通常、異文化とのコミュニケーションは困難を極める。
生活習慣や価値観が違う為、互いの常識が異なるのは当然であるし、何よりも言語が通じず、意思疎通を図ることすら出来ないからだ。
その点において、コロンビーナと陽介の異世界交流はスムーズであったと言えるだろう。
何故なら言葉による意思疎通が可能であったからだ。
異世界からやって来た筈のコロンビーナが、流暢な日本語を喋っていたことに違和感を抱いた陽介は、当初は彼女が翻訳魔法のような力で、此方と意思疎通を行っているのではないかとも考えていた。
しかし、コロンビーナの持ち物である『祈月の夜のカード』に書かれていたメッセージを見て、陽介はある事実に気がついた。
「……これ、文字の形こそ違うけどローマ字表記じゃないか?」
テイワットで使用されている共用文字は、一見すると未知の記号の羅列であるが、その中身はローマ字表記であった。
つまり魔法のような不可思議な力で意思疎通が行われている訳ではなく、テイワット大陸の言語形態そのものが現代日本とほぼ同じだったのである。
「稲妻っていう国があってね。そこは陽介が教えてくれた日本の昔の文化にそっくりなの」
コロンビーナが水の満たされた大きな器に軽く触れると、波紋が広がり水面に立派な石造りの城──『稲妻城』が映し出された。
この世界に来てから出来るようになった月神の力の応用であり、彼女が過去見た事のある景色を水面に投影しているのだ。
「……ホント、江戸城にそっくりだな」
城の門に掲げられた看板の文字も漢字が使われており、日本の何処かにあるテーマパークだと言われても違和感はないだろう。
陽介は首を傾げ疑問を抱く。
── 一体何故、全く異なる世界で、言語や文化がこうも酷似しているのだろうか?
パラレルワールドなのか、それとも過去や未来でこの世界線と繋がっているのか。
疑問は決して尽きることはないが、考えても答えが出るはずもなく、陽介は「まあ、今の状況が既にファンタジーだしな」と深く考えずに受け流すことにした。
言葉の壁がないことは、コロンビーナとの共同生活を送る上で最大の幸運であったと言えるだろう。
だがその一方で、陽介には無視出来ない大きな問題があった。
──それは、コロンビーナの持つ『常識』である。
彼女は元々月神であり、長きに渡り世俗とは違う価値観の中で生きてきた。
親友であるサンドローネや、旅人である蛍達との交流を経て、ある程度の常識を学んだつもりのコロンビーナであったが、それでも彼女の価値観は、一般人のそれとは大きく異なっていた。
「──ちょっと待て、その移動方法は流石に不味すぎる」
「……えっ、駄目なの?」
家の中を移動する際、コロンビーナはまるで月面を歩くように、フワフワと重力を無視して軽やかに跳ね回っていた。
こんな歩き方を外ですれば、一発でアウトだろう。
「──ほら見て陽介。あくありうむ」
「……ウワァ~、凄く綺麗だなぁ。……でも絶対外でソレやらないでね?」
巨大な水球がリビングに浮かび上がったかと思えば、其処から水で出来た様々な魚達が飛び出して空中を自由に泳ぎ始めた。
部屋にあった水様生物図鑑を見て再現してみたと満足そうに語るコロンビーナの姿に、若干の不安を覚える陽介。
(……この調子で人前に出て、本当に大丈夫なのか?)
