異世界の辺境でサキュバスにTS転生した。歪んだ愛を向けてくる姉から貞操と尊厳を守るには、魔王となって世界を統べるしかない。   作:パッタリ

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86話 決闘の幕開けと元男たちの意地

 魔界の今後を占う、決闘の朝。

 オロネスから離れた草原には、朝日を浴びて、不釣り合いなほど甘やかな空気が漂っていた。

 

 「……ねえ、お姉さん」

 「なぁに、ミア?」

 

 俺はお姉さんの胸に顔を埋め、その細い腰に腕を回して、これでもかというほどベタベタと引っついていた。

 ルカとの決闘という一大イベントを前にして、緊張している……わけではない。

 むしろ、普通ではない特訓を乗り越えた俺の精神は、妙な方向へと吹っ切れていた。

 

 「……もし、俺が負けてあいつの配下になっちゃったら。お姉さん、つらい? 俺がいないと、生きていけないんでしょ?」

 

 俺は上目遣いで、少し意地悪く、そしてだいぶウザい絡み方をしていた。

 数日前の特訓中に一瞬だけ見えた、虚無。

 それが、俺への依存の証だと知ってから、俺の心には歪んだ優越感が生まれていた。

 

 「ふふっ。そうねぇ、ミアがいなくなったら、この世界どうでもよくなってしまうかもしれないわね」

 「……それは困る。どうせならあいつから俺を奪い去ってよ」

 

 お姉さんの物騒な愛の告白に、俺は少し頬を染めながら、自分の尻尾を、お姉さんの長く黒い尻尾にするりと巻きつけた。

 

 「んん……ずっと一緒に……」

 「もう、ミアったら。今日は一段と積極的ね。嬉しいわ♡」

 

 お姉さんは蕩けるような笑顔になり、俺を抱きしめる腕の力を強めた。

 そんな、端から見ればバカップルの痴態にしか見えない光景を、冷ややかな目で見つめる者たちがいた。

 

 「……むう、ずるい。本当にこれから決闘あるの?」

 「レジエ。ミア様は、あれで精神統一をなさっている……のだと、思いたいですね」

 

 草原の少し離れた場所に、いつの間にか観客が集まっていた。

 赤い髪を風に揺らすレジエと、何か言いたいが何も言えずにため息をつくカーミラ。

 さらにはディフやルーサー、竜族の代表など、魔界の新たな支配者が誕生する瞬間を見届けるため、そうそうたる面々が顔を揃え始めていた。

 

 「っ!?」

 

 人の気配に気づいた俺は、慌ててお姉さんから離れた。

 

 「あ、あー、こほん。……よし、体調は万全だ」

 

 真っ赤な顔で咳払いをして、魔王としての威厳を取り戻そうと努める。お姉さんは残念そうに尻尾をほどいたが、その瞳にはまだ甘い余韻が残っていた。

 その時。

 草原の向こうから、冷徹な殺気と共に、数人の配下を引き連れた一団が近づいてきた。

 先頭に立つのは、金髪の少女たる先代魔王ルカだ。

 

  ◇◇◇

 

 銀髪の少女と、金髪の少女。

 魔界の頂点を決める戦いの場に、二人の可憐な少女が向かい合う。

 

 (……なんか、しんみりするな)

 

 俺はルカを見つめながら、ふとそんな感傷に襲われた。

 外見は美少女同士。だが、その中身はどちらも、前は男だった存在。

 男としてのプライドを抱えながら、女の体で魔王として振る舞い、そして今、お互いの覇道を懸けて戦おうとしている。

 この奇妙な運命に、少しだけ共感のような、複雑な感情が生まれた。

 だが、その感傷は、ルカの鋭い緑色の瞳に射抜かれた瞬間に霧散した。

 

 「……準備はいいか、サキュバスの小娘。イリスに泣きつく時間は終わったぞ」

 「……誰が小娘だ。あんたこそ、そのひ弱な体で、俺の魔法に耐えられるのか?」

 

 俺たちは元男としての自意識を燃え立たせ、美少女の口から物騒な言葉をぶつけ合った。

 

 「では、これより、魔王ミア、および先代魔王ルカによる、魔界統一の決闘を執り行います」

 

 立会人として、カーミラが進み出た。

 

 「ルールは単純。どちらかが敗北を認めるか、肉体的に戦闘不能になったら終わりです。……文句はないですね?」

 「ああ」

 「問題ない」

 

 俺とルカは同時に頷いた。

 そしてカーミラの合図と共に、決闘の幕が開いた。

 

 ドンッ!!

