異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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26話 竜の血統と深淵への口づけ

 夕闇が迫る村に、死者の軍団が帰還した。

 数百のスケルトンとゾンビ、あと魔物が隊列を組んで現れる光景に、村人たちは最初こそ悲鳴を上げて逃げ惑ったが、その先頭に俺の姿を見つけると、安堵のため息へと変わった。

 

 「魔王様だ! 魔王様が帰ってきたぞ!」

 「あの数……本当に敵を降したのか」

 

 恐怖の対象だったアンデッドの群れも、俺が率いているとわかれば、頼もしい戦力に見えるらしい。

 俺は村人たちに勝利を報告し、アンデッドたちを村の外れに待機させると、そのまま空き家へと向かった。

 すぐに次の戦いの準備をしなければならない。

 

 「それでは、軍議を始めます」

 

 机の上に広げられた地図を前に、カーミラがどこから出したのか、細い指揮棒を振るった。

 先ほどまでの敗残者の顔は消え、かつて都市を統治していた支配者としての顔つきに戻っている。

 

 「標的は交易都市オロネス。……わたくしが設計し、四十年かけて発展させたところです」

 

 カーミラが地図上の一点を叩く。

 

 「内部の構造、裏路地、地下水道に至るまで、すべてわたくしの頭に入っています。城壁などはありますが、かつて密輸業者が使っていた抜け道や、資材搬入用の隠し通路などを使えば、少人数での潜入は容易です」

 「なるほど。地の利はこちらにあるわけか」

 「はい。……問題は、そこに居座っている敵です」

 

 カーミラの表情が曇る。

 彼女は懐から、一枚のメモを取り出した。

 

 「これは、逃亡する際に残してきた間諜から、以前受け取った情報です。現在、オロネスを支配しているはぐれ竜族は、兄と妹の二人組」

 「兄妹?」

 「ええ。兄の名はヴァルゴ。身の丈ほどある大剣を軽々と振り回す怪力無双の戦士です。性格は粗暴で享楽的。己の力を誇示することにしか興味がない、典型的な脳筋です」

 

 なかなかに厄介なタイプだ。力こそパワーを地で行く相手は、策を弄しても粉砕してくることがある。

 

 「そして妹の名はレジエ。こちらは兄とは対照的に、物静かで何を考えているかわからない不気味な女です。……戦闘能力は未知数ですが、兄の暴走を止めもせず、かといって煽りもせず、ただ淡々と付き従っているようです」

 「目的は?」

 「不明です。ただ……兄のヴァルゴは、竜族の集落を追放されたわけではなく、自ら出て行ったそうです。『俺の力を認めない狭い場所なんぞにいられるか』と言って」

 

 俺がふむ、と考え込んでいると、それまで黙って聞いていたイリスお姉さんが口を開いた。

 

 「竜族というのはね、少し特殊な生態をしているの」

 

 お姉さんはお茶(以前この村にいた三下魔王が部下に用意させた最高級のやつ)を一口すすり、優雅に解説を始めた。

 

 「彼らは卵から生まれるけれど、最初は角や尻尾があるだけの人間の姿をしているわ。そこから数十年、魔力を蓄えながら成長して……ようやく本当の竜の姿に変身できるようになるの」

 「へえ、最初から竜の姿じゃないのか」

 「ええ。しかも、竜になれるかどうかは才能と魔力量次第。……成体になっても変身できない個体は、落ちこぼれとして一族の中で露骨に蔑視されるわ」

 

 お姉さんは冷ややかな笑みを浮かべる。

 

 「ヴァルゴという男、おそらく変身能力に欠陥があるか、あるいは持続時間が極端に短いのでしょうね。だから里での評価が低く、鬱屈した承認欲求を満たすために外の世界へ出てきた……そんなところかしら」

 「……なるほど」

 

 異世界には異世界なりの、世知辛い格差社会があるらしい。

 竜になれない竜族。

 そのコンプレックスを、他者を踏みにじることで解消しているとしたら、質の悪い話だ。

 

 「敵の戦力は、竜人兄妹と、彼らが連れている竜牙兵。金銭などで雇われている傭兵。それに、恐怖で従わされている街の衛兵たちです。」

 「正面からぶつかれば、被害は甚大だな」

 

 俺たちはいくつかの案を出し合った。

 そして最終的に決まった作戦は──挟撃だ。

 

 「わたくしとミア様、そして選抜した精鋭数名で内部へ潜入します」

 

 カーミラが地図の地下水道を指差す。

 

 「内部から撹乱し、敵の指揮系統を麻痺させる。そして混乱が生じたタイミングに合わせて──」

 「私が率いるアンデッド軍団が、正面から雪崩れ込むというわけ。場合によっては順序が逆になるかもね」

 

 お姉さんが話を引き継ぐ。

 

 「アンデッドの指揮は私がやるわ。……ヴァルゴたちの年齢が不明だもの。もし彼らが長生きなら、私の顔を知っている可能性がある」

 

 それはそうだ。

 副魔王イリスの顔がバレれば、大陸の東にいる竜族がこの辺境にまで出てくるリスクがある。

 お姉さんはフードを目深に被り、正体不明のネクロマンサーとして指揮を行うのが安全だ。

 ただ、気になる部分はある。

 