コロンビーナにとって月の力はあって当然のものであり、更に言うならこの世界で本物の月に出逢ったことで最高潮に高まっている。
つまり最高にハイな状態になっており、ふとした瞬間に新しく得た力を試してみたいという衝動に駆り立てられているのだ。
「──近くにこの子が居たから連れてきたよ。大きくてモフモフしてて可愛いね陽介」
「──グォウ?」
「──嘘だろマジかよ勘弁してくれ」
外出訓練も兼ねて人気のない森の奥へと出掛ければ、目を放した一瞬の隙に巨大な熊を引き連れて戻ってくるコロンビーナ。
へそ天状態で大人しく撫でられている熊に対し、陽介は嘗てない程の身の危険を感じ、恐怖心を抱く。
何故なら口元から覗く巨大な牙や、両掌から見える鋭い爪が血で薄汚れており、可愛さの欠片も感じられなかったからだ。
流石に洒落にならなかったので、コロンビーナ経由で森の奥地へお帰りいただき、すぐにその場から離れた。
「……ハァ~、何とか最低限の常識は教えることが出来たな」
コロンビーナと出会ってから三日が経過。
紆余曲折ありながらも、この世界で暮らす為の必要最低限のルールを何とか教え込んだ陽介。
いよいよ次は人前での実地訓練となり、ショッピングモールへ買い物にいくことになったのだが、まだ一つだけ大きな課題が残っていた。
それはコロンビーナの満月のように輝く美しい瞳である。
「……この世界には瞳が光る奴なんて居ないからなぁ」
「……そうなの? ……向こうでは結構いるよ?」
開かれた彼女の瞳は、夜空に浮かぶ満月を連想させるような神秘的な光を常に放っている。
普段はその光を彼女自身が抑え込んでいるようだが、美味しいものを食べた時や、新しい発見をした時など、感情が高まった拍子にふと輝きだすのだ。
カラーコンタクトだと言い訳するにしても、あの発光現象は説明がつかない。
もし誰かに見られたら、コロンビーナの存在は直ぐに世間に注目され、SNSで拡散され、マスコミや研究機関に追われることになるだろう。
そんな風に悩んでいた陽介であったが、コロンビーナの一言であっさり解決する。
「……じゃあ外出する時は目を瞑ってるね」
「……いやいや流石にそれは何も見えないし駄目だろ」
「……目を瞑っていても周りの景色は見えるよ?」
「え゛っ、見えるの?」
「うん、見えるよ」
そういって瞳を閉じたまま、何事もなかったかのようにスタスタと歩き始めるコロンビーナ。
そういえば見せて貰った写真では、彼女は全て目を瞑った状態であったと今更ながらに気づく陽介。
コロンビーナにとっては、寧ろ瞳を閉じた状態こそが普通であり、瞳を開いた状態はテイワットの友人達ですら見た事が無いほどに希少な姿なのだ。
「……うん、まぁ、それなら問題解決かな?」
無意味に悩んでいたことに気恥ずかしさを覚えながらも、コロンビーナを引き連れて、買い物へ出かけることにした陽介。
今の天女の羽衣のような恰好では流石に目立つため、自分の部屋着である黒のジャージを貸し出す。
サイズはデカいかもしれないが、伸縮性が高いのでコロンビーナでも何とか着ることは可能だ。
真っ先に彼女の衣服を買い揃えなければと陽介が考えている内に、別の部屋でジャージに着替えたコロンビーナが舞い戻って来た。
「どう、似合うかな?」
そういってクルリと踊るように回ったコロンビーナの姿を見て、陽介の内心は穏やかではなかった。
(──マジで破壊力高すぎるだろ)
サイズの合わない野暮ったいジャージでも、着こなす者次第では大化けする。
グッジョブと思わず親指を立て、賞賛したくなる程には可憐であった。
「……んっ、陽介の匂いがする」
そんなコロンビーナは、ブカブカの袖口に顔を埋めながらスンスンと鼻を鳴らす。
「……あ゛っ~、一応洗濯したんだが、暫くの間、臭いは我慢してくれ」
そんなに臭かったのかと若干ショックを受ける陽介であったが、コロンビーナはキョトンとしながら口を開く。
「……我慢? ……まるで陽だまりの中に居るみたいで凄く落ち着く。私、この匂い好きだよ?」
「~~ッ!?」
恥ずかしげもなく素直な感想を口にしたコロンビーナに、不意打ちを喰らった陽介は、狼狽えながら顔を赤くして視線を逸らした。
(──心臓に悪すぎるッ)
その言葉に他意はないと知りながらも、コロンビーナの言動に激しく心をかき乱されるのであった。
陽介がコロンビーナを引き連れて向かったのは、隣町にある大型のショッピングモールである。
