月と太陽   作: らっちょ

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第03話 かぐや姫の正体

 

 

 

 涙を流す少女の姿に、陽介は我に返った。

 

 美しいが、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな危うい雰囲気を感じさせる。

 

 かけるべき言葉が見つからず、口を閉ざしたまま様子を観察していると、少女の方が先に口を開いた。

 

「……貴方が、助けてくれたの?」

 

 鈴を転がすような、涼やかで心地よい声。

 

 言葉が通じることに一瞬だけ驚いたが、陽介は努めて落ち着いた声色で答えた。

 

「──ああ、急に空から降って来て、湖に落ちそうになっていたからな」

 

 そう言いながら、近くにあったタオルをコロンビーナに手渡す陽介。

 

 本当は直ぐにでも問い詰めたいことが山ほどあったが、初対面の涙を流す少女に無粋な真似は出来ないと思ったのだ。

 

 コロンビーナはキョトンとした表情で瞳を丸くしながらも、素直にタオルを受け取って一言。

 

「──フフッ、ありがとう。貴方はとても優しいのね」

 

 少女は受け取ったタオルで涙を拭うとふわりと優しく微笑んだ。

 

 その笑顔は、未知の存在に対して抱いていた警戒心を、瞬時に氷解させる不思議な魅力に満ちていた。

 

「……互いに聞きたい事は山ほどあるかもしれないが、先ずは自己紹介でもしないか? 俺の名前は日向 陽介。フリーランスのプログラマーとして働いている者だ」

 

「……ふりーらんす?……ぷろぐらまぁ?……自由に槍を使って魔物を倒すの?」

 

「──おおぅ、言葉が通じるからワンチャン判るかとも思ったが、どうやら言語以外の常識は擦り合わせが必要みたいだな」

 

 陽介が自らの仕事について四苦八苦しながらも説明すると、コロンビーナは書類作業限定の冒険者みたいなものねと一定の理解を示した。

 

 会話の中で『冒険者』や『魔物』といったワードを聞いた段階で、既にこの世界とは常識の違う異世界からやって来たのだろうと悟っていた陽介であったが、彼女の口から語られるのはそれ以上に衝撃的な内容であった。

 

「──私はコロンビーナ・ハイポセレニア。

テイワット大陸にあるナド・クライから本物の月を求めてこの世界に迷い込んだの」

 

 自らが月の神として崇められていた存在であり、テイワットという異世界で生まれ育ったことを伝えたコロンビーナは、この世界に至るまでの出来事を簡潔に語った。

 

「……つまり、君は異星人で、女神様で、さらには異世界から来た聖女様でもあるってこと?」

 

 陽介が要約して尋ねると、コロンビーナは首を傾げて暫し悩んだ後「多分そうなるかも?」と呟いた。

 

「……全部盛りじゃないか」

 

 陽介は苦笑するしかなかった。

 

 先ほどまで「異星人か、天使か、異世界人か」と冗談交じりに考えてはいたが、 まさかその全てに該当するなど思いもしなかった。

 真実は小説より奇なりだ。

 

 目の前の少女は、まさに異世界からやって来た『かぐや姫』──いや、それ以上に不可思議な存在である。

 

「──この世界の元素の流れは不思議だね。力自体はどれも凄く小さいのに、統率されていて強い力を発揮しているみたい」

 

 一方でコロンビーナもまた、この世界に興味を抱き始めていた。

 

 彼女が手でなぞった照明器具には、雷元素と炎元素の力が宿っていた。

 

 どれも微弱な元素力であり、テイワットでは灯りすら燈せないほどに脆弱なエネルギーだ。

 

 にも関わずこの照明器具は本来の役割をきっちり果たしており、薄暗い部屋の中で太陽のように輝いていた。

 

 コロンビーナの元素視覚は複雑に絡み合った元素の流れを知覚しており、機械的に統率された元素によってこの現象を引き起こしていることを理解する。

 

 この部屋の中にある照明器具や、遠くから聞こえてくる自動車の走行音などが、テイワットとは異なる世界であることを予見させ、彼女の好奇心を大いに駆り立てた。

 

「……とりあえず今日のところはこの部屋に泊まって身体を休めたらどうだ?」

 

「……良いの?」

 

