10月7日──『ハンターズ・ムーン』と呼ばれる満月の夜が訪れた。
この日は秋の澄んだ空気が漂い、夜空には美しく輝く月が眩い輝きを放ちながら鎮座していた。
「──陽介。今日の夜、日付が変わる前に私の部屋に来て」
陽介が自宅のリビングでくつろいでいると、何の前触れもなくコロンビーナがそんな台詞を告げた。
いつもとは違う、どこか張り詰めたような空気を纏ったコロンビーナに困惑する陽介。
「……なんだろう?」
僅かな不安と好奇心を抱きながらも、言われた通り深夜0時前にコロンビーナの部屋に訪れると、彼の到着を察したかのように扉がひとりでに開いた。
「──ッ」
部屋に入った瞬間、陽介は言葉を失った。
そこには、出逢った当初と同じ、天女の羽衣のような神秘的な衣装を身に纏ったコロンビーナが居たからだ。
普段のあどけない少女の面影は消え、月神としての威厳を纏っており、触れがたいほどの神聖な空気が部屋の中に充満していた。
開け放たれた窓から差し込む満月の光が、彼女をスポットライトのように照らし出す。
コロンビーナの瞳は、夜空に浮かぶ満月のように力強く輝き、静かに陽介を見据えていた。
「──準備が出来た。陽介は此処に座って」
「……えっ? あ、ああっ、判った」
用意された椅子に座るように促され、陽介は訳も分からぬまま素直に従った。
普段の何処かフワフワとした雰囲気のコロンビーナとのギャップに、思考が追いつかない。
何が始まるのか尋ねようとしたが、その厳粛な雰囲気に圧倒され、声が出せなかったのだ。
「──
聞き慣れぬ言葉を呟いたコロンビーナが、まるで神聖な儀式を執り行う巫女のように、軽やかに舞い踊りながら歌い始める。
彼女の背中には白く巨大な翼が生えており、その羽搏きと共に実体のない光の羽毛が舞い上がり、光の粒子となって虚空に溶けるように消えていく。
「──Ra……ra……ra~♪ ──La…la…la♪」
月下で行われる女神の巫舞は幻想的で、その光景に魅入られた陽介は微動だにしないまま綺麗な歌声に耳を傾ける。
その清涼な歌声に呼応するように、窓の外から降り注ぐ月光が強くなった。
やがてその光は彼女の小さな掌の上へと収束していく。
球体状に纏まった月光は、淡く、しかし力強い輝きを放っている──まるで、小さな満月をその手中に収めたかのような神秘的な光景であった。
「──怖くないから、安心してね陽介」
コロンビーナはそう言って優しく微笑むと、その光の球体を陽介の胸へそっと押しつける。
「えっ、ちょっ……!?」
抵抗する間もなく、光は陽介の胸へと吸い込まれるように消えていった。
熱くも冷たくもないのに、ただ其処に在る事だけは判る不思議な感覚。
一拍遅れて、ドクン、と心臓が強く脈打つような音が聞こえてきた。
「おっ、おおっ!?」
ドクン、ドクンと、耳元で断続的に鳴り響く音が大きくなっていく。
胸の奥底に沈んだ光が、温かな熱を帯びて蠢き始めた。
それは、何かがこの世界に生まれ落ちる予兆。
──新たな生命の誕生する産声の鼓動であった。
「──ッ!?」
陽介の胸元から再び光が溢れ出した。
先程までの熱を持たない青白い光とは異なり、 燃え盛る太陽のような熱を帯びた赤い光だった。
そんな光球の中心が卵の殻のように罅割れたかと思えば、其処から小さな何かが飛び出した。
「──???」
光の中から現れたのは、暖色系の半透明な身体を持ち、フワフワと宙に浮かぶ不思議な生き物であった。
月霊ルオンノタルに似ているが、何処となく太陽を連想させるような姿形をした元素生命体である。
その精霊は生まれたばかりで状況をあまり把握出来ていないのか、困惑した様子でキョロキョロと周囲を観察している。
「────!?」
しかし、その円らな瞳が陽介を捉えた瞬間、何かに気づいたのか、嬉しそうにグルグルと陽介の頭上を旋廻し始めた。
「~~~♪」
一通り飛び回って満足したのか、今度は陽介の頬にスリスリと身を寄せて甘えはじめる。
どうやら彼の存在を、親のように認識しているらしい。
「……ふぅ、上手くいったね」
額の汗を拭うような仕草をしながら、コロンビーナが満足そうに微笑んだ。
神としての威厳は鳴りを潜め、いつものフワフワとした無邪気な笑顔が戻っている。
「……えっと、コロンビーナさん? この子は一体何?」
現在進行形で謎の精霊にじゃれつかれている陽介は困惑の極みにあった。
なんの説明もされずに部屋に呼ばれたかと思えば、謎の精霊誕生の瞬間に立ち会うこととなり、更にその精霊からえらく懐かれてしまったのだから当然の反応である。
そんな彼とは裏腹に、コロンビーナは当然のように答える。
「陽介の為に生み出した特別な月霊だよ」
「……はい?」
コロンビーナの口から語られた内容は、陽介の想像を遥かに超えるものであった。
以前のやりとりで、陽介が月霊の友達が欲しいのだと勘違いしたコロンビーナは、彼がテイワットの冒険譚を聞く中で、元素の力を扱える『神の目』のような特殊な道具に、強い憧れを抱いていたことも同時に思い出していた。
それらの願いを叶えるために、コロンビーナはこの世界で増幅した月神の権能をフルに使って、陽介専用の月霊を創造したのである。
「この子は陽介と繋がってるから、陽介もこの子を経由して元素の力を扱えるよ?」
「……マジかよ」