今回の目的である婦人服は勿論、食料品を取り扱うスーパーや、生活用品を扱っている雑貨店があり、品揃えも豊富。
何より娯楽施設も充実しているので、コロンビーナがこの世界についての見聞を深める為にも適した場所だといえるだろう。
「……凄い。人が沢山居る」
ショッピングモールを行き交う人々の多さに圧倒されるコロンビーナ。
目を放せばフラフラと何処かへ旅立ち、そのまま迷子になってしまいそうな彼女を誘導しながら、何とか目的地である婦人服専門店へ到着する。
とりあえず、コロンビーナが外を出歩くための衣服を一式揃える必要があるのだが、生憎と陽介は女性服を選ぶセンスなど持ち合わせていなかった。
「いらっしゃいませ……あら?」
店に入って直ぐ、声を掛けてきたのは若い女性店員だった。
店員はサイズの合わないジャージを着用するコロンビーナを見ると、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに営業スマイルを浮かべて意識を切り替える。
「あー、すみません。この子に似合う衣服を見繕ってほしいんですけど」
「……なるほど。因みにどういった衣服を購入したいといったご希望はありますか?」
「外出用と部屋着……あとは肌着も替えの分含めて幾つか。予算は気にせずコーディネートも店員さんにお任せします」
そんな陽介の言葉で店員は察する。
――久しぶりの上客が来たと。
量産品の安物ではなく、そこそこ値の張るこの婦人服専門店に訪れた意図。
隣の少女は恐らく恋仲の女性であり、ブカブカのジャージ姿であることを鑑みるに服装に無頓着な類の人間なのだろう。
故に彼は着飾った彼女を見たくなり、この店へと連れてきたのだと勘違いする。
(──しかもこの娘。かなりの逸材ッ)
女性店員の目の前にいる少女は、嘗て見た事が無いほどの美貌の持ち主であった。
腰元まである流れるような黒髪と透明感のある白い素肌は、瞳を閉じた姿も相俟って彼女の持つ清楚で神秘的な雰囲気を際立たせている。
そんな少女がサイズの合わない野暮ったいジャージ姿なのは、服飾の仕事に携わる者として、あまりにも勿体なく感じてしまったのだ。
「──お任せください!! 全身全霊を以てコーディネートさせていただきます!!」
「……お、お願いします」
食い気味にそう答えた女性店員の勢いに、思わず後退って距離を取る陽介。
金に糸目をつけず、そんな少女を合法的に着せ替え人形に出来る悦びに、思わず鼻息が荒くなる女性店員。
如何に着飾るかは彼女の采配次第である。
「──さぁさぁこちらへどうぞお客様ッ! 私が完璧に仕上げてみせますので!」
「……わっ」
半ば強引に連れ去られていくコロンビーナを見送りながら、陽介は店内の椅子に腰掛けて待つことにした。
試着室へと連行されたコロンビーナは、店員が持って来た衣服に次々と着せ替えられていく。
「……嘘でしょ。何このシミ一つないスベスベの柔肌は? ……失礼ですが、どんな化粧品を使ってるんですかお客様?」
「フフッ、擽ったい……あとケショウヒンって何?」
「まさかのスッピンでこのクオリティッ!? ……神様流石に不公平すぎませんかッ!?」
「……よくわからないけど、ごめんなさい?」
カーテン越しでも店内に響く女性店員の悲鳴にも似た叫び声に、レジ打ちを担当していた他の店員が申し訳なさそうに陽介に頭を下げた。
「……すみません。ああなると店長止まらなくて。決して悪い人ではないんですけど」
「……え゛っ、あの人、此処の店長だったの?」
苦笑しながらもコクリと頷いた店員の反応に、一抹の不安を覚える陽介。
今更ながら本当に任せて大丈夫だったのだろうかと思い始めたタイミングで、試着室からコロンビーナが現れた。
「──どう、似合うかな陽介?」
そんな台詞と共に現れたコロンビーナに、言葉を失い思わず魅入ってしまう陽介。
襟と袖にファーのついた黒地のロングコートの下に、白のロングセータと丈の短いスカート。
防寒対策なのか白いマフラーを首元に巻いており、暗褐色のレギンスがコロンビーナの脚線美を強調している。
茶色のブーツも衣服に合わせてコーディネートされており、シンプルで余計な飾りがないからこそ、着こなした人物の素材の良さが更に際立っていた。
「…………」
──可愛い。いや、可愛いという言葉では陳腐すぎる。
綺麗と可憐が両立しており、更にコロンビーナの持つ清楚さまで強調されているではないか。
天女の羽衣のような異世界チックな衣装や、ブカブカのジャージ姿も良かったが、それ以上に陽介の性癖に深く突き刺さる恰好であった。
