異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。 作:パッタリ
朝。意識が浮上した俺を待っていたのは、圧倒的なまでの柔らかさと、むせ返るような甘い香りだった。
「んん……」
目を開けると、視界は見覚えしかない肌に覆い尽くされていた。
俺はお姉さんの腕の中にすっぽりと収まり、抱き枕となっている。
頭はお姉さんの豊かな胸の谷間に埋もれ、腰にはサキュバスの尻尾が螺旋を描くように巻きついている。
「おはよう、私の可愛いミア」
頭上から降ってくる甘ったるい声。見上げると、慈愛と独占欲に満ちた瞳が俺を覗き込んでいた。
「お、おはよう……。あのさ、もう朝だし、離して……」
「だーめ。今日は一日、ずっとこうしているのよ」
その言葉は、冗談ではなかった。
カーミラが執務室にやってきて内政の報告や決済を進める時も、俺はずっとお姉さんの膝の上だった。
食事の時も背後から抱きしめられたまま、口移しの一歩手前のような距離感で、あーんを強制される。
そして、俺が最も恐れていた事態が訪れた。
「……あの、お姉さん。俺、ちょっとトイレに」
「あら、一緒に行きましょうか」
「は!? いや、トイレくらい一人で……!」
「ダメよ。お風呂もトイレも、ずーっと密着したままなんだから」
お姉さんは笑うと、俺を膝に乗せたまま、ふわりと持ち上げた。
抵抗する間もなく、俺はお姉さんに抱えられたまま用を足す場所へと連行されてしまった。
「や、やめてくれ……」
「どうして? 私たちはこんなに愛し合っているのに」
お姉さんは背後から俺を抱きすくめると、その手がするりと俺の下腹部へと滑り込んだ。
「うひゃっ!?」
「ねえ、ミア。……とっても、気持ちいいおしっこをしたいと思わない?」
耳元でささやかれる、悪魔のような誘惑。
お姉さんの指先が、俺の股間から膀胱のあたりを、優しく、しかし執拗に揉みほぐし始めた。
ただ撫でているのではない。
指先から微弱な魔力が流れ込み、俺の排泄器官の神経を直接、快楽の回路へと繋ぎ変えるような、恐ろしい感覚。
「あ、ぁんっ……だめ、へんな、かんじが……っ!」
「トントン、ってしてあげる。……ほら、恥ずかしくて、気持ちよくなれるのよ?」
膀胱のあたりを軽く叩かれるたびに、尿意が強烈な快感へと変換されて脳髄を揺さぶる。
(なんだこれ……おかしい。ただの生理現象なのに、どうしてこんなに下半身が熱くなるんだ……!?)
俺の頭の中で、恐ろしい妄想が膨れ上がっていく。
もし、このまま限界まで溜まった時に……お姉さんの手で、強引に、無理矢理出させられたとしたら。
それは一体、どれほどの絶頂をもたらすのだろうか……?
ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。期待してしまっている自分がいる。
「さあ、ミア。私の手の中で、全部出していいのよ……?」
「っ……ぁ、あぁぁっ……!」
俺は理性と自尊心を総動員し、歯を食いしばってその誘惑に耐え抜き、なんとか一人でする権利を得た。
だが、用を足し終えたあとも、俺の体はガクガクと震え、甘い痺れが残っていた。
(……やばい。確実に、最初目覚めた時よりも、心も体もいろいろやばくなっている……)
肉体だけでなく、精神の根幹までお姉さんに開発されつつある自覚に、俺は絶望的なため息をつくしかなかった。
◇◇◇
その日の午後。
緑竜と共にオロネスの館に珍客が訪れた。
「やあ、ミア。元気にしてたかい?」
現れたのは、先日俺の軍門に下った元男の魔王、ルーサーだった。
別室の応接間へ通したものの、俺は相変わらずお姉さんの膝の上である。
その光景を見たルーサーは、呆れるどころかひどく熱を帯びた瞳でため息をついた。
「……羨ましいなぁ。私も妻と、下半身が繋がったまま一日中を過ごしてみたいな……」
いきなりの下品すぎる話題に、俺はドン引きして言葉を失った。
こいつ、本当に頭の中がピンク色に染まりきっている。
「……で、何の用で来たんだよ。領地関連は、カーミラがやってるんだが」
俺が少し棘のある声で尋ねると、ルーサーは肩をすくめた。
「なに、ただ西の方に足を運んでみたくなっただけさ。ついでに、新しい主君の顔を見に来た。……でも、ようやく合点がいったよ」
ルーサーの視線が、俺から、俺を抱きしめているお姉さんへと移った。
その瞳に、明確な畏怖の色が宿る。
「あなたは……副魔王イリス殿ですね。かつて先代魔王の右腕として大陸を震え上がらせ、そして先代魔王を裏切ったお方」
「あら、私の顔を知っているの?」
「ええ、遠目からですが。……彼女が背後についているのなら、君がここまで異常な速度で勢力を伸ばせたのも不思議ではない。勝てるわけがないよ」
ルーサーは深く頭を下げた。
「改めて忠誠を誓おう。魔王ミア、そして副魔王イリス殿に」
その言葉は恭しかったが、俺の胸の中には、じわじわと黒い不満が広がっていた。
ルーサーの忠誠は、俺に向けられたものではない。後ろにいる、お姉さんに向けられたものだ。
「……魔王は、俺なんだぞ」
無意識に、拗ねたような声で呟いていた。
するとルーサーは困ったように、しかしどこか物欲しそうな顔で俺を見た。
