「本当にここなのかフリーレン?」
シュタルクは目の前の光景に、思わず問いかけていた。
目的地は確かなのか、と。
村を通り、険しい山道を抜け、森の中にある大きな屋敷。
立派だったであろう屋敷は、所々に古さが滲み出ていた。
広い庭園には草花が乱雑に生え、辛うじて玄関らしき扉から道と呼べる程度の範囲だけが刈り取られている程度で、とても手入れが行き届いているとは言えなかった。
少し離れた場所には崩壊した小屋も見えて、正面にある噴水らしきオブジェは既に水は枯れているようだった。
微かに人がいたような痕跡はあるものの、まともな人が住むような場所には思えなかった。
「うん、そうだよ。懐かしいね……前に来たのは数十年前だったけど……随分と変わっちゃったな」
フリーレンは辺りを見回して、そっと目を細めた。
かつてはあまりの豪華さに皆言葉を失ったのに、その時の姿は見る影もない。
時の流れというものを嫌でも感じてしまい、少しだけ俯いた。
「……ま、ここで眺めてても仕方ない。目的を果たしに行くよ」
何かを振り切るように、フリーレンは歩き始めた。
所々に雑草の生えた道、かつて訪れた時との違いをひしひしと感じながら、確かな足取りで玄関へと向かう。
「……フリーレン様、そろそろ話して頂いてもよろしいでしょうか?」
そんな最中らフリーレンの後ろを歩きながら、フェルンが声をかけた。
「何?」
「こんな所に、何の目的で来たんですか?」
フェルンには、廃墟寸前の屋敷に連れてきたフリーレンの目的がわからなかった。
この旅の最終的な目的地が
急ぐ旅ではない……けれど、わざわざ理由もなく寄り道するのも納得は出来なかった。
「ああ、言ってなかったっけ……私達のもう一人の旅仲間に会いに来たんだよ」
フリーレンの言葉に、フェルンとシュタルクは目を丸くした。
「もう一人……? フリーレン様、ハイター様、アイゼン様、ヒンメル様以外にいらっしゃったのですか?」
「旅の話は何度か聞いたことあったけど、もう一人なんてのは師匠からは聞いたことないぜ?」
二人ともフリーレンのかつての仲間であるハイターとアイゼンの下で育った経歴がある。
にも拘わらず、もう一人の仲間、というのは一度も聞いた事がなかった。
「そうなんだ。まあでも理由はすぐにわかるよ」
フリーレンはそう言って、玄関の扉の前に立ち、設置されたドアノッカーに手を伸ばそうとした。
けれどそれよりも先に扉が動き始めた事で、その手は行き先を失い止まらざるをえなかった。
動き出した扉は軋みながら、ゆっくりと開かれ、そこから一人の人物が現れる。
それは、燃えるような赤い髪を巻き上げた、一人の女性だった。
「やあ。久しいな、フリーレン」
「……うん。久し振り。ミア」
上品なコートに身を包んだ女性、ミアは微笑みを浮かべ、フリーレン達を見て目を細めた。
フェルンとシュタルクは、フリーレンの思った以上に親しげな、気安い態度と現れた人物の容姿に驚いた。
整った容姿の若い女性、身に付けているのは品の良いコート。
廃墟寸前の屋敷から出てくる存在としては、あまりにも場違いだった。
シュタルクがただ驚いている一方で、フェルンはその違和感に気付いた。
「…………ん……?」
「……ん? どしたフェルン」
「あっ……えっと……いえ、なんでもないです」
けれど、その違和感を、フェルンはその場で口にする事はなかった。
ちら、と視線を向けたフリーレンは何も言わなかった。
だから、きっと後で説明があるのだろうと、そう思ったからだ。
ミアはフェルンとシュタルクを見回し、より笑みを深めた。
「ふふ、フリーレンが若い人間を連れて訪れるとは思わなかったな。さぁ、入ってくれ。今アルフレッドに食事の準備をさせている。まずは歓迎させてくれ」
そう言ってミアは踵を返した。
屋敷の中へと入っていく背中を追いながら、フリーレンは不意に問い掛けた。
「大丈夫? 保つの?」
屋敷の中のミアはその言葉に足を止めた。
けれど、振り返る事はなかった。
