異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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57話 墜落する竜と乱戦を終わらせる一撃

 渓谷の要塞が奪われた。

 その凶報は、平原で戦う味方の士気を根元からへし折るのに十分すぎる威力を秘めていた。

 

 「ミア殿! ディフ様からの伝令です!」

 

 乱戦の最中、血だらけのドワーフ兵が俺の元へ駆け込んできた。

 

 「我らは挟み撃ちにされました! ディフ様は『どう動く?』と、貴殿の判断を仰いでおられます!」

 「くっ……!」

 

 退路を絶たれ、前にはルーサーの本隊。さらに左右からは竜を伴った別働隊が迫りつつある。

 完全に詰みだ。ルーサーは最初から、俺たちをこの平原に誘い込んで全滅させるつもりだったのだ。

 

 「──大きな決断をする時が来たけれど、どうする、ミア?」

 

 指輪から、お姉さんの声が響いた。

 焦りはない。まるで試練を与える教師のような、落ち着き払った声だ。

 

 「私が本気を出して、この平原ごと敵を更地にしてもいいのよ?」

 「ダメだ。それをやったらお姉さんの正体がバレるし、俺が魔王として立つ意味がなくなる」

 

 俺はメイスで迫り来る敵兵を殴り飛ばしながら、必死に思考を回転させた。

 どうする。どうすればいい。

 ルーサーの本隊は分厚く、別働隊はもうすぐ到着する。背後の要塞には敵の傭兵が陣取っている。

 高度な戦術でこの包囲を突破する? 無理だ。前世ではただの一般人だった俺に、そんな指揮能力はない。

 

 「……選べる手は、一つしかない」

 

 俺は顔を上げた。

 敵の大将であるルーサーは、まだ本隊の陣の奥にいる。

 他の戦力が合流し、完全に包囲の蓋が閉まる前に、大将を直接叩き潰すしかない。

 その時だった。

 

 「グガァァァッ!!」

 

 上空から、鼓膜をつんざくような悲鳴が轟いた。

 見上げると、赤竜と緑竜が、空中で激しく牙を剥き出しにして掴み合い、そのままの勢いで地上へと落下してきていた。

 

 「うおっ!? 竜が落ちてくるぞ!」

 「逃げろ! 潰される!」

 

 敵も味方も関係ない。巨大な質量が降ってくる恐怖に、密集していた兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 地響きと共に土煙が舞い上がり、戦場の中央に巨大なクレーターができた。

 

 「今だ!」

 

 俺はこの混乱を逃さなかった。

 サキュバスの翼を全力で羽ばたかせ、土煙に紛れて空へと飛び上がる。

 低空を滑るように飛びながら、逃げ惑う敵兵の奥にルーサーの姿を探す。

 

 (……見つけた!)

 

 護衛の兵士たちに囲まれ、安全な後方へと退避しようとしているルーサーの背中を捉えた。

 俺は上空から一直線に急降下し、急襲を仕掛けた。

 

 「覚悟!」

 「くっ、そう来るか!」

 

 上空からの俺の一撃を、ルーサーは咄嗟に引き抜いた長剣で受け止めた。

 

 (こいつ、動けるのか!)

 

 ただの淫乱な元男ではない。魔王を名乗るだけあって、自力での戦闘能力もそこそこ高いらしい。

 だが、お姉さんによって限界を超えて強化され続けてきた俺の力には、遠く及ばない。

 

 「重い……。君、本当にどういう力……っ」

 「はぁぁ!」

 

 俺がさらに力を込めると、ルーサーの長剣はメイスの圧力に耐えきれず、あっさりと弾き飛ばされた。

 ガラ空きになったルーサーの胸ぐらを掴み、そのまま強引に抱え上げる。

 

 「捕まえたぞ!」

 

 俺はルーサーを拘束したまま、再び空へと舞い上がった。

 

 「ルーサー様がっ!」

 「敵だ! 撃ち落とせ!」

 

 周囲の護衛兵たちが我に返り、一斉に槍を投げたり、弓を構える。

 空を飛んでいる俺は格好の的だ。

 さすがにこの数の矢を受ければ無事では済まない。

 

 (さすがに、そう簡単には逃がしてくれないよな)

 

 その瞬間、俺と護衛兵たちの間に、巨大な見えない衝撃波が叩き込まれた。

 

 「うわあああっ!」

 

 殺傷力よりも吹き飛ばすことに特化した、どこか加減された魔力の塊。

 それによって敵兵たちは紙くずのように吹き飛び、陣形が完全に崩壊した。

 衝撃波が飛んできた方角を見ると、戦場の後方で、大量のアンデッドたちが組み合わさって巨大な台を形成していた。

 その頂上で、ローブを着てフードを深く被ったお姉さんが、俺に向けて片手を振っている。

 

 (あんな目立つことして……いや、吹き飛ばすだけならギリギリ気づかれないのか?)

