月と太陽   作: らっちょ

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第06話 重なる懐かしき面影

 

 

 

 コロンビーナがナド・クライへ帰りたいという気持ちを自覚した翌日。

 

 陽介は改めてコロンビーナとテイワットへ帰還する方法について話し合うことにした。

 

「なぁ、コロンビーナ。俺たちが初めて出会った日のこと、覚えてるか?」

 

「うん。湖畔で私が空から落ちてきて、陽介が助けてくれたんだよね?」

 

 コロンビーナの問い掛けに、こくりと頷く陽介。

 

「実はコロンビーナと出逢った日の夜。

──9月8日は『皆既月食』の夜だったんだ」

 

「……皆既、月食」

 

「ああ。月が地球の影に隠れて、赤褐色に染まる特別な夜だった──もしかしたら今回の一件に何か関係があるんじゃないかと思ってな」

 

 陽介は自身の仮説をコロンビーナに伝える。

 

 月の神である彼女が、皆既月食という特異なタイミングでこの世界に迷い込んだこと。

 

 単なる偶然だとは思えず、そこに何らかの因果関係があるのではないかと予想したのである。

 

「……確かに、その可能性は高いかも」

 

 コロンビーナは真剣な表情で顎に手を当てて考え込む。

 

「この世界にある本物の月は、凄く大きな力を宿しているけど、月が欠けると月の力──『クーヴァキ』も弱まるの」

 

 彼女の説明によれば、この世界の月は朝と夜を区切る世界の境界線としての役割を持っているらしい。

 

 この世界の境界線が皆既月食によって弱まり、 テイワット側から博士が天理の理に干渉し、更にコロンビーナが強引に『月の扉』を開いたことにより破綻して歪が生まれてしまった。

 

 そう考えると、この世界にコロンビーナが迷い込んだ理由にも説明がつくのだ。

 

「なるほどな……因みにコロンビーナの力は、月の満ち欠けに影響してるんだよな?」

 

「うん、朝よりも夜の方が使い易いし、今も少しずつ月の力が大きくなってるよ」

 

「……暦上では10月7日が満月の予定だからな。9月末の今の時期だと月は少しずつ満月に近づいていく筈だ」

 

 事実、コロンビーナの月の力は、9月22日の新月のタイミングで最も弱くなり、其処を境として再び向上し始めている。

 

「──となれば必要な条件は、月が最も強く輝く夜……そして世界の境界線が不安定な場所だな」

 

 偶然迷い込んだ前回とは違い、今度は自らの意思で世界を越え、テイワットへ帰還しなければならないのだ。

 

 その為には、世界の境界線を力技で押し広げ、帰還する座標を固定する為の膨大なエネルギーが必要となる。

 

 彼女の力が弱まる新月や皆既月食のタイミングでは、その負荷に耐えきれず失敗する可能性が高まるだろう。

 

「──2025年11月5日。この日は満月であると同時に、月が地上に最も近づく『スーパームーン』だ」

 

「……11月5日」

 

 コロンビーナから聞いた情報を元に仮説を立てた陽介は、スマホでカレンダーを確認しながら一つの日付を指差した。

 

 月の力が最も高まるこの日の夜こそが、コロンビーナが最大限に力を発揮出来ると判断したのだ。

 

 また帰還の儀式を執り行う場所に関しても、粗方検討はついている。

 

「場所は俺たちが出逢った湖畔の上空だ。一度穴が開いた場所なら境界線が不安定な状態で残っているかもしれないしな」

 

「……うん、たぶんその考えは間違ってないと思う」

 

 コロンビーナも陽介の意見に賛同する。

 

 彼女の持つ月神としての力が、湖畔の上空に存在する僅かな時空の歪みを感知していた。

 

 それを利用し、さらに満月の加護を最大限に受けることが出来れば、帰還の成功率も跳ね上がるだろう。

 

「あとはそうだな……帰還する為の手順を小分けにしたり出来ないか?」

 

「小分けにする?」

 

「つまり予め何段階かに分けて準備しておくってこと」

 

 11月5日の決行日に全てを執り行うのではなく、世界の境界線に穴を開ける→穴を固定する→座標を特定するといった具合に、何段階かに分けて事前に準備をしておく。

 

 そうすれば準備段階で問題点なども洗い出せるし、リスクや労力も大幅に削減できる筈である。

 

「……陽介すごい」

 

