「おや」
「やあ」
翌朝、ヒンメル達勇者一行は朝食を終え、旅支度を済ませて出発するところだった。
そこに丁度、大きな荷物を背負ったミアとバッタリ出会ったのだった。
「君達も今日出発するのか。奇遇だね、少し身支度に手間取っていたのだか、私も丁度出るところさ」
ポンポンと背負う大きな荷物を手で叩き、からからと笑った。
実際今は朝というよりは昼に近い。
というのも昨日調子に乗って飲み過ぎたハイターの二日酔いと、目覚めの悪いフリーレンに対応していたらこんな時間になってしまったというのが真相だ。
まだ顔を青く染めたハイターと、眠そうに目を擦るフリーレンに、アイゼンはタメ息を吐いた。
「ははは……まあね」
そんな事をわざわざいう必要もないだろうと、ヒンメルは苦笑で誤魔化し、視線をミアが背負う巨大な荷物に向けた。
「ところで大荷物だね。こんなものを背負って旅をしているのかい?」
「ああ、これには食糧と調理器具が入っているんだ。昨夜話してもうわかっているだろうが、私は食に目がなくてね。旅先でもある程度ちゃんとした料理を食べたいのだよ。本来ならば現地のもので済ましたいが、旅とは先のわからぬもの……どうしても野宿する時がくるだろう? その時に嵩張らん保存食だけ……なんて味気ない食事はもう嫌でね」
げー、と顔を歪めるミアは、心底嫌そうであった。
その為にそんな大荷物を抱えていては、逆に野宿の回数が増えそうだなとヒンメルは思ったが、口にする事はなかった。
「ま、そんな訳で私は旅を続けるよ。と言っても今は帰り道なのだがね。実は屋敷を持っていてね、そろそろ一度帰宅しようと思っていたところなのだよ」
「へぇ、意外だね。根なし草だと思ってたよ」
目を擦りながら呟くフリーレンに、アイゼンも無言で頷いていた。
「ははは、良く言われるな。ま、という訳だ。昨夜は実に愉快で楽しかったよ。機会があればまた会う事もあるだろう。ではな!」
「ああ、こっちこそ。またね」
そう言ってミアは手を振って踵を返した。
自身と同じくらいの大きさの荷物を背負っているものの、その足取りはしっかりとしていて、グラつく様子も見せない。
ヒラヒラと手を振るヒンメルは、その後ろ姿を穏やかな雰囲気で眺めていた。
「なかなか良い出会いだったな……これだから旅はやめられないんだ」
そう言って微笑むヒンメルだった。
「……良い雰囲気なところ悪いけどさ、私達の目的地もあっちじゃない?」
「あ」
半目で呟いたフリーレンの指摘に、ヒンメルは思わず声を漏らした。
言われて見れば、ミアが向かう先は街道が真っ直ぐ続く道で、自分達もそこを真っ直ぐ進む予定だったのだ。
「ははは」
気まずそうに笑うヒンメルに、フリーレンとアイゼンは呆れたように息を漏らした。
……どうやら、再会の時はすぐそこのようだ。
「うっ……」
顔の真っ青なハイターを引き連れ、一行はミアの後を追う形で出発するのだった。
「ほぅら出来たぞ、ミア様特製薬草のスープだ。今日は歩き通しだったからな、疲労に効くぞー」
結局先を歩いていたミアと合流した一行は行動を共にし、日が傾いた所で夜営の準備をし、現在は火を囲んで夕食の時間となっていた。
焚き火の上に吊るされた大きな鍋には、薄く緑色に染まったスープが特徴的な香りを放っていた。
「……それ、食べて大丈夫なんですか?」
器に注がれて差し出されたそれを、ハイターは怪訝な表情で受け取っていた。
薬草と言えば苦く、あまり食用に適さないイメージがあるからだろう。
現にハイターは治療の一環で薬草による手当てを習得しているが、その刺激的な匂いはあまり食に適しているとは思えなかった。
「薬草と一口に言っても種類は様々だからな。見た目は悪いがこいつの味は悪くないぞ。まあまずは一口、騙されたと思って食ってみろ」
コポリと泡が弾けたスープを抱え、ハイターは暫し逡巡する。
見た目も匂いも、あまり美味しそうだとは頭に伝えてはくれない。
後はもう、実際に味わうしかないようだ。
ごくりと喉を鳴らすハイターの様子を、ヒンメル達は手元のスープに口をつけず、じっと見つめていた。
どうやらハイターの反応を見てからにするようだ。
「……いただきます」
恐る恐る、ハイターはゆっくりとその器に口をつけた。
ホカホカと立ち上る湯気がハイターの眼鏡を曇らせ、やがて緑の液体は口の中へと啜られていく。
ハイターは怪訝な表情のまま口の中で転がし、味わい……ゴクリと音を立てて飲み込んだ。
固唾を飲んで見守るヒンメル達の前で、ハイターはほうと息を吐くと曇った眼鏡を光らせた。
「おお……独特の味わいがありますが、これは美味しい……」
頬を緩め、続けて二口、三口と口にするハイターに、ヒンメル達は顔を見合せ、頷きあう。
『いただきます』
それでも僅かに忌避感を覚えているのか、口へと運ぶ動きはぎこちない。
そんな様子に気付いた様子もなく、ミアは美味い美味いとスープを飲むハイターに笑顔を向けていた。
「おお、そうかそうか。口にあったようで何よりだ。二日酔いにも効くぞー。いっぱい作ったから遠慮せずにいっぱい食べてくれ」
