「魔族、か。なんとも虚しい生物だな……」
闇夜の中、燃える家の前、とある村の広場で塵となって消えていく子供の姿をした魔族を見下ろして、ミアは小さく呟いた。
トドメを刺したフリーレンと、気を失った幼子を抱え背を向けたヒンメル、辺りにはそれを見守る村人達がいた。
その誰もが言葉を失っていた。
事はこの村に滞在する前に遡る。
ここの村人の娘が魔族に食い殺され、その魔族にヒンメルと……燃えている家の主人である村長が情けをかけた。
その結果がこれだ。
村長は一般的には充分と言える程に愛情をかけ、魔族に接していたが、その想いは伝わる事はなかった。
娘を殺された村人の怒りと殺意は収まる事はなく、日々それを感じていた魔族はどうすれば良いか考えたのだろう。
結果が
結果、子供の姿をした魔族は最初から懐疑的だったフリーレンの手によって葬られた。
村長の娘を助け、沈痛な面持ちで俯くヒンメルの背中は煤けているように見えた。
「……死ねば塵となって何も残らない。生物かどうかも怪しいものだな」
魔族の倒れていた場所に残された塵を掴み手のひらに乗せてみれば、それは更に細かくなって消えていく。
ミアは何処か悲しげにその様子を眺めていた。
「子供を食い殺し、自らの安寧の為に人を殺し、生きた証拠すら残らないとは、なんとも哀れなものだ……」
「まったくだね。魔族はただ言葉を使うだけの獣だよ。……いや、ミアの言う事を加味すれば獣以下かもしれないね。獣は殺せば死体が残る。でも魔族は本当に、何も残らないんだから」
同意を示すフリーレンに、ミアは苦笑を浮かべた。
「……そうだな。まったく、今回の滞在は後味が悪い結果に終わってしまったな……」
「良いんじゃない? その代わりにヒンメルの覚悟も決まったでしょ。これから魔族と本格的に戦う事になるのに、土壇場で魔族の言葉に惑わされちゃ一緒にいるこっちが危険だよ。……現に、私はずっと警戒してたのにむざむざと村長を殺されてしまった……」
俯くフリーレンの頭に、目を丸くしたミアの手が乗る。
「後悔しているのか? フリーレン」
「魔族の本質をあの時、私だけが理解していた。それを伝える手間を面倒がったからこうなった……いくら私でも少しは罪悪感くらい覚えるよ」
ミアは優しい手つきでフリーレンの頭を撫でる。
フリーレンは迷惑そうな顔をするも、俯いたまま振りほどこうとはしなかった。
「……まあ、ヒンメルにとっても君にとっても、良い経験になった事だろう。この経験は必ずこの先役に立つ筈さ。……さて! 村長の後始末は私がやっておこう! 君もヒンメルも村の皆さんも疲れただろう! 今日はもう休むと良い」
パッと離された手にフリーレンの視線が一瞬だけ向けられたが、何か言葉にする事はなかった。
沈痛な面持ちのヒンメルは意気消沈した様子で、腕の中の幼子をぎゅっと抱き締めている。
ミアの言葉が聞こえたのか、暫し視線をさ迷わせ迷う様子を見せたが、やがて肩を落として小さく頷いていた。
周りを囲う村人達にもそれは届いていたようで、ちらほらと迷いながらもその場を去っていく姿が散見された。
「……ミア、本当に良いの?」
村長の家は燃えているものの、幸いに他の家からは離れている上に、凄まじい勢いで燃えているせいで殆どが崩れかけている。
そう時間も経たずに燃え尽きる事だろう。
ならば必要なのは、念の為の延焼を防ぐ事と死体の処理くらいだ。
「ああ、任せてくれ。そもそも道中でも私は飯焚きしかしていないし、滞在中は充分に休んでいたからな。このくらいの下働きはさせて欲しい。君達は一度、しっかり眠って身と心を休めると良い」
朗らかに笑うミアに張り詰めた様子だったヒンメルは、肩を落として大きく息を吐いた。
「…………ふぅ、そうだね、甘えさせて貰うよ」
「わかった、後は頼むよ」
精神的に疲れた様子を見せていた二人は、ミアの心遣いに感謝を示しつつ、その場を去っていく。
その足取りはやはり何処か重そうだった。
去っていく二人の背中を、ミアは静かに眺めていた。
