諸君、私は人間が大好きだ   作:如月SQ

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第六話

「魔族、だったんだ。よくこれまで隠し通したね」

 

「角さえ隠せばどうにでもなるだろう。そんな魔族、いくらでもいる」

 

 自嘲するように、ミアは両の掌を上に向けた。

 

「これでも私はそういう魔族を見つけて、仕留めてきたつもりだったんだけど……まさか、私達の誰も気付けないなんて、ね」

 

「ははは、それは光栄、とでも言うべきかな……?」

 

 ミアの半笑いが響き、真剣な表情のフリーレンは黙り込んでしまう。

 するとミアの笑いもおさまってしまい、やがて部屋は静まり返った。

 

 暫し部屋に沈黙が流れるが、それでもフリーレンはずっと杖を構えたままだった。

 

「……ずっと、騙してたんだね」

 

 不意にポロリと、フリーレンの口から漏れた言葉に、ミアは俯いたまま首を横に振った。

 

「そう言うだろうとは思ったが、私は騙しているつもりはなかったよ。人間だと言った覚えはないしね」

 

「……そういうの詭弁って言うんだよ」

 

「ははは。そうだな、その通りだ」

 

 ミアが浮かべた笑みは、今までとなんら変わらなかった。

 血塗れで、角さえ生えてなければ、フリーレンはその笑顔に安心感すら覚えただろう。

 だがもうフリーレンにとってその笑顔はもう、仲間の浮かべる笑顔ではなかった。

 

「……この部屋は、何」

 

「見たらわかるだろう、()()()()()だよ」

 

 なんて事ないように告げられた言葉に、フリーレンの敵意は増していく。

 このおぞましい光景、人が部位毎に瓶詰めされている光景を見て平然と答えられて……ミアへの情が一気に失せていくのを感じていた。

 

 それを感じたのだろう、ミアは残念そうに息を吐いた。

 

「はぁ、やはり人類は忌避感を覚えてしまうのだな。私からすれば理解し難い事だが」

 

「なっ……」

 

 フリーレンは言葉を失った。

 ミアの言葉を反射的に理解しきれなかった。

 その言葉が、ミアの口から出てるとは思えなかった。

 

「死んだ者が他者の糧になるのは当然だろう? どの生物も死体となれば食われるか、自然に還るか……。どの生物もそうしている。獣も、植物も。人類だけだ、死者を丁重に弔うのは。人類だけが、自然の理から外れているのはおかしいと思わないか?」

 

 ミアは、心底不思議そうに首を傾げていた。

 

「…………」

 

「魔族だという事を隠していたのは確かだ。だが、それ以外で君達に嘘を吐いたつもりはない。覚えているかな? 食への感謝を君に説いた事を。あの考えに何一つ偽りはない。食は糧となってくれた全てに感謝し、楽しむべきだと。私にとって人間は食材でもあるんだ。それだけの違いなんだ」

 

 血に塗れた姿で、ミアは言葉を紡ぐ。

 変わらない態度で、変わらない声色で、変わらない笑みで。

 ただ一つ、その黄土色の瞳が、どろりと濁ったように感じた。

 

 フリーレンはその言葉を聞いて、理解した。

 自分の中の情が、消えていくのを感じる。

 一度瞬きをしたフリーレンの瞳には、強い敵意が宿っていた。

 

「……結局、ミアも……お前も魔族でしかないって事か」

 

 情を、敵意を、殺意に変え、魔力を漲らせる。

 目の前の存在はもう、『旅仲間のミア』ではない。

 『人の言葉を話す獣』だ。

 

「お前は、ここで……!」

 

 フリーレンがそう決意し、魔法を唱えようとした、その時だった。

 不自然な魔力の高まりとともにフリーレン自身の影が、ぐにゃりと動いた。

 

「っ……!」

 

ビッ!

