異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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78話 奇病の特効薬と白き竜王の決断

 翌朝。荒野の屋敷のベッドで目覚めると、サイドテーブルには湯気を立てる簡単な朝食が用意されていた。

 ふんわりと焼かれたパンと、温かいスープ。

 

 「お腹が空いているでしょう? どうぞ召し上がれ」

 「う、うん」

 

 昨夜の過酷なまでの愛の蹂躙で体力をすり減らしていた俺は、ふらつく体を起こしてパンを一口かじった。

 

 「ん……?」

 

 もぐ、と噛み締めた瞬間だった。

 舌先から上顎にかけて、なんともいえないくすぐったいような快感がチロチロと走ったのだ。

 

 (なんだ、これ……?)

 

 違和感を覚えつつも、パンを飲み込んだ、その直後。

 

 「ひゃっ!?」

 

 食道を通る食物の感覚が、信じられないほどの強烈な快楽の波となって脳髄を直撃し、俺はビクンッと体を震わせて一瞬完全に動けなくなった。

 ガタガタと震える手から、食べかけのパンがぽろりと落ちそうになる。

 

 「ふふっ。どうかしら、ミア」

 

 ベッドの横で、お姉さんが満足げに微笑んでいた。

 

 「お仕置き、しないといけないでしょ? 数日ほど、食べたり飲んだりするたびに、気持ちよくて仕方ない状態になるよう、口や喉を作り替えてあげたの♡」

 「っ……!?」

 

 俺はドン引きした。

 いくらなんでも、お仕置きのベクトルが狂いすぎている。食事という生命維持の基本行動すら、お姉さんの快楽の支配下に置かれたのだ。

 

 「あ、ぁんっ……んぐっ、はぁ、はぁ……っ」

 

 それでも食べなければ死んでしまう。俺は一口飲み込むごとに信じられないような甘い喘ぎ声を漏らし、涙目でスープを飲み干した。

 完食した頃には、俺の座っていた椅子は、情けないことにびしょびしょに濡れてしまっていた。

 

  ◇◇◇

 

 どうにか身支度を整え、俺たちはお姉さんの転移魔法でオロネスの館へと帰還した。

 

 「戻ったわよ」

 

 館の中庭に姿を現すと、そこには監視役たる黒竜のズワルトが待ち構えていた。

 

 「……朝帰りとはな。どこへ行っていた?」

 

 ズワルトが鋭い視線で俺たちを見つめる。

 俺は息も絶え絶えに、力なく答えた。

 

 「……見れば、わかるだろ……」

 

 艶やかに潤んだ瞳で満たされきった表情のお姉さんと、一晩中搾り取られ、げっそりとした様子で全身から淫靡すぎる匂いを漂わせている俺。

 ズワルトは深く長いため息をついた。

 

 「……一国の主として、節度というものを覚えるべきではないか?」

 

 ズワルトの呆れ混じりの、しかしどこか哀れむような言葉に、俺は反論する気力すらなかった。

 

 「少し話がある。我の背に乗れ」

 

 ズワルトが首を下げた。これ以上お姉さんと一緒にいると俺の命と貞操が危ないと思ったのか、気を利かせてくれたらしい。

 俺はありがたくその背中によじ登り、ズワルトは空へと舞い上がった。

 上空の冷たい風を浴びて、少しだけ頭が冴えてきた。

 俺は恐る恐る、自分の喉の調子を確かめるように、指で軽く喉仏のあたりを押してみた。

 

 「あ、んっ♡」

 

 押しただけなのに、喉の奥から信じられないほど甘く蕩けた声が漏れてしまった。

 さらに下半身をきゅんと甘い痺れが駆け抜け、俺が座っていたズワルトの鱗と皮膚的な部分に液体が落ちていき、いくらか濡らしてしまった。

 

 「おい」

 

 ズワルトが、心底呆れたような低い声を出した。

 

 「我の背で、お漏らしをするようなら……その辺の川に叩き込むぞ」

 「ご、ごめん……! ちょっと体調が……!」

 

 俺は顔を真っ赤にして平謝りした。

 しかし、それから数分ほど飛んだ時のことだ。

 ズワルトは何か違和感を覚えたのか、飛行速度をゆっくりと落とし、眼下の平原へと静かに降り立った。

 

 「ど、どうしたんだ?」

 

 俺が背中から降りると、ズワルトは自らの背中──俺が座っていた部分を首を曲げて見ようとし、見えないのか呟いた。

 

 「……そこがどうなっているか、教えてほしい」

 

 俺は少し恥ずかしかったが、言われた箇所を見てハッとした。

 漆黒であるはずのズワルトの鱗や皮膚の一部が、灰色に変色していたのだ。

 

 「……黒いはずの鱗が、灰色に変化してる」

 

 そう伝えると、ズワルトは俺をじっと見つめたあと、誰にも聞こえないような小声で呟いた。

 

 「……ミア。あのティエラという魔女と共に、陰でこそこそと動いていたのは……いずれ訪れる我ら竜族との戦いのためだな?」

 「そ、そんなわけ……」

 「ふん。気づかないとでも思っていたか。魔法により、聴覚や視覚を極限まで強化すれば、情報を集めることなど、そう難しいことではない」

 

 完全にバレていた。

 こうなったら、ここでこいつを倒すべきか?