「ああ、大丈夫だ。良いタイミングだったなフリーレン。もう少し……そうだな……あと数日といったところだ」
「…………そ。じゃあそれくらいは待つよ。良いよね?」
「勿論。また私の料理を君に振る舞えるのが喜ばしいよ。屋敷はボロいがまぁ、三人くらいならなんとかなるだろう。ゆっくりしていってくれ」
トントン拍子に話は進み、いつの間にか数日滞在する事が決まってしまった。
ミアはそのまま屋敷の奥へと進み始め、フリーレンもすぐ後を追って歩いていく。
フェルンとシュタルクが口を挟む間も無く決まった事に暫し愕然とし、互いに視線を交わし合うも、仕方ないとばかりに苦笑を浮かべあった。
「仕方ねえな」
「ええ……フリーレン様がお決めになった事です……幸い年と言い出さなかっただけマシです」
「フリーレンの時間感覚どーなってんだ」
二人は呆れを滲ませながら、屋敷に足を踏み入れていった。
外見のボロさに反して中に埃っぽさは感じられず、清潔であった。
その事実に安堵を抱きつつ、フェルンとシュタルクは先をズンズンと進んでいく二人の後を追っていくのだった。
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「そろそろ出発するとしようか。そうだな、明日にでも」
ヒンメルの言葉にアイゼンは大きく頷いた。
「漸くか。使命を忘れたのかと思っていたぞ」
ミアの屋敷に滞在して早一週間、流石に休み過ぎだとアイゼンは感じていた。
滞在中の鍛練は欠かしていないものの、実戦が無くては容易くた錆び付く。
そろそろここを離れる必要がある。
一方で、ハイターは少しだけ不服そうだった。
「異論はありませんが……明後日にしませんか? 今夜浴びる程酒を飲んでおきたいんですよ」
「生臭坊主め。そんな理由なら駄目だ。出発は明日。今日は酒を飲むにしても控え目にするんだハイター」
「はっはっはっ……はぁ、仕方ありませんねぇ」
とはいえ、ハイターも本気で言ってはいない。
確かにここでの生活は悪くはない、いや素晴らしい。
幾人もの使用人が世話を焼いてくれる上に朝昼晩と食事が出て、それが全て美味い。
酒も好きなだけ飲めるし、小屋で家畜を眺めたり、裏の池で養殖されている魚で釣りを楽しんだり、ミアと語らい親交を深めたりと、とても楽しい日々を送っている。
しかし、そんな日常も魔王を放っておけばいずれ壊されてしまうだろう。
それを何よりも理解しているハイターは言葉とは裏腹に既に整理を始めていた。
「……えー……? もう少しいても良いんじゃない……?」
けれど、それに半ば本気で異を唱えるのがフリーレンだった。
既に報酬として魔導書、『魚影が見やすくなる魔法』や『果物の中の虫が見えるかもしれない魔法』等を受け取り、日々それらを呼んで研究し、ぐうたら過ごしていた。
何もしなくとも身の回りの世話は全て使用人がやってくれるこの環境は、フリーレンにとってはまさに楽園だった。
服も着ていて楽なワンピースばかりでそれを着て一日中過ごすフリーレンに、流石のヒンメルも呆れ顔だった。
「駄目だ。明日出発する。これは決定事項だ」
そんなフリーレンはこのままでは際限なく堕落すると察したヒンメルは、そう強く言い含めた。
如何に抵抗しようと、必ず明日ここを出る、と。
その宣言と、真っ直ぐ放たれた言葉に、フリーレンは魔導書に走らせていた視線をあげて、肩を落としてため息を吐いた。
パタン
「仕方ないね……じゃあ最後にもう一度だけ書庫見てくるよ。それくらい良いでしょ?」
ミアの屋敷にはそこまで大きくはないものの書庫があり、滞在中に何度か足を運んでいた。
その蔵書を一応最後に確認しておきたいと、フリーレンは思ったのだろう。
ヒンメルは呆れて軽く首を横に振ったが、これ以上臍を曲げられても困ると、許可の意味で頷きを返した。
「仕方ないな、夕食の時間までには戻るようにね」
「はーい」
フリーレンは魔導書を置いてソファーから抜け出すと、滞在中のお気に入りとなったもふもふのスリッパを履く。
そうして、ペタペタと音をたてて部屋を出ていくのだった。