「ああ、互いに色々あって疲れてるだろうし、俺もテイワットの話には興味があるけど、一端落ち着いてから話した方が建設的だろ?」

 

「……うん、そうだね」

 

 陽介もコロンビーナも今日は互いに激動の一日であった。

 

 陽介は異世界からやって来たコロンビーナの存在に度肝を抜かれたし、コロンビーナは命を賭して博士の策略を防いだかと思えば、偶然にも本物の月がある世界へ迷い込むことが出来た。

 

 きっと今の状態で情報交換しても、互いに冷静では居られず、聞きたいことが多すぎて話が纏まらないだろう。

 

(──それに見た感じ、コロンビーナは危険な存在じゃなさそうだしな)

 

 無防備な状態で膨大な力を持つ相手を傍に置くリスクは重々承知しているが、コロンビーナの言動を見ていれば此方に危害を加えるような存在ではないと理解出来る。

 

 故に陽介は危険度と好奇心を天秤にかけた上で好奇心が勝った。

 

 異世界からやって来た月の女神というファンタジーな存在に、強い興味を抱いたのである。

 

「──おやすみコロンビーナ」

 

「──フフッ、おやすみなさい陽介」

 

 軽く手を振って部屋から去っていく陽介の背中を、優しい眼差しで見つめるコロンビーナ。

 

 1人になった部屋の中で、高揚感を抱きながらも彼女は安堵していた。

 

 コロンビーナは本物の月がある世界が、どういったものかも知らぬままにこの地に迷い込んだ。

 

 下手をすれば彼女にとって、テイワット大陸以上に住みづらい環境だった可能性もあったのだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、本物の月が存在する世界はコロンビーナを拒絶することなく、 彼女の存在を優しく受け入れ祝福してくれた。

 

 出逢った陽介という青年は優しい人物で、右も左も判らないコロンビーナの事情を聞いて寝床まで用意してくれた。

 

 きっかけはどうあれ、コロンビーナの新世界での冒険は順風満帆であり、彼女がこの世界へ期待と希望を抱くには十分過ぎる内容であった。

 

 

 

 

 

☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼

 

 

 

 

 

 翌日の朝──陽介は耳元で響く美しい旋律で目を覚ました。

 

(……歌?)

 

 意識が浮上すると共に、窓から差し込む柔らかな陽の光が視界に入る。

 

「──LaLaLa...La...La~♪」

 

 そこには天女の羽衣のような衣装を身に纏ったコロンビーナが、窓を開けて小鳥と戯れている姿があった。

 

 彼女の左手の人差し指に止まった小鳥は、歌声に合わせるように上機嫌に囀っている。

 

 朝日に照らされたその姿は、神々しくも幻想的で美しく、まるで有名な宗教画を見ているようだ。

 

 ──事実、月の女神なので、その表現は大袈裟ではないのだろう。

 

「……夢じゃ、なかったんだな」

 

 自らの頬をつねって痛覚を確認したあと、のそりとベッドから起き上がる陽介。

 

 物音に気付いた小鳥が指先から飛び立ち、それを名残惜しそうに見送りながらも、起き上がった陽介へと視線を向けるコロンビーナ。

 

「──おはよう陽介。よく眠れた?」

 

「──ああ、おはようコロンビーナ」

 

 互いに朝の挨拶を交わしながらも、陽介はふと疑問に思ったことを口にする。

 

「……この部屋鍵が閉まってた筈なんだが、どうやって入って来たんだ?」

 

「……普通に開けて入って来たよ?」

 

 キョトンとした様子でコロンビーナが軽く腕を振るうと、ベッドから離れた位置にある扉の鍵がカチャリとひとりでに回って開いた。

 

「……うぉい」

 

 まったく鍵の役割を果たしておらず、プライバシーもクソもない状態。

 

 今度から部屋に入る際にはノックをしてくれと伝えると、素直に頷いて了承したコロンビーナにホッと胸を撫で下ろす陽介。

 

 安堵したと同時に自らの空腹に気付いた陽介は、朝食を作ろうと思ったのだが其処でふと考えてしまう。

 

(──そういえばコロンビーナって月の女神なんだよな?)

