ストーム1、絶望まみれのリョナエ◯ゲの世界で全力の抵抗を試みる模様 作:糸をなんとかしろ!
ギイッ……と木の軋む音がした。
ケッサリアの片隅にある小さな教会は主を失って久しいらしい。
シスターに案内されたのはそんな、小教会だった。
歩けば床が軋み、埃が舞う。
小教会というより物置きだ。
少ない窓から覗く月明かりと、散らばる光の飛沫がこの小教会の唯一の光源だった。
ストーム1は埃っぽい空気を吸い、少し咳き込んだ。
棚に指を滑らせば指先は途端に灰色に染まる。
「すみません。掃除が済んでいなくて」
ここに案内してくれたシスターも本来ここの教会の主では無いのはなんとなく察せられた。
ストーム1はフラッシュライトを焚き回りを見回すと小さな生き物たちが捕食者に怯えるように影へ消えた。
物置のようなその部屋に鎮座した円卓の上には地図が置かれている。ここの周りだけは小綺麗だ。
ストーム1とプロフェッサーという来訪者が現れる事など当然想定なぞしちゃいないので最低限の掃除しかしていないようだ。
それにここをまともに掃除しようならきっと丸一日吸われるのは明白だし、そもそもシスターの目的とはズレるのだ。
生憎ストーム1もプロフェッサーも硬い寝床と不味い飯には慣れている。──不本意だが。
「ここで一夜を過ごし、朝方には離れると良いでしょう。私もそれまでここにいますから……」
シスターはそう微笑みかける。おそらく性根が心優しいのだろう。
しかしながらここで庇護下に置かれたまま彼女をまたあの森へ見送るという選択肢はストーム1にはなかった。
あの死体が消えたという怪現象。そして聖堂の上で絡みついている名状し難い異形について何も知らない。シスターから聞き出せるだけ聞き出そうとしたもののストーム1も口が回る人間ではなかった。
「あーそれは……」
「生憎ながらそれは出来ない」
返答に困ったストーム1の言葉を遮るようにして口を開いたのはプロフェッサーだった。
「我々は極東の地から遣わされた狩人だ」
物も言いようだ。
少し口を挟みたかったもののストーム1は黙ってプロフェッサーの狂言に付き合うことにした。
変な事だけは言わないでくれ、と祈りながら。
その昔、未来の知識を持ち出して提言した結果精神異常を来した哀れな男としてプロフェッサーが病院送りにされた事を思い出しながら。
『理解しています。貴方の行き先は病院です。ゆっくり休んでください』
と養豚場の豚を見るような目で言ってくるシスターの姿を幻視しながら。
「我々はこの地を調査、人類の脅威になり得るのならその因子の排除をしろという命を受けたんだ。その為この地に対する知識が無く無闇な入り方をしてしまった。その結果君、シスターの手を煩わせてしまった事を申し訳なく思っている」
──よく口が回るなぁ……
よっぽど司令部に正気を疑われて病院送りにされた事を気にしていたらしい。
だがそこにEDFなどの単語は見受けられなかった。隠す必要は無いだろう。EDFなぞ山奥で暮らしてなければ知っているはずだ。
しかしシスターも腑に落ちたのか、「左様でしたか」と、ほっとその豊満な胸を撫で下ろした。
「その様な地からでもケッサリアの噂はあったのですね」
「だが我々には情報が不足している。可能であれば、この地に関する情報が欲しい」
もちろんシスターも疑う心は多少はあるようで、ストーム1の携行火器もといスレイドをちらちらと見ている。とはいえ、埒があかないと思ったのかシスターは少しだけ黙り込んでから頷いた。
「──分かりました」
◆◆◆
粗方聞き終えた所でストーム1は外の空気を吸うために外へと出た。
市街地に比べれば空気は綺麗なはずなのにこの重苦しさはなんだろう。聖堂から目を背けながら夜空を見上げる。
今の気分を説明するなら高速バスに乗り損ないサービスエリアに取り残されたような気分だ。
しかもそのサービスエリアは寂れているときた。
「そこにいたのか」
そんなストーム1に思う所があったのか、プロフェッサーが同じ様に小教会から出てきた。
せっかくだ。シスターもいないのだから聞いておこうとストーム1は口を開いた。
「……あの時、EDFと名乗らなかったな。何故だ」
