異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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85話 特訓と共依存するサキュバス

 オロネスの街から少し離れた、見渡す限りの草原。

 周囲に遮るものも、巻き添えになるような集落も一切ないこの場所で、俺はルカとの決闘に向けた特訓をしていた。

 

 「さあ、ミア。私に向かって、思いっきり魔法を放ってみて」

 

 数十メートル先でふわりと宙に浮くお姉さんが、両手を広げて微笑んだ。

 遠く離れていても会話できるのは、指輪の形をした希少な魔道具のおかげだ。

 

 「わ、わかった! いくぞ!」

 

 俺は深く息を吸い込み、意識を集中させた。

 今の自分の全力がどれくらいなのかを確認する意味合いも込めて、体内の魔力を限界まで練り上げ、両手の間に圧縮していく。

 

 (もっと……もっと固めていく……!)

 

 ギュルルルルッと、大気が震えるような音を立てて魔力の球が膨れ上がる。

 しかし、極大の魔法を構築するのには十秒以上の長い時間がかかってしまった。

 

 「いっけえええっ!!」

 

 ドンッ!!

 

 放たれた強力な魔力の塊が、草原の土をえぐりながらお姉さんへと殺到する。

 

 「あら……っ!」

 

 お姉さんは何重もの防御結界らしきものを展開して防ごうとしたが、防ぎきれずに結界ごと後方へ吹き飛ばされた。

 そのまま地面を数メートルほど転がっていく。

 

 「お、お姉さん!?」

 

 俺が慌てて駆け寄ろうとすると、お姉さんはすぐに空中で体勢を立て直し、ふわりと舞い戻ってきた。服に少し土埃がついているだけで、怪我はないようだ。

 

 「……すごい」

 

 俺は自分の両手を見て唖然とした。いつの間にか、自分でも信じられないほど、俺の魔力と出力は跳ね上がっていたのだ。

 この世界で目覚めた時とは、比べ物にならない強さ。

 

 「ふふ、威力は申し分ないわね」

 

 お姉さんが服の埃を払いながら評価を下す。

 

 「でも、放つまでに十秒以上もかかるのは実戦では致命的よ。威力を落としてでも、もっと素早く放てるようにならないとね」

 「……はい」

 

 それはそうだ。

 動かない相手ならまだしも、数日後に戦う相手は先代魔王なのだから。

 当然、悠長に攻撃させてくれるわけがない。

 

 「じゃあ、次は防御の訓練ね。私の魔法を、自分の魔力で相殺して防いでみて」

 

 言うが早いか、お姉さんの指先から魔力の弾丸と呼べるものが、機関銃のように大量に放たれた。

 

 「うおぉっ!?」

 

 俺は慌てて防御用に魔力の壁を作ろうとするが、相殺のタイミングが合わず、次々と防壁をすり抜けた魔力弾が体に直撃する。

 

 「いっ、痛ぁっ! あぐっ!」

 

 地面を転げ回りながら、俺は涙目でうめいた。

 一応、死なないギリギリのラインに手加減してくれているらしいが、それでもめちゃくちゃに痛い。

 

 (でも……これだけ直撃してるのに、大怪我じゃなくてだいぶ痛いだけで済んでるってことは……無意識に魔法への防御力も上がってるってことか……)

 

 お姉さんと毎晩している過激でいやらしい鍛練のおかげで、俺の体は確実に、強靭な魔王の器へと成長していた。

 

  ◇◇◇

 

 そして激しい特訓を終えてから訪れる休憩時間。

 

 「あーん♡」

 「……あーん」

 

 俺はお姉さんの膝の上にすっぽりと収まり、背中からぎゅっと抱きしめられながら、手作りの甘いお菓子を口に運んでもらっていた。

 唇にお菓子を運ばれるごとに、甘いキスが落とされる。

 

 (あぁ……落ち着く……)

 

 さっきまでのスパルタが嘘のような、甘々な時間。

 衣服越しに伝わるお姉さんの豊満で柔らかい肉体に、俺はつい自分から密着を強め、お姉さんのお腹周りを両手でぎゅっと掴み、その豊かな胸の谷間に頭をグリグリと押しつけた。

 

 「んふふ。ミアは本当に甘えん坊さんね」

 

 お姉さんの指が、俺の銀髪を優しく梳く。

 

 「……ずいぶんと、堕ちているようだな」

 

 不意に、呆れ果てたような声が頭上から降ってきた。

 

 「うわっ!?」

 

 俺がビクッと顔を上げると、そこには腕を組んでこちらを見下ろす、金髪の少女の姿をしている先代魔王ルカが立っていた。

 わざわざオロネスの館から、俺たちの居場所を聞き出して探しに来たらしい。

 