 

 目の前の存在が少女の姿こそしているが「神」であることを思い出し、人間と同じように有機物を摂取してエネルギーにする必要があるのかと疑問を抱く。

 

 月光で光合成を行いエネルギーを摂取しているかもしれないし、或いは元々食事が必要のない存在かもしれない。

 

 此方が善意で食事を提供したとしても、彼女には無用の産物で最悪毒になる可能性もあるだろう。

 

 故に陽介は本人に直接訪ねてみることにした。

 

「あ゛っ~、今から朝食を作ろうと思うんだが、コロンビーナは何か希望するものとかあるか?」

 

「……私に貢物をくれるの?」

 

 コロンビーナは不思議そうに小首を傾げる。

 どうやら質問の意図が上手く伝わらなかったようだ。

 

「いやいや、そうじゃなくて……そもそもコロンビーナには食事が必要なのかってこと」

 

 そんな陽介の問い掛けに対し、コロンビーナは悲しそうに瞳を潤ませながら呟く。

 

「……私、ご飯食べちゃ駄目なの?」

 

「──っ!? ち、違う! 全然駄目じゃない! 寧ろどんな食べ物が好きなのか好みを聞いてたんだッ!?」

 

 しょんぼりと落ち込むコロンビーナに、凄まじい罪悪感を覚えながら慌てて弁明する陽介。

 

 兎に角、人間と同じように食糧を摂取することは可能なようだし、普通の人間と似たような食文化で育ったと仮定することにした。

 

 あとは食べ物の好みの問題なので尋ねてみると、コロンビーナは先ほどまでの様子とは打って変わって表情を輝かせながら口を開いた。

 

「──甘いものがいい。この世界の甘い食べ物に凄く興味がある」

 

「……朝から甘味かぁ」

 

 即答したコロンビーナに苦笑しながらも、キッチンへと向かう陽介。

 

 リクエストに応えるなら、手早く作れるフレンチトーストあたりが無難だろう。

 

 付け合わせにはベーコンとジャガイモのコンソメスープに、残り物のひき肉を使った煮込みハンバーグ。

 

 冷凍庫にはお高いアイスも残っていたので、デザートとして提供すれば喜んで貰えるかもしれないな。

 

 そんな風に脳内で朝食のメニューを組み立てながらも、手際よく料理の下準備を進める陽介。

 

「……アイノが教えてくれたクルムカケの作り方に似てるかも?」

 

 フレンチトーストを作る為の卵液をボウルの中でかき混ぜていると、コロンビーナが興味深そうに頭上から覗き込んできた。

 

 自分より身長が低い筈のコロンビーナが、頭上から話し掛けてくる違和感に気づいて振り向く陽介であったが、目の前の非現実的な光景に思わず手に持っていたボウルを落としそうになる。

 

(──おおぅ、やっぱり空飛べるんだなぁ)

 

 初見ではない故に衝撃こそ少なかったものの、改めて非現実的な光景を目の当たりにすると動揺せざるを得ない。

 

 コロンビーナは当然のように床から数十センチ程浮かんでおり、ふわふわと空中を漂いながらキッチン周りを興味深そうに観察しはじめた。

 

「──このコンロは炎元素と風元素の拡散反応で火の大きさが変わるのかな?」

 

「──小さな雷元素しか使ってないのにフライパンが熱くなってる」

 

 ガスコンロとIHコンロを興味深そうに眺めながらも、スープの煮える音やパンが焼ける匂いに反応するコロンビーナ。

 

 彼女の世界にも似たような道具は沢山あったが、それは元素をコントロール出来る方法が無数に存在したからこそ完成した代物であり、それらの技術に全く依存しない道具は非常に珍しい。

 

 この世界はテイワット大陸以上に元素力が満ち溢れているが、元素を直接操る技術がないので、こういった元素力に左右されない道具の開発が進んだのである。

 

「──この蛇口、水元素の力を使ってないのに、捻るだけでこんなに大量の水が出せるなんて凄い。

……でも変な岩元素が沢山混じってるから取り除いておくね」

 

 そんな背景があるなどとは露知らず、無邪気にはしゃぐコロンビーナ。

 

 陽介が蛇口を捻って水を出したかと思えば、そのまま巨大な水球となってフワフワと宙に漂い始めた。

 

 水道水から不純物を取り除き、 更には有り余る月の神の力をふんだんに使って浄化する。

 

 ただの蛇口から出てきた水道水が、神話に登場するような聖水に化けた。

 

(──この水道水、何かキラキラ光ってるんだけど?)

