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……さて、私という個体が自我を持ったのはいつだったか。
気付けば雪原に一人で存在し、寒さに身を震わせたのが最も古い記憶だっただろうか。
その後どうやって生き残ったのかはあまり覚えていないが、無我夢中で足掻いた事と、血の匂いと味だけは記憶に残っていた。
同族に会っても特に何の感慨も抱く事なく、群れる事もなく、ただ淡々と日々を生きていった。
木の実を食い、動物を食い、人を食い続けて生きた。
私の魔法、『時を止める魔法』は狩りという点ではあまりにも便利だった。
物陰に隠れ、時を止め、急所に刃物や鈍器を当てて、解除。
致命傷を与えたら再び止めて、また隠れ、解除。
そうして命尽きるまで見ていればそれで狩りは終わりだ。
後はその血肉を食らうだけで安全に生きていけた。
魔族の本能か、私は気付けば人間を殊更狙っていた。
老若男女区別する事なく、骨も残さず食べ尽くしていた。
私がその生き方を改める切っ掛けと呼べるものは……そうだな。
後に『魔王』と呼ばれるようになるバカに出会った事だろうか。
人を食らう事を咎められ喧嘩になったが、あのバカの言う事に一理あると納得した私は、それから人間の理解を深める為に人の観察を始める事にしたんだ。
あのバカは自分の理想に協力して欲しいと言っていたが、気が向いたらとだけ告げて別れたんだったな。
後の事を考えれば正解だった訳だが、当時は少しだけ寂しく感じたものだ。
……そうだな、私の感情の発露はその時が初めてだったのかもしれない。
その後、私は後に屋敷を建てる場所を住み処として、人の営みを眺めていた。
とはいえその頃は腹が減ればあまり気にする事なく、人を食っていたがな。
人里の人の営みを眺め観察しながら、人間を食う。
……当時の私は何も思わなかったが、なんとも非効率的な話だ。
食えば食う程見たい人の例が減っていくというのにな。
まったく、何とも愚かで救いがたい。
だが、それがなんとも面白い事に功を奏した。
人の動きが変化し始めたのだ。
私が食っていたのは主に山奥まで無防備に踏み込んだ狩人や迷い込んだ幼子だったのだが、目に見えてその数が減っていった。
学んだ、のだろう。
子供に山奥に行かないように言い含める姿や、私がなんとなく『この辺りに来たら食う』と決めているラインの手前で引き返す姿なんかを見る事になった。
そうして私は人を食う事が減り、代わりに猛獣を食う事が増えた。
するとこれまた面白い変化があった。
いつものように猛獣を狩り殺していると、それを見ていた人間が私に感謝したのだ。
どうやらそれは人を襲っていた猛獣だったようで、私に助けられたと思ったらしい。
別に感謝される謂われはないが、これもまた変化かとその流れに身を任せる事にした。
それから人々は、何故か私に感謝を告げるようになった。
なんと私は、いつの間にかその村の守り神に奉りあげられていたのだ。
祭壇を立てられ、巫女が選ばれ、貢ぎ物が捧げられた。
驚く事に、私が人食いだと知って、だ。
巫女は私に捧げられる生け贄。
祭壇の上で自ら首を切り死ぬ若い女を、わざわざ捧げて貰えるなら、と有り難く食べ続けていた。
そんな日々の中、貢ぎ物の味が変わった。
村で作られる作物の味が、変化していったのだ。
それも、良い方向に。
何故だと当時の村長に聞いて見れば、数十年前に私が食った巫女が農業を改善したからだと言う。
巫女は私の生け贄になる前に、ある程度の指示と資料を遺しそれを活かして農業を発展させたのだと。
その事実に、私は頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
あの娘の事は覚えている。
というか巫女に選ばれた者達は誰もかれも私の目を真っ直ぐ見て名前を告げて自害するものだから、否応なしに覚えてしまう。
リロと名乗って死んだ女は、最期にこれで家族が生きていけると呟いて死んでいった。
当時は何も思わなかったが、その時私は思ったんだ。
家族の為に身を捧げつつも農業の発展の為に資料を残す程の熱意を持った娘、あの娘が、リロが生きていればもっと発展して行ったんじゃないか、と。
その結果が出たのは奴の死後数十年後だ。
けれどそれは確かな結果となり、作物の改良に繋がっている。
遺し、繋げ、より良いものを、より良い未来を作り出せる。
人間特有の強さを、私は美しいと思った。
それは、一人での研鑽のみを続ける、魔族にはない輝きだったからだ。
気付けば私は、生け贄の制度を見直すように言い含めていた。
今まで人を食った事に後悔は微塵もない。
心から美味だと思ったし、食えるものならいつでも食べたいし、大好物だ。
けれどその『美味しい』を我慢すればまた別の『美味しい』を手に入れる事が出来るかもしれない、そう思えば食べられずとも構わないと思えた。
魔族の本能?