 

 内心ツッコミを入れつつも、俺はお姉さんの援護のおかげで、数本の矢が手足をかすめる程度の傷だけで自軍の陣地へと帰還することに成功した。

 

 ドサッ

 

 俺はディフのいる本陣にて、ルーサーを乱暴に放り投げた。

 

 「……っ、痛いじゃないか」

 「大将は生け捕りにした! これ以上の戦闘は無意味だ!」

 

 俺が大きな声で叫ぶと、周囲の味方から「おおっ!」と歓声が上がった。

 だが、地面に倒れ込んだルーサーは、土を払いながら立ち上がると不敵に笑った。

 

 「……まだ包囲は崩れてない。要塞も私の手の中にある。勝ったと思うには気が早いよ、ミア」

 

 確かに、ルーサー軍の兵力は健在だ。大将が捕まっても、指揮官を切り替えて押し潰してくる可能性はある。

 だが、俺はメイスをルーサーの喉元に突きつけ、冷たく言い放った。

 

 「このまま戦い続けて、お前の軍が戦力を失えば、このあとに影響が出るぞ」

 「…………」

 「南部の覇者になったとしても、兵力がボロボロじゃ、東の竜族や北の残党にすぐ食い潰される。お前もそれはわかってるはずだ」

 

 大将を救出するために戦いを繰り返せば、ルーサー軍は取り返しのつかない損耗を被る。

 勝利の代償としては、あまりにも大きすぎる。

 俺の言葉に、ルーサーはしばらく沈黙し、俺の目を見つめ返した。

 

 「……はぁ」

 

 そして、これ以上ないほど深い、盛大なため息をついた。

 

 「仕方ない。……私の負けだよ。君の度胸と、あの恐ろしい副官の力に屈しよう」

 

 そのまま両手を挙げ、降伏の意志を示した。

 

 「事前の取り決め通り、魔王ルーサーは、魔王ミアに従う」

 

 敵の総大将の降伏宣言。

 これにより、平原での決戦は、俺たちの勝利という形で唐突に幕を下ろしたのだった。

 ちなみに、雇われていたレアをはじめとする竜族たちは、「払うものさえ払ってくれるなら、勝敗がどうなろうと別にいい」と、あっさりした態度でいた。傭兵の鑑である。

 

 ◇◇◇

 

 それから数日後。

 オロネスの執務室にて俺は唸っていた。

 

 「うーん……これはまずいんじゃないか」

 

 机に広げられた、急ごしらえの大雑把な勢力図を見て、ひどく渋い表情を浮かべるはめになっていた。

 南部の魔王として俺の配下になったのは、ディフとルーサーの二人。

 ディフは俺が救援したため領地がそのまま残っているが、それ以外の南部の魔王たちは、決戦の前にルーサーにすべて呑み込まれていた。

 

 (ルーサーの元々の領地って、俺よりは大きいけど他の魔王より小さいってのに)

 

 結果として、勢力図はどう見ても歪な形となっている。

 配下であるルーサーの領地がバカみたいに巨大で、ディフが中規模。

 そして、主君である俺の直轄地が一番小さいのだ。

 例えるなら、俺が爪で、ディフとルーサーで指くらいの割合。

 

 「……大陸の南部は手に入れたことになったけど、なんか素直に喜べないな」

 

 これじゃあ、大企業の社長になったつもりが、小さな子会社の支店長をやっているような気分だ。

 俺がため息をついていると、背後からお姉さんが抱きついてきて、俺の頬にすりすりと自分の頬をくっつけてくる。

 

 「大丈夫よ、ミア。気にすることないわ」

 「いや、だって俺の領地、一番小さいぞ?」

 「ええ。でも、あの先代魔王だって、自分の直轄地自体はそこまで大きくなかったのよ? 重要なのは、誰が首輪を握っているか、だから」

 

 お姉さんは甘い声でそう言って、俺を安心させるように優しく撫でてくれた。

 

 (そうは言うけど、結局のところ……首輪を握ってるのは絶対にお姉さんだよな)

 

 俺は心の中でそう突っ込んだが、平穏が戻ってきたことへの安堵から、今日だけは少しその温もりに甘えることにしたのだった。

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