ハンマー・プレデター   作:竜鬚虎

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最終話 青い太陽

「何だかあちら側から騒がしい音が聞こえるな」

「確かあそこには商店街があったはず・・・・・・」

 

 さっきから町の一方から聞こえる唸り声に、ロンダとアールは嫌な予感を覚えた。そして即座に逃げの姿勢を取り、一歩後ずさった。

 

 だが本当の驚異は別の所からやってきた。今まさに逃亡を始めようとしていたロンダの視界に、相変わらず唐突に赤い点光が見えた。

 

(やばっ!)

 

 ロンダは反射的に、ダックの背中から滑り落ちた。さっきまで彼女の顔があった空間に、青い弾道が通り、これに驚いたダックが、ガアガア!と騒ぎ出す。

 

 間一髪で攻撃を避けたロンダと、すぐ隣で起きた出来事に動転したアールは、光弾が放たれた方角を見た。そこには案の定、道の真ん中で立ち上がっている、あの怪人の姿があった。

 

 怪人からまたあの照準光が放たれた。標的はまたロンダである。

 

「うわぁああああっ!」

 

 彼女は凄まじい反応で走り出し、近くの家屋に飛び込んだ。光弾が家のドアを粉々に破壊する。

 

「馬鹿! お前は刺したのはあたしじゃねえよ!」

 

 叫びながら家の裏手へと逃げていく。怪人はそれを追って家屋に向かって走り出した。

 

「ピギィイイイイイイイイッ!」

 

 だが獲物を追う怪人を呼び止めるものが現れた。

 怪人のいる道の向こうから、甲高い声が聞こえてくる。振り向くと、いつのまにやってきたのか、一匹のシュリーカーが道の真ん中に立っていた。

 

 怪人がこちらに振り向いたと同時に、シュリーカーは怪人に向かって突っ込んでくる。

 自分に対する敵意を察した怪人は、すかさずシュリーカーに向けて発砲した。それをシュリーカーはジャンプして回避する。彼の足下の地面が、光弾によって深く抉れた。

 

「!?」

 

 怪人は、シュリーカーの意外な動きに僅かに動揺するも、すぐに2発目を発射した。

 標的はそれを横に飛び跳ねてかわす。怪人は次々と発砲するが、シュリーカーはそれを全て、機敏な動きで避けきった。

 

 怪人も、傍観していたアールも、様子のおかしさに気がついた。このシュリーカー、運動神経があまりに良すぎる。

 本来のシュリーカーではあり得ないほどの、細かな動きで、襲い来る光弾を次々と回避する。時に後ろ向きに宙返りし、2回転して着地するという体操選手も顔負けの技まで披露する。

 

 怪人は一旦発砲を止め、この異常なシュリーカーに警戒の構えを見せた。

 

「ビギッ! ビギッ! ビギッ!」

 

 シュリーカーは相対する怪人に向けて、妙な鳴き声を上げる。右脚をそちらに振り上げたりして、何やら相手を挑発しているようにも見える。

 すると突然敵に背を向けて、一目散に逃げ出した。

 

 ロンダはとうに遠くに逃げてしまっている。怪人は、標的をこの奇怪なシュリーカーに変更したようで、そちらの追撃を始めた。

 

 シュリーカーの逃げ足は速く、怪人は中々追いつけない。町の通りをグルリと回り、商店街の所まで鬼ごっこは続いた。

 そこでシュリーカーは突然足を止めた。そして立ち止まったまま何もしない。怪人はすぐに追いつき、彼にかぎ爪の刺突を繰り出した。

 

 シュリーカーは無抵抗のまま、それの串刺しになる。その瞬間シュリーカーの身体から、何かが煙のように沸いて出た。

 

『よし、成功!』

 

 シュリーカーの中から出てきたのは、カツゴロウだった。

 今までずっと、このシュリーカーに憑依していたのである。カツゴロウは非実体化状態のまま、家の壁を抜けて何処かに逃げ去った。

 