 

 ドヤ顔で浄化した水を差し出して来るコロンビーナを無下には出来ず、まぁいいかとそのまま料理に使用する陽介。

 

 信心深い霜月の子供達が見れば発狂し、どこぞの水龍が見れば涎を垂らして羨むような光景だろう。

 

「──この冷凍庫もナド・クライにあるものと全然違う。何で氷元素じゃなくて雷元素で凍結反応が起きるの?」

 

「──フフッ、このコンロの上にある扇風機はクルクル回って面白いね。何のためについてるんだろう?」

 

 その後も現代日本の家電製品に強い興味を示しながら、キラキラ瞳を輝かせて台所の中を所狭しと飛び回るコロンビーナ。

 

 料理を作っていた陽介は穏やかな笑みを浮かべながらも、彼女にハッキリと告げる。

 

「──危ないからせめて料理の最中は大人しく待っててくれないか?」

 

 流石に火や包丁を扱っている最中に背後を飛び回られるのは、気が散るなんてものではなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

 コロンビーナも今までの自身の行動を思い出して反省したのか、シュンとした様子で地面に舞い降りて大人しくなる。

 

 だが好奇心は隠せないのか、ウズウズと今にも動きそうな身体を抑え込みながら、無言で陽介が料理を作る姿を観察していた。

 

(……やっ、やりずれぇ)

 

 そんな視線の圧力を背に受けながらも調理を続ける陽介。

 

 出逢った当初は清楚で大人しいイメージをコロンビーナに抱いた彼であったが、此処に来て彼女へ抱く印象がガラリと変わった。

 

 たしかに時折、人間とはかけ離れた神秘性を感じるし、 実際にその身に宿す力は月の神と呼ばれるに相応しい代物なのかもしれないが、 その本質は好奇心旺盛で無邪気な少女だと理解したのだ。

 

 コロンビーナの突拍子もない行動に振り回されながらも、 賑やかになった我が家の雰囲気に、嘗て両親と暮らしていた日々を思い出し、口元に笑みを浮かべる陽介。

 

「──よし、完成っと」

 

 そんなやりとりをしている内に朝食が完成し、皿に盛りつけられた料理がリビングのテーブルの上に並べられる。

 

「……美味しそう」

 

 食卓に並んだメニューは、コロンビーナが所望したフレンチトーストに加えて、付け合わせで用意された煮込みハンバーグとベーコンとジャガイモのコンソメスープの三品目。

 

 ごく一般的な家庭料理であったが、この世界で初の食事となり、空腹だったコロンビーナにとってはこれ以上無いほどの御馳走にみえた。

 

「──んぅ~、優しい甘さで凄く美味しい」

 

 フレンチトーストを口にした瞬間、幸せそうに顔を綻ばせながらそう呟いたコロンビーナの姿を見て、どうやら気に入ってくれたようだと安堵する陽介。

 

 小動物のようにモグモグと小さく口を動しながら朝食を味わう彼女の姿に、和みつつも達成感のようなものを感じるのであった。

 

 

 ──食後のデザートであるアイスを食べ終えた二人は、 落ち着いたタイミングで互いの世界についての情報交換を行った。

 

 テイワットという異世界の話を聞いた陽介は、その内容に驚いた。

 

「……マジかよ。俺が予想してたよりも、テイワットは遥かに高度な文明を築いてるみたいだな」

 

「……そうなの?……私はこの世界の方が凄いと思ったんだけど」

 

「──少なくともこっちでは自立行動して、 戦闘も熟せるような人と見分けがつかないお掃除ロボットなんて居ないからなぁ」

 

 彼女がテイワットから持ち込んだ荷物の中には、 友人達から貰った『祈月の夜のカード』があり、其処には蛍やパイモンが撮影したナド・クライの写真も幾つかあった。

 

 其処に映っていたイネファがロボットだと知って驚き、更にそれを開発したのが10代前半の幼い少女であるという事実に愕然とする陽介。

 

