異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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38話 竜を使った工事と仕事を任せる対価

 「グルルルゥッ……!」

 

 低い唸り声が響き、巨大な赤い竜が地面を踏み固めていく。

 障害物となる大岩は尻尾の一撃で粉砕され、でこぼこのある地面は高温のブレスで焼かれて平らに均される。

 オロネスから荒野へと続く街道整備。

 その作業の九割は、竜の姿になったレジエが一人というか一頭で行っていた。

 

 「……重機も真っ青だな」

 

 俺は安全な場所からその光景を眺め、感嘆のため息をついた。

 本来なら数十人、あるいは数百人の労働者が数ヶ月かけて行う工事を、彼女は散歩のついでみたいにこなしていく。

 圧倒的な質量と熱量。破壊の化身である竜の力は、建設においても最強だった。

 

 「ふぅ。……ミア、休憩」

 

 ひとしきり作業を終えると、レジエは人の姿に戻り、汗を拭いながら俺の元へ歩み寄ってきた。

 そして当然のように、俺の隣に座り込み、ぎゅっと腕を絡めてくる。

 

 「……お疲れ。水飲むか?」

 「うん。……んぐ、んぐ。ぷは」

 

 俺が渡した水筒から豪快に水を飲み干すと、レジエは満足げに俺の肩に頭を預けた。

 相変わらずの距離感だが、以前のような狂気じみた粘着質さは少し鳴りを潜めている気がする。

 

 「……なあ。最近、少し落ち着いてきたか?」

 

 俺が恐る恐る尋ねると、レジエは小さく頷いた。

 

 「うん。……心が、少し静かになった気がする。前みたいに、ミアを体の中に入れたいとか、四六時中舐めていたいっていう衝動は……だいぶ減った」

 「それはよかった……本当によかった」

 

 俺は心底安堵した。

 あの時は本当にお姉さんに壊されたかと思ったが、竜族の精神構造は人間よりも頑丈なのか、あるいは回復が早いのかもしれない。

 

 「でも」

 

 レジエは俺の腰に腕を回し、ぐいっと抱き寄せた。

 

 「ミアに触れていたいのは変わらない。……これは、わたしの意志」

 「おい、苦しいって」

 「働いてるのはわたし。……これくらいの役得、あっていいはず」

 

 レジエは俺の胸に顔を埋め、すーっと匂いを嗅ぐ。

 確かに、俺はただ指示を出して見ているだけだ。

 彼女が体を張って労働している以上、多少のスキンシップくらいは許容範囲か。

 

 「……わかったよ。好きにしろ」

 

 俺が力を抜いて身を任せると、レジエは嬉しそうに喉を鳴らした。

 

 ◇◇◇

 

 作業は順調に進んだ。

 まずは最初に手に入れた草原の村までのルート。

 そして次は、荒野の開拓村までのルート。

 もちろん完璧な舗装路ではないが、馬車が問題なく通れるレベルの簡易的な街道が、わずか二週間ほどで繋がりつつあった。

 そんなある日の作業中。

 

 「……あー、あー。聞こえるかしら? 私の可愛いミア」

 

 不意に、どこからともなくお姉さんの声が聞こえてきた。

 

 「っ!? お、お姉さん?」

 

 俺はびくりとして周囲を見回す。

 姿はない。隠れているのか? それとも幻聴か?

 

 「上よ、上♡」

 

 見上げると、一羽の見たことのない青い鳥が、俺の頭上を旋回していた。

 その足には、キラリと光る銀色の指輪が握られている。

 鳥は俺の目の前に降り立つと、くちばしで器用に指輪を差し出してきた。

 

 「……これか?」

 

 俺が指輪を受け取ると、そこから再び声が響いた。

 

 「正解よ。……元気にしてた?」

 「う、うん。元気だけど……これ、なんなんだ?」

 「離れた場所にいる相手と会話ができる魔道具よ」

 

 お姉さんの声は弾んでいた。

 

 「悪徳商人の隠し倉庫を襲撃したらね、偶然見つけたの。二つ一組の貴重品だったから、片方を届けさせたの」

 「襲撃の戦利品かよ……」

 「お裾分けよ。それに、ミアの声が聞きたかったし♡」

 

 甘い声色に、背筋がむず痒くなる。

 実質的な携帯電話だ。現代より技術の発展してない異世界では国宝級の価値があるかもしれない。

 

 「失くさないようにね? 私の知ってる限り、こういう距離を無視できるものって、とても希少な代物なんだから」

 「わ、わかってる。大事にするよ」

 

 俺は指輪をしっかりと握りしめた。

 これがあれば、遠征中でもお姉さんと連絡が取れる。

 監視されているようで怖いが、いざという時に頼れるホットラインがあるのは心強い。

 

 「進捗はどう? レジエは変なことしてる?」

 「順調だよ。レジエも……まあ、真面目に働いてる」

 

