あんまり笑ってはいけないカルデア24時 作:パワーワード大好きおじさん
カルデアの一角、本来は重要機密を扱うはずの作戦会議室。
しかし、今そこで行われているのは、人類の存亡以上に切実な「精神の存亡」を懸けた緊急対策会議であった。
「……さて。まず、何から話すべきかな」
ロマニ・アーキマンは、額に冷えピタを貼り、魂の抜けたような声で切り出した。
その隣には、ハリセンの衝撃で髪が少し逆立ったままのマシュ、「笑い死ぬかと思った」と言わんばかりの虚無の表情を浮かべた立香が座っている。
そして、テーブルの中央。
「……ねえ、これ。解いてくれないかな? 手が痺れてきたんだけど」
真っ白なワイヤーで椅子にぐるぐる巻きにされ、天井から吊るし上げられているレオナルド・ダ・ヴィンチが、力なく笑った。彼女は最初の混乱時、万能の知恵を「保身」のためだけに使い、一人だけ研究室で高みの見物を決め込んでいたのだ。
「ダ・ヴィンチちゃん……あの時、モニター越しにコーヒーを飲んで笑っていたのを、私は忘れていません」
マシュの瞳には、かつてないほどの冷徹な光が宿っている。
「そうだよ。わたしたちがアフロ・レフの恐怖に晒されている間、研究室のログに『(笑)』って入力してたよね」
立香の追及に、万能の天才は「あはは、人聞きが悪いなあ……」と視線を泳がせた。
現状をまとめよう、とロマニが真面目な顔でモニターにデータを表示する。
魔法少女事変への対処
感染源 : オルガ・マギカ(復活した所長)。アラサーの美女というスペックを全て「あざとさ」に全振りしており、視覚的殺傷能力が極めて高い。感染者多数。
被害状況 : エミヤ(ワカメ)、円卓の騎士(ダブル魔法少女)、ロマニ(尊厳破壊)。 他犠牲者多数。
謎の執行者 : イリヤとクロエ(当人ではない可能性)。どこからともなく現れる。
ハリセンの威力は、対城宝具級と推定。
環境の変化 : 人理焼却側が「面白いから」と待ってくれている。緊張感の欠如。
「いいかい、みんな。このままだと、カルデアは『ギャグ時空』という名の特異点に完全に飲み込まれる!」
ロマニが机を叩いた。
「次に狙われるのは……おそらく、まだプライドを保っている英雄たちだ。ギルガメッシュ王や、カルナ、アルジュナといった面々が、もしピンクの衣装を着て『キラッ☆』なんてやり始めたら、もう僕たちのカルデアは、宇宙の塵になった方がマシなレベルの恥辱にまみれることになる!」
「……それは、避けなければなりません。人理が守れても、尊厳が守れません」
マシュが深刻な面持ちで頷く。しかし、解決策が見当たらない。
「でも、どうするんですか? 所長……マギカさんを止めるには、あの『止められない衝動』をどうにかしないと」
立香が問うと、吊るされたままのダ・ヴィンチが不敵に笑った。
「ふふ……。実はね、一つだけ方法があるんだよ。この『何でもアリ』の波を逆手に取るのさ。……いいかい? 魔法少女には、魔法少女をぶつける。これが定石だろう?」
「……まさか、ダ・ヴィンチちゃんが着るんですか?」
立香の冷ややかな視線に、ダ・ヴィンチは即座に首を振った。
「まさか! 私はプロデューサー側に回るよ。いいかい、所長を上回る『究極の魔法少女』……あるいは、彼女を圧倒するほどの『不条理な存在』を、こちらで用意するんだ」
ロマニ、立香、マシュの三人が顔を見合わせる。この狂ったカルデアで、オルガ・マギカを上回る不条理。そんなことが可能な英霊が、果たして存在するのだろうか。
その時、会議室のドアが、ノックもなしにゆっくりと開いた。
「……呼んだか? 雑種」
そこに立っていたのは、黄金の鎧を纏った、だがその手にはなぜか「魔法少女の杖」を握らされた英雄王だった。避けなければなりませんって言ったばかりじゃないか!