「いじめたくなるから、そういう顔をしないでほしいな。……もし妻に浮気したなんて勘違いされたら、私、ひどいお仕置きをされるんだよ? あぁ、それはそれで……」
身悶えし始めるルーサーを無視していると、背後のお姉さんが俺の体をきつく抱きしめた。
「ああもう、私のミアはどうしてこんなに可愛いの……っ!」
俺の拗ねた様子がツボに入ったのか、お姉さんは俺の銀髪に顔を突っ込み、すぅぅぅぅ……はぁぁぁ、と深い深呼吸を繰り返している。
「ちょっと、お姉さん、くすぐったい……!」
暴れる俺を力一杯抱きしめるお姉さんと、それを熱い視線で見つめるルーサー。
俺は抵抗を諦め、心の中で妥協の納得をしていた。
(……まあ、形はどうあれ、これで南部を統一した魔王になれたんだから、それでいいか。前世ではなれなかった権力者だ、権力者)
一人では、絶対にここまで来られなかった。お姉さんの力があってこそだ。
それと同時に、俺は自分の心の中に、確かな安堵を感じていた。
(お姉さんに嫉妬して、不満を持てている。……俺の反逆心は、まだきちんと残ってる。まだ大丈夫だ。完全に堕ちてなんかいない)
そのちっぽけな意地だけが、男としての最後の砦だった。
◇◇◇
それから数日もしないうちに、オロネスの街はかつてない緊張感に包まれた。
大陸の北部、西部、そして東部の三つの勢力から、南部を統一した魔王ミアの器を見極めるための使者が、ほぼ同時に送られてきたのだ。
「お初にお目にかかる、南部の勝者よ。我らは北部、旧魔王軍の者たちを束ねる方々の代理として参った」
一人目は、仕立てのいい軍服っぽい衣服を着こなした、ナイスミドルな魔族の男。他にも数人同行してるが、今は別室にいる。
隙のない立ち振る舞いは、歴戦の将であることを雄弁に語っている。
「西方諸国連盟を代表し、ご挨拶申し上げます。魔王ミア殿」
二人目は、女エルフ。以前、不可侵と交易の交渉に来たエルザとは別の文官のようだが、その瞳には冷徹な計算が透けて見える。
そして、三人目。
「……我は東部を統べる長老の使い。人の姿などという矮小な形をとるつもりはないゆえ、ここから失礼する」
謁見の間の巨大な窓の外。
そこから巨大な爬虫類の瞳が室内を覗き込んでいた。全身が黒い鱗に覆われた、巨大な黒竜だ。おそらくレジエの倍近くはあると思う。
館に入りきらないため、窓枠に顔だけを近づけて参加するという、規格外の使者だった。
俺は深く腰かけ、努めて威厳ある態度で彼らと向き合った。
(……胃が痛い。なんだこのプレッシャーは)
表向きは、これからの関係についての前向きな会談だ。
「南部を統一した我々としては、無用な争いを望まない。各勢力との平穏な関係を築きたいと考えている」
俺がそう宣言すると、使者たちはそれぞれに頷いたが、その腹の底はまったく違っていた。
北部の旧魔王軍残党と、東部の竜族は、いずれ大陸全土を統一するという野望を隠していない。
そのため、明確な不可侵条約を結ぶことは拒否し、当面はお互いに手を出さないという、いつでも破棄できる口約束だけを交わした。
(まあ、元々この魔界は一つの国だったし、そういう動きが出るのはおかしくないか)
一方、西部の連盟は、強大な勢力同士の争いには関わりたくないというスタンスを崩さなかった。
「西方諸国連盟は、すべての地域との交易を望みます。南部の皆様とも、良き経済の繋がりを」
金儲けと自国の保身。それが連盟の絶対的な正義なのだ。
かくして、会談は終了した。
結果として残ったのは、複数勢力による事実上の冷戦状態だった。
北部と東部は、長きにわたる睨み合いで膠着状態にある。
どちらか片方が南部、つまり俺の領地へ攻め込もうと軍を動かせば、手薄になった背後をもう片方が突く。
その警戒があるため、統一したばかりで未知数の力を持つ南部へ、迂闊に攻め込むことができない。
それは奇妙なバランスの上に成り立つ、一時的な平穏。
「……しばらくは、自由に動けそうだな」
使者たちが去ったあと、俺は大きく息を吐いた。
とはいえ、どこかが大規模な軍事行動を起こせば、この絶妙なバランスが崩れる。
今俺たちにできるのは、南部の領土、特にまだ開拓しきれていない荒野における支配の拡大と、俺自身の魔王としての力を鍛え上げることだけだ。
「ちょうどいい。……レジエ、少し出かけるぞ」
俺は近くに控えていたレジエに声をかけた。
「うん。ミアとならどこへでも行く」
「一度、お前が竜の姿になって、俺を乗せて飛んでくれ。……荒野の端がどこまで続いているのか、見ておきたいんだ」
領主たるもの、自分の土地の範囲を知っておく必要がある。
それに、お姉さんの監視から少しでも離れて、自由な空気を吸いたかったというのもある。
「お待ちください、ミア様」
カーミラが慌てて口を挟んだ。
「いくら平穏が保たれているとはいえ、長く空けるのはよくありません。ミア様が不在の間に、もし不測の事態が起きれば……」
「わかってるよ。だから、行きに一日、帰りに一日の、計二日間の予定で組む」
俺がスケジュールを提示すると、カーミラは渋々といった様子で引き下がった。
「……承知いたしました。護衛はレジエに任せますが、くれぐれも無理はなさらぬよう」
「ああ、わかってる」
俺は力強く頷いた。
広大な荒野の果てには何があるのか。そして、この束の間の平和の先にどんな運命が待ち受けているのか。
期待に胸を膨らませながら、旅の準備に取りかかる。