「ミア、どうかお願いします! 彼等に貴女の完璧なテーブルマナーを叩き込んでください!」
「どうしたどうしたハイター、そんな必死になって」
立ち寄った町で見事に頼まれ事を果たしたヒンメル一行だったが、現在窮地を迎えていた。
「この町の領主に食事会に誘われたのです! このままでは不敬罪で私以外処刑されてしまいます!」
「……私も? ヒンメルとアイゼンは前例あるけど、私はそんな礼儀知らずじゃないよ」
「この間レストランでそれとなく注意されてましたよね……? 貴女の食器の使い方、雑なんですよ。ちょっと困るとすぐに手を使いますし、ほっぺによくつけてますし……野生児なんですか?」
「……」
なんでも、頼まれ事のお礼という事で食事会が開催される事になったのだが、そこがかなりしっかりとしたレストランであり、領主も礼儀に五月蝿いと有名な人物なのだという。
頼まれ事の応対は基本的にハイターがしていた為に、今のところ問題は起きていないが、ヒンメルとアイゼンには王にタメ口を叩き処刑されかけた前科がある。
それを危惧し、万全の準備を整える為にテーブルマナーも含めて叩き込んで貰えるように、とミアに頭を下げているのだった。
ハイターの目から見て、ミアのテーブルマナーと礼儀は完璧だった。
いつもはかなりぶっきらぼうな話し方であり所作も雑だが、礼儀が必要な場ではいつもの様子が一変、見るからにおしとやかな淑女と化す。
そんなミアならばこの三人をどうにか出来るかもしれない、そんな希望にハイターはすがるしかなかった。
「……私に利が一つもないが……」
「私の分の貴女の屋敷までの護衛の報酬は、今回の教導代という事で結構です」
渋るミアに対して即座に出したハイターの答えは、実質的な報酬の放棄だった。
ハイターには利が一つもない筈だが……余程三人の礼儀知らずに苦労したようだ。
とはいえハイターもハイターで、酔えば相当周りに迷惑をかけているのだが……人はなかなか自分を客観視出来ない。
背後のヒンメルが呆れた表情を作っていたが、ミアからすれば五十歩百歩である。
「わかった、そう言うことなら。旅仲間にそこまで乞われては致し方ない。食事会は明日だろう? 今日はミッチリと、テーブルマナーと礼儀の基本を叩き込んでやろう」
パン、と手を叩き、ミアはニヤリと笑う。
「出来なくば、これからの旅の道中、飯は私特製の携帯食だけだ」
その瞬間、全員の背筋がピンと延びた。
ミア特製の携帯食、それは一食に必要な栄養が詰め込まれた完全栄養食である。
そう言えば聞こえは良いが、実情は味も感触も匂いも何一つ考慮されていない、食べ物と呼べるかすら怪しい代物である。
ちなみに、それを食べたフリーレンは、泥のほうがマシと発言している。
そんな劇物が旅の道中の楽しみであるミアの料理の代わりの食事になっては堪らない。
ヒンメル達は、至極真面目にミアのマナー教室を受けるのだった。
「ヒンメル! 敬語くらい使えんのか君は! アイゼンもだ! 何故処刑されかけたというのにそんな態度なんだ! フリーレンを見ろ、態度に敬意をまったく感じないが、最低限は取り繕えているだろう!」
「ふっ」
「ふんっ……」
「ふふんっ」
「大丈夫でしょうか……」
「フリーレン、使い方がなっていないな。ナイフとフォークの使い方はこうだ。ちなみに、音を立てないのが理想だ」
「……面倒くさい。食べられれば良いじゃん。ここまでする必要あるの?」
「まぁ……同意はする。食事は楽しんで食べるのが第一だからな。そこをテーブルマナーで不愉快になるくらいなら気にしないほうがいい」
「じゃあ」
