諸君、私は人間が大好きだ   作:如月SQ

9 / 10
第九話

 翌日、フリーレン達は旅の準備を終えて、枯れた噴水の前に立っていた。

 シュタルクとフェルンの手にはそれぞれ分厚い本。

 物珍しそうに眺める二人に、フリーレンは声をかけた。

 

「ミアからのプレゼントだよ。それそれ、ハイターとアイゼンについてかかれた本。さらっと読んだけど、歴史の本ってよりは小説とか……日記に近いかな。あんまり世間に周知されてない事も結構かいてあった」

 

「へぇ……て事は俺の知らない師匠の事が書いてあるかもしれねぇって事か」

 

「これは……ミア様がお書きになられたんですか?」

 

 フェルンの問い掛けに、フリーレンはコクリと頷いた。

 

「そ。私達とは少しだけしか旅しなかったんだけど、別れた後ずっと書いてたみたい。私達の活躍とかも纏めて……後文通もして互いから見た話とかもあったかな。例えば、ハイターはヒンメルからすると酒を飲んでばかりの偽物の僧侶だし、アイゼンからするといつも二日酔いしてる生臭坊主だってかいてた筈だよ」

 

「それおんなじ意味じゃねーか」

 

「では、フリーレン様から見た皆様の事もかいてあるのでしょうか」

 

 パラパラとページを捲り、流し読みしているフェルンに、フリーレンは首を横に振った。

 

「いいや、ミアとはずっと会ってなかったから、私から見たヒンメル達の話はないよ。だからまだその本は未完成……旅をしながら書き込んで行くよ。二人もちゃんと書いてね」

 

 フリーレンの予想外の言葉に、二人は目を丸くした。

 手元にある本を見下ろして、そこにある無数の記述、()を感じる温かい手書き文字、生々しいとも言い換えられるエピソードの数々を見て、不思議と本が重さを増したような気がした。

 

「私達が書いて完成するから、後はお願いだってさ」

 

「なんか、すっごいの任されちまった気がするな」

 

「責任、重大ですね。頑張りましょうシュタルク様!」

 

 やる気に満ちてパラパラと二人がページを捲って確認していると、背後の扉が開いた。

 そこには老人が一人、佇んでいた。

 

「申し訳ありません、お待たせしてしまいした……」

 

 老人、この一週間身の回りの世話をしてくれていたアルフレッドは、恭しく頭を下げた。

 出発すると告げた時、見送りさせて貰いたいので少しだけ玄関で待っているように言われていたのだ。

 少しだけ疲れた様子を見せているが、アルフレッドはピンと背筋を伸ばし、フリーレン達を見つめていた。

 

「不在の主人に代わり、皆様の旅の幸運を、お祈りしております」

 

 改めて深く頭を下げたアルフレッドに、フェルンとシュタルクは口々に礼を口にした。

 

「いえ、此方こそお世話になりました」

 

「ありがとう。アルフレッドさんこそ、体には気を付けてな」

 

「それにしても、急でしたね。ミア様にもお礼を申し上げたかったのですが……」

 

「ええ、ご主人様も残念がっておられましたが、こればかりは……申し訳ございません。」

 

「急用じゃ仕方ねぇさ。ま、また会えるだろ。そん時には完成した本を見せてやろうぜ」

 

「……そうですね」

 

「はい。またのお越しをご主人様共々、お待ちしております」

 

 二人には、ミアは深夜に急用で旅立って行ったと伝えていた。

 それを聞いた二人は滞在中に世話になった事もあり、ひどく残念がっていた。

 

 ミアと話し合い、正体と生死について伝えない事に決めていたのだ。

 いずれは伝えるものの、それは今ではない、と。

 

「それじゃあね、アルフレッド。行くよ、フェルン、シュタルク。北側諸国は魔族の影響が強いから、気を付けて行こう。後、寒いし……」

 

 ゆるゆると歩きだしたフリーレンを、二人は顔を見合わせてから苦笑し、後を追った。

 改めてアルフレッドに一礼した若い二人を、アルフレッドは温かい瞳で見つめていた。

 

 自分の主人の遺した想いを受け継いだ者達。

 その背中をずっと、見つめていた。

 僅かな時間しか接していなくとも、その善良さは胸が温かくなる思いだった。

 

 かつては幾人もの人々が暮らしていた屋敷も、遂に主人すらいなくなり最早朽ちるのみ。

 それでも、もしも彼等が旅を終えてまた来てくれるのであれば……何よりも既に巣立って行ったかつての同僚達の帰る場所でもあるのだから。

 

「……ご主人様、私はいつまでもお待ちしております」

 

 ミアを知る者が立ち寄る可能性が少しでも残っているのなら、アルフレッドにとってそれは、ミアが帰ってくるのと同義。

 ミアが遺した()()を、命尽きる時まで見守る。

 それが彼の忠義だった。

 

 フリーレン達の姿が見えなくなるまで、アルフレッドは礼の姿勢を崩さなかった。

 主人に引導を渡した事に恨みはない。

 ただ、彼等の旅の無事を祈るのみであった。

 

 アルフレッドはフリーレン達の見送りを終えた後、その足で裏庭へと足を運んだ。

 手入れの行き届いた僅かなスペースに、小さな石が一つ、鎮座していた。

 

 その石へと、アルフレッドは祈りを捧げた。

 『ロザミア』と刻まれた石に。

 下には何も埋まっていない、空っぽの墓石へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔族、ねぇ。フリーレン達が倒した魔王ってのが親玉だったんだから、魔族ってのは滅びたりしなかったのか?」

 

「その国の王様を殺したら、全国民が死ぬと思う?」

 

「そりゃそうか……そんで未だに北側諸国じゃ魔族が暴れてるって訳か……そいや、魔族って魔物と何が違うんだ?」

 