「……まぁ実際に頑張ることになるのはコロンビーナなんだけどな。所詮は机上の空論だし」

 

 瞳を見開きながら驚くコロンビーナに対し、単なる仮説であり大した提案ではないと謙遜する陽介。

 

 彼は机上の空論と言ったが、この方法ならばテイワットへの帰還も十分に可能であった。

 

 今後は月夜の晩に少しずつ帰還の準備を整えていくことになるだろう。

 

「──よし、これで大まかな方針は決まったな」

 

 陽介はスマホを置き、背伸びをするように身体を解しながら大きく息を吐いた。

 

 帰還予定日である11月5日まで、まだ1ヶ月以上も時間がある。

 

「それまでは、焦らずに帰還の準備を進めつつ、この世界を観光すれば良いさ」

 

 そう締め括った陽介は、朝食は何にするとコロンビーナに訪ねるも、彼女の反応は何処か鈍かった。

 

「……どうして?」

 

 コロンビーナは不思議そうに尋ねる。

 

「……私、陽介に何も返せていないよ?

……なのに、どうしてそこまで親切にしてくれるの?」

 

 出逢った時から与えられてばかりで、まだ何も恩を返せていない。

 

 報酬としてテイワットの情報を求められたが、それすら自分に気負わせない為の建前であるとコロンビーナは理解していた。

 

 故にコロンビーナは、そんな陽介の行動理念が気になったのである。

 

「──俺がそうしたいと思ったからかな?」

 

 そんな彼女の疑問に対し、答えにならぬ曖昧な返答を返した陽介。

 

「……むぅ、全然答えになってない」

 

 望んだ答えを得ることが出来ず、頬を膨らませて拗ねるコロンビーナであったが、彼の言葉は紛れもない本心だった。

 

 

 かつて陽介が勤めていた会社は外面こそ良かったものの、その実態は過酷な労働を強いるブラック企業であった。

 

 陽介はその優秀さ故に、出世して金を稼ぐことは出来たが、その代償として自由な時間は失われ、心が摩耗していくのを日々実感していた。

 

 そんな折、経営者が二代目の若社長へと代替わりし、労働環境が更に悪化。

 

 そして致命的だったのが、陽介の母親が重い病に侵されていると知った時のことだ。

 

 看病に集中したいと休暇届を申請した陽介に対し、若社長は冷たく言い放った。

 

 

『その程度で休むなど社会人としての自覚が無い。お前は会社にとってお荷物だからさっさと辞めてしまえ』と。

 

 

 その言葉を聞いて、陽介は目が醒めた。

 

 残された家族との時間を犠牲にしてまで、今の仕事に価値を見出だせるのだろうかと。

 

 今の地位や金を手に入れる為に、それ以上に大切なものを自分は捨て続けていたのだと、その時になってようやく気づいたのだ。

 

 

 だから陽介は躊躇わなかった。

 

 会社で積み上げてきたキャリアをあっさりと捨てて25歳で退職。母親の看病をしながら、フリーランスのプログラマーとして働き始めた。

 

 半年後に母親は息を引き取ったが、陽介は最期まで傍に居ることが出来たし、母親も笑顔のまま旅立っていった。

 

 その後、フリーランスの仕事も軌道に乗り、安定した稼ぎを得られるようになった。

 遺産として引き継いだこの一軒家で、今では心にゆとりのある穏やかな生活を送れている。

 

 だからこそ陽介は、コロンビーナが望郷の感情を押し殺したまま、悲しむ姿を見たくなかったのだ。

 

 大切な誰かを想う気持ちを犠牲にする辛さを、彼は誰よりも理解していたのである。

 

「損得勘定だけで動くほど、人間ってのは単純じゃないんだよ。コロンビーナの友人達は見返りが無ければ助けてくれないような奴らだったのか?」

 

「……絶対に違う。見返りなんかなくても私を助けてくれた」

 

「──だとしたら、その友達も「そうしたい」と思ったから動いただけで俺と同じだよ」

 

「……むぅ、やっぱり答えになってない」

 

 彼なりに上手く諭したつもりであったが、コロンビーナは未だ納得がいかない様子であった。

 

 彼女にとって人との繋がりは利益と代償との等価交換であり、何かを与えられたなら、自分も何かを返さなければならないという認識を持っていたからだ。

 

 だからこそコロンビーナは、陽介に詰め寄って真剣な表情で訴えた。

 

「──私に出来ることがあれば、何でもするから教えてね陽介」

 

「──ッ、あ、ああ、分かったよコロンビーナ」

 

 額同士が触れあいそうな程の距離でそんな台詞を囁かれた陽介は、コロンビーナを女性として強く意識してしまい動揺する。

 

 満月のように淡く輝く美しい瞳に、この世のものとは思えない端正な顔立ち。

 

 瑞々しい唇の動きが妙に生々しく映り、月下美人の花のような甘く優しい香りが理性をドロドロに溶かしていくようだ。

 

(~~ッ、煩悩退散ッ! 煩悩退散ッ!)