髪を結ぶのすら億劫だとボサボサの頭すらそのままの姿は、あまりにもだらしなかった。
「……明日から旅を再開して、本当に大丈夫なのか?」
思わず呟いたアイゼンの言葉に、ヒンメルとハイターは返す言葉もなく、粛々と身支度を進めるのだった。
「ミア、何処にいるかな……」
書庫で気になる本を見つけたフリーレンは、譲って貰えないものかと交渉するつもりでミアを探していた。
既に何冊か貰っている辺り少し怪しいものの、交渉次第ではなんとかなるだろうと気楽に考えていた。
けれどそのミア本人が見当たらない。
いつもはキッチンか自室にいるのだが、今日に限ってまったく見当たらない。
何処にいるかと使用人に聞こうにも、それもまた見当たらない。
違和感を覚えるくらいに。
気付けば屋敷の奥まった所にまで来てしまっていたのか、調度品なんかも見覚えがないものばかり。
フリーレンは、頭をかいて途方に暮れていた。
そんな時だった。
「……血の、匂い……?」
突如として微かな血の匂いが、フリーレンの鼻を刺激した。
瞬間、フリーレンの頭が寝惚けたエルフから警戒時のものへと切り替わる。
この屋敷では家畜の屠殺も行われてはいるが、それはキッチンや小屋のほうで行っていて、位置的にこの場所とはかなり離れている筈だ。
そう認識しているフリーレンはこの血の匂いは異常事態だと判断し、強く警戒心を抱きながら、慎重に辺りを見回した。
やがて、血の匂いが半開きとなった扉の向こうからする事に気付く。
気配を消し慎重に扉の向こうの様子を伺ってみれば、そこには地下への階段があった。
「……」
もしかしたら、誰かが地下室に降りて転び、怪我をしているのかもしれない。
それなら助けに行かなければいけない。
フリーレンはそう自分に言い聞かせ、けれど警戒心はそのままにその扉を潜った。
改めて感じる、
「…………何、してるの」
地下室、設置された明かりの真下で、燃えるような赤い髪の人物が、フリーレンに背を向けてテーブルの前に立っていた。
部屋中に充満する濃い血の匂い、テーブルに広がる赤色。
そして、テーブルの上に横たわる、ピクリともしない人間の姿。
動きを止め、ゆっくりと振り返った顔には、赤色がべったりと張り付いていた。
「フリーレン……何故、ここに……」
ほどかれた状態の赤い髪は肩辺りで揺れ……側頭部の黒い何かが明かりに照らされて鈍く光った。
頭に沿うように後頭部に伸びたそれは、まるで……角のようだった。
フリーレンは視線を周辺に巡らせた。
薄暗い部屋の中にはいくつかの棚があり、そこにはいくつもの瓶が置かれている。
瓶にはラベルが貼られていて、すぐそこの瓶には『ローラ』『マティアス』等の名前らしい文字と、『もも』『腕』等の部位の名前がかかれていた。
透明な瓶の中には……赤黒い肉が、その部位らしき肉が入っていた。
そんな棚が、瓶が、部屋中に存在していた。
まるで、肉の保管庫のようだった。
それも、明らかに、
そんなおぞましい光景のただ中の者を真っ直ぐ見つめ、目を細めた。
テーブルの上には真新しいいくつかの瓶、その手には刃物。
周りの状況と併せて考えれば、何をしていたのか想像に難しくなかった。
「……ねえ、答えてよ」
いつの間にかフリーレンの手には杖が握られ、その先端を向けていた。
その杖から放たれる強力無比な魔法が想起され、思わず息を飲む。
フリーレンは杖を強く握り締め、歯を食い縛った。
「……ミア」
人間の死体の前に平然と佇む、角の生えた人の姿。
それは正に人の想像する
名を呼ばれたミアは血塗れの手で、自身の側頭部に触れた。
付着していた血がぬちゃりと音をたて、黒い角に赤を刻む。
そのまま、両手が力無くだらんと下がった。
カランカランッ
手から抜けたナイフが床に落ちて音をたてる。
「はぁあああ……」
疲れたように大きく息を吐き出したミアは、俯き、小さく首を横に振った。
「バレてしまったか……」
俯いたままそう呟いたミアの表情は、フリーレンにはよく見えなかった。