そんな私にとって何の得にもならんものに従う必要なんぞあるまい?
それから私が食らうのは、寿命を迎えた老人や、病気や事故で死んだ者達ばかりとなった。
……ただ、まぁ、なんだ、私が食らう事で弔いになるだの、女神様の元へ行ける等と言われるのは流石に気味が悪かったがな……。
人間というのは、何故そうも自分にとって都合の良い話を上手くでっち上げるのだろうな?
私にとって不都合ではないが……やはり気味は悪いな。
村との関係性が変わり始めたのは、確か……あの天秤の小娘が訪れた時か。
悠々と目の前に現れて、使ってあげると偉そうに告げて、天秤を掲げて呪文らしきものを唱えたから、即座に時を止めて近付いて天秤を壊し、素手でボコボコにしたんだ。
後々ヒンメル相手にも似たような事をしてやられたと聞いた時には、流石に失笑を堪えきれんかったな。
その時小娘が連れていた部下に村の人間が二人程やられてな。
ただ殺すだけのやり方に、ひどく嫌悪感を覚えたものだ。
人のように情を覚えた訳ではないぞ?
例えるならば、自分の物を勝手に壊された、というのが近い。
まだ若い夫婦だったから、まだまだ未来はわからなかったといいのに……。
魔族は殺したが、私の気が晴れる事はなかった。
やられた二人はヨハンとトリシャという夫婦で、娘のアルステーデが取り残される形となった。
その当時村は飢饉、とまではいかないものの不作でな、育ち盛りの子供の世話をする余裕はどの家にもなかった。
ヨハンとトリシャは村を襲う魔族に対して勇敢に戦い、そのお陰で犠牲者はその二人だけだった。
にも拘わらずその子供を見捨てる村人達にそんなものかと呆れつつ……ほんの気紛れで育ててみる事にしたんだ。
そうしたらどうだ?
ものを教えれば教える程に吸収し育っていくアルステーデを見ているのが、面白くて仕方なかった。
ただ教えられた事を愚直に繰り返す訳ではなく、自分なりに噛み砕いて自分のものにして発展させていく。
アルステーデに教えている時間は、本当に楽しかったよ。
……まぁ後々これがアルステーデが学問において天才と呼べる程の才覚を有していたからだとわかるんだがな。
だがまぁ、なんとも残念な話だ。
天は類い稀なる学問の才能を与えておいて、アルステーデに強靭な肉体を与えなかった。
アルステーデはある日突然血を吐いた。
そして、あっという間に弱り、あっという間に死んでしまった。
原因はわからないが、病気だったんだろうとは思う。
あまりにも呆気ない最期だった。
死体は勿論食らった。
全てを余す事なく、食べ尽くした。
それを見て当時の村長が、私の腹の中で家族が揃い、彼女も喜んでいるだろう、なんて言っていた。
そんな訳ないだろう。
アルステーデの両親はとっくに消化されている。
私の腹の中に残っている筈もなく、そもそも咀嚼し肉塊以下になった物が喜ぶ筈もない。
家族が揃い喜ぶなんて、有り得ない。
やはり、人間のこの辺りの価値観は理解に苦しむ。
そんな『喜んでいるだろう』などという曖昧な空想ではなく、勇敢なヨハンとトリシャが、優秀なアルステーデが生きていたほうが、私にとっては得だった。
ヨハンとトリシャはまだまだ若かったから、もっと子供を産んだかもしれない。
そうしたらアルステーデのような優秀な子供が増えたかもしれない。
非常に、残念だと思った。
アルステーデが死ぬ前に遺した教導の為の資料は素晴らしかった。
これも後に判明するが、天才だったにも拘わらずアルステーデは『出来ない者』の視点を持っていた。
その為にアルステーデの遺した物はどれもわかりやすく纏められていて、後の教育に大変役にたった。
だからこそ、惜しい、死んでしまった事が。
同時に素晴らしい、と思った。
死んでもこうして、後の人々の為に役に立ち続けられる事が。
積み重ねられていく事が。
アルステーデの遺志を尊重して、私は村人に教えを授けるようになっていった。
そうやって資料を参考に村人に教育を施し始めて幾年月。
緩やかな時の流れは、明確な新たな変化を引き起こしていた。
私を守り神として崇めるのではなく、上位者、管理者として敬い始めたのだ。
この頃の呼び名は『先生』が多かったな。
その頃になると私はあまり人前で人食いをする事は減り、角も髪を巻いて隠すようになっていた。
