あんまり笑ってはいけないカルデア24時 作:パワーワード大好きおじさん
オルガマリーちゃんかわいいよね。
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
白く無機質な壁に囲まれた廊下に、一定の間隔で配置された照明が冷ややかな光を投げかけている。外の世界が凍てついていることを忘れさせるほど、内部の空気は完璧な空調システムによって一定の温度に保たれていた。
時折、サーヴァントや職員が足早に通り過ぎる靴音だけが、静寂に近い廊下に反響しては消えていく。壁面のパネルには、現在の時刻と、微かに震える演算リソースの稼働状況が表示されている。
ここは、人類の歴史を守るための最前線。
重厚な隔壁の向こう側からは、微かに動力源の低い唸りが響いてくる。
それは、いつもの召喚の儀式の時に起きた。
突如としてカルデアの管制室に鳴り響く警報、それは未知の霊基再臨を告げるものだった。
召喚陣から溢れ出した眩い光が収束したとき、そこに立っていたのは、かつてこの場所で命を落としたはずの所長……オルガマリー・アニムスフィア。
しかし、その姿はあまりにも異様だった。
年齢は生前よりも進み、二〇代半ば――いわゆる「アラサー」の艶やかさを帯びた美女へと成長している。にもかかわらず、その身を包むのは、あまりにも過剰な装飾が施されたピンク色のフリフリ魔法少女衣装なのだ。
彼女は、信じられないものを見る周囲の視線を浴びながら、指先を頬に当て小首を傾げた。
「はーい、みんなのアイドル! 愛と正義の魔法少女、オルガ・マギカよ! ……な、なによその顔は。もっと熱烈に歓迎しなさいよねっ!」
空気が凍った。
レオナルド・ダ・ヴィンチは顎に手を当て、非常に興味深そうに観察している。
驚きよりも先に「その霊基構造はどうなっているのか」「誰の趣味か」という知的好奇心が勝っているが、内心では彼女の生存を素直に喜んでいるのだろう。
マシュ・キリエライトは盾を構えるのも忘れ、呆然と立ち尽くす。
「所長……?」と呟いたきり、ピンクのフリフリと生前の厳格な彼女を脳内で統合できず、思考回路はショート寸前の状態。会いたいとは思っていたのだろうが……。
そして、ロマニ・アーキマン。
彼は持っていたマグカップを床に落とした。
陶器の割れる乾いた音が響くが、それを拾う余裕すらない。
「え……所長……? いや、オルガ……? 待って、何その格好? いや待て、それより生きて……え、でも魔法少女? アラサーくらい……だよね? 無理がないかな、それ……?」
ロマニの脳内は、かつての冷徹だった上司への追悼の念と、目の前の「痛々しいほど全力のコスプレ美女」への困惑で完全にスパークしている。彼は必死に医者としての冷静さを取り戻そうとするが、オルガ・マギカがポーズを決めるたびに視線を泳がせ、最終的には片手で顔を覆った。
「……よかった、本当に戻ってきてくれてよかった。……うん、それ以外については、僕が過労で幻覚を見てるだけだってことにしよう。そうじゃないと、僕のなかの『アニムスフィア家』のイメージが音を立てて崩壊しちゃうからね」
震える声でそう言いながら、彼は現実逃避のためにモニターの数値を確認するふりを始めたが、その手は全く動いていなかった。
藤丸立香は、目の前に展開されたあんまりな光景に、数秒の間、思考を完全に停止させた。
網膜に焼き付くのは、かつて厳格で、どこか近寄りがたかった少女・オルガマリーの面影を残したまま、見事に「大人の女性」へと成長した肢体。そして、それを台無しにするほど主張の激しい、ピンクのフリフリとフリル、リボン。
生前の彼女の最期を看取り、その喪失を胸に抱いて旅を続けてきた立香にとって、その再会は涙なしには語れないはずのものだった。
だが、目の前の「オルガ・マギカ」は、完璧なブリっこポーズでウィンクを飛ばしている。
立香の視線は、彼女の顔、首元、そして衣装の裾へと力なく彷徨った。やがて、その口から漏れたのは、感動でも驚愕でもなく、魂が抜け落ちたような絞り出すような声だった。
