「──おぉ、これは本当に凄いな」
自宅のリビングにて、陽介は感嘆の声を上げていた。
コロンビーナから与えられた元素を操る力は、彼の想像を超えるほどに便利で凄まじい代物だったのだ。
当初は元素を知覚したことによる肉体の違和感で、感覚にズレが生じてトラブルが起きたものの、自転車のように一度慣れてしまえばあとは楽だった。
元素による身体能力の底上げは目を見張るものがあり、 軽くジャンプしただけで天井に頭をぶつけそうになったり、重たい家具も片手で軽々と持ち上げることが出来るようになった。
「……今の俺ならオリンピック選手も軽く凌駕出来るな」
元素を知覚し操れるだけで、文字通り世界が変わった。
テイワットでは神の目を持つ者と持たない者に圧倒的な格差が生まれるが、この身体能力の向上具合を見れば納得である。
しかもこれはあくまで基本性能であり、その本領を発揮するのは、属性元素を操る時である。
神の目を与えられた者達は、それぞれ適正のある元素に干渉する力を得る。
本人の持つ気質や願いに応じて顕現する力は様変わりするものの、己の意思ひとつで雷や炎、水や氷といった自然現象を自在に操ることが出来るようになるのだ。
神の目ではないものの、陽介もソルヴェーテを経由することで炎元素を操ることが出来るので、炎に関する現象に直接干渉することが可能になった。
「……まぁ、俺自身が扱える炎元素は、今のところこれぐらいが限界か」
陽介が指先に意識を集中すると、ポッと小さな火種が灯る。
タバコに火をつけることくらいは出来るかもしれないが、とても戦闘に使えるような代物ではない。
陽介の今の現状を例えるなら、巨大なダムに一般家庭の蛇口がついているようなものだ。
元素というエネルギーは豊富にあるものの、それを制御して操る技術が拙すぎる。故に炎元素に干渉する能力も弱く、大した力を扱えないのである。
「~~~♪」
一方で相棒であるソルヴェーテの性能は破格であった。
生まれたばかりの存在であるにも関わらず、既に膨大な元素力を緻密にコントロールすることが可能なのだ。
「ソルヴェーテ、部屋を少し暖かくしてくれるか?」
陽介の願いに応じて、ソルヴェーテの身体が柔らかく発光する。
すると部屋全体がポカポカとした陽だまりのような暖かさに包まれた。
さらに電灯を一切つけていないにも関わらず、部屋の隅々まで明るい状態が維持されている。
(──炎というよりは、光や熱そのものに干渉している感じだよなコレ)
生みの親であるコロンビーナが、ソルヴェーテの潜在能力はテイワットの神々にすら匹敵すると評価していたが、その表現は誇張表現ではなく過小評価である。
ソルヴェーテの扱う炎の力は、通常の炎元素とは少し毛色が異なっている。
天理がテイワットを支配する前から存在していたとされる原初の力に似通った性質を持っており、世界のルールそのものに干渉することが出来るのである。
付け加えて言うなら、熱と光を自在にコントロール出来るということは、その逆もまた可能であるということだ。
試しに陽介がソルヴェーテに指示を出すと、常温の水の熱が奪われ、あっという間に氷塊になった。
さらに部屋の窓から差し込む光を完全に遮断し、真昼間だというのに完全な暗闇を作り出すことも出来る。
「……エアコンや照明どころか、冷蔵庫もカーテンも要らないな」
「──♪」
自慢げにフンスと胸を張るソルヴェーテ。
この精霊さえいれば、水以外のライフラインが自己完結で賄えてしまうのだ。
それだけでも十分に凄いのだが、ソルヴェーテが真に本領を発揮するのは此処からであった。
ソルヴェーテの本質は月霊である。
月神であるコロンビーナ・ハイポセレニアが、満月の夜にありったけの力を注ぎこんで生み出した特別な存在だ。
つまり生まれ持った炎元素を操る力とは別に、月霊という種族として月の力──クーヴァキを扱うことが出来るのである。
「────」
ソルヴェーテの小さな手に握られたリンゴが、空間の亀裂の中にスポッと納まる。
かと思えばリンゴの置かれていたテーブル自体が、巨大な亀裂の中に呑み込まれて、綺麗さっぱり無くなってしまった。
