異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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40話 大陸の情勢と歪んだ愛の遠距離通話

 魔法の特訓でへとへとになった翌日。

 俺は執務室で、カーミラと共に大陸全土が描かれた大きな地図を広げていた。

 

 「……ふむ。こうして見ると、俺たちの領土もそれなりの広さになってきたな」

 「ええ。規模的にオロネスを起点としますが、荒野の開拓村、そして草原の村、平原地帯。これらを街道で結んだことで、一つの勢力圏として確立されました」

 

 カーミラが指揮棒で地図上の赤い領域を指し示す。

 点と点が線で結ばれ、面になりつつある。

 感慨深いものがあるが、同時にプレッシャーも感じる。これだけの土地と民を抱えてしまった以上、もうやーめたとは言えないのだ。

 

 「さて、ミア様。そろそろ国としての名を定めるべきではありませんか? いつまでもミア様の領地では締まりません」

 「国名か……」

 

 俺は腕を組んだ。

 ネーミングセンスには自信がない。前世のゲームでつけた名前も、今思い出すと恥ずかしくなるようなものばかりだ。

 

 「……ミア国、とか?」

 「安直すぎますね。却下です」

 「だよな。……まあ、まだ急ぐこともない。とりあえずはミア領のままでいい」

 

 俺が先送りにすると、カーミラはやれやれと肩をすくめた。

 その拍子に、ふわりと甘い香水のような匂いが漂う。

 カーミラが地図を覗き込む俺の横に立ち、身を寄せてきたのだ。

 

 「……近いぞ、カーミラ」

 「あら、不満ですか? 地図を見るには、これくらいの距離が最適かと」

 

 カーミラの肌が、俺の二の腕に触れる。

 ひんやりとした吸血鬼の体温。

 彼女は指揮棒を持ったまま、もう片方の手で俺の背中に触れ、背骨をなぞるように指を這わせた。

 

 「それに……今日のミア様は、魔力を使ったあとだからか、血の巡りが良くて……昨日より美味しそうな匂いがします」

 「……噛むなよ?」

 「ふふ、我慢しますよ。……今は、ね」

 

 耳元で妖艶にささやかれ、俺は身じろぎした。

 なんだか、こいつの距離感がおかしくなってきている気がする。

 お姉さんほど強引ではないが、隙あらば俺の肌に触れ、あわよくば血を吸おうとする捕食者の気配を隠そうともしない。

 俺がサキュバスだから、自然と誘惑してしまっているのか?

 

 「……こほん。地図の話に戻ろう」

 

 怖い予想は横に置き、努めて冷静に話題を戻した。

 

 「で、これからどう拡大していくかだが……」

 「はい。現状、我々が接している勢力は二つあります」

 

 カーミラはすっと真面目な顔に戻り、俺の領地の上部分──大陸の西方を指した。

 

 「まず、こちらの西方諸国と呼ばれる地域。ここには、比較的小規模な魔王たちがひしめき合っています」

 「小規模?」

 「ええ。単独では大勢力に対抗できないため、互いに不可侵条約を結び、同盟のような緩い繋がりを持って自衛している集団です。……まあ、弱者の傷の舐め合いですね」

 

 辛辣な評価だ。

 だが、今の俺たちにとっては無視できない存在だ。

 いきなり攻め込めば、同盟全体を敵に回すことになるかもしれない。

 

 「次に、こちら。地図の南側です」

 

 カーミラはそこそこ広い範囲をぐるっと囲む。

 

 「ここには中規模の魔王勢力がいくつか割拠しています。……実力が伯仲しており、常に小競り合いを繰り返していますが、決定打に欠けるため戦線が膠着している状態です」

 「泥沼の紛争地帯ってわけか」

 「はい。どちらに進むにせよ、一筋縄ではいきません」

 

 大陸の西に行けば同盟の壁。南に行けば泥沼の戦争。

 どこへ進んでも茨の道だ。

 

 「いっそ、内政が安定するまでは、我々も西方諸国の一員として加盟し、時間を稼ぐという手もありますが……」

 

 カーミラが俺の顔色をうかがうように提案する。

 弱小魔王として、長いものに巻かれる。

 生存戦略としては悪くない。だが、あのお姉さんがそれを良しとするだろうか?