天秤の小娘の来訪から、時折起きるようになった魔族の襲撃を返り討ちにしながら思う。
人を無造作に本能のままに食らい、文字通り何も残さずに死んでいく魔族のなんと哀れな事か。
こんな奴等に人間を無造作に殺されるのは嫌だった。
このままではまたこの村人達に被害が出る。
それは私にとって我慢ならなかった。
故に私は旅に出る事にした。
魔族は完全実力主義。
よって私は魔族どもにひたすらに喧嘩をうった。
そうして死なない程度にボコボコにして……たまに失敗して殺してしまった事もあったが……知名度を上げ、私の力量というものを思い知らせてやった。
勝てない事もあったがまぁ、別に魔族の頂点に立ちたい訳ではなかったからな。
やがて魔族全体への牽制という目的を終えて、私は元の場所に戻っていった。
ちなみに、『悪食』の名がついたのはこの頃だな。
致命傷を負った魔族を、どうせ消滅するならと消える前に食っていたのを目撃されていたらしい。
味は不味かったぞ。
人とは比べ物にならないくらいに味は悪いし、腹には溜まらないしで最悪だった。
そして、その旅が私の行動を定めたと切っても過言ではなかった。
旅をする中で様々なものを見た。
ただ一所にいるだけでは見られない、様々な光景を。
人が新たな文化を築いているのをいくつも見た。
土地に根付いた多種多様な文化は、ずっと同じものを見ていた私にとってとても新鮮だった。
どうしてそうなったのかと疑問に思う、不可思議な習慣なんかもあって、その過程を見られなかった事が残念だった。
素晴らしい景色というものをいくつも見た。
それは自然が作り出したものから始まり、人間の作り出したものとの調和であったり、完全な人工物であるにも拘わらず心震わせるものであったり……。
こんなにも興味深いものがこの世に溢れているとは思わなかった。
景色や景観に基づいた文化や習慣なんかもあって、知れば知るほど私の興味は加速していった。
そして。
そして何よりも、だ。
料理というのは、本当に素晴らしかった!
火を通すだけでも相当に美味くなるというのに、その通し方一つとっても様々なものがあった!
材料と調味料で無数の組み合わせがあり、同じ材料調味料でも調理の仕方でまったく別物になるのだ!
料理の奥深さに、私はスッカリ魅了されてしまっていた。
そんな訳で村に料理をある程度広めながら自己流で研鑽に励んでいたのだが、とある時村に訪れた流浪の料理人と出会った。
その料理人の作る料理は素晴らしく、各地方の特色を活かした料理は先鋭的で、それでも日々研鑽を続ける姿に感銘を受けた。
私はその料理人に弟子入りし、暫く滞在して貰って教えを受ける事となった。
料理の美味しい食べ方というものを、そうして教わったんだ。
心の底から楽しみ、感謝する……それが大事なのだと。
命を戴く事がどれだけ貴重な事なのか……その時の私は漸く理解出来ていた気がする。
命を奪うという事は、未来の可能性を奪うという事だ。
その命が辿ったであろう軌跡が消えてしまうという事だ。
……私は決してそれに罪悪感を抱く事はない。
命を奪って申し訳ない等と、思う事はない。
ただ、勿体無い、そうは思う。
だからこそ、その命に感謝する。
心からの感謝だ。
今まで私が食らってきた命達、その全てに対する感謝。
それが、私に身を捧げてくれた皆へのせめてもの手向けになるのだと、そう思えた。
いずれ何も遺せず消えていくだけの魔族である私だが、せめてそのくらいはしてもいいだろう。
人間のように。
流浪の料理人が再び旅立つその日まで、私は熱心にその教えを受け続けた。
非常に、充実した日々だった。
その後、料理人が去った後に、またしても変化があった。
人に教えを受けてる姿を見せた事で、村人からの私の印象が変わったらしい。
どうやら村を守ってくれる地主くらいの印象となったらしく、みすぼらしい住み処に眉をひそめられるようになった。
結果的に、村人達は結託し今までの礼にと私の為に巨大な屋敷を建てた。
村からは幾人かの希望者を従者として雇い、私はいつしか『ご主人様』と呼ばれるようになった。
けど、丁度その頃か……あのバカが『魔王』とか呼ばれるようになって、人類に牙を剥いている事を知ったのは。
随分と魔族の被害が増えてるなとボンヤリと思っていたが、そんな呑気な話ではなかったようだ。
