異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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17話 甘い泥沼の朝と外の世界の勢力図

 目が覚めると、世界は柔らかさと温かさで満たされていた。

 呼吸をするたびに、脳を溶かすような甘い香りが肺を満たす。

 俺は──いや、俺の体は、イリスお姉さんの抱き枕になっていた。

 

 「ん……ぅ……」

 

 身動きが取れない。

 背中から抱きすくめられ、俺の後頭部はお姉さんの豊かな胸に埋もれ、手足はタコのように絡め取られている。

 背中に感じる体温が、熱いほどに心地いい。

 サキュバス特有の、肌が吸いつくような感触。

 

 (……これ、やばいな)

 

 俺はぼんやりとした頭で、しみじみと考えた。

 もし俺がまだ男の体のままだったら、間違いなく大変なことになっていただろう。

 朝特有の生理現象と、この極上のシチュエーション。暴発不可避だ。

 だが今の俺は美少女サキュバス。

 アレがない代わりに、下腹部の奥がじんわりと熱を持ち、妙に甘ったるい気分にさせられている。

 

 (……出たくない)

 

 ふと、そんな思考が過った。

 このまま二度寝したい。

 魔王とか、開拓とか、面倒なことは全部忘れて、この柔らかい檻の中で一日中溺れていたい。

 この温もりは、人をダメにする。

 お姉さんが提示した、愛玩動物ルートへの道が、すぐそこまで口を開けて待っているのがわかった。

 

 「……っ、ダメだ、起きないと……」

 

 理性を総動員して身じろぎすると、頭上から楽しげな声が降ってきた。

 

 「あら、おはよう。可愛い妹ちゃん」

 

 お姉さんは起きていたらしい。

 拘束を緩めるどころか、俺のお腹──へそのあたりに手を回し、ぷにぷにと優しく揉み始めた。

 

 「んっ……やめっ、くすぐったい……!」

 「ふふ、お腹が温かいわね。昨日はいっぱい緊張したから、お腹空いてない?」

 「揉むな……!」

 

 抗議しようと足をバタつかせると、今度はお姉さんの太ももが、俺の太ももを両側から挟み込んできた。

 むにゅり、とした肉感的な圧力。

 滑らかな肌が擦れ合う感触。

 

 「ひぅっ!?」

 「暴れると、もっと締めちゃうわよ?」

 

 太ももでしごかれるような感覚に、背筋に電流が走る。

 これ、絶対わざとやってる。

 朝からなんて刺激を与えてきやがるんだ。

 

 「さあ、おはようのキスをしてあげる♡」

 「いらない!」

 

 迫ってくるお姉さんの唇を、俺は手のひらで押し留めた。

 ここで流されたら、今日の仕事は全てキャンセルになりかねない。

 俺は必死の思いで腕の中から這い出し、テントの入り口へと転がり出た。

 

 「お、おはようございます……魔王様」

 

 テントの外に出ると、すでに難民たちは起き出していた。

 彼らは一様に顔を引きつらせながら、俺に頭を下げる。

 その視線の先では、巨大なネズミの魔物が、焚き火の番をしたり、荷物を運んだりしていた。

 

 「……うむ。おはよう」

 

 俺は居住まいを正し、できるだけ威厳のある声を出す。

 魔物と人間による、強制的な異文化交流の現場だ。

 まだお互いに怯えているが、生活のためには協力せざるを得ない。

 

 「みんな、聞け」

 

 俺は集まってきた難民たちに声を張り上げた。

 

 「このオアシスの周りは安全だ。俺の配下が守っている」

 

 魔物たちを指差す。ほとんどはネズミたちだが、チーターっぽいやつもちらほら。

 

 「だが、ここを一歩離れれば、そこは無法地帯の荒野だ。まだ俺の支配下に入っていない凶暴な魔物もうろついている」

 

 事実だ。

 俺が配下にできたのは一部の群れだけで、荒野にはまだ野生の魔物が山ほどいる。

 特に、夜行性の魔物は厄介だ。

 

 「絶対に水辺から離れるな。死にたくなければ、目の届く範囲で働くことだ」

 

 恐怖による統制。

 だが、これは彼らを守るためのルールでもある。

 難民たちは青ざめた顔で「は、はい!」「承知しました!」と頷いた。

 その様子を見て満足していると、テントから着替えを済ませたお姉さん──今は秘書官モードのイリスが出てきた。

 

 「ミア様。私は一度、屋敷へ戻ります」

 「屋敷へ?」

 「ええ。当面の食料と、追加の労働力……もっと多くの魔物を連れてきますわ」

 

 お姉さんは眼鏡の位置を直し、俺にだけ聞こえる声で「いい子で待っててね♡」と耳打ちすると、転移魔法を使って姿を消した。

 

 監視の目がなくなったため、俺は小さく息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。

 

 「……さて」

 

 俺は難民のリーダーであるガンスを見つけると手招きした。

 お姉さんがいない今のうちに、聞いておきたいことがあるからだ。

 

 「少し話そう。……お前たちがいた街のことや、敵の情報を詳しく知りたい」

 

 岩場に腰を下ろし、俺はガンスと向き合った。

 彼は少し緊張していたが、俺が朝食として食べる予定だった果物を渡すと、感謝して受け取った。

 

 「俺たちが暮らしていたのは、ここから北東へ馬車で十日ほど行ったところにある交易都市でした。……まあ、今は大部分が灰の山ですが」

 「どんなところだったんだ?」

 「人間と魔族が半々くらいですかね。人間は主に商売人か、あるいは労働力としての奴隷階級ですが……それなりに活気はありました」

 