 俺が答えると、お姉さんは「ふふ、いい子ね」と笑い、通話は切れた。

 俺は指輪を小指にはめ、大きく息を吐いた。

 便利な世の中になったもんだ。

 ……魔界だけど。

 

 ◇◇◇

 

 街道が繋がったことで、物流も動き始めていた。

 オロネスから派遣された馬車隊が、開拓村に到着する。

 荷台には食料や日用品が満載されており、帰りには採掘された鉄鉱石や水晶を積んでいく。

 

 「おお、素晴らしい……! これで生活が劇的に楽になります!」

 

 開拓村のリーダーであるガンスが、物資を見て涙ぐんでいた。

 

 「さすがは魔王様だ。こんな短期間で街道を通し、交易を始めるとは……」

 「竜であるレジエの力押しだけどな。……まあ、喜んでもらえてなによりだ」

 

 俺は苦笑しつつ、ガンスに尋ねた。

 

 「なあ。オロネスに戻りたい奴はいるか? 街道もできたし、帰還も容易だぞ」

 

 元々彼らはオロネスからの難民だ。故郷へ帰りたいと思うのが人情だろう。

 だが、ガンスは首を横に振った。

 

 「いえ……今はまだ、ここに残るという者が大半です」

 「どうしてだ?」

 「復興が進んでいるとはいえ、まだ不安定ですからね。それに……」

 

 ガンスは声を潜めた。

 

 「カーミラ様に血を吸われたくない、という者もいまして」

 「……ああ、なるほど」

 

 吸血鬼が支配する街。

 死なない程度に血を納めるシステムは合理的だが、生理的に受けつけない人間がいるのも当然だ。

 

 「俺たちはここで、魔王様のために鉱石を掘ったりしますよ。今の生活も、悪くありませんし」

 

 ガンスは力強く笑った。

 彼らの忠誠心は高い。無理に帰還させる必要もないか。

 

 「わかった。引き続き頼む」

 

 開拓村をあとにし、俺たちは残りの区間の整備に取り掛かった。

 だが、地図を見ると気が遠くなる。

 

 「……まだ半分も終わってないのか」

 

 オロネスから荒野までは繋がったが、南西平原の各部分を繋ぐルートはまだ手つかずだ。

 レジエの力を使っても、移動時間や地形の複雑さを考えれば……。

 

 「手抜き工事でも、あと一ヶ月以上はかかるな……」

 

 俺はがっくりとうなだれた。

 一ヶ月。その間ずっと、荒野でキャンプ生活をしながら、夜な夜なレジエに抱きつかれる日々が続くのか。

 精神力が持つ気がしない。

 それに、魔王としての鍛練もおろそかになってしまう。

 そんな俺の様子を見ていたレジエが、ぽつりと提案した。

 

 「……ミア。わたしだけでやってもいいよ?」

 「え?」

 「街道作り。……ミアはずっと見てるだけだし、退屈でしょ? わたし一人で全部片付ける」

 「いや、でも指示出しとか……」

 「やり方は覚えた。大雑把でいいなら、一人でできる」

 

 レジエは自信ありげに胸を張る。

 確かに、彼女は賢い。俺がいちいち指図しなくても、作業の手順は理解しているはずだ。

 もし彼女に任せられるなら、俺はその時間を自由に使える。

 剣の稽古や、魔法の練習……そして、あのお姉さんに対抗するための策を練る時間も作れる。

 

 「……条件は?」

 

 タダで働くような奴じゃない。

 レジエはにやりと笑い、自分の唇を指差した。

 

 「キス」

 「……は?」

 「キスしてくれたら、頑張る。……ミアからのご褒美がほしい。今回と、終わったあと」

 

 ねだるような、それでいて獲物を狙うような目。

 キスで重労働を肩代わりしてくれるなら、安いものか?

 いや、しかし……。

 

 (……背に腹は代えられない、か)

 

 一ヶ月の拘束時間を短縮し、自由な時間を得るための対価。

 俺は大きく深呼吸をした。

 覚悟を決めろ。相手は美少女だ。何も減るもんじゃない。

 

 「……わかった。約束だぞ」

 

 俺はレジエの肩を掴み、顔を近づけた。

 

 「ん……♡」

 

 レジエが目を閉じ、唇を突き出す。

 俺は観念して、その柔らかい唇に自分のそれを重ねた。

 軽い接触。

 だが、レジエはそれだけでは満足せず、俺の首に腕を回して舌を絡めてきた。

 

 「んむ……ちゅ、ぷぁ……」

 

 濃厚な口づけ。

 数秒後、ようやく解放された俺は、顔を真っ赤にして口元を拭った。

 

 「……これでいいだろ!」

 「うん。……ミアの味。燃えてきた」

 

 レジエは恍惚とした表情で唇を舐めると、猛然と竜に変身した。

 気合十分の咆哮。

 どうやら、やる気スイッチが入ったらしい。

 俺はその背中を見送りながら、複雑な心境でため息をついた。

 

 「はぁ……」

 

 魔王への道は、どうしてこうも色仕掛けばかりなんだろうか。

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