 

 反射的に身を翻したフリーレンの頬を黒い何かが掠めた。

 それは、フリーレンの影から伸びた、黒い鞭のようなものだった。

 咄嗟に距離をとったフリーレンは、それがミアの仕業ではない事を即座に見抜いた瞬間、思考を戦闘から逃走に切り替えた。

 

 影が盛り上がり、それが立体的な人影を形作った事で、よりその選択肢が現実味を帯び始める。

 様子を伺いながらも、フリーレンはゆっくりと後退していった。

 

(気付くのが遅れた……いや、さっきまで確かにいなかった……。影を操る魔法……? 影から影への移動でも出来るのか……? 影で物理的な攻撃をするなんて、相変わらず魔族の魔法は滅茶苦茶だ)

 

 影から現れたのは、耳の辺りから角の生えた男の魔族。

 上から下まで真っ黒の服に身を包んだ魔族は、フリーレンを静かに見下ろしていた。

 

「危なかったな、()()()()。お前らしくもない……」

 

()()()()()……来ていたのか」

 

 シュヴァル、そう呼ばれた魔族とミアは顔見知りのようだった。

 だが、フリーレンはそんな事よりも、シュヴァルが口にした名前に耳を疑った。

 『ロザミア』それは、人類に名が広まっている大魔族の一人だったからだ。

 ミアも、それを否定しなかった。

 つまりここには二人、魔族がいる。

 

「ロザミア……? 『悪食のロザミア』か……!」

 

 フリーレンはそこで完全にここでの勝利を諦めた。

 シュヴァルの魔法の全貌は不明だが、影を使う魔法である事は確かであり、薄暗い地下は分が悪い。

 単純な実力としても、魔力は大魔族と呼んで差し支えないものを感じる。

 それに加えて実力不明な大魔族を加えた二人を、一人で相手に出来ると思う程フリーレンは自惚れていなかった。

 

「エルフか。俺の任務ではないが、エルフは魔王様から殲滅命令が出されていた筈だ。ロザミアを殺そうとしていた事と良い、見逃す理由はないな……殺すか」

 

 シュヴァルの影が不自然に蠢き、その形を細く尖ったものへとかえていく。

 立体的となったその切っ先が自分に向いた瞬間、フリーレンは魔法を放っていた。

 ただ、光を放つだけの魔法。

 それを、思い切り。

 

ビカッ!

 

 地下室を目映い光が照らした。

 

「ぐうっ!?」

 

 薄暗い地下室だった事が幸いしたのか、シュヴァルの苦しそうな声が響いた。

 その瞬間、フリーレンはもう踵を返していた。

 

 逃げる事に、背を向ける事に躊躇はなかった。

 勝てない相手に挑む意味はない。

 しかもすぐそこに頼れば勝てる戦力がいるのなら、尚更。

 フリーレンは一目散に地上への階段を駆け上がった。

 

 背後からは木が壊れるような音と、何かが落下するような音が、響いていた。

 

 階段を上りきると、即座に扉を閉めて簡単な封印を施した。

 時間稼ぎ程度にしかならないだろうが、その時間が今は欲しい。

 フリーレンは再度駆け出した。

 向かうは、仲間の下、ヒンメル達のいる部屋。

 四人で戦えば勝機は十分にある、そう考えて。

 

 ふと窓の外を見れば、日は既に傾き空は茜色に染まっていた。

 夜の闇は恐らく、シュヴァルという魔族の独壇場だろう。

 手早く倒すか、なんらかの対策が必要かもしれない。

 それらの考察も含めた情報を手早く伝達する為に、フリーレンは頭の中で考えを整理し続けた。

 

 ……相手がミアである事を告げるのが、少しだけ嫌だと感じた。

 僅かに痛む胸に違和感を覚えながらも、フリーレンは懸命に走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……逃したか。ロザミア、何故()()()()()()

 

「…………」

 

「まぁ良い、俺は後を追う。お前も――」

 

グッ

 

「ガッ……! 何、を……!」

 

「ここで暴れるなと言っていただろう? 私はそれを許したか? それに、貴様が今足蹴にしようとしたのはなんだ?」

 

ギリ、ギリ

 

「ぐっ、あ……!」

 

「……気を付けろ。次は許さん」

 

「ゲホッ……チッ……! 魔王様の命さえなければ……! どちらにせよ、あのエルフは殺さねばならん! 先に行っている……貴様も早く来い!」

 

「…………わかっているさ」

 

ゴト

 

コト

 

コン

 

「……騒がしくしてすまなかったな、マルクス、ハーディー、テレーゼ、マヌエラ、イザベル、ライナート……棚は後で直そう。今はここで我慢しててくれ。……さて」

 

コツ

 

コツ

 

コツ

 

「時が来たのかもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!