ドヤ顔を浮かべたままグーサインをする店長を鬱陶しく思いながらも、そのセンスは素晴らしいと評価する陽介。
「──ああ、すごく似合ってる。綺麗だし可愛いよコロンビーナ」
だからこそ偽ることも誤魔化すこともなく、着飾ったコロンビーナに素直な感想を伝えた。
「──フフッ、ありがとう陽介」
その感想を聞いた瞬間、はにかむように微笑むコロンビーナ。
まるで花開くような彼女の笑顔が、周囲の空気を浄化していくようだ。
「──ぶるぉぁあああ゛っ!?!?」
だがそんな浄化作用のあるコロンビーナの微笑みにより、店長が大ダメージを受けた。
口と鼻から吐血した彼女はドサリと床に倒れたかと思えば、幸せそうな笑顔でぶつぶつと譫言を呟き始める。
「……尊死……尊死……尊死……尊死……尊死」
「──またやりあがったなこのアマ」
血塗れで倒れた店長を見ても、一切動揺することなく放置し、汚れた床を片付けはじめる女性店員。
その仕事は手馴れており、普段からこういった事後処理を行っていることが見て取れた。
「……大丈夫?」
「……いや、もう手遅れだろ。色んな意味で」
心配そうに駆け寄ったコロンビーナとは裏腹に、陽介は「この店、ヤベェな……」とドン引きしながらも、救急車を呼ぶべきか警察を呼ぶべきか真剣に悩んだ。
「──大変お騒がせして申し訳ありませんでした。此方の衣服は全て購入で宜しかったでしょうか?」
「──ええ、クレジット一括払いでお願いします」
何事もなかったかのように営業スマイルを浮かべる女性店長に対し、冷めた視線を送りながらも会計を済ませる陽介。
結局、店長はすぐに復活し、彼女が選んだコロンビーナの衣服や肌着はそのまま購入することになった。
無論、購入した衣服の確認はしていない。
試着して確認したが最後、無限ループの罠に嵌まる気配があったからだ。
「他の衣服もお連れ様にバッチリ似合うようなコーディネートにしておいたので、是非とも期待しておいて下さいね♪」
そういって下衆い笑顔を浮かべながら、握り込んだ拳の間から親指を覗かせる女性店長。
「……何故、目を覆うの陽介?」
「……いや、何となく、な」
その下品なジェスチャーにコロンビーナが穢れてしまうと感じた陽介は、咄嗟に彼女の目元を覆い隠した。
服選びのセンスは抜群だが、人格に問題があるタイプの店長のようだ。
「またのご来店お待ちしております」
「──がふっ!?」
レジ打ちの店員がペコリと頭を下げながらも、強烈な肘鉄を女性店長の脇腹に喰らわせて制裁する。
腹部を抑えて呻き苦しむ店長を尻目に、婦人服専門店から離れた。
「──フフッ、すごく面白い人達だった。また来ようね陽介」
「……あ゛っ~、その言葉には素直に同意し兼ねるけど、一応検討はしておくよ」
嬉しそうなコロンビーナとは裏腹に、微妙な表情を浮かべる陽介。
商品の質が高く値段も手頃だが、如何せん店長がアレである。
再び利用したいかと問われれば、うーんと首を捻らざるを得ない。
「──兎に角、衣服も揃ったしあとは生活用品と食糧の買い出しだな」
そんな風に考えていた陽介であったが、此処で思わぬ誤算が発生することになる。
「見てみろよあの子、すっげー可愛い」
「モデルかな? 肌も髪も綺麗~」
「──チッ、男邪魔だな。消えろよ」
「……盲目? ……目閉じてるけど杖無しで普通に歩いてんな」
不思議な力を使わずとも、着飾ったコロンビーナは皆の注目を集めた。
瞳を閉じたまま動き回っていることも、違和感を抱かせる要因となっているのだろう。
(……やっぱりサングラスでもつけさせておくべきだったか?)
変に悪目立ちさせてしまったことを若干後悔する陽介であったが、コロンビーナは周囲の視線を気にすることなく未知の冒険を楽しんでいた。
「──陽介、次はこっちに行ってみよう?」
好奇心を隠そうともせずに、グイグイと袖を引っ張る彼女の姿を見て、苦笑いしながらも心温まる陽介。
「──はいはい、判ったよコロンビーナ」
楽しそうにはしゃぐその姿を眺めていると、そんな些末な問題など気にならなくなってしまうから不思議である。
孤独を噛みしめるはずだった時間が、この不思議な少女のお陰で華やかに色づいた。
淡々とした毎日が、騒がしくて、気恥ずかしくて、でもどうしようもなく楽しい時間に変わっている。
これからどんな騒動が待ち受けているのか、陽介には知る由もなかったが、少なくとも今はただ、この賑やかな日常を大切にしようと思うのであった。