メロンパン「私は、天使を見た」   作:さかは

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ブルーアーカイブと呪術廻戦のクロスオーバーは数多くありますが、その殆どが呪術廻戦→ブルーアーカイブでブルーアーカイブ→呪術廻戦の物は無かったので、自分で作ってみました。



『私』は、天使を見た

 文明開花が始まった明治の時代。

 長き鎖国によって淀んでいた空気は、欧米の知識と文化を際限なく吸い込みながら、一気に流れを変えようとしていた。

 江戸が“東京”へと変貌していくざわめきは、街中に新しい価値観を渦巻かせ、人々の暮らしも、思想も、信仰さえも塗り替えつつあった。

 

 ──だが、その奔流にまったく触れられぬまま、ぽっかりと取り残された場所があった。

 

 東京の外れにひっそりと佇む、一軒の巨大な屋敷。

 

 平安の貴族社会をそのまま切り取ったような造り。

 磨き抜かれた檜の厚い柱。

 門は雲を睨むほど高く、外との境界を拒絶するような古色蒼然とした佇まいを保っている。

 

 そこだけが、文明開化の恩恵も破壊も受けず、時代からも世界からも置き去りにされていた。

 

 屋敷の奥、畳の香りが濃く漂う一室。

 静けさは不気味なほど深く、外の気配すら届かない。

 その静寂を破るように、ひとつ、くぐもった笑い声が響いていた。

 

「──ホント、笑っちゃうね」

 

 灯りに照らされたその男の頭頂には、()()()()()()()()()()()不気味な縫合痕。

 加茂家の長としての外面だけをまとい、この家のすべてを掌握しながら──内実はすでに人の“理”を棄てていた。そんなモノノ怪。

 

 男の足元には、ひとりの少女が静かに横たわっていた。

 

 

 

 年の頃は十二、三。

 体には傷ひとつなく、まるで昼寝をしているだけのように静か。

 ただ一つ、彼女の周囲には──淡い光の膜のような、形容しがたい“何か”がゆらりと揺らいでいた。

 

 呪力とは似ても似つかぬ。

 呪霊の穢れでは決してない。

 しかし、間違いなく“力”として存在している。

 

 その曖昧な質量に、男の口元は愉悦に歪んだ。

 

「呪力もないのに、呪霊を触れる……いや、祓える?

 穢れも残さず、綺麗なまま……。ほんと、どうなってるんだい?」

 

 少女がここへ来たのは数日前。

 説明のつかない異変を訴えて屋敷を訪れたのがきっかけだった。

 

 九相図の研究に飽き、次の玩具を探していた男にとって、彼女の存在はまさに新しい光に違いなく。

 

 この屋敷は“著名な霊能力者が相談に乗る”と触れ回っているため、科学の浸透し始めた時代であっても、こうした者が一定数訪れてくる。

 この少女こそが、まさにその成果だった。

 

 最初は、術師として覚醒途上の子供だと判断した。

 珍しくもない。

 家系によらず突然発現するタイプの術師は、一定数存在する。

 

 しかし──

 

「調べても調べても、呪力の“反応”がない。

 それなのに呪霊を祓う……? ああ、いいねぇ。」

 

 男は少女に接触した蠅頭が、まるで人間に叩き落とされるように瞬時に形を崩した光景を思い返す。

 

 その少女が使用していたのは、男が今まで一度も見たことのなかった、未知の力。

 

「いいねぇ……実にいい。

 呪術体系から外れているのに、結果だけは同じ。

 こういう“破綻”……大好物なんだよ私は。」

 

 男は少女の頬を、優しくなぞるような指先で触れた。

 その手つきは慈愛のようでありながら、冷徹な観察者のそれだった。

 

 

「意識が戻れば……何か“形”でも現れるのかな。

 呪力の流路もないのに、祓いだけは成立している……何をどうすればこんな逸脱が可能なんだ?」

 

 男の思考は飽くなき研究者のそれだった。

 未知の現象を見つけた子供が、その内側を覗き込みたいという好奇心に駆られたときのような、純粋で、残酷な熱を帯びている。

 

 障子の隙間から差し込む陽光が、少女の静かな寝顔と、彼女だけがまとう淡い“気配”を照らし出す。

 

 それは霧のように揺らめき、ただそこにあるだけで、部屋の温度すら変えてしまうような異質さを孕んでいた。

 呪でもなく、霊でもなく、信仰の残滓とも違う。

 古くも新しくもない、何かの概念の欠片。

 

