異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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21話 死者の行軍と合理的な冒涜

 荒野を離れ、まばらな森と草原が広がる地帯を俺たちは進んでいた。

 移動手段は、徒歩と飛行のハイブリッドだ。

 

 「んー、いい風ねぇ。ミアの背中、最高よ♡」

 「……かなり動きづらいんだが」

 

 地面から、十数センチメートル。

 俺は翼を広げて飛んでいた。その背中には、イリスお姉さんがコアラのように張り付いている。

 

 「その代わり、落ちないように飛行の補助をしてあげてるでしょ?」

 「そこまでするのなら、俺を抱いて飛んだ方が早いだろ……」

 

 お姉さんの腕は俺の首とお腹にしっかりと回され、豊満な胸が背中に押し付けられていた。

 もはや空飛ぶ抱き枕状態だ。

 それでも、地形に邪魔されることがないため徒歩よりは遥かに速い。

 村を出発してから一日と少し。

 日が沈んで夜になり始めた頃、草原の向こうに異様な集団が見えてきた。

 

 「……いた。あれか」

 

 俺は周囲を見渡したあと、小高い丘の陰へと移動した。

 しゃがみながら草むらに身を隠し、眼下の光景を観察する。

 そこには、死の匂いが充満していた。

 白い骨だけの兵士と、腐肉をまとった歩兵が、整然と隊列を組んで行軍している。

 その数、およそ三百。

 生者の姿はほとんど見当たらない。

 

 「……生きた兵士が少ないな」

 「占領した村や街の維持に置いてきたんでしょうね。連れて歩くのは、食料も水もいらないスケルトンやゾンビの方が合理的だもの」

 

 お姉さんが小声で解説する。

 なるほど。補給がいらない軍隊か。長期の遠征には最適だ。

 俺たちが息を潜めていると、軍勢の先頭で動きがあった。

 そこには小さな村があり、村の入り口で何やら話し合いが行われているようだ。

 

 「……あそこの声が聞けたりしないか?」

 「風に乗せて声を拾うわ」

 

 お姉さんが指先を動かすと、遠くの会話が耳元で再生されるように聞こえてきた。

 とはいえ、集中しないと聞き逃しそうなくらいには小さい。

 

 『……ここを通りたくば、通行料を払ってもらおうか! ここは我ら黒角団のシマだぞ!』

 

 村を守るように立ちはだかるのは、今の魔界には掃いて捨てるほどいる自称魔王の一人のようだ。

 頭に角が生えている筋肉質で厳つい男が、粗末な斧を構えて吠えている。

 

 「種族的にあれはオーガ、でいいのか?」

 「ええ。傾向としては、個人としては強い者が多い。けれど、勝ち目はないわ」

 

 対するアンデッド軍団の先頭。

 そこには、豪奢な輿(こし)に乗った一人の女がいた。

 黒と白が混ざったドレスに、淡い金髪、真紅の瞳。そして優雅に開かれた日傘。

 吸血鬼だ。

 

 『……騒々しいですね』

 

 女は扇子で口元を隠し、冷ややかな声で言った。

 

 『そちらの戦力は全部で三十。こちらは三百近く。……無駄な殺生は好みませんが、轢き潰されたいのであればお相手しましょう』

 

 そう言うと彼女は指を上げる。

 それだけで、背後のスケルトンたちが一斉にガチャリと武器を構えた。

 一糸乱れぬ統率。

 それを見たオーガの魔王は、顔色を変えた。

 

 『ちっ……! 話が違うじゃねぇか、こんな数……! おい、ずらかるぞ!』

 

 オーガは村を見捨て、配下と共に一目散に逃げ出した。

 賢明な判断だ。

 あれだけ数の差があったら勝てるわけがない。

 残されたのは震える村人たちだけ。

 

 「……逃げたか。まあ、それ以外ないよな」

 

 俺は少し安堵した。

 追撃しないのを見るに、無益な殺戮を好まないタイプのようだ。

 略奪と破壊の限りを尽くす物騒でやばい奴かと思ったが、それなりに話が通じる相手かもしれない。

 だが、その考えは甘かった。

 吸血鬼の女は、輿から優雅に降り立つと、村長らしき老人に向かって告げた。

 

 『我が軍門に下ることを歓迎します。……さて、税として兵士を差し出していただきましょうか』

 『へ、兵士……ですか? しかし、この村には戦えるような者はあまり……』

 『ええ、存じております。生きた人間は貴重な労働力。戦場で摩耗させるのは惜しい』

 

 彼女はにっこりと微笑み、村の外れにある場所を指差した。

 そこにあるのは、共同墓地だ。

 

 『ですので、ご先祖様のお力を借りましょう』

 『……はい?』

 『墓を掘り起こしなさい。埋葬されている死体をすべて集めるのです。そうすれば、生きた村人は一人も徴兵しません』

 

 村人たちがざわめく。

 死者への冒涜だ。

 けれど、吸血鬼は気にすることなく冷徹に続けた。

 

 『嫌なら、あなたたちが兵隊になりますか? どちらでも構いませんが』

 

 究極の二択。

 先祖の眠りを妨げるか、自分たちが兵士になるか。

 戦いに参加しても一度か二度なら生き残れるだろう。

 でも、そのあとも戦い続けたらどうなる?