 怪人はカツゴロウの脱出に気付かず、あまりにあっさりと仕留めたシュリーカーからかぎ爪を抜く。だがすぐに彼は、自分の置かれた状況に気がついた。

 

 怪人の目の前には、店の食品を食い荒らす、数十匹のシュリーカーの群れがいたのだ。

 群れは一斉に怪人に注目する。そしてそれを獲物と判断すると、一斉に怪人に襲いかかった。

 

「グォオオオオオオオッ!」

 

 罠にはめられた事に気付いたのかは不明だが、怪人は強い唸り声を上げて、シュリーカーに向かっていった。

 

 最初の一匹が、怪人の強靱な足で蹴り飛ばされた。その一撃だけでシュリーカーの身体が砕け、オレンジの血しぶきを上げて即死した。

 鋭いかぎ爪が幾重も振るわれ、シュリーカーを斬り刻む。肩の銃口から青い火が噴き、敵の白い身体を粉々に砕く。

 一匹が怪人の左脚に噛みついたが、怪人は動じずに左手で拳を握り、足下のシュリーカーを殴りつけた。シュリーカーは脳天を、リンゴのようにたやすく粉々にされて絶命する。

 

 見事なまでの怪人の一騎当千。怪人の足下には、瞬く間にシュリーカーの死体の山が気付かれた。

 

「グォオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 全ての敵を仕留めた怪人は、天に向かって、先程より更に大きな勝利の雄叫びを上げた。

 

 だがその勝利の余韻を邪魔する者が現れた。カツゴロウである。

 

 彼はどこからか持ち出した槍を構えて、店の脇から飛び出して怪人に襲いかかった。カツゴロウを視覚できないらしい怪人は、対応が遅れてその攻撃をまともに受ける。

 

「グガァ!?」

 

 槍は怪人の左脚、鎧の隙間にある網目状の服が着込まれた肌に命中した。小柄な体格の割に、かなりの力があるカツゴロウの槍の一撃は、脚の肉に深々と突き刺さる。

 

『てやっ!』

 

 カツゴロウは更に力を込めて、槍の柄を押す。槍の刃は、更に深く食い込み、怪人の脚から緑色の液体が再度飛び出る。

 脚に深傷を負った怪人は、その場で仰向けに倒れ込む。カツゴロウは倒れた怪人の腹の上に、その小柄な身体を乗り上げた。そして持ってきていたもう一つの得物、一本のナイフを鞘から抜き、その刃を怪人の腹に力一杯突き刺した。

 

「ガァアアアアアアアアアッ!」

 

 ナイフの刃の殆どの部分が、怪人の腹の肉に埋まる。怪人のかぎ爪が動くと、カツゴロウは即座に腹の上から離脱した。そして今度は怪人の脚に突き刺さった槍を、思いっきり引き抜く。

 

 怪人は更なる痛みで悲鳴を上げるが、それが原因でこちらの位置がばれてしまった。

 怪人は片腕で体重を支えて、上半身を半分起きあがらせ、カツゴロウがいると思われる位置に顔を向ける。そして肩に装着されている銃を発砲した。

 

(うわ!)

 

 カツゴロウに迫りくる光弾。カツゴロウは焦りながらもそれを間一髪で回避する。照準光を当てていない射撃は、命中率があまり高くないようだ。

 

 怪人が2発目を放とうとすると同時に、カツゴロウがその銃口目掛けて槍の刺突を繰り出した。今まさに光弾が放たれんと青い光が漏れだした銃口に、槍の一撃が命中した。

 

 光弾のエネルギーが、銃口内にはまった槍の先端に衝突し、暴発が起きた。怪人の顔の脇で銃が爆発し。その衝撃と飛び散った破片で、怪人の首筋が負傷し、仮面の一部が破損した。

 

 カツゴロウは穂先が無くなった槍の柄を、横から思いっきり怪人の顔を叩きつけた。

 その一撃で怪人の仮面が外れ、横に弾け飛ぶ。その結果、カツゴロウの目の前で、怪人の素顔がさらけ出された。

 

「グゥウウウウウウッ!」

 