「……さぁ。どう進化してくれるのか、見せておくれよ。」

 

 男はそう言い、少女の胸の上下を確かめるようにじっくりと目を細めた。

 

 少女の身体には少し見ただけでは分かるような変化は発生していない。

 だが、確かに少女の体には──

 

 呪術体系の外側から流れ込んでくる何か。

 名もなき力の鼓動のような微かな脈動。

 それでいて呪いにも祈りにも属さない曖昧な輝き。

 

 が、わずかに波立っていた。

 

 男はその異質さを“新しい種の呪力”と呼ぶべきか、それとも“力の定義を覆す何か”と呼ぶべきか迷いながら──

 いっそ新しい概念として命名したほうがいいのでは、と愉悦の笑みを深める。

 

「こういう“例外”が、体系を揺り動かすんだよね。」

 

 その日の記録は後に、その男が遺した数多の実験資料の中で特異な注記と共に保存されることになる。

 

 ──“呪力に似て、呪力でない。

   呪霊に似て、呪霊ではない。

   しかし確かに“力”として作用する異質。

 

 

 

 

 

 この日記録された異質な力が、のちに“神秘”と呼ばれる概念の起点となる。

 

 

──そして時代は移り変わる。

 呪いが制度化された現代へ。

 

 *

 

 

 私は天使を見た。

 Prologue

 

 

 *

 

 

 

 

 

 五条悟が“そこ”へ来た理由は、驚くほど単純だった。

 

 ――このままでは、つまらない。

 

 五条家という盤石の血統。

 六眼と無下限呪術を継ぐ、史上最強の器。

 周囲は期待を寄せ、未来を決めつけ、道を限定してくる。

 

 生まれただけで完成品扱い。

 幼少期から、彼の道は“既に決まっているもの”として扱われた。

 

 五条悟個人の意思など、どこにも介在しない。

 

 その窮屈さが、子供の頃はまだ理解できなかった。

 だが歳を重ねるごとに、世界が“狭い箱”のように思えてくる。

 

 反抗心だったのかもしれない。

 閉ざされた温室への息苦しさだったのかもしれない。

 あるいは単純に──

 “自分の価値を、自分で決めたい”という子供らしい我儘。

 

 理由は複合しすぎて、悟自身ももう整理できなくなっていた。

 

 ただ、その気持ちを決定的にしたのは──

 

 屋敷の廊下で偶然耳にした、大人の会話だった。

 

『五条家は、この子がいれば盤石だ。御三家どころか、呪術界の頂点に立てる』

『いや、その前に厄介なのは……最近増えている“ヘイロー持ち”だ。あれは危うい。早いうちに処理すべきだろう』

『危険視するほどの存在か?

 明治に発見されて以来、術式体系にも呪術界にも何一つ寄与していない“神秘”の少女たちだ。

 保持しておく価値も、驚異としての価値もありはしない』

 

 その会話を聞いて、吐き気がした。

 

 自分の力を、自分以外の誰かが勝手に道具として扱うこと。

 異質なもの、理解できないものを“害虫”のように分類する思考。

 何より──そこに当然のように従うことを求められている自分。

 

 このままでは、自分の人生は、“自分の人生ではないまま”終わってしまう。

 

 悟はその瞬間、家を出る未来を選んだ。

 

 と言っても、乱暴に飛び出したわけではない。

 五条家の立場上、それは許されない。

 仕方がないので、悟は頭を使った。

 

 行く先を自分で決めるために。

 自由を手に入れるために。

 まずは実現可能な形を探さなければならなかった。

 

 ――“元服を条件に、呪術高専へ通う”という妥協案。

 

 五条家にとっても悪い条件ではない。

 最強の器が正式に元服し、術師として体裁を整えるのは望ましい。

 悟としても、自由を得られる。

 

 どちらとしても悪いものでは無い取引に、否を突きつける者はいなかった。

 

 そうして、取引は成立した。

 

 

 

 悟が呪術高専の門をくぐった理由は、英雄譚の始まりなどではない。

 誰かを助けたいわけでも、世界を救いたいわけでもない。

 

 ただ──

 

 “退屈を拒んだ”という、ありふれた反抗心にすぎない。

 

 

 

 

 ──それこそが五条悟という少年だった。

 

 

 *

 

 

 高専の一年教室。

 扉を開けた五条悟の視界に、先客がひとりだけ入った。

 

 薄い茶髪にボブヘアー、机に頬杖をつき、口にはタバコを咥えている少女。

 

