コロンビーナと陽介が出逢ってから二週間が経過した。
生活用品も一通り揃い、陽介の献身的なサポートもあって、コロンビーナはこの現代日本での生活に少しずつ馴染み始めていた。
テレビやエアコンといった日常的に使用する道具の操作方法も覚えたし、最近ではインターネットの概念を知り、パソコンで文字のキー入力出来るようになるなど成長が著しい。
しかし、ここ最近の彼女は何処か様子がおかしかった。
昼間は陽介と共にこの世界での冒険を楽しみ、新しい発見に目を輝かせているのだが、ふとした瞬間に物思いに耽ることが多くなったのだ。
特に夜は、その反応が顕著となる。
月が昇る時間になると、彼女は窓辺に立ち、月を見上げながら決まって同じ歌を唄い始めるのだ。
「──
今夜もまた、窓辺からコロンビーナの美しい歌声が聞こえてくる。
彼女がいつも口ずさむ『新月の子守歌』。
透き通るような歌声は美しくも何処か切なく、聞く者の胸を締め付けるような寂寥感を帯びていた。
(……どうしてだろう。私は、本物の月に憧れていた筈なのに)
偶然の事故とはいえ、本物の月が存在するこの世界へと迷い込むことが出来た。
陽介との共同生活は居心地が良く、この世界は平和で穏やかで過ごし易い。
何の不満もない筈なのに──それでも尚、彼女の心には埋めようのない空白が広がっていた。
「……今日も綺麗」
コロンビーナの淡い輝きを放つ双眼は、窓の外に浮かんだ月をぼんやりと眺めていた。
テイワットで見上げていた偽りの空とは違う、冷たく静謐な本物の天体。
ようやく辿り着いた
彼女は自分自身の感情が理解出来ず、縋るように手に持っていたカードを開く。
祈月の夜に皆から貰ったカード──そこにはテイワット大陸で出会った、友人達の寄せ書きや写真が所狭しと並んでいた。
「……サンドローネ」
不機嫌そうな表情で玩具に下半身を挟まれた少女の写真を、指先でそっとなぞりながら懐かしむコロンビーナ。
ファデュイ執行官第七位『
嘗て
少し捻くれていて、口を開けば皮肉ばかり言うサンドローネだったが、その本質は情に厚く心根の優しい少女であった。
論理的な思考を己の行動理念としている筈なのに、最終的にはコロンビーナを助ける為に、自らの立場を捨ててまで積極的に動いてくれた。
コロンビーナにとっては、掛け替えのない大切な親友である。
(……この世界の紅茶も美味しいけれど、貴女と飲んだ紅茶の味が忘れられないの)
彼女が開くお茶会は、ファデュイに居た頃のコロンビーナにとって唯一の安らぎであった。
甘いお菓子と温かい紅茶、そして他愛のないお喋り。
この世界の紅茶やお菓子が気になるのも、きっとあの温かな時間を心の何処かで追い求めているからだろう。
「……蛍」
写真の中央で、太陽のような笑顔を浮かべる金髪の少女。
今のコロンビーナと同じように、異世界からテイワット大陸へやって来た旅人。
相棒のパイモンと共に、生き別れとなった兄を探して世界中を旅し、色々な人を救いながら数々の伝説を残してきた英雄。
彼女たちが語ってくれた冒険譚は、どれも輝いていて、コロンビーナの心を躍らせた。
未知の世界を冒険する勇気と楽しさを教えてくれたのは、間違いなく彼女の存在が大ききかった。
蛍がいなければ、コロンビーナはきっと誰とも絆を深めることなく、世界から拒絶され消えゆく運命をただ静かに受け入れていただろう。
(……あんな顔、させたくなかったな)
別れの間際、博士の攻撃からコロンビーナを守ろうとした蛍の、悲痛な表情が脳裏を過る。
自分の為に傷つき、それでも尚、助けようと手を伸ばしてくれた友人。
元々、月に帰ることは伝えていたし、二度と会えなくなるかもしれないことも、承知の上で送り出してくれた。
博士の介入というイレギュラーはあったが、別れ自体は覚悟していた筈だった。
──それなのに。
テイワットでの出来事を思い出す度に、胸が張り裂けそうになる。
心にポッカリと穴が開き、大切な何かが零れ落ちていくような喪失感。
開かれたコロンビーナの瞳は、夜空の月を捉えているようで、実際には何も映していない。