会議室に流れる戦慄。黄金の王が手にしていた杖は、もはやその象徴たる宝具以上の威圧感を放っていた。だが、この不条理の極地に抗える者が、カルデアにはもう一人いた。
「ダメだよギル。この時空のルールに従わなくちゃ。ほら、衣装はこれ」
音もなく現れたエルキドゥが、ギルガメッシュの黄金の鎧をひょいと奪い取った。
代わりに手渡されたのは、幾重にも重なるレースとリボンが施された、ピンクのドレス。
「……待て。エルキドゥ、貴様、何を――」
英雄王の反論を待たず、エルキドゥは満足げに微笑んで風のように去っていった。
残されたのは、世界最古の英雄、人類最古の王、裸の我様。
そしてその手に握られた、フリフリのピンク衣装。
ギルガメッシュの瞳から、スッと光が消えた。
彼ほどの高次の存在であっても、この「メタ時空」の強制力には抗えない。
その時。
呆然と立ち尽くす英雄王の肩に、ポン、と誰かの手が置かれた。
「……案ずるな、黄金の王よ。独りで往く道ではない」
ギルガメッシュが死んだ魚のような目で振り返る。
そこに立っていたのは、太陽王オジマンディアスであった。
しかし、その姿はエジプトの威厳など微塵も感じさせない。
彼はあろうことか、美遊・エーデルフェルトの魔法少女衣装――
あのサファイア色のシックながらも露出度が高く食い込みのエグい装束に、褐色の大柄な肉体を無理やりねじ込んでいた。
「余と貴様。二人の王が揃えば、全宇宙のハッピーは約束されたも同然。……さあ、変身の時間だ。キュア・ウルク、キュア・ラムセウム。……王(ワン)キュアの爆誕である!!」
「フ、ハハハ……。……はぴぴ☆」
ギルガメッシュが、ついに壊れた。
二人の王が真顔で回転し始め、光輝く変身バンクがはじまる。
完璧なシンクロを見せながら魔法少女の決めポーズを披露する。
アラサーのオルガマリーすら「流石にそれは……」と引くレベルの、王気溢れる魔法少女。
「――っ、……っぶふぅぅぅぅ!!」
会議室にいた四人の理性は、音を立てて木っ端微塵になった。
吊るされていたダ・ヴィンチは激しく揺れて、立香は机の下に潜り込んで床をのたうち回り、マシュは盾を噛み締めて号泣し、ロマニに至っては「ああ、神様、お迎えですね……」と昇天しかけている。
✳ デデーン! リッカ、マシュ、ロマニ、ダ・ヴィンチ、全員アウトー!
四人同時の宣告。それはカルデア史上最大の処刑を意味していた。
「一網打尽だね! 王様の威厳、舐めちゃダメだよ!」
「はい、四人まとめてお仕置きよ! 覚悟しなさい!」
イリヤとクロエが、残像を残すほどのスピードで室内に突入した。
彼女たちの持つハリセンは、もはや物理的な質量を超え、銀河を揺るがすほどの魔力光を放っている。
「まっ、待って、せめてダ・ヴィンチちゃんを下ろして――ぎゃああああ!」
「先輩、ドクター! 死ぬときは一緒です――ひぎゃあ!?」
「せーのっ!!」
ドッ、ババババンッ!!!