この月霊は独立した意思を持つ元素生命体であると同時に、『神の目』のように元素をコントロールする為の外部出力装置の役割も果たしている。
つまり陽介もテイワットの住民達と同じように、元素力を扱うことが出来るようになったという訳だ。
「それにこの子は凄く強い力を持っているみたいだし。きっと陽介のことも危険から守ってくれるよ」
「…………(コクコク)」
コロンビーナの言葉を肯定するかのように、何度も頷くオレンジ色の月霊。
まるで自慢するようにビー玉サイズに圧縮された超高温の火球を複数個生み出し、グルグルと身体の周囲に浮かべて操り始める。
どうやら炎元素の力を自由自在に操れるらしい。
生みの親であるコロンビーナ曰く、その潜在能力はテイワットに存在する七神に匹敵するかもしれないとのこと。
平和な日本においては、明らかな過剰戦力である。
「────ッ!!」
月霊は気合を入れるように小さな拳を振り回し、シャドーボクシングのような動きを見せる。
やる気満々だ。
今すぐにでも魔物と戦いたくてウズウズしているといった様子である。
「……いや、敵なんて居ないから」
「────!?!? 」
陽介が冷静にツッコミを入れると、月霊は「ガーン」という効果音が聞こえそうなほど露骨に落ち込み、空中で項垂れた。
そんな陽介の反応を見て、コロンビーナも気まずそうに尋ねてくる。
「……もしかして、迷惑だった?」
不安そうに見つめるコロンビーナに、陽介は苦笑しながらも答える。
「いや、迷惑じゃないけど……ただ、純粋に驚いただけだ」
コロンビーナの突拍子もない恩返しには驚かされたものの、その気持ちは素直に嬉しく思った。
それに異世界の魔法のような力が使えるようになり、年甲斐もなくワクワクしている自分が居るのも事実。
問題なのは、この月霊の今後の扱いについてである。
こんなファンタジーな生物がフワフワ動き回っていたら、間違いなく大騒ぎになってしまうだろう。
「……家の中は兎も角、流石に外には連れて行けないな」
陽介がそうぼやけば、月霊は何かを察したのか、スッと景色に同化するように透明になった。
「……えっ、消えた?」
「……陽介の目の前に居るよ?」
コロンビーナが元素視覚で確認すれば、透明化した月霊がフリフリと陽介の目の前で手を振っていた。
この月霊は炎元素──熱や光を自在にコントロールする力を持っているらしく、その力により周囲の熱や光を操って姿を隠すことが可能なようだ。
当然カメラに映る事はないし、熱や光に直接干渉する為、機械的なセンサーの類も殆どが無効化されてしまう。
軍用戦闘機も真っ青のステルス性能である。
肉眼でこの月霊を捉える為には、コロンビーナのように元素を視認することの出来る特殊な視覚が必要となる。
つまりこの世界の住人に月霊を知覚する手段はほぼ無いも同然であり、これなら外出時に連れて行っても誰にもバレないだろう。
「────(ウルウル)」
透明化を解除した月霊がクリクリとした大きな瞳で、何かを訴えるように陽介を見つめ続ける。
まるで段ボールに入った捨て猫のような仕草に、陽介は絆され折れてしまった。
「……分かった、分かったよ。これから宜しくな」
「────!! ────♪」
陽介が優しく頭を撫でると、月霊は嬉しそうに彼の周りをクルクルと飛び回った。
「フフッ、二人共仲良しだね」
そんな二人のやり取りを眺めていたコロンビーナも、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
陽介が月霊を拒絶することなく受け入れてくれたのが、自分事のように嬉しかったのだ。
「……そういえば、この子の名前は何ていうんだコロンビーナ?」
ふと気になった陽介がそう尋ねると、コロンビーナと月霊が同時に顔を見合わせながら首を傾けた。
「……名前?」「……?」
まるで鏡合わせのように同じ反応を見せる二人にクスリと笑いながらも、言葉を続ける陽介。
「もし名前がまだ無いなら、コロンビーナに名付け親になって欲しいんだ」
「……私が名前をつけても良いのかな?」
テイワットでの経験で「コロンビーナ・ハイポセレニア」という名前を手に入れた彼女は、名付けが重要な意味を持つ儀式であることを誰よりも理解していた。
だからこそ、陽介の為に生み出した月霊に、自分が勝手に名前をつけても良いのだろうかと迷っていたのだ。
「是非ともこの子にピッタリな名前を考えてやってくれ」
「────!」
しかし、期待するような二人の視線を受け取ったことにより、彼女の中にあった僅かな迷いは消えた。
コロンビーナは少し考え込んだ後、月霊の顔を優しく見つめながら静かにその名を呟く。
「……うん、決めた。貴方の名前は『
──意味は『太陽の愛し子』だよ」
「────♪」
与えられた名前を気に入ったのか、身体を眩く光らせながら、空中でクルクルと舞い踊るソルヴェーテ。
こうして陽介の家の新たな同居人として、月霊のソルヴェーテが追加されるのであった。
ソルヴェーテ
【挿絵表示】
バージョン6.3で実装された何気ない新要素。
コロンビーナを所有した状態で「空月の祝福」に課金していると、イラストがコロンビーナ仕様に代わってボイスまで追加されます。
「……受け取って新月の祝福を」
が聞こえた時はびっくりしました。
こういった細かい遊び心も、プレイヤーからすれば嬉しい要素ですね。