「あ、あはは。……そっか。……所長、なんだよね……?」
立香は、隣で固まっているマシュの肩に、そっと救いを求めるように手を置いた。
その瞳からはハイライトが消え、まるで深淵を覗き込むような虚無感が漂い始める。
「うん。……生きてる。生きてるなら、それでいいんだ。……たとえ、どれだけ趣味が変わっていても。どれだけ……その、年齢的に厳しくても……」
そこまで言って、立香はぐっと言葉を飲み込んだ。
迂闊なことを言えば、この「魔法少女」の皮を被った元上司の逆鱗に触れることぐらいは、これまでの付き合いで十分に理解している。
立香は必死に顔の筋肉を動かし、精一杯の「誠実な笑顔」を作ろうとした。
だが、引き攣った頬の筋肉は隠しようもなく、ただただ震える親指を立てて、消え入りそうな声で肯定を贈る。
「……似合ってる、よ。たぶん。……うん、たぶん。……おかえり、所長」
それは、人類最後のマスターが、これまでの特異点攻略で培ってきた全精神力を注ぎ込んだ、あまりにも切実で、嘘に満ちた精一杯の気遣いだった。
「これまでの貴方たちの活躍は、特異点の外側からすべて観測していました。人理修復に向けた各自の奮闘、このオルガマリー・アニムスフィアが直々に労ってあげるわ。……ご苦労さま」
管制室の喧騒が、一瞬にして静まり返る。
オルガ・マギカ――かつての所長、オルガマリー・アニムスフィアが、その派手な衣装とは裏腹に、かつてのような冷徹で厳しい「指揮官」の瞳を取り戻したからだ。
そこまでは、完璧な上司の帰還だった。
マシュの瞳には涙が浮かび、ロマニも安堵の表情を見せかける。
だが。
「……キラッ☆」
彼女は、真顔のまま、人差し指と親指で星を作るサインを右目に添え、不自然なほど完璧な角度で首を傾けた。腰のフリルが「カサリ」と乾いた音を立てて揺れる。
それは、カルデア全職員に課せられた、あまりにも過酷な「試練」の幕開けだった。
立香の膝がガクガクと震え始める。
所長への敬意と、視覚情報の暴力。その矛盾の間で、「笑ってはいけない」というプレッシャーが腹筋を破壊しにかかっている。
必死にマシュの肩を掴んで耐えるが、下唇を噛みすぎて血が滲みそうだ。
マシュは「所長が……あんなに真面目な顔で……」と、しきりに感動している。
その気持ちが強すぎるあまり、逆に脳がパニックを起こしているが。
視線をどこに置いていいか分からず、盾の裏側に顔を隠し、鼻から「フンスッ!」と奇妙な排気音を漏らしている。
ダ・ヴィンチ……万能の天才ですら、この状況には苦悶の表情を浮かべる。
口元を両手で覆い、肩を小刻みに震わせながら、「……ふ、ふふ、……ブラボー、と言いたいところだけど、……くっ……!」と、喉の奥で笑い声を押し殺している。
そして、ロマニ・アーキマン。
ロマニにとって、これは拷問に等しかった。
オルガマリーが「今後の運用方針についてだけど」と真剣な口調で続けるたび、語尾に「はぴぴ☆」や「てへぺろ☆」といったモーションが、一切の照れなく、それでいて正確なタイミングで差し込まれる。
「……っ、……ふ、ぅ……」
ロマニは、自分の唇を指で強く押しつぶし、無理やり真顔を維持しようとしている。
モニターに映る彼女の霊基グラフ(ピンク色のハート型に変化している)を直視できず、白目を剥きそうになりながら天井を仰いだ。
「ドクター? なにか意見があるなら言いなさい。……にゃん♡」
オルガマリーが猫耳を作るポーズで彼を指差した瞬間、ロマニの防波堤が崩壊しかけた。
彼は突如、激しく咳き込むふりをして机の下に潜り込む。
「ゴホッ、ゴホゴホッ! ……あ、あー、ごめん。ちょっと喉に、……魔力が詰まって……! 大丈夫、続けて! 続けてくれ所長、いやマギカさん! 僕は……僕は今、感動で声が出ないだけだから……!」
彼は机の下で自分の太ももを全力でつねっていた。
痛みが笑いを上回るのを待つしかない。だが、視界の端に入る「アラサーの美脚を包むピンクのニーソックス」が、彼の理性を容赦なく削り取っていく。
神よ、この地獄のような「労い」の時間は、いつまで続くのでしょうか?