「それとこれとは話が別だ。これは私達が不愉快にならない為ではなく、相手を不愉快にさせない為のマナーだからな。面倒だが、それが人間の人付き合いという奴だ」
「…………人間って面倒だね」
「……それにも、同意するよ。さ、続けるぞ。時間は有限なんだ、君にとってどうかは知らないが、人にとってはね」
「むぅ……面倒くさい……んー…………こう?」
「おお、上手いぞ。筋が良いな、思ったより早く終われそうだ。ほら、御褒美の飴ちゃんだ」
「あむ……むふー」
食事会というこの旅一番の窮地を切り抜け、旅を続けていた一行は、目的地であるミアの屋敷、そのすぐ近くの村へと辿り着いていた。
このままミアの屋敷に、と行きたいところであったが、既に日は沈みかけな上に、ミアの屋敷はここから少し険しい道を抜けなければいけない。
流石にこのままは向かえないという事で手前の村で一泊する事となった。
「ここは何が名物なんだい?」
「知らないなぁ」
「えぇ……貴女の屋敷のすぐ近くなのに知らないんですか?」
「近くだからかな……殆どこの村には立ち寄らないから知らないんだよ。この店にも初めて入った」
夕食の為に入店した飯処にてそんな会話があった。
首を傾げるミアに、ハイターは呆れた表情を隠さなかった。
「まぁ良いんじゃない? そういうこともあるよ。私は何にしようかな……」
「そんな事より今日は飲むんじゃないぞ、ハイター。目的地は目と鼻の先にも拘わらず、ここで足止めされるなど冗談じゃない」
「えっ」
「屋敷でミアがご馳走してくれるみたいだからね、今日は軽く済ませておこうか。……屋敷にはお酒あるんだろう?」
「勿論あるとも。ハイターが満足出来る量くらいは保証するさ」
「そういう事なら仕方ありませんね!」
気心の知れたやり取りだった。
ミアはそれがとても心地好く感じていた。
自分がこんな感情を覚えるとは、思ってもみなかった。
彼等と、もう少しでお別れだと思えば……少し寂しく感じるくらいには。
勇者一行との旅は、とても楽しかった。
人と会話をしながらの旅、誰かと一緒の旅は充足感があった。
自分も一緒になって小さな頼まれ事をこなした事も、良い思い出だ。
ミアは確かな満足感と、寂しさを感じて僅かに俯く。
それが終わる事が、少しだけ悲しくて。
「しかし、そうか、こんな村にも名物なんかはあるのかもしれないのだな……私もまだまだ見識が浅いな。これまでもいくつも見逃してたのかもしれないな……」
「なあに、まだ足りないというなら知れば良い。これまでの所もまた旅をすればいいさ」
ヒンメルはジュースの注がれたコップをミアへと掲げた。
「僕達が魔王を倒せば、世界は平和になる。そうして平和になった世界で、また僕達と旅をしよう。なんの気兼ねもなく、楽しい旅を」
目を丸くしたミアに、ヒンメルは笑みを浮かべる。
その言葉に嘘はない事が、ミアにはわかった。
ヒンメルは本気で言っている。
自分が魔王を倒す事を、本気で信じている。
平和になった世界を既に思い描いている。
慢心、ではない。
それは、覚悟だった。
「ははっ」
ミアは思わず笑みを溢し、同じくジュースの注がれたコップを掲げた。
「それは良いな。是非ともまた皆と旅がしたいものだ」
チンッと小気味の良い音が響き、二人は果実を絞ったジュースを一気に煽った。
甘酸っぱいそれが喉を通り、程好い酸味が駆け巡り、爽やかな甘さを舌の上に残していく。
これだけ美味いジュースがすぐそばにあった事を、ミアは知らなかった。
自分の無知が恥ずかしい、そう思いながらミアは未来に思いを馳せた。
ヒンメル達が魔王を倒して、平和になった世で、彼等が自分を迎えに来て……新たな旅に出る。
そうしたら自分が今まで見て、感じてきた絶景や文化なんかを案内しよう。
