乱状態になったが、彼らの動きを永遠に封じることはできなかった。生き残ったシュリーカー達は、転倒からすぐに立ち直り、再び町に向かって突進していく。
ぬいぐるみの自爆で爆死した者、爆発で負傷し、仲間に踏みつぶされた者達は、群れ全体の4割に及んだ。だが残りの6割の驚異は、未だに去っていない。
町の入り口前に、魔道剣や長銃を装備した、総勢30名の兵士達が整列する。彼らの目線に、シュリーカーの群れが、肉眼で確認できる距離まで近づいてきている。
彼らは各々の武器を構え、以前草原で行われた戦闘と全く同じ手順で、迎撃態勢をとった。やがて敵軍は、彼らの攻撃射程内に入った。
「撃てぇ!」
指揮官の命令と共に、無数の魔法や銃弾が、敵軍に向かって飛んだ。その攻撃を受けて、シュリーカー達が次々と倒されていく。
身体を焼かれたり、穴を開けられたりしたシュリーカーが次々と死んでいく。後続の者達が、味方の死骸を踏み越えて突進を続ける。
次々と撃ち倒されるシュリーカー達。だが群れの数はあまりに多かった。
例の怪人の襲来によって、派遣された部隊は兵力の大半を失っている。現戦力だけでは、あの大群を全滅させるのは難しかった。
シュリーカー達は数を減らしながらも、どんどん近づいてくる。やがて部隊から残り数十メートルの距離にまで至った。
「かかれ!」
部隊は射撃攻撃から、接近戦に戦法を変えた。魔道剣を持った兵士達が、剣を構えて敵軍に果敢に挑んでいく。魔力を帯びて斬撃力を増幅された剣が、シュリーカー達を次々と切り刻んでいく。
その場は瞬く間に混戦状態になった。長銃を持っていた兵士達も、携帯していた短剣を握って戦闘に参加する。
だが全てのシュリーカーの動きを封じられた訳ではなかった。混戦から抜け出た数匹が、兵士達の目をかいくぐって町の中に入り込んでしまっていた。
「すごい音が聞こえるな。あたしは人形使いで良かった」
町の中に、長銃を持ったロンダとアールが、入り口の喧噪を聞きながらダックに騎乗して町の道を歩いている。
先程のシュリーカーへ与えた攻撃で、ロンダは手持ちの人形を全て使い尽くしてしまった。前戦に向かない彼女は、探索専門のアールと共に、後続で町の監視に回されていた。
現在この町は、部隊の素早い対応で、全町民を避難させていた。元々人口の少ない町なので、大きな混乱はなく、避難はスムーズに進んだ。
「しかし全く安全というわけでもなさそうだ」
「はい?」
アールの言葉に反応し、彼の向いている方角に顔を向ける。そこにはシュリーカーが一匹、町の無人の大通りを、我が物顔で歩いているのが見えた。
シュリーカーは2人の存在に気付くと、まっすぐそちらに突っ込んでいく。
2人はダックに乗ったまま、同時に銃を構える。そして向かってくるシュリーカーに発砲した。1人2発ずつ、計4発の弾丸が飛び、そのうちの1発が標的に命中する。
シュリーカーは、グラボイズと同じオレンジ色の血しぶきを上げて倒れた。
町内に入り込んだシュリーカーは他にもいた。数匹が町の中の探索し、舌を伸ばして手当たり次第触れまくり、食べられそうな物を探す。
食べ物はすぐに見つかった。それは町の野菜屋の棚の上にあった。急な避難だったため、店の商品は全て放置されている。
シュリーカーは舌で一本の芋を掴むと、即座に口に運ぶ。その動きに気付いた他の数匹のシュリーカーも、次々とそちらにやってくる。
野菜屋のすぐ隣には肉屋もある。この場所には、シュリーカーにとって魅力的な食べ物で満ちあふれていた。