管制室には、誰一人として喋り出せない、重苦しくも痙攣的な沈黙が支配していた。
オルガマリーは悶絶するロマニを見下ろすと、その艶やかな唇を吊り上げた。
彼女はゆっくりと腕を交差させ、指先をピンと立てる。
その動きには、一分の迷いも、一点の照れもない。
「いつまでもそこに隠れていないで、顔を上げなさい。……魔法の国からハッピーをお届け! みんなの夢を叶えるネットアイドル、マギ☆マリだよっ! ……キラッ☆」
完璧だった。
声のトーン、語尾の跳ね方、そして「マギ☆マリ」本人が動画の最後で見せる、あの独特の決めポーズ。長年その画面を食い入るように見つめてきたロマニにとって、それは聖典の具現化であり、同時に最悪の悪夢との邂逅でもあった。
「――っ!!?!?!?!」
ロマニの口から言葉にならない叫びが漏れる。
本物の所長が、生還したばかりの主人が、あろうことか自分が精神的支柱としていたネットアイドルの完コピを、「アラサーの魔力的色気」を無駄に漂わせながら披露している。
驚愕、憤怒、歓喜、そして形容しがたい絶望。
あまりにも多層的な感情が彼の処理能力を限界突破(オーバーロード)させた。
「……あ、あは……あはははは! 本物だぁ……本物の所長が、マギ☆マリのポーズを……いや、似合って、る……? そんなわけないだろ! いい加減にしろ!! いや、怖い、怖いよこれ! 誰か、誰か僕を殺してくれぇ!!」
ロマニが膝を突き、床を叩いて爆笑と号泣を同時に爆発させたその瞬間。
✳ デデーン! ロマニ、アウトー!
無機質な管制室に、どこからともなく場違いな合成音声が響き渡った。
「はい、そこまで! 夢を壊すギルティなリアクション、厳禁だよ!」
「ったく、見てられないわね。ここは一発、教育が必要でしょ」
虚空から躍り出たのは、ピンクとクロの魔法少女装束を纏った二人組。
――イリヤスフィールとクロエだった。
彼女たちの手には、魔力的な光を帯びた、異様に硬そうな「ハリセン」が握られている。
「えっ、ちょ、二人とも!? なんでここに――ぎにゃあああ!?」
言葉が終わるより早く、イリヤの振り下ろしたハリセンがロマニの後頭部を捉えた。
「しぇいっ!」
「オマケよ、この駄目スタッフ!」
乾いた、だが明らかに肉を断つような重い衝撃音が連続して響く。
絶妙に急所を外しつつ、神経にダイレクトに響く痛みに、ロマニは「あだだだだ!」「今の音、骨鳴らなかった!? ねぇ!?」とのたうち回り、床の上を芋虫のように転がった。
オルガマリーはその阿鼻叫喚の光景を満足げに眺め、再び「キラッ☆」とポーズを決める。
のたうち回るロマニと、ハリセンを振り回す魔法少女たちの喧騒を背景に、オルガマリーはゆっくりと立香の方へ向き直った。
その瞬間、彼女を包んでいた「無理矢理な明るさ」がふっと消える。
ピンクのフリフリ衣装はそのままだが、立ち姿に宿る空気は、かつてアニムスフィアの主としてカルデアを背負っていた、あの凛とした所長のものだった。
「……藤丸」
名前を呼ばれた立香は、こみ上げる笑いを必死に喉の奥で押し潰した。
目の前にあるのは、フリルとリボンの暴力だ。視覚的にはギャグの領域に片足を突っ込んでいる。だが、彼女の瞳に宿る深い慈しみと、生前よりも数年分ほど「大人」になった落ち着きのある声が、立香の理性に踏みとどまるよう命じていた。
「驚かせたわね。今の、その、ふざけた言動……私自身でも止められないのよ、コレ。この霊基に刻まれた『概念』が、私にこの振る舞いを強要しているわ」
オルガマリーは視線を伏せ、わずかに頬を染めた。
アラサーの艶を帯びた彼女が、ピンクの衣装の裾を恥ずかしそうに指先で弄る。その仕草は、ブリっこを演じていた時とは違い、年相応の女性としての困惑と羞恥に満ちていた。
「……正直に言うわ。死ぬほど恥ずかしいの。今すぐにでもどこかのコフィンにでも閉じこもりたい気分よ。アニムスフィアの歴史に、これほど泥を塗った存在が他にいると思う? ……いいえ、いないでしょうね」
彼女は自嘲気味に、だが穏やかに微笑んだ。