同様に皆が見てきた様々な名物を堪能しよう。
それはきっと、素敵な、最高の旅になる事だろう。
笑いの絶えない、くだらない旅。
そんな
「さぁ皆遠慮なく入ってくれ」
「「「「……………………」」」」
手入れの行き届いた庭園。
咲き誇る色とりどりの花。
果樹や畑のスペースまであり、少し離れた場所には家畜小屋らしきものすら見えた。
鎮座する白亜の屋敷は大きく、三階建てのシンメトリー。
正面玄関の前には噴水すら設置されていて、そのあまりの豪華さにヒンメル達は言葉を失っていた。
何よりも、存在する場所……険しい山道をこえた先にあったという事実。
そんなあまりにも不自然な、立派すぎる建物に驚きを隠せなかった。
「二月程だが、皆には世話になった。暫く滞在し、体を休めて英気を養ってほしい。自分の家だと思って、ゆっくりと寛いでくれ」
ギィイイイ
『おかえりなさいませ、ご主人様』
開いた扉の向こう、整然と整列した数人とメイドと執事の声に出迎えられ、いよいよもってヒンメル達の混乱は頂点に達するのだった。
「こ、これは流石に予想外だなぁ……」
誰も声をあげられない中で、ヒンメルだけが絞り出すように苦笑を漏らしていた。
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カリカリカリカリカリカリ……
薄暗い部屋に、一つの明かりが点っていた。
明かりは机の上を照らし、そこに向き合う燃えるような赤い髪を照らしている。
赤い髪の持ち主は机に向き合い、一心不乱に羽つきのペンを動かしていた。
その動きは淀みはなく、口は合わせるように小刻みに動く。
部屋にはただペンを走らせる音だけが響き続けた。
……コンコン
その時、扉を叩く音が部屋に転がった。
部屋の主は手を止めず、ただ口だけを動かした。
「……どうぞ」
ガチャ
「失礼します」
カリカリカリカリカリカリ
部屋の主の掠れた声が響いた瞬間開かれた扉からは、一人の老人が顔を出した。
深く刻まれた皺と白く染まった髪には、重ねた年月が感じられる。
しかしその腰はピンと伸び、キッチリと執事服を着込む姿には気品すら漂っていた。
老人は恭しく礼をすると、用件を簡潔に口にした。
「ご主人様、お客様方がお見えです」
ピタッ
その瞬間、部屋の主の動きは、淀みなく動いていたペンの動きが止まった。
ふぅ、と吐息が漏れた音がした。
「そうか……来たか」
カラン、と羽ペンが音をたててペン立てに放り投げられた。
部屋の主は前髪をかきあげると乱雑に後ろに纏めながら、ガタリと音を立てて立ち上がる。
明かりに照らされて、赤い髪の間で黒い何かが、一瞬だけ光った。
「私が巻きましょうか」
「良い。アルフレッド。それより食事の準備を頼む」
「畏まりました」
アルフレッド、そう呼ばれた執事は再度頭を下げると即座に部屋を後にした。
残された部屋の主は、手慣れた様子で髪を弄ると、あっという間に巻き上げてしまう。
そのまま歩を進めて手に取ったのは、品の良いコート。
客人を待たせるのは悪いと、しっかり着飾る事を諦めての選択だった。
「……まぁ、あやつ相手にはいらん気遣いかも知れんが……いや待て、アルフレッドはお客様
ふと動きを止めるも今更面倒だという思いが強い。
コートだけで別に構わないだろう。
今更取り繕う必要などない。
そう自分に言い訳をして、その部屋を後にした。
「いやはや、あやつに会うのは何十年ぶりだ……? まったく薄情な奴め」
コツコツと音をたてて確かな足取りで、玄関へと向かっていく。
不満を口にしながらも、その口元には笑みが浮かんでいた。
部屋の主、この屋敷の主人である、燃えるような赤い髪を持つ女性、