 

 『す、少しばかり、話し合いの時間をもらいたい』

 『どうぞ。早めに結論を出してほしいとは思いますが』

 

 村人たちはざわめき、急いで話し合い、生きるためにスコップを手に取り、墓地へと向かっていった。

 しばらくして、掘り起こされた遺体に吸血鬼が黒い霧のようなものを吹きかけると、それらはゆらりと立ち上がり、無言の兵士となって列に加わった。

 

 「……な、なんてことを」

 

 俺はうめいた。

 怒りよりも、背筋が寒くなるような恐ろしさを感じた。

 彼女は狂ってもいないし、感情的でもない。

 ただ、効率的に、犠牲を最小限にして軍を拡大しているだけだ。

 倫理観を切り捨てた合理性。

 これは、話が通じるようでそうではない、一番厄介な相手だ。

 

 「あらあら、えげつないわねぇ。ふふ、楽しそう」

 

 隣にいるお姉さんは、他人事のように目を輝かせている。

 

 「ミア、どうする? ああいう手合いは、情に訴えても無駄よ?」

 「……わかってる」

 

 俺たちは草むらに隠れたまま、即席の作戦会議を開いた。

 

 「あいつ……あの女を仕留めれば、アンデッドたちは止まるのか?」

 「ええ。術者が死ねば、魔力の供給が断たれてただの死体に戻るわ」

 

 そこはさすがに定石通りか。

 なら狙うは大将の首一つ。

 だが、お姉さんは楽しげに釘を刺す。

 

 「でも、あの魔法の行使速度……軽々と数十体を同時に立ち上がらせたわね。かなりの実力者よ。私ならともかく、今のミアだと正面からはきついかもね」

 「……だろうな」

 

 格上の魔法使い。しかも護衛は三百以上のアンデッド。さらに吸血鬼ということは、近接戦闘もできる可能性が高い。

 真正面から突っ込むのは自殺行為だ。

 

 「なら、周りのアンデッドを減らしてから……と思ったけど、あいつらしぶとそうだ。打撃はともかく、斬撃は効きにくそうだし……」

 「火で燃やすのも手だけど、密集してないと効果は薄いわね。それに、燃やしてる間に再起不能にしないと、火だるまのまま襲ってくるわよ?」

 

 あまりにも厄介すぎる。

 ゾンビ映画ならヘッドショットで終わりだが、魔法で動く死体はしぶとい。

 俺の手持ち武器は、以前使っていた鉄のメイスが一本だけ。

 拾った剣はサンドワーム戦で折れてしまった。

 相性的には悪くないが、すべてのアンデッドを粉砕していたら日が暮れる。いや、時間帯を考えると夜が明けるか。

 

 「……とりあえず、挨拶してみるか」

 「挨拶?」

 「ああ。軽く仕掛けて、相手の出方を見る。どの程度反応できるのか、守りはどうなっているのか」

 

 何もしないで帰るわけにはいかない。

 まずは実際に戦って、相手の戦力がどんな感じか、確認しておくに越したことはない。

 俺は腰のメイスを握りしめ、お姉さんを見た。

 

 「お姉さんは、軽いサポートだけでいい。……俺が危なくなったら助けてくれ」

 「ええ、もちろんよ。可愛い妹の初陣だもの、特等席で見守ってあげる」

 

 お姉さんは嬉しそうに、俺の頬にキスをした。

 サポートというより、観戦モード全開だ。

 だが、それでいい。

 俺は深呼吸をして、魔力を練り上げる。

 相手は吸血鬼。今は夜なので昼の時よりも強くなっているだろう。

 仕掛けるなら、太陽が出ている昼がいいのかもしれない。

 

 「……行くぞ」

 

 俺は翼を広げ、草むらから飛び出した。

 やるのは奇襲……もとい威力偵察。

 目指すは、輿の上で優雅に笑う、あの女の首。

 夜に吸血鬼を襲う者がいるとは思っていないはず。そこを狙うのだ。

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