「……はい?」
あまりの衝撃的な光景に、目を丸くしたまま固まる陽介。
ソルヴェーテが軽く手を振るうと、再び虚空に巨大な亀裂が出現し、リンゴが置かれた状態のテーブルが元の位置に出現する。
「……あ、亜空間に荷物を収納したのか?」
「わっ、凄いねソルヴェーテ。そんなことも出来るんだ」
「────♪」
二人の反応を見て、更に上機嫌になるソルヴェーテ。
これは時空間に干渉する『月の扉』を応用した技術であり、時間の停滞した亜空間に指定した荷物を収納しているのだ。
生みの親であるコロンビーナすら驚く程の器用さである。
「──!」
ソルヴェーテは自分が役に立つ存在であることを、もっと陽介にアピールしたかったのだろう。
キッチン周りの油汚れに目をつけたかと思えば、青白く揺らめく炎を生み出して燃やし始めた。
「……汚れだけが溶けてるのか?」
その青白い炎が触れた場所は、不思議なことに燃えることはなかった。
黒ずんだ油汚れだけが青白い炎に照らされ、光に還るように細く糸状に解けながら虚空に消えていった。
「……あれは浄化の炎。人の子が抱く概念的な原初の炎だよ」
そう補足説明を入れるコロンビーナ。
物理的な燃焼ではなく、人が炎に対して抱く信仰的な概念──病や穢れを祓う神聖なる浄化の炎だ。
そんな浄化の炎が使われたキッチン周りは、頑固な汚れのみが焼き尽くされ、新品同様に生まれ変わった。
「……一家に一体ソルヴェーテってか?」
冗談交じりに呟いたものの、割と洒落にならない技術革命に頬が引き攣る陽介。
近代文明の科学技術が霞んでしまう程の力であり、改めてテイワットとの技術格差を理解させられるのであった。
「……この機械の箱と板だけで、本当に色んな事が出来るんだね」
一方で、コロンビーナもまた、この世界の科学技術に感銘を受けていた。
特に彼女の興味を惹いたのがパソコンとスマートフォンである。
コロンビーナの居たテイワットにも似たような発明品はあったものの、世界中に普及されるほど実用化はされておらず、それらの道具を使いこなせる者達も限られていた。
それが此方の世界では一般の人々に広く普及されているのだから、彼女が驚愕するのも無理はないだろう。
「……日本語が全部テイワットの文字になった」
「AIにテイワット大陸の共通言語を組み込んで、自動翻訳するようにセットしたからな」
更に言うなら、テイワットにある情報端末は目的が単一化されており、複数の用途で使えるような多様性を持ち合わせていない部分も大きな違いだろう。
友人であるサンドローネも仕事で似たような機械を触っていたが、この世界のパソコンやスマートフォンほど高性能で多機能ではなかった。
陽介は此方の世界は技術的にテイワットに劣ると考えていたが、それは大きな誤解である。
確かに劣る部分こそあるものの、特定の分野においては此方の世界の技術の方が遥かに優れているのだ。
「……インターネット。スメールのアーカーシャ端末みたい」
そんな情報端末を通じて世界中の人々と情報を共有出来るインターネットの存在は、コロンビーナの好奇心を大いに満たしてくれた。
自宅にいながら世界中のあらゆる情報を、音声と映像で知ることが出来るのだ。
彼女の「この世界の事を知りたい」という欲求を満たすには、最適なツールと言えるだろう。
「……そういえば、何でこの絵は生物みたいに喋って動いてるの?」
そんなコロンビーナは、インターネットの動画投稿サイトで、とある奇妙な存在を目撃した。
モニターには可愛らしいアニメ調の少女が躍りながら歌っている姿が流れていた。
いわゆるVTuberの配信動画である。
コメント欄には多くの視聴者からの称賛の言葉がリアルタイムで流れ、まるでライブ会場のように盛り上がっていた。
「ああ、それはVTuberって奴だよ。判り易く例えるなら人形劇みたいなものか?」
陽介の説明で、これが実在する人物ではなく、
「どうやってこの人形を動かしてるの? 錬金術?」
「いや、もっと別の技術だよ。……良い機会だし、ちょっと試してみるか」