「ここは我々の知る時間軸では無いのだろう。彼女がプライマーの存在を知らなかった事。そして君の格好を見てEDFを連想しないのが何よりの証拠だ。であれば下手な情報を渡せば混乱を招く。それに嘘は言っていないだろう?」
「怪物専門とはいえ狩人なのは確かか」
「それに彼女の行動に便乗すればあの先の怪現象の謎も少しは明らかになる可能性がある」
とはいえあくまで可能性だ。
灯を持たず手探りで暗闇の荒野の中を歩いているようなものだ。
「絶対に帰れるという確実性は無いがあのまま、また死なれるのもな……」
ふとストーム1の脳裏にあのシスターの惨殺された姿が過ぎる。
散々人死にを見てきたのにも関わらず鮮烈に映ったのはゾンビのせいか、人として、女としての尊厳を奪われ陵辱され尽くして死んだ彼女のせいか。
「気にしているのか?」
「そりゃそうだろう。あんな形で一度死んだツラ見せられて気にしない訳がない」
「……気持ちは分かるがあまり入れ込み過ぎるなよ」
「……分かっている」
生きていたのだ。どういう形であれ。
だからあのミス、結果的に助けることはできなかった事を気負う必要などないはずだ。
喉につっかえた小骨と化した後悔は未だしつこく残り続けている。
「私は先に休む。君も早く休んだ方がいい」
そう言って小教会の寝床に消えていくプロフェッサーを見送り再びストーム1は一人になる。
「休めつったって、落ち着かねえんだよ……」
手持ち無沙汰なまま、足元の石ころを蹴り飛ばしてみる。ぽーんと、放物線を描いてから地面を転がっていく。
おかしな方向に飛んでいけば笑えたろうに、どんな時代、場所だろうがそこが地球ならば石ころは同じように飛んでいく。その事実が現実との繋がりを確かにする。
──まだきっと、俺はまだ正気だ。
◆◆◆◆
「ブリーフィングを始める。とは言っても先日シスターから貰った情報の振り返りだが」
プロフェッサーが地図を広げる。これにはケッサリアの地形が示されている。
ストーム1はそれを覗き込む。一方でシスターは遠巻きにそれを見ていた。
「ケッサリアは本来聖堂を中心とした都市であり、聖堂は山の上に配置されている。それを囲うようにしてゾンビが大量発生している森や村、砦があると言った具合だ」
プロフェッサーの指先が聖堂から砦、村、大樹、そして森へとガサガサした音を立てて滑っていく。
先日侵入した森が今プロフェッサーが指し示している森だ。
「死人の森……読んで文字の通りとは思わないだろ」
ストーム1の愚痴にプロフェッサーは苦笑しながら「まったくだ」と返す。
その名の通り死人が闊歩する森だった。スレイドのおやつ程度の強さなのが幸いしているが数で来られれば厄介……自分たちEDF風に言うならば、あのゾンビ連中は侵略性外来生物α*1のようなものだろう。
「君のスレイド数発で沈む。一列に並んだ所で貫通弾の性質を利用して複数体撃破出来ればいいが」
「その巨大な鉄塊のような銃ですね」
シスターが口を挟む。一応この世界にも銃という概念はあるらしい。
とはいえこんなゴテゴテしてないだろうしここまで巨大でかつ遠距離まで届く事はなかろうが。
「それが彼の
シスターの手持ち武器は剣と弓だそうだ。
魔物退治にあたって何かしらの加護が与えられていると言う。
一方でストーム1は
「最終目的はケッサリア大聖堂のてっぺんにいる巨大な怪物ーーこれの討伐だ」
シスター曰く、この怪物が全ての元凶なのだと言う。こいつに近づけばもしかしたら元の世界に帰るヒントも得られるかもしれないという狙いもある。もう少し距離を詰めればライサンダーを当てられる距離だが、一旦はステイだ。
「その手始めにこの森を突破し、その奥にある大樹を抜ける。これが当面の目標となる。だがその大樹も何かしらの異常を来たしているという情報もある。アクシデントは避けられないだろう。ーー
本来時計はこの小教会には無いが、プロフェッサーの腕に巻き付いた腕時計という名の文明の利器がある。
今後この時間を軸として行動をすることとなる訳だ。
ストーム1はふと、シスターの方を見る。
シスターは「私がどうかしましたか?」と言わんばかりのきょとんとした顔をした。
予感があった。
彼女もこの異変とは決して無関係なんかじゃない、と。
次回
死人の森/ゼロアワー