あいつの理想は私にとっても理想だった。
だがあいつのやり方は、とてもではないが認められるものじゃない。
いつかの旅の途中、食べた名物の味が忘れられず再び立ち寄った村が魔族に壊滅させられてるのを見て、人をいたぶり殺すだけの魔族を見て、決して相容れないんだと確信した。
その場の魔族を殺し、死体は加工し、生き残りの子供達を連れて屋敷に帰った私を待っていたのは、魔王の使者を名乗る魔族……『潜行のシュヴァル』だった。
シュヴァルは魔王から私を連れてくるように言われたらしい。
私はそれを……一時的に保留した。
正直に言えば、今すぐにでも殺したかった。
私を待つ間に既にテレーゼ、マヌエラ、イザベルの三人娘が殺されていたからだ。
いつも姦しい娘達だったが、よく私を慕ってくれた可愛い子達だった。
更には一度断った瞬間、当時の纏め役だったライナートを殺した。
まあ、理解は出来る。
私が従軍を断ったのが、人間を飼っているからだと思ったのだろう。
だから今飼っている人間を始末し、従えばもっと人間を宛がえば良い、そう考えたのだろう。
まったくもって魔族らしい。
自分の行動が相手に与える印象というものを微塵も理解しようとしない、合理性のみを突き詰めた行動……。
理解は出来るが、呆れ果てる。
取り敢えずシュヴァルは死なない程度にボコボコにした。
そして、私の所有物に危害を加えないように約束させたのだった。
なぜ私が答えを保留したかと言うと、旅に出ようと思ったからだ。
人間の営みをもう見られないかもしれない、そう思ったらいてもたってもいられなかった。
人間はずっと劣勢で、いずれ滅ぼされてしまうかもしれない。
まだ私が見られていないものがいくらでもある状態で、それは認められなかった。
だから私は旅に出た。
定期的に屋敷に戻りつつ、急かしてくるシュヴァルをのらりくらりとかわし、危害を加えないように釘を刺し続けた。
……いずれは、そう、シュヴァルを利用し魔王の元に辿り着いて……あのバカを始末するつもりで。
その後はどうせ生き残れやしないだろうから、心残りを少しでも減らしたかった。
どうせ何も遺せないこの身だ。
精々私の大好きな人間が生き残れるように、最後に命をかけていよう。
ふふ……なんだか、人間みたいだな?
そうして様々な土地、国を回り、様々なものを見て、体験してきた。
とても充実した日々で……けれど時折魔族に滅ぼされた跡にも遭遇して。
何処か焦燥を感じながら、そろそろ引き伸ばすのも限界かもしれない思っていた、そんな時だった。
魔王を名乗るバカを本気で倒そうとする、勇者を名乗る大バカに出会ったのは。
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パタン
「伝記、というよりは小説……いや、最早日記だね」
「……でも、そっか。ミアも、魔王を倒すつもりだったんだ。知らなかったなぁ……」
「意外と知らない事がいっぱいあった。ヒンメル達の本も楽しみだ」
「……だけど、そっか、そうなんだね……もしかしたら、ミアと一緒に魔王を倒した未来もあったのかな……?」
「そうしたら、ミアは……」
「…………やめよう、もう終わった事だ」
「もう寝よう。明日からは北側諸国に入る……警戒を強めないとね」
「おやすみ、ミア」
『時を止める魔法』
対象の時を止める魔法。
止められた存在は無機物有機物問わず、あらゆる時の流れから逸脱する。
止められたものはあらゆる干渉を弾き、解除しない限り不変で不滅。
止める時に魔力を消費し、止め続けていると更に魔力を消費するが、作中での止めた時を纏うとかいう滅茶苦茶な使い方でもしない限り魔力切れを起こさない程に燃費が良い。
ただし、本人も知らない事だが、止められるものの量にキャパシティが存在する。
対象の保有魔力に依存したキャパシティで、作中でシュヴァルの攻撃を自身で受けたのはそれが理由。
守る為にヒンメルとフリーレンの時も止めたのだがキャパシティが足りず、已む無く自らの肉体で庇った。
要はハイターとフリーレンの魔力が多過ぎたので足りなくなったのが真相。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。