 俺の指には、遠くでも会話できる指輪の魔道具がはめられている。これでお姉さんを呼べば、どうにか対処できるかもしれない。

 俺が密かに身構えると、ズワルトは首を振った。

 

 「結論を急ぎすぎるな。……戦いをせずに済むかもしれない」

 「えっ?」

 

 そのまま俺は、ズワルトの背に乗って大陸東部の竜族のところへと向かうことになった。

 飛行中、ズワルトは風の音に紛れさせるように語り始めた。

 

 「……生まれついて、竜の姿にしかなれない竜がいると聞いたことがあるだろう」

 「ああ」

 

 ルーサーに雇われている緑竜のレア。

 彼女のことが頭の中に思い浮かぶ。

 

 「あれは、一種の病なのだ。感染した者に触れても移りはしないが、発症すれば症状の進行を止める手立ては見つかっていない。……そして、鱗の色が変化したりする者も出てくる」

 

 俺はハッとして、ズワルトの灰色の背中を見た。

 

 「それって、ズワルトは……」

 「十年ほど前にな。……幸い、とっくに成竜になったあとでの発症だったため、人になれないだけで、命に関わるような大きな問題は出ていないがな」

 

 ズワルトはそこで言葉を切り、深い、深い呆れを込めた声で続けた。

 

 「……ミア。いったい、何をされたら、そなたの体はそんなことに……いや、いい。聞きたくもない」

 「…………」

 「重要なのは。そなたの体から出た体液が……我の背の鱗の変色を治した。つまり、竜族特有の奇病を癒す効果がある可能性が高い、ということだ」

 (……体液が、奇病の特効薬!?)

 

 お姉さんに魔力でドロドロに改造され尽くしたサキュバスたる俺の体液が、まさかの万能薬になっていた。めちゃくちゃ恥ずかしいが、俺は必死に平静さを保った。

 

 「陛下との交渉次第だが……竜族が、南部の配下になる可能性がある。どうする? 進むか、戻るか」

 

 ズワルトの問いかけに、俺は少しだけ悩み、そして決断した。

 

 「……向こうに連れていってくれ」

 

 竜族と戦争をせずに済むなら、それに越したことはない。

 

  ◇◇◇

 

 ズワルトの全力飛行により、俺たちは数日かけて再び白き竜王の王宮へと到着した。

 通された謁見室には、護衛すら排された三者……俺、ズワルト、そして竜王のみが存在していた。

 ズワルトが自らの背中の、灰色から黒へと戻りつつある鱗の部分を見せると、竜王は興味深そうに巨大な目を近づけて観察した。

 

 「……ふむ。少し待つように」

 

 竜王が合図をすると、しばらくして、小さな竜が部屋に連れてこられた。

 人間に例えるなら十歳前後だろう子どもの竜だ。しっかりとした教育を受けているのか、おとなしく部屋の隅でじっとしている。

 

 「本当に治せるか、試してもらいたい」

 

 竜王は俺を見下ろした。

 

 「血でも、涙でも、言いにくい部分の体液でもいい。……この者に、それを塗るといい」

 (言いにくい部分の体液って言うな)

 

 周囲の視線的に、そして俺の魔王としての羞恥心的に、選べるのは血しかなかった。

 俺はズワルトに頼んで皮膚を鋭い爪で軽く切ってもらい、にじみ出た血を、子どもの竜の額や鱗に少しずつ塗っていった。

 静寂の中、数十分が経過した。

 

 「キュゥ……」

 

 塗り終えたあと、子どもの竜は首をかしげ、不思議そうに自分の体を見つめた。

 何か変な感じがする、という意思が伝わってくる。

 竜王は静かな声で命じた。

 

 「……人の姿を想像し、自分の体が変化するよう、意思を込めなさい」

 「キュッ」

 

 子どもの竜が目を閉じ、グッと力を込める。

 するとそこには、まだ所々に鱗が残る不完全な状態ではあったが、確かな人の形をした少女の姿があった。

 

 「あ……っ!」

 

 少女は自分の両手を見て、信じられないというように目を見開いた。すぐに服代わりの布が被せられ、従者らしき者に連れられて別室へと去っていく。

 沈黙が降りた。

 竜王は、ゆっくりと俺を見つめた。

 その巨大な瞳には、底知れぬ企みや、種族の未来への打算が渦巻いているように思えた。

 やがて、竜王はかすかに喉の奥で笑った。

 

 「……高度な自治を約束するならば。我ら竜族は、魔王ミアに仕える用意がある」

 

 ついに、竜族のトップから服従の言葉が引き出された。

 

 「高度な自治、というのは……どれくらいですか?」

 「無論、今と変わらない形を」

 

 つまり、表向きは南部の魔王の配下という形を取りつつも、事実上の独立国家として振る舞うということだ。完全な支配ではない。

 だが、それでも。

 

 (あの恐ろしく厄介な竜族と、戦争をせずに済むのなら……)

 

 お互い、大量の兵士が死ぬ未来を回避できるなら、それに越したことはない。

 

 「……わかりました。その条件で、受け入れます」

 

 俺は、白き竜王に向かって深く頷いた。

 これにより、魔王ミアの勢力は、大陸東部をも実質的に呑み込み、さらに巨大に拡大することとなった。

 しかし──。

 数日後、ズワルトに送られてオロネスに帰還した俺を待っていたのは。

 

 「ミア? 私に相談もなく、勝手に竜族を配下にするなんて……悪い子には、徹底的なお仕置きが必要ね?」

 「ミア様! 一切の相談なしに高度な自治を認めるなど! 税や法律のすり合わせでどれだけ仕事が増えるかおわかりですか!?」

 

 お姉さんからのねっとりとしたお仕置きと、カーミラからの終わりの見えないチクチクとした小言の嵐。

 竜族という脅威は去ったが、その代わり別の脅威が生まれた。

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