 剣と魔法のナーロッパ風味な異世界を想像していた彼にとって、テイワットの文明はかなり衝撃的であった。

 

 古代文明の遺産や元素技術によって、部分的にはこの世界よりも遥かに高度な技術水準を持っていたのである。

 

「……でも蛍の話だと他の国は、大体そんな感じだって言ってたよ?」

 

「……なるほど、地域や国毎に特色がある感じなのか」

 

 この世界でも国や地域によって経済や技術に格差があるが、テイワット大陸では更に格差があるのだろう。

 

 同じナド・クライでもクルムカケ工房のようにロボットが無数に存在する場所もあれば、コロンビーナの生まれ育ったヒーシ島のように原始的な生活を営んでいる場所もあるとのこと。

 

 害獣の被害も凄まじいらしく、日本では精々熊に襲われる程度だが、向こうではヒルチャールと呼ばれるゴブリンのような存在がそこら中を徘徊しており、凶悪な害獣の被害によって滅びた国や文明が幾つもあるらしい。

 

「──この世界は凄く平和なんだね。豊かで物が溢れている」

 

「……治安の良い日本だからってのもあるかもしれないけどな。事実今も戦争をしている国々があるからな」

 

「……そうなんだ。皆仲良くすれば良いのに」

 

 そういって残念そうに表情を曇らせるコロンビーナ。

 

 本物の月がある世界ならば、誰もが争うことなく穏やかに暮らしているのではとも期待したが、何処の世界においても戦争は繰り返され、決して無くなることはないという事実を改めて理解させられる結果となった。

 

 若干重くなった空気の中で、陽介は一番確認したかった内容を彼女に訪ねた。

 

「──それでコロンビーナ。君はこれからどうするつもりなんだ?」

 

「……これから」

 

 陽介の質問に対し、真剣な表情を浮かべたまま考え込むコロンビーナ。

 

 彼女の目的は「本物の月がある世界」に帰還することであった。

 

 過程はどうあれ、その目標は既に達成されており、彼女には新たな生きる目標が必要だったのである。

 

「…………」

 

 窓の外に広がる景色をぼんやりと眺めるコロンビーナ。

 

 小鳥達が大空に向かって飛び去っていく姿を見た彼女は、自らの素直な気持ちを口にしていた。

 

「……この世界を自由に見て回りたい。

貴方たちがどんな風に暮らして、どんな風に笑っているのかを知りたいの」

 

 ずっと憧れ続けていた本物の月がある世界。

 その世界を冒険して自分の目で確かめてみたいという純粋な好奇心。

 

 何となくそうなるだろうなとは予想しつつも、陽介は良識ある大人として、無視できない現実を彼女に伝えなければならなかった。

 

「……この世界で生きていくには『金銭』や『戸籍』が必要なんだ。 コロンビーナにはアテがあるのか?」

 

「……そうなの?……モラなら少しだけあるよ?」

 

 そう言いながらテイワットの共通通貨であるモラを取り出すコロンビーナに対し、陽介は首を横に振って否と答える。

 

 この世界ではモラを通貨として使用することが出来ないし、純粋な金貨としての価値で換金しようとしても、未知の合金を持ち込んだと大騒ぎになるだろう。

 

 そもそもそういった手段で金を手に入れる為には身分を証明しなければならない。

 

 異世界からやって来たコロンビーナには、当然この世界の戸籍は無いので身分証も作れない。

 

 身分証がなければ彼女の行動は大きく制限されることとなり、結果として自由な行動は出来なくなるだろう。

 

 ──無論、月神としての権能を用いれば、それらの問題は解決できるかもしれないが、 其処には常に大きなリスクが付き纏うことになる。

 

「──それにコロンビーナのような特別な力を持つ存在を、悪い大人達が放っておくとも限らない」

 

「──悪い大人達」

 

 そんな陽介の指摘に心当たりがあったのか、コロンビーナの表情が僅かに曇った。

 

 此処に来たきっかけも、博士がコロンビーナの持つ原初の月の力を奪おうとしたことが原因であった。

 

 もしこの世界の権力者がコロンビーナの持つ力に目をつければ、テイワットで経験したことの二の舞となってしまうだろう。

 

「……どうしよう」

 

 この世界の常識を持たず後ろ盾すらない。

 