 

 「……一度、お姉さんに聞いてみるか」

 

 俺は小指にはめた銀色の指輪──離れた相手と話せる魔道具に魔力を込めた。

 先日、鳥が運んできた事実上の直通電話だ。

 

 「──あら、ミア?」

 

 指輪から、ノイズ混じりの声が響いた。

 

 「あ、お姉さん。今、大丈夫か?」

 「ええ、平気よ。ちょうど、生意気な盗賊団のアジトを一つ潰して、お宝を回収し終わったところだから」

 

 さらりと物騒なことを言っている。

 俺は苦笑しつつ、今の状況と、カーミラの提案について相談した。

 

 「ふうん……西方諸国と同盟、ねぇ」

 

 その声は、少し退屈そうだった。

 

 「ミアが決めたなら、私は支持するわよ? どこの誰と手を組もうが、最終的に全員ひざまずかせればいいだけの話だもの」

 

 結論が覇道すぎる。

 だが、とりあえず反対はされていないようだ。

 

 「わかった。じゃあ、まずは使者を送って反応を見てみるよ」

 「ええ、任せるわ。……それより、ねえミア」

 

 不意に、お姉さんの声色がねっとりと湿度を帯びたものに変わった。

 

 「……私がいなくて、寂しくない?」

 「え? あー、まあ……少しは」

 

 嘘ではない。

 あれだけ毎日べたべたされていたのが急になくなると、妙な空虚感があるのは事実だ。

 

 「ふふ、嬉しい。……私はね、もう限界よ」

 「……はい?」

 

 指輪の向こうから、重い吐息が漏れてくる。

 

 「離れている時間が長くなるほど、ミアへの想いが募って……胸が苦しいの。……これが恋なのね」

 「……はぁ」

 「ミアが足りないわ。……あなたの声を聞いているだけで、体の奥が熱くなって、どうしようもなくムラムラしてくるの……っ」

 「ちょ、待て! ストップ!」

 

 俺は慌てて指輪を押さえた。

 隣にいるカーミラが、ものすごい顔でこちらを見ている。

 

 「お姉さん、ここ執務室! カーミラもいるから!」

 「あら、聞かせてあげればいいじゃない。……私たちがどれだけ愛し合っているか」

 

 お姉さんは止まらない。

 

 「ねえ、帰ったら……たくさん甘やかしてくれる? ぎゅっとして、撫でて……私の乾きを癒やしてくれる?」

 

 甘えるような、それでいて逃げ場のない要求。

 俺は冷や汗を流しながら、必死に頷いた。

 

 「わ、わかった! するから! 撫でるし抱きしめるから!」

 「約束よ? ……ついでに」

 

 お姉さんがくすりと笑う。

 

 「私を気持ちよくさせられるくらい、そっち方面のテクニックも鍛えておいてね? ……女の子同士のこと、もっと勉強しておいて♡」

 

 それを最後に通話が切れた。

 執務室に、重苦しい沈黙が降りた。

 俺は指輪を見つめたまま、呆然としていた。

 

 (……鍛えておけって、何をだよ)

 

 無理だろ。

 というか、もし俺がお姉さんを満足させられるようになったら……それはつまり、俺が完全に攻めとしての役割を果たすことになるわけで。

 そうなれば、俺の貞操観念とか、男としてのアイデンティティとか、そういうものが根底から覆るのではないか?

 お姉さんを気持ちよくさせる=俺がサキュバスとして完成する。

 どちらに転んでも、俺の未来はピンク色に染まっている。

 

 「……ミア様」

 

 恐る恐る顔を上げると、カーミラがいた。

 彼女は、なんとも言えない──哀れな子羊を見るような、深い同情に満ちた目をしていた。

 

 「……大変、ですね」

 「……言うな」

 

 俺は机に突っ伏した。

 最強の魔王への道は険しい。

 だが、その最大の障壁が身内にあるというのはどういう冗談なのか。

 

 「と、とにかく!」

 

 俺はガバッと顔を上げ、無理やり仕事モードに切り替えた。

 顔が熱いが、今は忘れることにする。

 

 「方針は決まった! 西方諸国と、南の勢力……両方に使者を送るぞ!」

 「は、はい。承知いたしました」

 

 カーミラも慌てて表情を引き締める。

 

 「まずは接触し、相手の出方を見る。……敵対するか、同盟を結ぶか、あるいは……」

 

 俺は地図上の周辺諸国を睨みつけた。

 

 「どっちにしろ、情報を集めてからだ。……カーミラ、適任者はいるか?」

 「ええ。弁が立つ者を数名選抜しましょう」

 

 俺たちは具体的な人選と、持たせる書状の内容についての議論を始めた。

 そうでもしていないと、さっきのお姉さんの言葉が脳内にリフレインして、頭がおかしくなりそうだったからだ。

 遠く離れていても、あの人の支配からは逃れられない。

 俺は改めて、自分の置かれた立場の危うさを痛感するのだった。

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