「……まったく、勇者一行は良い子ばかりだな」
目を細めて、小さく呟くのだった。
「さて……手早くやってしまおう」
ミアは村長だった死体の前で、そっと両の手を合わせた。
悲劇が起きても旅は続く。
目的地はミアの所有しているという屋敷だ。
道中、旅路を遮るのは主に魔物達だが、時折ただの猛獣も狩る事がある。
そしてその場合は漏れ無く、夜はご馳走である。
「あむ……んぐ、んぐ……」
焚き火に金網を乗せ、肉を焼きながら、ミアは何かを頬張っていた。
ぐにゅぐにゅと何度も咀嚼している様子を見せている。
やがてゴクンと音を立てて飲み込んだミアは、口の端から垂れていた赤い滴を舌で舐めとった。
「……それ、美味しいんですか?」
思わず問い掛けたのはハイターだった。
眼鏡の奥の瞳は、懐疑的に細められていた。
「悪くはないぞ。心臓は結局のところ筋肉の塊だ。他の内臓に比べれば癖はないし食べやすいな。まあ……流石に血の臭いは強いが」
ミアが食べていたのは、今日アイゼンが仕留めた猪のような獣の心臓だった。
こんがりと焼かれてはいるものの、血の滴る様子は人によっては忌避感を覚えるものだろう。
「そういうものですか……」
ハイターは忌避感を覚えてしまうほうであったようだ。
「殺したからには食える所は食って糧にせねば、奪った命に失礼だろう? 流石に食えん部位を無理に食えとは言わんが、このくらいはな。あぐ」
続けて心臓を口にするミアに、ハイターは感心とも恐れともつかない、なんとも言えない表情で苦笑を浮かべるのだった。
「敵いませんね……貴女程命に真摯に向き合える気がしませんよまったく」
「むぐむぐ……ゴクン……そう気にするな、お前は立派な僧侶様だ。安心しろ。それと、こっちの肉は上等だ。完璧な焼き加減で仕上げてやるから、楽しみにしているといい。……そろそろ……ほいっと」
ジュワワワワ
ひっくり返された肉の脂が滴り落ちて音をたてる。
立ち上る香ばしい肉の香りに、ハイターの喉が鳴った。
「ふふ……これだけ上等な肉だ。酒がなければ寂しかろう。今日は酒を解禁するよう、皆を説得してみようか?」
「な、なんと……! 良いのですか……?」
「成功の保証はせんがな」
夕食に……酒を飲めるという希望にハイターは瞳を輝かせた。
既に彼の中では酒を飲んでいるのだろう。
喜びに身を震わせているハイターを、ミアは横目で微笑ましく眺めるのだった。
「あーむ」
残った心臓を口に放り込み、咀嚼し、口の中に広がる血の味わいを楽しみ、ミアも夕食に思いを馳せた。
きっとまた今日も良い食事になる。
そんな確信と共に、焚き火に薪を追加していくのだった。
「ねえミア、こうなるって予想ついたよね? 料理を褒められたからってお酒出しすぎだよ?」
「……すまない」
翌朝、案の定ハイターは飲み過ぎの二日酔いでダウンし、そこから出発したのは結局昼過ぎ。
その間ミアはこんこんとヒンメルから説教を受け、アイゼンは呆れ顔でトレーニングに励み、喜んでいたのは最近手に入れた魔導書を読むフリーレンだけだった。
「うぅ……み、水…………」
「お前は何故旅をしている?」
ミアの荷物を担ぎながら、アイゼンはそう問い掛けた。
首を傾げて顎に指をあて、ミアは暫し考え込む。
「何故……ふむ、そうさな、何故か……言語化した事がないからあまり纏まってないが、良いかな?」
「構わん。こんな時勢に女で一人旅してるのが気になっただけだ」
ミアにとってそれは別段話すような事でもないし、言い触らすような事ではない。
だが、荷物を持って貰っている状態でその申し出を袖にするのも憚られ、ミアは自分の中で考えを纏めていくのだった。
「……簡単に言えば、私が人を好きだから、かな」
「ふむ……」
「アイゼンはこんな時勢と言ったが、こんな時だからだ。明日も無事かわからん状況だからこそ、人の世をこの目に焼き付けておきたかったのだよ。人類が繁栄し、私自身が生きている間に、な」
アイゼンが相槌をうっているのを見て、ミアは言葉を続ける。