かつての尖っていた、余裕のなかった少女の面影はない。その霊基から伝わってくる魔力の波動は、深淵を覗いてきた者の静謐さと、すべてを受け入れたような包容力を備えていた。
「でも。……それでも。また貴方たちに会えて、嬉しいと思っている自分もいるの。この姿であっても、またこうしてカルデアの床を踏めるなんて、夢にも思わなかったから」
彼女は一歩、立香に歩み寄った。
長い睫毛が震え、その瞳がまっすぐにマスターを見据える。
「頑張ったわね、藤丸。……本当に、よくここまで繋いでくれたわ」
その言葉には、一切の装飾も、余計なポーズもなかった。
立香の視界が、不意に熱くなる。笑いを堪えていたはずの顔が、今度は別の感情で歪みそうになるのを、立香は必死に堪えていた。
「……さあ、湿っぽいのはここまでよ」
刹那、彼女のスイッチが再び切り替わった。
「さあ! 立ち止まっている暇はないわ! 人理はまだ、ハッピーエンドを迎えていないんだから! オルガ・マギカと一緒に、輝く未来へレッツ・ゴー! ……にゃん♡」
真面目な顔のまま、彼女は勢いよく猫耳ポーズを決めた。
感動の余韻を完膚なきまでに叩き潰す、無慈悲な「にゃん♡」。
立香の脳裏には、数秒前までの聖母のようなオルガマリーの微笑みが、美しき思い出としてセピア色に保存されようとしていた。しかし、網膜に突き刺さったのは、アラサーの艶やかな美女が全力でキメた、あざとさ1000%の猫耳ポーズである。
「……っ、…………ぁ、……っは!!」
耐えきれなかった。立香の腹筋が、限界を超えて悲鳴を上げた。
膝から崩れ落ち、床を拳で叩きながら、立香は涙目で叫んだ。
「ひどい……! 所長、それはズルすぎますって! あんなに良い雰囲気だったのに、なんで、なんでその顔で『にゃん♡』なんですか! 笑うしかないじゃないですか、こんなの!!」
酸欠になりかけながら、喉を鳴らして爆笑する立香。
その瞬間、カルデアの空気が一変した。
✳ デデーン! リッカ、アウトー!
再び響き渡る非情な宣告。
「はい、油断したー! 魔法少女の慈愛は、笑い飛ばすものじゃないんだよ?」
「マスターだからって容赦しないわよ。しっかりその身体に刻み込みなさい!」
イリヤとクロエが、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光で立香をロックオンした。
二人の手にあるハリセンが、先程よりも心なしか重厚な魔力を帯びて唸りを上げる。
「え、ちょっと、待っ――」
「せーのっ!」
乾いた、だが魂を揺さぶるような爆音が二発。
立香の背中に、クロエの高速ハリセンとイリヤの魂のフルスイングが直撃した。
「ぎゃあああああああ!? 痛い! 痛すぎる! なにこれ、物理防御無視!? 貫通ダメージ入ってる!!」
床に突っ伏し、エビのように身をよじって悶絶する立香。
その隣では、先程お仕置きを食らったロマニが「……仲間が、できた……」と虚ろな目で呟きながら、這い寄って立香と固く握手を交わそうとしていた。
その阿鼻叫喚の様子を、オルガマリーは再び真顔に戻って見下ろす。
「言ったでしょう? 私には止められないって。不敬な笑いには、相応の報いが必要よ。ぷりっ☆」
去り際に、彼女は無情にもお尻を軽く振るポーズを残して……
「そして、マシュ」
オルガマリーが振り返って声をかける。ダメだ、見逃してもらえなかった。
のたうち回る立香とロマニ。その地獄絵図を視界の端に収めながら、マシュは盾を握る手に力を込めた。自分だけは、自分だけはこの「不敬」の連鎖に飲み込まれてはならない。デミ・サーヴァントとしての全神経を集中させ虚無の境地に至ろうとした、その時だった。
「……マシュ・キリエライト」
オルガ・マギカが、ゆっくりとその肢体をマシュの方へと向けた。
フリルが揺れ、甘い香りが漂う。アラサーのオルガマリーが湛える大人の余裕と、魔法少女衣装という不条理な暴力。マシュは、自身の心拍数が跳ね上がるのを感じた。
「は、はい! 所長……いえ、マギカさん!」
「貴方の献身、そして藤丸を支え続けたその忠義。……遠くから見ていたわ。本当によくやったわね、マシュ」