 ちらりと悟に目を向け、ぼそりと呟く。

 

「……あんたが五条悟?」

 

「まあね。」

 

「へぇ。」

 

 それだけ。

 興味があるのかないのか分からない、いつも通りの気怠い声音。

 悟は肩をすくめ、適当に席へ向かう。

 

 その後ろから、教室にもうひとり入ってきた。

 

「失礼します。」

 

 低いがよく通る声。

 入ってきた青年は、悟と硝子を順番に見て軽く会釈する。

 

「私は夏油傑。今日からここでお世話になる。よろしく。」

 

「あ、どうも。」

「……よろしく。」

 

 三人はそれぞれ淡々と返す。

 初対面らしい距離のまま、静かに席に着いた。

 この時点では、なんてことのない淡々とした関係。

 

 

 これからそれがどのように変化していくのか。

 それは誰にも分からないことだ。

 

「……。」

 

 教室には四つの席が用意されている。

 そのうち一つだけ、机の表面に薄く埃が積もったまま、まだ誰にも触れられていない。

 もう一人来るのだろうか。

 その疑問の答えを待っていたその時。

 

 からり、と教室の扉が開く。

 

 一瞬、入って来たのは件の空席の持ち主かとも思ったが、それは違うと直ぐに分かった。

 

 

 腕も背丈も大人、鋼のような体つき。

 教壇に向かうその姿勢で、悟たちはすぐに彼は生徒ではなく、教師だと理解した。

 

「私が、お前たちの教師となる夜蛾正道だ。」

 

 簡潔で、余計な言葉を一切排した自己紹介。

 五条悟は内心で小さく頷く。

 

 ──こういうタイプは嫌いじゃない。

 

 弱いくせに偉そうに語りたがる大人は大嫌いだ。

 だが、この男は違う。必要なことだけを言う。

 その静かな圧は、強者のそれだった。

 

「せんせー、席一つ空いてるけど?もしかして逃げた?」

 

 悟の軽口は、退屈さの表れでしかない。

 

 呪術師という道は、跡継ぎであっても逃げる者が珍しくない。

 覚悟が無ければ続かない。

 まして学生ならなおさらだ。

 

「ん。ああ……心配するな。彼女なら道に迷って遅れると連絡があった。」

 

「……迷子?」

 

 悟は眉をしかめた。

 逃げていないのはいい。が、遅刻理由があまりにも間抜けだ。

 

 入ってきたら、盛大に弄ってやるか──

 そう思った瞬間。

 

 廊下から、ドタドタと遠慮の欠片もない全力疾走の足音が響いた。

 

 

 

「……噂をすれば、来たようだな。」

 

 夜蛾が低く呟いた直後、

 教室の扉がガラリと勢いよく開かれる。

 

 

 

「ごめんなさあぁぁぁい!!」

 

 飛び込んできた少女は、教室の空気を一瞬で塗り替えた。

 

 緑がかった薄い水色の髪。

 腰まで届く長髪は揺れ、彼女がどれだけ慌てて走ってきたかを語っている。

 

 そして──

 年齢に似合わぬ成熟が、余計に異質感を強めていた。

 

「この校舎、スッゴイ大きくて!ほんとに迷っちゃって!!」

 

「……ガッデム。いいから席につけ。」

 

「は、はいっ!」

 

 教壇からの一喝に、少女は小動物のように跳ねながら席に向かう。

 丁寧にノートを机に置き、くるりと背後──悟たちへ視線を向けた。

 

 その瞳は、この世界にほとんど存在しない種類のものだった。

 

 真っ直ぐで、曇りがなく、疑うことを知らない。

 まるで空の色をそのまま閉じ込めたような、柔らかい光。

 

「えーと、まずは自己紹介だよね!

 “梔子ユメ”っていいます!これからよろしくね!」

 

 にこり、と花が咲くみたいに笑う。

 

 あまりにも呪術の世界に似合わない、能天気さ。

 だが、その明るさは不思議と、教室の空気に馴染んでいた。

 

 呪術師の世界には似つかわしくない、能天気すぎる少女──梔子ユメ。

 反転術式のアウトプットを可能とし、タバコを咥える医治の才──家入硝子。

 一般家庭出身ながら呪霊操術を宿す異才──夏油傑。

 そして、いずれ“最強”と呼ばれる男──五条悟。

 

 この瞬間、彼ら四人の学生生活が始まった。

 

 まだ互いを知らぬまま。

 まだ、世界を揺るがす未来も知らぬまま──。

 

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