 

 開始直後。

 俺とルカは、挨拶代わりと言わんばかりに、同時に強大な魔法を放った。

 圧縮された魔力の塊同士が、空中で正面衝突し、凄まじい衝撃波を撒き散らす。

 

 「ぐっ……!?」

 

 草原の土が巻き上がり、視界が遮られる。

 

 (威力的には、お姉さんとの特訓のおかげで互角……いや、向こうの弱体化を含めれば、俺の方が少し上のはず!)

 

 そう確信した瞬間だった。

 衝突した魔力の塊の中から、ルカの放った魔法が、俺の魔法を強引に突破し、鋭い光の矢となってこちらへ迫ってきた。

 

 「なっ……!?」

 

 魔法の威力では勝っていても、魔法の術式の構築、魔力の密度、そして相性──長年の経験に基づく魔法の技術において、ルカは俺を遥かに凌駕していたのだ。

 

 (くそ……技術面じゃ勝ち目はないか)

 

 俺はお姉さんとの特訓で、いろいろと課題があることを痛感していた。

 ルカのような数百年を生きる魔王相手に、真正面から魔法で撃ち合っても、こうして対処される。

 だが、それを見越して、俺はすでに次の行動に移っていた。

 突破してきた光の矢を、身体能力を強化した超高速のステップでギリギリながらも回避。

 そのままの勢いで、土煙を突き抜け、ルカの懐へと一気に肉薄する。

 

 「……避けるか。ならば!」

 

 ルカは即座に次の魔法を展開しようとしたが、俺の速度がそれを上回った。

 

 「捕まえたっ!」

 

 魔法の経験では負けていても、お姉さん主導のいやらしい特訓で鍛え上げられたこのサキュバスの身体能力は、今の弱体化したルカを遥かに凌駕している。

 

 (接近戦に持ち込んで、捕まえて気絶させれば、その時点で俺の勝ちだ!)

 

 俺はルカの胴体を目がけて、渾身のタックルを見舞おうとした。

 しかし、ルカは俺のタックルを紙一重の差で回避した。

 

 「なっ……」

 

 以前、庭園で押し倒した時のような、非力でか弱い少女の動きではない。その動きは、無駄がなく、洗練され、そして……以前よりも遥かに速く、力強くなっていた。

 

 (……身体能力が、上がってる!?)

 

 より正確には、かつての魔王の肉体が、弱体化した状態から徐々に戻り始めているのかもしれない。

 

 「ふん。あの日と同じだと思ったら、大間違いだぞ」

 

 ルカは後ろに跳んで距離を取りながら、不敵に笑った。

 

 「あの変態魔女に小細工をされた復活の儀式だが、さらに手を加えて新たな儀式を進めた。肉体の負担を考えながら、段階的に力を戻していったわけだ。……殴り合いで簡単に勝てるなどと、夢々思うなよ」

 

 ルカの言葉通り、少女の姿をしていても、その中身は元の魔王の肉体に近づきつつある。

 こちらの身体能力の優位性は、以前ほど圧倒的なものではなくなっていた。

 だが、俺はルカの動きの中に、決定的な違和感を見抜いていた。

 

 「……へぇ。身体能力が戻ってるくせに、なんでそんなに、俺から離れようとしてるんだ?」

 「……何が言いたい?」

 

 ルカは俺が近づくと回避しているが、自分から積極的に近づいてくることはない。

 常に一定の距離を保ち、魔法での遠距離攻撃に固執している。

 実力が戻っているなら、なぜ回避に専念する?

 

 (……そうか。まだ、完全復活からは程遠いんだな)

 

 俺は、ルカが捕まることを恐れていることに気づいた。

 肉体の強さは戻りつつあっても、かつての万全な魔王レベルには程遠い。

 余計なリスクを避けるために、いくらか戻った身体能力は防御と回避に徹し、魔法での勝利を狙っているのだ。

 

 「……あんた、俺に捕まるのが怖いんだろ。先代魔王様?」

 

 俺はルカの弱点を見抜き、不敵に笑みを浮かべた。

 魔法の技術では勝てない。身体能力も圧倒的に有利ではない。だが、ルカが接近戦を恐れているという事実は、俺にとって最大のチャンスだった。

 

 「黙れ。知った風な口を叩くな」

 

 ルカの顔が、図星を突かれたように怒りに歪む。

 銀と金の少女が、再び草原を駆け抜ける。

 魔法と体術、経験とポテンシャル。

 すべてが交錯する激戦の幕は、まだ上がったばかりだった。

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