 

「ハァッ……ハァッ……み、みんな……」

 

 唐突に扉を開けて入ってきたフリーレンの姿に、ヒンメル達は目を丸くした。

 頬に切り傷を作り息を切らせ、肩を上下させる様子には、いつもの余裕は一切感じられなかった。

 ただ事ではない。

 そう判断したヒンメル達の対応は早かった。

 荷造りしている手を止め、互いに目配せしあい、頷いた。

 

「フリーレン、どうしたんですか。水です。一旦落ち着いてください」

 

 備え付けられていた水差しからコップに注いだ水を差し出しながら、ハイターはフリーレンの背中を優しく撫でた。

 受け取って一息に水を呷るフリーレンの疲労を少しでも和らげる為に。

 

「プハァッ……ありがと。……ふぅ、ちょっと落ち着いた。……よし、みんなも、落ち着いて聞いて欲しい」

 

 常にない、真剣な様子のフリーレンに、ヒンメル達の緊張は高まっていく。

 じっと此方を見つめる三対の瞳を見返して、フリーレンは正しく簡潔に、先程見た真実を語った。

 

「……ミアが、魔族だった」

 

「…………何だって……?」

 

 目を見開くヒンメル達から視線を逸らすように、フリーレンは俯きながら言葉を続ける。

 

「名前はロザミア。人類にも広まっている大魔族『悪食のロザミア』だ。それとついさっき突然現れた魔族がいる。現れた事に私が感知出来なかった……影に潜んだり影を武器にしたり出来るみたい……名前はシュヴァル。……聞いたことある? ……そう」

 

 全員が首を横に振るのを見て、フリーレンは僅かに残念そうに息を漏らした。

 

「これから間違いなく戦闘になる。準備して」

 

 そう言い切ったフリーレンに、ヒンメル達は瞬時に頭を切り替え、身を整え始める。

 けれど、剣に手をあてながらも、ヒンメルはすがるように口を開いた。

 

「ミアが……本当に?」

 

「……うん。死んだ人間を解体してた。角は、頭に沿ったように生えてた。間違いないよ」

 

「……そう、か。じゃあきっと……あの村長の墓には何も埋まってなかったんだろうな」

 

 ハッとしたように顔をあげたフリーレンの視線と、ヒンメルの視線が交わる。

 ヒンメルの瞳には既に、強い覚悟が秘められていた。

 

「これ以上、犠牲者は出さない。ミアは、ここで倒す」

 

 ヒンメル達は互いの顔を見合い、大きく頷きあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは困るな」

 

 その声が響いた瞬間、ヒンメルは既に剣を抜いて背後へと振り抜いていた。

 

ガキィイイン!

 

 見れば、ヒンメルの背後の床から影が伸び、棘のようになっていた。

 弾かれた影はボロリと砕け、元の影に戻っていったが、すぐに盛り上がり始めるのを見て、ヒンメルは既に床を蹴っていた。

 

ドガンッ!

 

「ヒンメル!」

 

「ああ!」

 

 同時に轟音が響き、アイゼンが叫んだ。

 見ればアイゼンのすぐそばの窓、いや壁が吹き飛び、外の景色が見えていた。

 この部屋で相対するのは分が悪いと判断し、アイゼンが即座にぶち壊したようだ。

 アイゼンはハイターを担ぐとその穴から外へと飛び出し、ヒンメルもそれに倣うようにフリーレンを担いでその穴から飛び出していった。

 

 誰もいなくなった部屋には、不自然に盛り上がった影だけが残されていた。

 影はやがて人の形をとると、地下室でフリーレンと遭遇した漆黒の姿の魔族、シュヴァルとなっていた。

 

「……逃さん」

 

 不自然に、不気味に蠢き影を従え、シュヴァルはヒンメル達が飛び出していった方向を見つめる。

 

「俺の『影を操る魔法(バルシルド)』からは逃れられんぞ!」

 

 そして蠢く影に乗り、凄まじい速度で壁の穴から飛び出していった。

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