「人間の文化の発展は素晴らしい。歴史を見ると文化においては、長命のエルフや君達ドワーフを種族単位であっという間に追い抜いていったように感じる。ドワーフ当人としてはどうだい?」
「そうだな……異論はない。エルフ程ではないが、ドワーフも気が長い。人間に比べて、特に……娯楽の発展が遅かった覚えはある」
ミアは満足そうに頷き、言葉を紡いでいく。
自分の中の考えを、想いを形にしていく。
「そう娯楽、特に料理だ! 舌を唸らせる美食から、素朴な地方の特色を活かした料理に、千差万別の様々な甘味! ここ100年程は特に発展が目覚ましいと言われている! 更には似たような料理でも、土地によって詳細が変わったりするのだ。面白いだろう? 料理だけじゃない、風習、建物、人自身……各地で見つけた様々な発見に心が踊る。それを100と生きない人間が作り出すのだ、たまらないだろう?」
「……成程、言われて見れば」
瞳をキラキラと輝かせ、興奮気味に語るミアを横目に、アイゼンは自身の髭を撫でた。
なお、ミアから受け取った荷物を片手で抱えながらである。
ご機嫌で語っていたミアもそれには一瞬目を丸くし、二度、三度とアイゼンを見つめた。
自身の荷物の重さを一番理解しているからこそ、驚きは大きかった。
それでもミアは気を取り直し、口を開いた。
「……ま、まあ、率直に言えば、魔王軍に人類の文化を破壊される前に、自分から各地に出向いてせめて目に焼き付け、この口で味わい、この肌で感じ、記憶に残そうとしている訳だ。人類の営みがこのまま喪われるというのは、しのびなくてな……」
「ほう、本でもかくつもりか?」
「……本?」
アイゼンの問いに、ミアは目を丸くした。
キョトンとした顔で面白そうに見上げてくるアイゼンの顔を見返していた。
「お前自身が覚えているだけでは、結局はいずれ風化するだろう? 何か形に残したいというのであれば本にでも纏めているのかと思ったが……違うのか?」
「違う……が、本か……本。成程、本か……」
それはミアにとって、思ってもみなかった事なのだろう。
だがミアはそれを噛み砕いていくにつれ、その顔には納得の色が浮かび上がっていった。
「良い、いや、最高だ。ありがとうアイゼン」
「いや、俺は疑問を口にしただけだ。お前の役に立ったのならば、それで良い」
「ははは、自分の目的というのも言葉にしてみるものだな。こうして新しい発見がある……私のやりたい事が、改めてよくわかった」
柔らかな笑みを浮かべたミアは、とても満足げだった。
アイゼンはそれ以上何か口を挟む事はなく、静かで穏やかな時間が流れていくのだった。
「あ、ミア。かき氷出したんだけどシロップとかない?」
そんな二人に声をかけたのは、フリーレンだった。
背後には器にこんもりと盛られたかき氷を、苦笑を浮かべて抱えるヒンメルとハイターの姿があった。
「あー……聞いてから出したほうが良いと思うぞ? シロップ、シロップなぁ……アイゼン、すまない一度下ろしてくれ。確認してみる」
「ああ」
軽々とおろされた荷物が、ドスンと音をたてる。
やはり重いよなと再確認しつつも、ミアは荷物に手を伸ばした。
「シロップなんて代物、あっただろうかなぁ……?」
困惑しつつも、ミアは言われた通りシロップを探し始める。
かき氷にかけるシロップなどという局所的なもの、あっただろうか……?
料理の為に様々な調味料を用意しているミアではあるが、流石に探してみなければわからない事だった。
もしかしたら、という可能性にかけて、荷物の奥底を探る為にひょいひょいと調理道具等をひっぱり出していく。
保存食系を物色し、使えるものがないかと目を走らせながら、ふと、ミアは手を止めた。
缶を手に取り、それをじっと見つめて、目を細めた。
「それにしても……そうか……私も、私にも……何か残せるものがあるのだな……」
そう小さく呟いて、シロップ捜索を再開するのだった。
その言葉を、その時のミアの表情を、聞いて、見ていたのは……。
「…………ミア?」
フリーレンだけだった。