会議室が揺れ、照明が点滅する。
悲鳴が重なり合い、四人の肉体は魔法のハリセンによって慈悲なく打ち据えられた。
その惨劇の背後で、二人の「王キュア」は、不気味なほど美しいポーズを保ったまま。
まるで静かにカルデアの行く末を見守っているようだった。
会議室の床に転がる三人と吊り下げられた一人の姿は、まさに地獄の様相を呈していた。
立香の瞳からは一切の光彩が消え失せ、深淵の如き虚無が宿っている。
マシュは盾を抱えたまま「……結局、私たちが守りたかったのは、このピンク色の不条理だったのでしょうか……」と、黒いモヤを全身から噴き出し始めた。
そして最も深刻なのはロマニ。
極度のストレスと「王キュア」という劇薬に晒された結果、彼の肌は不自然なほど浅黒く染まり、髪からは色素が抜け落ちて真っ白になっている。
「……あ、あれ。……僕、今なら人類を救える気がする……。いや、座に還れる気がする……」
そんな滅亡寸前のカルデアメンバーを、逆さ吊りのまま見つめていたダ・ヴィンチの瞳に、突如として天才の閃きが宿った。
「……ははっ。そうか、そういうことか! さすがは王キュア。彼らは、自らを犠牲にして『解』を示してくれていたんだね!」
「……ダ・ヴィンチちゃん、何、言って……」
立香が力なく問いかける。ダ・ヴィンチは吊るされたまま、不敵な笑みを浮かべた。
「いいかい? 既存の倫理観でこの時空に抗おうとするから、ダメージを受けるんだ。毒には毒を。不条理には不条理を。恥を捨て、理性を焼き捨て、我々自身が『概念』の一部になればいい! 答えは初めから出ていたじゃないか!」
ダ・ヴィンチは指パッチンを一つ。
すると、天井から吊るされていた彼女の縄が解け、空中で一回転して着地。その身には、いつの間にかキラキラと輝く特製の魔法少女衣装が投影されていた。やっぱり着るんだ。
「さあ、みんな! 魔法少女になっちゃいなヨ!」
その一言と共に、会議室に強制的な変身エフェクトが吹き荒れる。
「――っ!? 体が、勝手に……光に包まれて……!」
マシュの鎧がピンクのレースへと分解され、再構築されていく。
立香の魔術礼装はフリルたっぷりのドレスへと変貌し、髪には巨大なリボンが結ばれる。
そして白髪・褐色肌へと「成れ果てた」ロマニ。
なぜか魔法のステッキを握らされ、ミニスカートから筋張った足を晒す究極の魔法少女(?)へと昇華された。かたわらには緑のモジャモジャのマスコットもいる。
「……あはは。もう、何も怖くないや」
立香が虚空を見つめて呟く。
「……はい、先輩。私たち、今、とっても……ハッピー、です……」
マシュもまた、暗黒のオーラを纏ったまま「キュア・シールダー」として覚醒した。
「魔法少女のすべてが、うん……わかってきたぞぅ……簡単でも、まだ人には遠すぎる……」
ロマニはとっくのとうにダメになっていた。
その瞬間、部屋の扉が再び開き、オルガ・マギカが満足げに姿を現した。
「……あら、ようやく理解したようね。そうよ、これが新生カルデアのあるべき姿! さあ、みんなで人理をハッピーに焼き尽く……じゃなくて、救いに行くわよ! キラッ☆」
「「「「キラッ☆」」」」
四人の声が完璧にシンクロする。
もはや、そこに「笑い」を堪える者は一人もいなかった。なぜなら、彼ら自身が、このカルデアで最も笑われるべき、そして最も不条理な存在へと成り果てたからである。
人理滅亡の危機? 知ったことか。
今、この白銀の施設は、全宇宙で最もやかましく、最もピンク色の光を放つ魔法少女の要塞へと進化したのだ! やったぜ!!
そしてカルデアは大爆発。
眩いばかりのピンク色の閃光がカルデアの全てを包み込み、臨界点に達した不条理が空間ごと弾け飛んでいく。
✳ 爆発オチなんてサイテー!