 それがどれほど危険で不自由なことなのかを彼女なりに理解したのだろう。

 

 目に見えて落ち込んだコロンビーナに対し、陽介は苦笑しながらも提案する。

 

「──もしコロンビーナさえ良ければ、しばらく俺の家を拠点にしてこの世界を冒険してみないか?」

 

「……え?」

 

「衣食住を提供するぐらいなら出来るし、この世界のことを碌に知らないまま動き回るのも得策とは言えないからな」

 

 この家を拠点としてこの世界の常識を学びながら、少しずつ行動範囲を広げていけば良い。

 

 そんな提案をした陽介に対し、大いに困惑するコロンビーナ。

 

 彼女にとっては渡りに船の提案であるが、陽介には何の利益も齎さないどころか負担ばかり強いてしまうからだ。

 

「……本当に、良いの?」

 

「勿論。ただし一つだけ条件がある」

 

「……条件」

 

 やはり対価は必要だろうと身構えるコロンビーナであったが、陽介は人差し指を立てながら少しだけ悪戯っぽく笑った。

 

「──俺にテイワットでの出来事をもっと教えてくれないか? 異世界の話なんて滅多に聞けるもんじゃないし興味があるんだ」

 

 家賃代わりに異世界の冒険譚を聞かせてくれと願った陽介に、コロンビーナはポカンとした表情を浮かべた後にクスリと笑った。

 

「……フフッ、勿論いいよ。貴方が望むなら幾らでも聞かせてあげる」

 

「──よし、交渉成立だな」

 

 真面目な表情でそう締め括った陽介に対し、ニコニコと満面の笑みを浮かべたまま生暖かい視線を向けるコロンビーナ。

 

 流石に寸劇染みたやりとりが気恥ずかしくなったのか、陽介は照れ臭そうにコホンと咳払いしながらも苦言を呈する。

 

「……流石に少し無防備過ぎるぞコロンビーナ」

 

「……無防備?」

 

 言葉の意図が判らず、コテンと首を傾げるコロンビーナを見て、ますます不安になった陽介は老婆心ながらも忠告する。

 

「──もし俺が悪意を持ってコロンビーナに近づく博士みたいな輩だったらどうするんだ?」

 

 先程忠告していたにも関わらず、まるで疑うことなく自分の提案を鵜呑みにするなど危険すぎる。

 

 言葉の裏を読んで、多少は警戒するぐらいの反応を見せて欲しかったと思う陽介。

 

 まるでお菓子をあげたら、喜んで不審者についていく無邪気な子供だ。

 

 そんな純真さ故の危うさを孕んでいると思っていたが、彼の想像とは裏腹にコロンビーナは意外と強かな少女であった。

 

「──本当に騙すつもりなら、そんな忠告なんてしないと思うけど?」

 

「…………」

 

 彼女のもっともな正論に、陽介は言葉を詰まらせる。

 

 コロンビーナは外見こそ年若い少女であるが、月神として永い歳月を人と共に生きた存在であり、だからこそ人の本質を見抜く目は確かである。

 

 欲望や悪意に濁った者達の瞳は幾度となく見てきたが、陽介の瞳にはそれらの濁りが一切なかった。

 

 つまり純粋な善意からの行動であると彼女は理解しており、短い付き合いながらも陽介は信頼出来る人物であると判断したのである。

 

 心の奥底まで見透かすような綺麗な瞳に、観念した陽介は小さく息を吐きながら口を開く。

 

「──これから宜しく頼むよコロンビーナ」

 

 そういって陽介が照れ隠しに差し出した右手を、コロンビーナは両手で優しく包み込むように握り返しながら応える。

 

「──ええ、改めてお願いするわ。私の案内人(ガイド)さん」

 

 金髪の旅人とその相棒である白い妖精の姿を思い浮かべながら、これから始まる日本での冒険に心躍らせるコロンビーナ。

 

 

 ──こうして月と太陽の奇妙な共同生活は幕を開けるのであった。

 

 

 

 




 
原神のナド・クライ編に入ってから、個人的に好きなキャラが沢山出てきて嬉しいです。
 
ヤフォダ(変顔)のバリエーションが豊かなのも良き。
もっと表情差分増やして欲しいですね!
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