 

 湧き上がりそうになる下卑た男の欲望を、鋼の精神で必死に押し殺して平常心を装う。

 

 陽介とて至って健全な成人男性である。

 

 絶世の美女にそんな台詞を囁かれてしまえば、不埒な妄想の一つや二つは抱いてしまうだろう。

 

 改めてそんなコロンビーナと一つ屋根の下で暮らす現状に悶々としながらも、雑念を振り払うようにキッチンへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼☀︎☼

 

 

 

 

 

 淀みなくキーボードを叩く音が、静かなリビングに木霊する。

 

 仕事モードに入った陽介は、真剣な表情でモニターを見つめながらパソコンを操作していた。

 

「ええ、ではその仕様で進めます。──此方の調整は……はい、判りました。では本日の18時までに納品しますので、最終確認をお願い致します」

 

「ハハハッ、お気持ちは嬉しいですが、勧誘はお断りさせていただきます。──ええ、また案件を送って頂けるなら是非」

 

 画面に記号のような文字が並んだかと思えば、もう一つの画面では仕事用にカスタマイズしたAIが文字や絵により資料を作成する。

 

 取引先と電話で商談を取り纏めながらも、その場で告げられた仕様変更を即座にプログラムに反映していく。

 

 その洗練された淀みのない動きは、彼が熟達した職人であることを容易に想像させた。

 

「……サンドローネに似てる」

 

 そんな陽介の姿を傍らで眺めながら、ボソリと呟くコロンビーナ。

 

 機械を改良しながらブツブツと考察するサンドローネの姿と、パソコンで淡々と仕事をこなす陽介の姿が重なって見えたのだ。

 

 思わずその頬を指で突きたくなる衝動に駆られるが、仕事の邪魔をしてはいけないと、伸ばしかけた手を引っ込める。

 

「──よし完成っと……ってもうこんな時間か。今から昼飯を作るから、もう少しだけ待ってくれよコロンビーナ」

 

「──私も手伝う」

 

 仕事がひと段落ついたのか、デスクワークで凝り固まった身体を軽く解しながら、陽介は椅子から立ち上がる。

 

 時計を見て昼飯時であると理解した彼は、そのままキッチンへと向かい昼食を作り始めた。

 

 因みにコロンビーナは調理には一切触れず、洗浄機と浄水器の役割に専念していた。

 

 月神パワーにより、冷蔵庫から取り出した食材や使い終わった調理器具は瞬時に洗浄殺菌され、蛇口から無尽蔵に湧き出る聖水は料理の質を更に向上させる。

 

 あっという間に、ふわふわの卵に包まれたオムライスと、香り豊かなオニオンスープが食卓に並べられた。

 

「いただきます」

 

「はい、召し上がれ」

 

 コロンビーナはスプーンを手に取り、オムライスを一口運ぶ。

 

 口の中に広がる卵の甘みとケチャップライスの酸味が絶妙に絡み合い、彼女の表情が幸せそうに綻んだ。

 

 もぐもぐと小動物のように頬張りながら、素直な感想を口にする。

 

「……凄く美味しい」

 

「月神様のお口に合って何よりだ。食後のプリンも用意してあるk「食べたい」」

 

 間髪入れずに即答したコロンビーナに、陽介は苦笑しながら冷蔵庫からプリンを取り出した。

 

 このプリンも市販品ではなく、陽介の手作りである。

 

 甘いものが好きなコロンビーナの為に、濃厚な生地から作った特製カスタードプリンである。

 

(……やっぱり、蛍に似てるかもしれない)

 

 プリンに舌鼓を打ちながらも、コロンビーナの脳裏に金髪の旅人の姿が浮かんだ。

 

 何かと器用で料理上手なところや、自分に対して敬意を払いながらも壁を作らず接してくれる気安さ。

 それがコロンビーナにとっては凄く居心地が良いのだ。

 