 怪人の目が、カツゴロウのいる方向を睨み付ける。その顔は人間とは明らかに違う異形の者だった。

 

 前頭部に髪は無く、額もろとも平らに広がっている。その周辺を細かい突起群が囲っていた。肌は身体の皮膚と同じく、両生類のような異色な物である。

 両目は人間と同じく白黒の色をしている。眼球と瞼の周りには、厚い皮膚で囲まれており、目が窪みの中に沈んでいるように見える。

 口の周りには、カニの脚のような鋭い爪のような器官が、左右に2本ずつ、計4本生えている。それらは虫の脚のように、細かく動いていた。その妙な足に囲まれた口には、唇はなく、鋭い犬歯と切歯が剥き出しになっている。

 

 常軌を逸した、あまりに醜い顔であった。だがカツゴロウは、多少の予備知識があったため特に驚かなかった。それに彼は以前、これ以上に醜いと思える生き物にあったこともある。

 

 怪人とカツゴロウの睨み合いは、しばらく続いた。だが途中で怪人が、支えていた腕を下ろし、半起きの上半身を倒した。

 足は自由に動かず、飛び道具の銃も破壊された。怪人は実質戦闘不能の状態である。

 

 決着が着いたその場所に、ダックの足音が近づいてきた。

 

「カツゴロウ様、無事ですか!? うわ!? 何だこいつは!?」

 

 ダックに乗ってやってきたのは、今まで置いてけぼりにされていたアールだった。そこで倒れている怪人の素顔を見て、大いに驚く。

 

『ええ、もう大丈夫です。この人はもう・・・・・・て、何してるんですか?』

 

 カツゴロウが説明をしようと、怪人に振り向くと、彼は妙な動作をしていた。

 

 左腕を顔の前に出し、右手の人差し指で、左腕の籠手にあるスイッチのようなくぼんだ部分を押した。ピッ!と小さな音が聞こえると、籠手の金属部分が、びっくり箱の蓋のようにパックリと開いた。

 籠手の蓋の裏側には、五枚の長方形の窓のような物が、大部分を覆っていた。その窓の下には、これもまたスイッチと思われる窪みがあった。

 

 怪人は右手の人差し指で、そのスイッチを次々と押した。何らかの順番が決まっているのか、不規則な順に押していく。そのたびにピッ!ピッ!と奇妙な残響の音が聞こえてくる。

 

 全てを押し終わると、窓から赤い光で形成された、奇妙な文様が浮かび上がった。

 それは楔形文字のような形をしていて、ピー!ピー!と音を立てながら、各線が点滅している。そして点滅の度に、その線が一本ずつ消えていく。

 

『・・・・まずいです』

「えっと、何が?」

 

 青い顔(幽霊なので判りにくいが)をするカツゴロウに、アールが不思議そうに訪ねる。だが回答の時間は与えられなかった。

 

『すいません! このダック借ります!』

 

 言うが早く、カツゴロウは非実体化して、アールが乗っているダックの身体に潜り込んだ。ダックが背中を揺らし、乗っているアールを振りほどく。

 

「ちょっと!? 何をするんですか!?」

 

 落馬したアールが非難の声を上げる。だがカツゴロウが憑依したダックは、それを無視して倒れている怪人に駆け寄った。

 

 ダックの巨大な嘴が、怪人の右肩を加えて、その巨体を持ち上げる。そしてその場で力強く羽ばたいた。

 あんな巨漢の生物を持ち上げて、そうそう簡単に飛べるわけがない。だがカツゴロウの力で身体能力が上がっているのか、ダックの身体はすぐに空へと舞い上がった。

 

 怪人とダックの二つの巨体が、どんどん地表を離れていく。

 

 

 

 

 

 

「あれは何だ?」

 

 町の入り口付近で、シュリーカーとの戦闘を終えて一息ついた兵士達が、西方へと町から離れながら飛翔しているダックの姿を見た。

 その嘴に咥えられている、何か大きな物体も見えた。

 

「あのダック・・・・つまみ食いでもして逃げ出したか?」

 

 限られた情報で彼らが推察できたのは、その程度だった。

 

 

 

 

 

 

 空中にて、怪人の籠手からは、未だに奇妙な音が発せられている。点滅している紋様は既に殆どが消えていた。

 

 そして今、最後の一本が消滅した。

 

 その瞬間、大空に青い太陽が生まれ出でた。

 

 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッン!