その双眸が見ているのは、ここには居ないテイワットの友人達の笑顔であった。
「──入って良いかコロンビーナ?」
そんなタイミングで部屋の扉が控えめにノックされた。
「……陽介」
コロンビーナが扉を開けると、其処には陽介が立っていた。
彼の手元のトレーにはティーカップが二つ乗せられており、薄っすらと湯気が立ち昇っている。
「──まだ起きてるかと思ってな。紅茶を淹れたんだが飲むか?」
部屋に入ってきた陽介から、ふわりと甘い茶葉の香りが漂う。
その温かく優しい香りが、張り詰めていたコロンビーナの心を少しだけ解き解してくれた。
「……ありがとう」
陽介からティーカップを受け取って一口だけ口に含む。
温かい液体が喉を通り、冷えた身体に染み渡っていく。
陽介の淹れた紅茶の味は、サンドローネのそれとは違うけれど、どちらも彼女が大好きな仄かに甘くて優しい味だった。
「……ねえ、陽介」
コロンビーナはティーカップを両手で包み込んだまま、俯き加減に問いかけた。
「……私、可笑しいの」
「可笑しい?」
「……うん。ずっと憧れていた本物の月がある世界に来れたのに……陽介と一緒に居て、毎日楽しいのに……胸が、苦しいの」
自分の感情の正体が分からない。
満たされている筈なのに、寂しくてたまらない──そんな矛盾した気持ちを、コロンビーナは切々と吐露した。
そんな彼女の言葉を遮ることなく、静かに耳を傾ける陽介。
そしてコロンビーナが話し終えたタイミングで、ゆっくりと彼は口を開いた。
「──それは『望郷』の感情だよ、コロンビーナ」
「……ぼう、きょう?」
「ああ。故郷を懐かしく思い、帰りたいと願う気持ちのことだ」
陽介は窓の外、夜空に浮かぶ月を見上げながら続けた。
「君は生まれた時から月という居場所を探していたと言っていたけど……君にとっての本当の居場所は、既に近くにあったんじゃないか?」
「──あっ」
その言葉を聞いた瞬間、コロンビーナの中で霧が晴れるように全てが繋がった。
そうだ。 私は、月に行きたかったんじゃない。
ただ、ありのままの自分を受け入れてくれる場所が欲しかっただけなんだ。
そしてそんな場所は──既にあった。
ナド・クライで過ごした日々。
サンドローネや蛍、友人達と共に笑い合い、想い出を共有した時間。
――それこそが私が本当に追い求めていた居場所だったのだと。
「……私、テイワットに……ナド・クライに帰りたい」
溢れ出しそうな想いを言葉にする。
一度口にしてしまえば、もう誤魔化すことなど出来なかった。
「……皆に、会いたいよ」
ポロポロとコロンビーナの瞳から涙が零れ落ちる。
── それは初めて己の願いを自覚した懐郷の涙であった。
陽介は泣きじゃくるコロンビーナの傍に寄り添い、子供をあやすような優しい声色で伝える。
「──そうか、なら君はテイワットに帰るべきだ。
もし帰る方法が見つからないなら、俺も一緒にその方法を探すよ」
「……え?」
涙に濡れた顔を上げるコロンビーナ。
陽介は何処か寂しそうに、けれど温かい笑みを浮かべていた。
「──俺は君の案内人なんだろ?
君が帰りたいと願うなら、無事に故郷へ帰れるように手伝うのも俺の役目だろ?」
そう言っておどけるように笑いながら、大きく温かい掌でコロンビーナの頭を優しく撫でる陽介。
「……ありがとう、陽介」
その寄り添うような優しさが、コロンビーナの心に開いた隙間を埋めてくれた。
この人はまるで太陽みたいだ。
── 凍えていた心を優しく溶かし、暗闇を照らして導いてくれる。
そう思いながら目を細め、その心地よい掌の温もりに身を委ねるコロンビーナ。
帰るべき場所を見つけた彼女の心に、新たな希望の灯火が宿った瞬間だった。
空月の歌 第8章 真実の月を終えた感想…
おかえりコロンビーナ
ハッピーエンドと思ってたのに…サンドローネぇ…。
……マジで博士は名悪役。
何回討伐しても気が済みそうにありません。
そして、原作の予想や解釈違いの部分もいくつかあったので、それを加味した上で物語も修正しなければ…ウゴごご…