陽介は以前仕事で作成した3Dアバター自動生成アプリを起動する。
「コロンビーナ、両腕を水平に広げて真っ直ぐ立ったまま、このカメラを見てくれ」
「……?」
コテンと首を傾げながらも、コロンビーナは素直に陽介の指示に従う。
パソコンの前にセットされていた立体映像カメラが、彼女の姿をパシャリと捉えた。
「あとは写真をアップロードして、写真を基にアバターモデルをAIで自動構成っと」
カチャカチャと手際よく操作を進める陽介。
先程撮影したコロンビーナの写真データを基に、AIがあっという間に3Dモデルのキャラクターを構築していく。
「──出来た」
モニターの中に現れたのは、純白の翼を持った可愛らしい天使のアバターだった。
コロンビーナの神秘的な雰囲気を反映しつつも、デフォルメされて愛らしさが強調されている。
「凄い……これ、私の人形?」
「そうだよ。ほら、動いてみて」
コロンビーナが右手を挙げると、モニターの中の天使も同じように右手を挙げる。
首を傾げれば、天使もまた愛らしく首を傾げる。
まるで合わせ鏡のように、自分と連動して動く天使のイラストに、コロンビーナは瞳を輝かせた。
「こんな感じでキャラクターをつくって、別の自分に成り代わることが出来るんだ」
「フフッ、これ凄く面白いね」
余程気に入ったのか、コロンビーナは楽しそうにカメラの前で手を振ったり、クルクルと回ったりしている。
モニターの中の天使も、満面の笑顔を浮かべながら彼女に手を振り返した。
「──この世界は本当に面白くて便利なものが沢山ある。 きっとアイノやサンドローネみたいな凄い技術者が沢山頑張ってくれたんだね」
一通りVTuber体験を楽しんだ後、コロンビーナは何処か感慨深そうに呟いた。
テイワットという世界で月神として生まれ落ちた彼女は、人間達の際限ない欲望により争いに巻き込まれ続けてきた。
力を持つが故に利用され、拒絶され、居場所を追われてきた。だからこそ、彼女はこの平和の価値を誰よりも理解していた。
誰もが等しく、笑い合い、娯楽を享受できる世界。
その素晴らしさに、コロンビーナは感動していたのだ。
「このAIはイネファみたいに喋るの?」
「喋るけど高度な自立思考は出来ないかな。あくまで質疑応答に応えてくれるアシスタントみたいなものだし」
その後もコロンビーナは、陽介に質問しながらネットに投稿されていた動画を次々と閲覧していった。
多種多様な歌声に耳を傾け、時折聞いたばかりの歌を口ずさみながら動画を楽しむ。
「──♪」
その姿は、悠久の時を生きた女神とは思えないほどに好奇心旺盛で、無邪気だった。
科学と魔法──異なる理で動く二つの世界だが、こうして互いの文化に触れ、笑い合える時間は何よりも尊く得難いものである。
楽しそうに歌うコロンビーナと、傍で舞い踊るソルヴェーテを眺めながら、そんな感想を抱く陽介であった。
◆テイワットと現代の技術比較について◆
ぶっちゃけエネルギー資源が豊富な地点でテイワットが圧倒的に優位だと思うけど、細かな部分では現代社会の科学技術も負けてないと思う。
害獣とかの被害で流通網があまり発展しなさそうだし、その土地に依存した技術が多すぎてリバースエンジニアリングとかも厳しそうだしね。
だからこそテイワット大陸は文明の発展と衰退の頻度が高いと予想出来るし、逆に言えば天理はその頻度を抑える為の抑制装置の役割を果たしているのかもしれません。
ドットーレみたく個人の気まぐれで世界滅亡とか、マジで洒落になりませんからね。
最新の空月の歌でも「秩序」というワードが出ていたので、天理は単なる支配目的ではなく、管理という側面でテイワットに今のシステムを導入している可能性もあるかも?
個人的な解釈ではありますが、世界樹や地脈のシステムはパソコンのデータ管理に近いと思っているので、複数個同じ聖遺物を入手出来たり、バグみたいな演出が発生したりするのも伏線なのではと思ってます。
――つまり天理はテイワットというプログラムのデバッカーだった!?(謎理論)