 

 ダックが飛んでいた地点を中心にして、巨大な青光が発生する。

 そしてそれはとてつもない速度で膨張する。その大きさは城一つ飲み込みそうなほどであった。

 

 そしてそれは風船のように破裂し、一帯に嵐のような凄まじい爆風を撒き散らす。

 

「「うわぁあああああっ!?」」

 

 傍観していた兵士達が、風に巻かれて吹き飛ばされていく。

 

 町の家々の屋根が次々と剥がれ、枯れ葉のように何処かへと飛んでいった。中には、屋根どころか建物全体が倒壊する場所もあった。

 

「ふぎゃ!?」

 

 町の上空を見上げていたアールは風に煽られて腰から倒れ、その顔に風で飛んできたグラボイズの内蔵がベチャリとくっついた。鼻に生臭い臭いが走り、口内に苦くて酸っぱい味を感じた。

 

 爆風は数秒で止み、青い光も嘘のように一瞬で消え去る。

 

「なっ、何が起こったんだ?」

 

 ロンダはとある家屋の中に隠れていたが、突然その家屋が崩れ落ちて、慌てて外に出た。そして光が消えていく上空を見上げる。

 

「うん?」

 

 光が消えた空をしばらく凝視していると、その地点から何かがこちらに近づいてきていることに気がついた。

 それは小さすぎて、最初はよく分からなかった。しばらくしてようやく形が見える距離にまでやってきた。

 

 それは野球ボールほどの大きさが青く光る球体だった。怪人の銃から出た物ではない。

 それはふよふよと風船のように空を漂いながら、ロンダのいる場所へ寄ってくる。

 

 ロンダは警戒して短剣を構えた。やがて球体は、彼女の目の前にやってくる。

 

『ロンダさん。終わりましたよ』

「えっ!」

 

 突然球体から聞こえてくる幼い声に、ロンダは僅かに驚く。その声に彼女は聞き覚えがあった。

 

「・・・・・・もしかしてカツゴロウ様ですか?」

『はい。さっきのでかなりの力を使ってしまって、元に戻るのは結構時間がかかりそうです。ははっ』

 

 穏やかに笑い声を上げる球体=カツゴロウ。事態を全く理解していないロンダが、とりあえず笑い返してみた。

 

 半壊したパーフェクションに残りの兵士達が戻ってくる。そして小さくなってしまったカツゴロウの話を聞いて、怪人の脅威が去った事を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、引き続き遭難者の捜索が行われた。結果草原の各地で、樹や岩の上で難を逃れていた生存者が21名発見される。更に馬車を牽引していた9羽のダックも発見された。

 

 一方でグラボイズ・シュリーカーに関しては、3日に渡って捜索が行われたが、結局一体も発見されなかった。

 まもなく彼らは全滅したと軍は判断した。また例の怪人に関しても調査はされたが、判明したことは何一つ無かった。何しろ調べられる物が殆ど残っていない。怪人本人は空の上で、骨も残らず塵とか化したのだ。

 

 絶滅したと思われたグラボイズが、何の予兆もなく、突然現れた事実。

 そしてこれもまた唐突に出現し、グラボイズと捜索の兵を見境無く殺害した怪人。この草原で何が起こって、怪人が何をしに現れたのかは、誰にも見当が付かない。

 一部であのグラボイズは、狩りの標的にするために、あの怪人が解き放ったという説も出たが、それを確かだと言える根拠は何一つない。

 

 多くの謎を残しながらも、この事件の捜索は打ち切られ、真相は全て闇に消えた。

 

 だがいつか未来で、この事件の手がかりが得られる時が来るかも知れない。あの怪人は、何度でもこの世界に現れるだろうから。

 


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