 「なあ、以前この村にいた自称魔王はお姉さんのこと知ってたよな? あいつから漏れる可能性は」

 「大丈夫よ。もし広めてしまったら殺される、と怯えてるだろうから」

 「……いや、でも」

 「都市を手に入れ、ミアの勢力と名前が広まれば、ますます言えなくなるわ。ふふふふ」

 

 あの三下魔王の怯えっぷりを思い返すと、だいぶ納得できる。

 お姉さんの正体を知っているからこそ、敵に回すという選択肢は消える、消えてしまう。

 俺の勢力が大きくなるということは、お姉さんの支配の手も広まるということに他ならないのだから。

 

 「話を戻すけど、潜入部隊は少数精鋭。……カーミラ、お前は戦えるのか?」

 「勿論です。というか、実際に戦いましたでしょうに。先ほどの戦いでは不覚を取りましたが……わたくしとしても二百年、この世界で生き残ってきた自負があります」

 「二百年……」

 

 俺は思わず聞き返した。

 見た目は、淡い金髪と赤い瞳をした二十代前半の美女だが、前世の俺の何倍もの月日を生きているのか。

 

 「吸血鬼としては若輩者ですよ。最初は弱く、日光に焼かれるだけで死にかけるような個体でした。……ですが、時間をかけ、血をすすり、少しずつ強くなりました。アンデッドを使役できるようになったのも、ここ数十年の話です」

 

 カーミラの言葉には、積み重ねてきた年月への重みがあった。

 お姉さんに最高傑作として作られ、最初からある程度の強さを持っていた俺とは違う。

 彼女は叩き上げの魔王なのだ。

 

 「そうか、頼りにしているぞ、先輩」

 「……ふん。主君に先輩呼ばわりされる覚えはありません」

 

 カーミラはそっぽを向いたが、その口元はわずかに緩んでいた。

 

 ◇◇◇

 

 作戦は夜明け前に開始される。まあ、すべては向こうに到着してからの話だが。

 カーミラが準備のために部屋を出て行き、空き家には俺とお姉さんの二人だけが残された。

 

 「……ふぅ」

 

 俺はベッドに深く沈み込んだ。

 怒涛の日々だった。

 サンドワームの装備を作り、荒野を行軍し、吸血鬼と戦い、勝利して配下にした。

 肉体的には限界に近いはずなのに、神経が昂ぶって眠れそうにない。

 戦いの興奮。敵を支配した時の全能感。

 それがまだ、指先に熱となって残っている。

 

 「眠れない?」

 

 お姉さんが、音もなく俺の隣に座った。

 いつもなら、ここで抱きついてきたり、服の中に手を入れてきたりするはずだ。

 だが、今夜の彼女は静かだった。

 ただ俺の手をそっと握り、指を絡めてくるだけ。

 

 「……ああ。目が冴えてるみたいだ」

 「そうね。今日のミアは、とても良い顔をしていたわ」

 

 お姉さんは俺の手を自身の膝の上に置き、愛おしそうに撫でた。

 

 「敵を切り伏せる時の目。追い詰めた時の冷徹な声。そして、カーミラを従えた時の……ぞくぞくするような支配者のオーラ」

 「……褒めてるのか、それ」

 「ええ。最高に魔王らしかった。……私と同じ匂いがしたわ」

 

 私と同じ。

 その言葉に、心臓が跳ねた。

 かつて世界を恐怖させた魔王……を裏切って別の意味で恐怖を広めた副魔王。

 冷酷で、残忍で、目的のためなら手段を選ばない怪物。

 それと俺が、同じ?

 

 「ちが……俺は、必要があるからやっただけだ。あそこで戦わなきゃ、みんな危なかった」

 「きっかけなんてどうでもいいの。大事なのは、あなたがそれに悦びを感じたかどうか」

 

 お姉さんの青い瞳が、俺の奥底を覗き込んでくる。

 

 「怖かった? それとも……楽しかった?」

 「…………」

 

 否定しようとした言葉が、喉に張りついて出てこない。

 楽しかった。

 岩場で敵を翻弄した時も、カーミラをねじ伏せた時も。

 暴力という純粋な力で、相手を叩き潰す快感に、俺は確かに酔っていた。

 

 「隠さなくていいのよ」

 

 お姉さんは、絡めた指にぎゅっと力を込めた。

 熱い。

 ただ手を繋いでいるだけなのに、そこから流れてくる熱量が、直接心臓に注ぎ込まれているようだ。

 

 「あなたの中にある闇も、欲望も、残酷さも……全部、私が愛してあげる。だから恐れないで、もっと深くへ堕ちておいで」

 

 肉体的な接触は、手を繋いでいるだけ。

 だというのに、俺の心臓は痛いほどに脈打ち、精神の深い部分を撫で回されているような感覚に襲われていた。

 「私と同じ」という言葉が、呪いのように染み込んでくる。

 拒絶すべきなのに、その言葉に安らぎを感じてしまう自分がいる。

 

 「……お姉さんは、本当に悪魔だな」

 「ふふ。サキュバスだもの♡」

 

 お姉さんは俺の額に、誓いのような口づけを落とした。

 

 「明日から始まるのは、あなたという新しい伝説。おやすみなさい……私の可愛い可愛い魔王様」

 

 その夜、俺は奇妙な夢を見た。

 暗い沼の底で、お姉さんと二人、溶け合うように抱き合っている夢。

 息苦しいはずなのに、そこはとても温かく、地上に戻りたくないと思うほどに心地よかった。

 俺の心は、確実に、そして不可逆的に、彼女の色に染められつつあった。

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