誰のものともつかぬ叫びが虚空に消えた。
……。
………。
「……っ、……はっ!!」
藤丸立香は、跳ねるように上体を起こした。
視界に飛び込んできたのは、見慣れたカルデアの管制室ではない。
無機質で機能性に特化した、虚数潜航艇シャドウ・ボーダーの狭い寝台だった。
「……夢、か……」
額にじっとりと嫌な汗をかいている。
立香は震える手で顔を覆い、荒い呼吸を整えようとした。
脳裏には、まだ鮮明な残像が焼き付いている。
アラサー歳になって「にゃん♡」とポーズを決めるオルガマリー。
緑のアフロを揺らすレフ。王キュア。そして、白髪褐色になって魔法ステッキを振っていたロマニ――。
「……ロマニ、……所長……」
二度と会えないはずの彼らの名前を口にすると、胸の奥がチリリと痛んだ。
もはや、彼らはこの現実にはいない。二度と戻らない時間を、あんなにも支離滅裂な、けれど誰もが笑いあっていた(あるいはどつきあっていた)狂気として脳が再生したのだ。
「ハハハ……。夢オチだって……サイテーなんだよ……?」
立香は力なく笑い、自嘲気味に呟いた。
あまりにも悪ふざけが過ぎる内容だった。だが、目尻に滲んだ一雫の涙が、それがただの悪夢ではなかったことを物語っている。夢で終わって欲しくはなかった。
かつての厳格な所長も、優しく気弱だった医師も。
あんな姿で、あんな不条理な場所でなら、まだ笑って過ごしているのではないか。
そんな切ない願いが形作った、優しすぎる幻想。
「……でも。……悪い夢じゃ、なかったよね」
頬を流れる涙をぬぐい、立香は再び寝台に身を横たえ、暗い天井を見つめた。
失ったものはあまりにも大きく、これからの旅路は、あの夢とは正反対の過酷なものになるだろう。けれど、あの日々を共に過ごした彼らが、もしこの光景を見ていたら。
きっと呆れながらも笑ってくれるはずだ。
「……おやすみ、みんな。……次は、もっとまともな夢で会おうね」
静かな潜航艇の駆動音だけが、子守唄のように響いている。
立香はゆっくりと目を閉じ、微笑みを浮かべながら、再び深い眠りへと落ちていった。
それから幾星霜。
南極の凍てつく大地、あるいは異星の神の領域。
かつてない重圧と絶望感を伴って、その存在は藤丸立香の前に降臨した。
「地球大統領」U-オルガマリー。
その神々しくも禍々しい霊基、全てを支配するかのような圧倒的な魔力の奔流。
誰もがその威圧感に息を呑み、絶望し、あるいは反撃の機会を求めて身構えた。
カドックは歯を食いしばり、マシュは盾を強く握りしめる。
しかし。
立香の視界に飛び込んできたのは、その独特の髪型、そして——
あの「夢」で見た、フリフリの魔法少女衣装のシルエットをどこか彷彿とさせる、あまりにも装飾過剰なその御姿であった。
「な、……っ」
立香の喉が、引き攣った音を立てる。
脳内に蘇るのは、アラサー歳の美女が放った渾身の「にゃん♡」。
緑色のアフロ。王キュアの輝き。そして、「絶対に笑ってはいけないカルデア」の記憶。
「……っ……ふ、ふふ、……あは、あははははははは!!!」
静寂を切り裂いたのは、人類最後のマスターの、腹の底からの大笑いだった。
涙を流し、膝を突いて地面を叩く。およそ神を前にした人間がとるべきではない行為、全身全霊の「爆笑」。
「……え、先輩? ちょっと、どうしたんですか……!?」
「おい藤丸! 気が狂ったのか!? 相手を見ろ、相手を!」
マシュが、カドックが、狼狽しながら立香を揺さぶる。
だが、一度決壊した笑いのダムは止まらない。目の前の大統領が真剣に、傲岸不遜に語れば語るほど、立香にはそれが「ネタ振り」にしか見えなかった。
「……な、何よ。何がおかしいっていうのよ! この私を前にして、不敬極まりないわねっ!」
頬を染めて憤慨する大統領。その仕草すらも、夢の中のオルガ・マギカの面影をなぞっている。
「……すみ、ません、……ふふ、……いや、……だめだ、……思い出、しちゃう……っ!」
周囲の英霊も、職員も、そして敵対する大統領自身すらも、「なんだこいつ」という、冷ややかで、かつ純粋に困惑した視線を立香に注いでいた。
一人だけ「答え」を知っている立香は、なおも笑い続けながら、心の中で確信していた。
どれだけ世界が変わり、彼女がどのような立場になろうとも。
きっと、所長はどこまでいっても、愛すべき「私たちの所長」のままなのだと。
飛んでくるかもしれないハリセンを警戒しながら、そんなことを思った。
カルデアは皆様のおもちゃです。
これにてひとまず完結です。読んでくださった方ありがとうね。