 人間は珍しい存在ではないらしい。それなりに社会に組み込まれているようだ。

 人口比率も場所によるが、人間は三割から五割ほどを占める地域も多いという。

 魔族はいろんな種族の集まりなのを考えると、単一の種族としては人間が多数派か。

 

 「で、そこを焼いた連中……戦っている魔王っていうのは、どこのどいつだ?」

 

 俺の問いに、ガンスは忌々しげに顔を歪めた。

 

 「元々その街を支配していたのは、吸血鬼の魔王です。冷酷ですが、税さえ払えば安全は保障するタイプでした」

 「吸血鬼か。……で、攻めてきたのは?」

 「竜族のはぐれ者です。竜といっても人の姿をした竜人で、種族的にはまだまだ子どもみたいなもんですが……こいつがひどい。力こそ正義、弱者はゴミという考えの暴君でして」

 

 吸血鬼対はぐれ竜。

 ファンタジーの王道……からは少しずれているが、最悪の組み合わせだ。

 どちらも個体の戦闘能力が高く、寿命も長い。

 

 「どっちが燃やした?」

 「どっちもです。守る側、攻める側という違いはあれど、お互いに相手を倒すことを優先していて……」

 

 なんとも厄介な話だ。

 そりゃ難民も出てくる。

 

 「兵力は?」

 「吸血鬼側は、魔族と人間とアンデッドの混成部隊で七百ほど。竜側は、数は百程度ですが、精鋭揃いの竜牙兵というやつを率いています。スケルトンみたいなやつです。……どちらも、俺たちのような一般人がどうこうできる相手じゃありません」

 

 数百規模の軍勢。

 今の俺の手持ちは、魔物が数十匹と、難民が数十人だけ。

 真正面からぶつかれば、ひとたまりもない。

 

 「……そいつらが、こっちに来る可能性は?」

 

 俺が一番懸念していることを尋ねる。

 するとガンスは、自嘲気味に首を横に振った。

 

 「まず、ないでしょうな」

 「どうしてだ?」

 「ここは何もないからです。資源もなく、人もいない辺境の荒野。あるのは厄介な魔物くらい。……奴らにとって、進軍に見合う価値がありません」

 

 辺境。得るものがない不毛の地。

 でも対処しなくてはならない野生の魔物はうろついている。

 それが今の俺たちの最大の防御壁というわけか。

 皮肉な話だが、無視されていることが安全に繋がっている。

 

 「しばらくは、お目こぼしを願えそうだな」

 

 俺は心の中で計算する。

 敵同士が潰し合っている間に、この荒野で地盤を固める。

 やはり、お姉さんの立てた潜伏戦略は正しいようだ。

 

 「情報を語ってくれて感謝する。……安心しろ、ここにはあいつらの手は届かない」

 

 俺が告げると、ガンスは深く安堵のため息をついた。

 

 ズズズズズ……。

 

 その時、不意に地面が低く唸った。

 地震か?

 いや、違う。揺れは足元の深い場所から、突き上げるように響いている。

 

 「な、なんだ!?」

 「泉を見ろ!」

 

 誰かの叫び声。

 振り返ると、穏やかだったオアシスの水面が激しく波打ち、泥水のように濁り始めていた。

 護衛につけていたネズミやチーターの魔物たちが、一斉に毛を逆立て、「ギャッ!」「キーッ!」と悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 「おい、離れるな! 戻れ!」

 

 俺は叫ぶが、彼らは聞く耳を持たなかった。

 恐怖。

 俺の命令よりも上位にある、本能的な捕食者への恐怖が彼らを支配している。

 次の瞬間。

 

 ドゴォォォォンッ!!

 

 オアシスのすぐ横の砂地が、爆発したように吹き飛んだ。

 舞い上がる砂煙の中から姿を現したのは──巨大な円筒形の怪物だった。

 体長は十メートルを優に超える。

 目も鼻もない。

 あるのは、先端にある巨大な、無数の牙が回転する口腔だけ。

 

 「……サンドワーム。ああいう厄介な魔物がいるから、荒野に他の魔王たちは……」

 「くそ、お姉さんは隠してたな。こういうのがいることを」

 

 昔遊んだゲームの中で見たことがある。

 地中を泳ぎ、獲物を砂ごと飲み込む捕食者。

 ずっと潜んでいたのか。

 それとも、昨日の難民たちの足音を聞きつけて移動してきたのか。

 

 「いや……これはもしかすると」

 

 大量の餌が集まったからこそ出てきたか?

 そう考えると、今まで現れなかったことに納得できる。

 

 「ひ、ひぃぃっ!?」

 「助けてくれぇぇ!」

 

 難民たちがパニックになり、我先にと逃げ出そうとする。

 だが、ここは荒野のど真ん中だ。

 逃げれば野垂れ死ぬが、ここにいても食われる。

 

 「……っ!」

 

 俺は反射的にお姉さんを探そうとしたが、いない。

 なぜなら彼女は屋敷へ戻っている。

 最強の守護者は、今ここにはいないのだ。

 

 (俺が……やるしかないのか?)

 

 足がすくむ。

 相手は巨大だ。今まで相手にしてきた魔物とはわけが違う。

 食われたら即死だ。

 俺が逃げれば、せっかく手に入れた領民たちは全滅する。

 魔王としての第一歩が、ここで潰える。

 

 「……くそっ!」

 

 俺は震える足に力を込め、落ちてる剣を拾った。

 逃げるな、魔王になるんだろ。

 お姉さんに認めさせて、自分の尊厳を守るんだろ。

 なら、これくらいの芋虫、一人で潰せなくてどうする!

 

 「全員、俺の後ろに下がれっ!!」

 

 俺は叫び、砂塵が舞う中、絶望的な体格差のある怪物へと一歩踏み出した。

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