「そうですね……どうなんですか? フリーレン様」

 

「……やっぱりフェルンってあんまり歴史書読んでないでしょ。渡した筈なんだけど……まぁ、そうだね……」

 

 旅を再開しての道中、問い掛けられたフリーレンはそこで言葉につまってしまった。

 本来なら、いつも通り自分の考えを言葉にするだけだった。

 『魔族は人の言葉を話すだけの獣』……それが持論であり、間違っていないと思っている。

 

 でも、今は。

 

「…………今は、いいや」

 

 今だけは、それを言葉にしたくないと思った。

 

魂の眠る地(オレオール)に行くまでに会わないなんて事はないだろうし……その時に改めて教えてあげるよ」

 

「えー? ……まあ、いっか。フェルン、歴史書だってよ」

 

「本を読むなら、ハイター様の本を読みたいんですけど……」

 

「俺だって師匠の本が読みてえよ」

 

 言い合う二人に背を向けたまま、フリーレンはすたすたと歩いていく。

 胸に残る言葉に出来ないむず痒さに苛まれながらも、淀みなく足を進めていく。

 

 思い浮かぶのは、昨晩の最期の、ミアとの会話だ。

 フリーレンがミアに引導を渡した後、ミアの死を二人にも告げると言ったフリーレンに対して、ミアはそこに異を唱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の事は、フェルンとシュタルクにはすぐに伝えないほうが良いだろう』

 

『なんで?』

 

『……時折君は本当に人の心がわからなくなるね。いいかい、これから君達は北に向かうのだろう? 北には生意気な天秤の小娘がまだ生きているし、大魔族も幾人か生き残っている事だろう。狡猾な個体にも、幾人か心当たりがある。そんな中で私のような存在が、若いあの子達の判断基準になっては困るのだよ』

 

『……そうかな』

 

『そうだとも。君の持論だろう、魔族は人の言葉を話すだけの獣だと。私もまったくもって同意する。私が人を進んで殺さなかったのは、殆どの人間は生きていたほうが結果的に私にとって良い事が起きると知ったからだ。そうでなければ、本能に身を任せたとするなら……大好物である人間を好きなだけ好きなように捕食しただろうさ』

 

『……』

 

『忘れるなフリーレン、私のような人と本気で共存しているバカは少数派で……本能で生きる魔族は人とは決して相容れないんだ。それに、私の人食い自体は君達も受け入れた訳でも認めた訳でもあるまい? 私の時が止まり、食べる事が出来なくなったから有耶無耶になっただけだ。……私は共存が不可能だと気付いていたから、魔王軍にも参加せず、細々と生きていた。()()()()()()()は確かに、私にとっても理想だった。でも、()()()()()()()()()は、私の理想とは程遠い地獄を産み出した……魔族と人は相容れん。魔族である私が保証する、決してだ』

 

『そう、だね』

 

『徹底しろ、フリーレン。今まで通り、今まで以上に。若さは優しさとなり、優しさは甘さに変わり、甘さは隙を生む。隙の代償は、死だ。そんな代償をあの子達が払わなくて良いように、君があの子達をしっかりと導き、守るんだ』

 

『……わかったよ、ミア。約束する』

 

『ふう、そうか。肩の荷がまた一つ下りたよ。いやしかし、どうだフリーレン。人を教え導くのも大変だろう。実はこれでも使用人達に教育を施したのは私でね。その参考にした教本もあるから渡しておこうか? ほら、これだ。「人を教え導くには 初級編」』

 

『うーん……それフェルンがまだちっちゃい頃に欲しかったかな……』

 

『まぁ、参考にでもすると良い。読み物としても面白いからな。まあ兎に角……フェルンとシュタルクには良い感じに宜しく頼むよ』

 

『……うん。すぐには伝えない。ミアは急用で旅立っていったから会えないとでも言っておくよ。でも……いつかは。いつかはこんな魔族もいたんだよ、って、伝えたいと思う』

 

『そうか。君に覚えて貰えるなら……光栄だな。ふふ、二人の反応が見られないのは、少し残念だな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族の事を正しく教えると、例外は言わなくて良いと二人で決めたけれど、それでも今だけは……今すぐにはそれを言葉にしたくなかった。

 ミアという存在を否定してしまうような気がして、胸につかえて言葉が出てこなかった。

 そんな自分に呆れながらも、フリーレンはその思いに逆らおうとは思わず、空を仰いだ

 

「うん。魔族の事は、今日のところは全部保留でいいや」

 

 晴天を見て微笑みながら、少し投げやりに思える態度だった。

 今日は雲ひとつない晴天の青空。

 最高の旅立ち日和だ。

 

 未だに後ろから聞こえる賑やかな会話を聞きつつ、フリーレンは小さく呟いた。

 

「でも……いつかは……教えてあげたいな。すっごい変わり者の、変な、人間が大好きな魔族がいた、って……それが、私達の仲間だった、って」

 

 その呟きは、誰にも聞こえる事なく、青空に吸い込まれていった。

 空を見上げながら歩くフリーレンは、ずっと微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 フリーレン達は一路、北へと向かう。

 目的地は北側諸国、グラナト伯爵領。

 

 そこでフェルンとシュタルクは、魔族を知る事になる。

 その経験はまた、先の旅で活きるだろう。

 

 彼等の旅は、屋敷に立ち寄り過ごした日々があっても、大きく変わる事はない。

 『魂の眠る地(オレオール)』への旅はまだまだ先が長い。

 

 時は、勇者ヒンメルの死から、28年――――




これにて本編終了、ですかね。
あともう一話だけ書いて終わりにしたいと思います。
それまでどうか、お付き合いくださいませ。

誤字報告ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。