 

 大好きな友人であるサンドローネと蛍に似ている陽介。

 

 コロンビーナは、自分がこの世界に馴染めているのも、彼のお陰であると実感していた。

 

 もし陽介と出逢わなければ、彼女は行く当てもなく彷徨い、常識知らずの行動で世界中を巻き込む大騒動を引き起こしていただろう。

 

 だからこそ、コロンビーナは陽介に好意を抱いており、その恩に報いたいと常日頃から思っているのだ。

 

(……何か、私に出来ることはないかなぁ)

 

 スプーンを咥えたまま、どうしようかと思い悩むコロンビーナ。

 

 そんな彼女に転機が訪れたのが、一緒にナド・クライで撮影された写真を眺めていた時であった。

 

「……そういえば、この写真に写ってる青白い幽霊みたいなのは何なんだ?」

 

 そう言って陽介が指差したのは、半透明の青白い身体を持つ小さな精霊であった。

 

「その子は月霊のルオンノタルだよ」

 

 コロンビーナが月霊について解説する。

 

 ナド・クライにのみ見られる元素生命体であり、月神クータルの眷属とされ、月に照らされた人々を重要なものの元へと導く精霊と人々に言い伝えられている。

 

「へえ……コロンビーナが祝福を授けて生み出した精霊なのか?」

 

「……ルオンノタルは私が祝福を授けた子じゃないよ?」

 

「……そうなのか?」

 

 陽介は少し意外そうな顔をした。

 

 現在テイワットに存在する月神は、コロンビーナだけだと聞いていたので、全ての月霊は彼女の祝福を受けていると思ったからだ。

 

 コロンビーナ自身も、月霊ルオンノタルについては不明な点が多いらしく、祝福を授けた覚えはないのに、何故か自分に似通った気配を感じるとのこと。

 

 遥か昔に居たとされる三人の月の女神達が生み出した言われれば納得も出来るが、だとすれば何故主である女神達は地上から消えたのに、この月霊だけは消えることなく、地上に残り続けたのだろうかという疑問が残る。

 

 そんな月霊ルオンノタルという存在に、陽介は強い違和感を覚えたのだ。

 

 

 写真を眺めながら考え込んでいる陽介の姿を見て、コロンビーナは何かを勘違いしたのか彼に尋ねる。

 

「……ルオンノタルに興味があるの?」

 

「……ん? ああ、そうだな」

 

 陽介は写真に写っている月霊ルオンノタルを見つめながら頷く。

 

「こういう精霊みたいな存在はこの世界には居ないからな。このルオンノタルも愛嬌があって凄く可愛いじゃないか」

 

 それは犬や猫などの小動物を見て、可愛いと愛でる程度の軽い気持ちであった。

 

 しかし、コロンビーナの受け取り方は全く違っていた。

 

(──陽介は、ルオンノタルみたいな月霊の友達が欲しいんだ)

 

 彼女の中でそのような結論が下され、ひとつのアイディアが思い浮かぶ。

 

 これならきっと陽介も喜んでくれるだろうと、口元に笑みを浮かべるコロンビーナ。 

 

「……陽介、楽しみにしててね?」

 

「……んん? ああ、何か良く判らないけど楽しみにしてるよ」

 

 上機嫌で歌い始めたコロンビーナに対し、深く考えぬまま、その様子を微笑ましそうに見守る陽介。

 

 この何気ない会話が、後の運命に大きな変化をもたらすことになるなど、その時の二人は知る由もなかった。

 

 





月霊ルオンノタルについて

当初からルオンノタルについては、コロンビーナとの関連性を示唆する演出が原作で描写されていましたが、やはりそうだったかと思いながらも、あっヤバい、予想と違ってたという部分もあったので修正。

【空月の歌7.8章未プレイ時】
「月の扉で過去に戻ったコロンビーナが三人の月の女神達の力を受け取り月霊に成り代わった姿」と予想

【空月の歌7.8章プレイ後】
「過去に遡ったコロンビーナが、自ら作り出した魂の片割れであり旅人達との繋がりを維持する為の目印」だった。

流石にそれは読めんかった……。
でも今思い返せば確かにと思うシーンばかりだったので納得。

ナド・クライに入ってから伏線と伏線回収がヤバいです。

第8章終了間際のタイトルバグみたいな演出も伏線でしょうし、ますます楽しみな展開になってきましたね!
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