「なんと、それはありがたい。まだちょっと頭が痛かったので丁度良いですね……ズズ……んん……沁みますねぇ……」
フリーレンはそんなやり取りを後目に、漸く覚悟を決めてスープを口に運んだ。
とろみのついたスープが口の中に入ってくる。
まず感じたのは熱さ、続いて薬草の青臭さだ。
鼻を抜けるツンとした感覚に顔を歪めそうになる。
しかし、続いて顔を出した不思議な清涼感に押し流されてしまった。
熱さは残っているので、口の中で転がして味わえば、旨味が舌の上で踊る。
青臭さを包み込む深い旨味に、気付けばスープは飲み込んでいて、手は既に二口目を口にしようと器を傾けていた。
「本当だ、美味しいね。優しい味だ……」
ほうと吐息を漏らしたヒンメルに同意するように、アイゼンは深く頷いてからスープの器を傾けた。
「うむ、これは美味い。二口目からはこの青臭さが癖になるな」
「……うん、美味しいよミア」
全員からの素直な称賛を受け、ミアは照れたように笑った。
「はははっ、まったく私を喜ばせるのが上手いな、勇者一行は。いくら褒めても何も出ないぞ? 秘蔵の干し肉で良いかな」
「出るんだ」
「チョロい奴だな」
なお、一行に配られた干し肉は干し肉とは思えない程に柔らかく、程々の塩気が絶品な代物であった。
「ところで、ミアの屋敷は何処にあるんだい?」
日が落ちた後、ゆったりとした時間を過ごしている中ヒンメルがそう問い掛けた。
焚き火を弄っていたミアはその手を止めて、荷物から地図を取り出す。
「そうだな……大体この辺りだな。ここから一月と言った所かな……君達の目的は魔王討伐だったか。となると流石に次の分かれ道でお別れだろうな」
指で道をなぞるミアの指は、とある地点でピタリと止まる。
そこは大きな街のない多少険しい土地であり、ヒンメル達の目的地とは見当違いの方向にある土地だった。
「ふむ……」
顎に手を当てたヒンメルは、チラリとミアの顔を見た。
続けてミアの傍らにある大きな荷物を見回して、再びミアを見つめる。
優しい眼差しで見つめてくるヒンメルに、ミアは首を傾げた。
「どうかなミア、こうして知り合ったのも何かの縁だ。その屋敷まで僕達を護衛として雇うというのはどうだろうか」
「また始まったぞ」
その申し出に、ミアはキョトンとした顔でヒンメルの顔を見返す。
呆れたアイゼンは、背を向けて横になってしまった。
「いやいや、魔王討伐の旅に出ている勇者一行を、道楽で旅をしている私の護衛に使うだなんて、恐れ多いじゃないか。君達の目的を考えるならば寄り道なんてするべきではないだろう?」
苦笑を浮かべて冗談めかして断りの言葉を返すミアだったが、ヒンメルは真摯な態度のまま、言葉を続けた。
「構わないさ。確かに僕達は魔王を倒す使命を掲げて旅をしている……けれどそれは旅を楽しまない理由にはならない。この先もずっと旅を楽しんで、気紛れに人を助けていくつもりだ。それなら、寄り道したって良い」
「……今まで幾人もの勇者が旅立ち、志半ばで散っていった。彼の南の勇者ですら、魔王にすら辿り着かず死んだ。……そんななまっちょろい覚悟で魔王を倒すというのか?」
怪訝な表情で問われた言葉に、ヒンメルは真摯な表情のまま、即座に答えた。
「ああ、僕達が魔王を倒し、世界を平和にする」
「……君達に出来るかな?」
眩しいものでも見たように目を細めるミアへと、ヒンメルは強く言い切る。
「ああ、必ず成し遂げてみせるさ」
暫し沈黙が流れる。
焚き火の薪が弾ける音と、フリーレンとハイターの寝息だけが響く中で、ヒンメルとミアは見つめあっていた。
そして……先に視線を外したのは、ミアだった。
「……やれやれ、とんだ大バカが勇者として立ち上がったものだね。ま、そのくらいぶっ飛んでいなければこのご時世で勇者として立ち上がる筈もないか……」
「ひどいな」
くくく、と喉を鳴らすミアに、ヒンメルは苦笑を漏らす。
「ああ……そういう事ならお言葉に甘えるとしよう。一人旅に不満はないが、君達と一緒ならより楽しい事だろう。……代金は屋敷に戻ってからで良いかな? 今は手元に食糧と現金しかないが、屋敷になら色々とある。フリーレンが気に入るものもあるだろう」
「うーん……魔導書でお願い……」
フリーレンの呟きが響いた。
驚き目を向ける二人だったが、フリーレンはそれ以上言葉を放つ事はなかった。
やがてすうすうと寝息を立てている事に気付き、二人は肩の力を抜いた。
「……ビックリした、寝言か」
「くふふっ、なんてタイミングだ。やはり君達は退屈しなさそうだ」
二人は顔を見合せて笑いあうと、どちらからともなく手を差し出した。
「私の屋敷まで無事に連れてってくれ。ヒンメル、改めて宜しく頼むよ」
「ああ、頼まれた。宜しくミア」
しっかりと握手を交わした二人は、微笑みを浮かべあった。
三日月の綺麗な、とある夜の事だった。
「……ところで、ご飯は期待しても良いのかな?」
「無論、任せたまえよ。毎食君達を唸らせてみせるさ」