 「お、堕ちてない! これは休憩中のスキンシップだ!」

 

 俺が慌てて否定すると、ルカは深くため息をついた。

 

 「ならば聞くが。お前は今、そこのイリスがいない日々を想像できるか? あいつ無しで、生きていけるか?」

 「え……?」

 

 俺は、想像してみた。

 朝、お姉さんのおはようのキスがない。

 ご飯をあーんで食べさせてもらえない。

 夜、あの甘くて恐ろしい魔力で体を満たしてもらえない。

 お姉さんの匂いがしない、お姉さんの温もりがない、たった一人で玉座に座る、冷たくて孤独な世界──。

 

 「……っ!」

 

 想像しただけで、心臓が凍りつき、呼吸が浅くなった。

 無理だ。耐えられるわけがない。

 俺は無意識のうちに、すがりつくようにお姉さんの服を強く握りしめ、その胸に顔を埋めて震えていた。

 

 「……んぅっ……」

 

 その有り様を見て、ルカはやれやれといった様子で肩をすくめた。

 

 「その態度で、堕ちていないと思えと?」

 「か、体は……体は堕ちてるかもしれないけど! 心までは、堕ちてない……っ!」

 

 俺が涙目で強弁すると、俺を抱きしめるお姉さんの腕の力が、ギューッと強くなった。

 お姉さんは無言だったが、サキュバスの尻尾が、歓喜に震えるように俺の背中を撫で回している。

 

 「……まあいい。お前たちの共依存っぷりを見ていると頭が痛くなってくる。いい加減に話を進めたいから本題に移るぞ」

 

 ルカは気を取り直し、周囲を見渡した。

 

 「決闘の場所を決めておきたい」

 「……ここがいい」

 

 俺はお姉さんの胸に顔を押しつけたまま答えた。

 

 「巻き添えになる人もいないし、障害物とかもない。全力を出すにはちょうどいいだろ」

 「わかった。……それと、勝者は何を得るかだが」

 「負けた方は、勝った方の配下になる」

 

 その条件に、ルカは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「ふむ。それなら、お前がいる限り竜族も離反はないか。悪くない」

 

 ルカは踵を返し、一度俺へと振り返った。

 

 「この大陸を支配するのは、私だ。……首を洗って待っておけよ、若き魔王」

 

 用件を済ませると、ルカは再びオロネスの方角へと去っていった。

 それから姿が見えなくなったあと、頭上から、ひどく嬉しそうな、甘く蕩けるような声が降ってきた。

 

 「ふふっ……ミア? さっき、『体は堕ちてる』って、自分から認めたわよね?」

 「なっ! あ、あれは言葉のあやで……!」

 

 からかわれて顔を真っ赤にした俺は、お姉さんの腕の中で身をよじり、慌てて言い返した。

 

 「そ、そっちこそ! 俺がいない生活とか、できるのかよ!」

 

 その瞬間だった。

 俺を見下ろすお姉さんの顔から、一切の表情が消え失せた。

 光のない、底なしの暗闇。

 喜怒哀楽のすべてが欠落した、絶対的な虚無。

 もし俺が死んだら、もし俺がいなくなったら、この世界をどうやって壊してやろうか──そんな恐ろしい狂気すら内包した、一瞬の、本当に一瞬だけの、からっぽの無表情。

 

 「……え?」

 

 俺が息を呑んだ次の瞬間、お姉さんの顔には、いつもの完璧で妖艶な笑みが張りついていた。

 

 「無理ね。……私も、ミアにすっかり堕ちているもの♡」

 

 いつものように軽い調子で額にキスをされる。

 だが、ずっとこの人に抱きしめられ、その魔力に浸されてきた俺には、わかってしまった。

 今のは、ただの誤魔化しだ。

 あの一瞬の虚無こそが、お姉さんの本質。

 

 (ああ……なんだ。お姉さんも、俺がいないと生きていけないんじゃないか)

 

 その事実を理解した瞬間。

 恐怖を感じるべき俺の心の中に生まれたのは、どろっとした狂おしいほどの喜びだった。

 お姉さんは、俺だけを見てくれる。

 お姉さんは、俺だけを愛してくれる。

 お姉さんの、あの恐ろしくて重い愛情は、世界の誰のものでもない、俺だけのものだ。

 

 「……ん、へへ……」

 

 俺は、自分でも信じられないほど、ひどく甘くて、とろとろに溶けきった声で呟いた。

 

 「すっごく……嬉しい……♡」

 

 俺はお姉さんの首に腕を絡ませ、その唇に、自分から深いキスをねだる。

 体も、そして心も。おそらくはもう、手遅れなほどこの愛に堕ちきっていた。

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