オルガマリーの瞳が、慈愛に満ちた輝きを帯びる。その眼差しは、かつてマシュを「失敗作」と呼びながらも、その実、誰よりも彼女の命を案じていた所長の、さらに深まった愛情そのものだった。
マシュの目尻に、熱いものが込み上げる。
「所長……。私、私は……」
「ええ、分かっているわ。……だから、これは私からの、とっておきのプレゼント。貴方の頑なな心を、魔法の力で解き放ってあげる! ……ルンルン・ハッピー・マジカル・ショーーット! ……はわわ☆」
オルガマリーは真顔のまま、両手でハートマークを作ると、それをマシュに向けて発射するポーズをとった。仕上げに、これ以上ないほど計算され尽くした「はわわ」という感嘆詞を添えて。
「……っ……!?!?」
衝撃だった。
マシュの脳裏で、これまでの苦難の旅路と、尊敬する上司の尊厳が、音を立てて衝突した。
「所長が……アラサーの所長が……『はわわ』って……はわ、はわわ……っ」
マシュは顔を真っ赤に染め、呼吸を忘れて硬直した。
あまりの情報の過負荷に、彼女のメンタルモデルは臨界点を突破。口元から「ひ、ふふっ……」と、漏れてはならない音がこぼれ落ちた。
✳ デデーン! マシュ、アウトー!
無慈悲な宣告が管制室に響き渡る。
「はい、マシュもアウト! アナタでも笑いは我慢できないよね!」
「さあ、覚悟しなさい! 魔法少女の鉄槌、受けてもらうわよ!」
イリヤとクロエが、獲物を前にした猟犬のような笑みを浮かべてマシュに肉薄する。
「ま、待ってください! 今のは不可抗力です! 所長の『はわわ』があまりにも……ああっ、来ないでください! 盾は、盾はこういうことに使うものじゃ……ぎゃああああ!?」
「せいやっ!」
「反省しなさい!」
凄まじい衝撃音が二発、管制室を震撼させた。
物理防御を無視する魔法のハリセンが、マシュの腰あたりにクリーンヒットする。
「あだっ……!? ふぇ、ふぇえええん……! 痛いです、ドクター、先輩ぃ……!」
かつて魔王の宝具すら防ぎ切った少女が、床を転がりながら涙目で絶叫する。
その横では、既に虫の息となったロマニと立香が、地獄の底から仲間を歓迎するように力なく手を振っていた。
オルガマリーは完璧な「魔法少女」の立ち振る舞いで、転がる三人の犠牲者を見下ろした。
「ふふ、これで全員お揃いね。……キラッ☆」
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
――そこは今、人理修復の拠点ではなく、魔法少女による「絶対に笑ってはいけない」
拷問部屋へと変貌していた。
管制室の喧騒が遠ざかる。
「……っ、……ふふ、あはははは! いやあ、流石の私もこれには一本取られたよ!」
レオナルド・ダ・ヴィンチは、自身の研究室に滑り込むなり、堅牢な隔壁を即座におろして完全封鎖した。万能の天才としての直感が、あの場に留まれば自分の黄金のプライドすらハリセンで粉砕されると告げていたのだ。
彼女は作業用の椅子に崩れ落ち、腹を抱えて笑い転げた。
モニターには、今なお廊下で「はわわ」だの「にゃん♡」だのとポーズを繰り出すオルガマリーと、それをお仕置きされる三人の惨状が、ドローン経由で克明に映し出されている。
「アラサーでオルガ・マギカか! しかもあの完成度……! アニムスフィアの魔術回路をあんなことに使うなんて、先代所長のマリスビリーが見たら卒倒ものだね!」
ダ・ヴィンチは、目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。
笑いすぎて呼吸が苦しいが、その表情には久方ぶりの、心からの安堵が混じっていた。
「……やれやれ。おかえり、所長。君がいれば、カルデアの退屈だけは当分なさそうだ」
モニターの中では、再び誰かの絶叫が響き、魔法のハリセンが虚空を舞っている。
天才は、手元のコーヒーを一口啜ると、愉快でたまらないといった様子で、もう一度爆笑の渦に身を投じた。
人理修復の道は未だ険しいが、カルデアに差し込んだ「ピンク色の混乱」は、凍てついた施設に確かな熱を呼び戻していた。
もうちょっと続くかも。