メロンパン「私は、天使を見た」 作:さかは
小鳥遊ホシノは、大人が嫌いだ。
もっと正確に言えば──“大人の皮を被った人間”が嫌いだった。
平然と他者の人生に口を出し、
都合のいい理屈だけ並べて、
挙げ句の果てに、それを善意だと信じきっている顔。
あれほど信用ならないものはない。
人の人生を玩具のように扱い、
自分の価値観を押しつけ、
傷つけてもなお“良かれと思って”と言い訳する。
そんな人間を、彼女はずっと見てきた。
だから嫌いなのだ。
大人という生き物そのものが。
小鳥遊ホシノは、五条悟が嫌いだ。
理由は単純に見えて、複雑だ。
複雑に見えて、実は単純だ。
笑っていれば何でも許されると思っているような顔。
生まれついての強者という自覚すら持たず、他者の領域に躊躇なく踏み込んでくる無神経さ。
そのくせ、傷つけても悪意がないからタチが悪い。
彼の“余裕”も、
彼の“能天気さ”も、
彼が何気なく放つ“上からの目線”も。
ホシノにとっては、全部腹が立つ。
──ユメ先輩に向けた、あの気安さですら。
彼の何気ない振る舞いが、
ユメの優しさを侵食していくように思えてならない。
それが、何より許せなかった。
*
「ガキンチョの護衛と抹消ぉ?」
五条悟は、まるで聞き間違いでもしたかのように夜蛾の言葉を復唱した。
その顔には不満と退屈が露骨に貼りついている。
「ついにボケたか」
「春だしねぇ。次期学長ってんで浮かれてるのかも」
「そっか。夜蛾先生でも調子に乗ることあるんだね」
五条がヒソヒソと、しかし隠す気のない声量で話しかけてくると、傑とユメはそれぞれの温度で反応した。
傑は冗談半分で、ユメは半分だけ事実だと思っているような顔で。
夜蛾の眉間がひくりと動くが、
「……ユメ先輩。ユメ先輩」
ホシノが呆れも隠さず、袖を軽く引っ張る。
「めっちゃキレてますけど」
ホシノが顎で示した先、
“ボケ老人扱い”された夜蛾の額には見事な青筋が浮いている。
「あ。」
やらかした。そう感じたユメがホシノに向けて助けを求めるかのように視線を送る。
ホシノは、その視線に当然気がつき、ニッコリと笑みを浮かべると……
「ハイ!夜蛾先生、私は特に関係ないでーす!」
「ホシノちゃん!!?」
あまりにも迷いのない裏切りに、ユメが悲鳴を上げる。
ホシノはほんの少しだけ肩をすくめた。
「頑張ってください、ユメ先輩。
応援してます」
「いや、応援っていうか見捨て──!」
ユメの抗議を、横から静かに遮る声があった。
「気にしないでいい、ユメ。
……冗談は、この辺りにしておけばいいだけの話さ」
「冗談で済ますかどうかは、俺が決めるからな」
ユメを庇うように言葉を放った傑へ、夜蛾は容赦なく反撃を入れた。
逃げ場のない満塁ホームランのカウンターである。
「……天元様の初期化の件ですか?」
しかし傑は、涼しい顔で話を続けた。
「さすが夏油先輩……面の皮がデカすぎます。
普通、そのまま流したりしませんよ」
「そりゃあね。多少はこうでもしないと、悟と釣り合わないだろう?」
「ーー納得」
ホシノがため息交じりに頷く。
五条悟には限界級の嫌悪を向けている彼女だが、夏油傑に対してだけは妙に評価が高い。
親友であるはずの五条とはあらゆる意味で真逆に感じるのだから、確かに不思議ではある。
「ねえねえ、悟くん」
「ん?なに」
一方その頃、会話に取り残された悟とユメは、いつもの調子でヒソヒソやっていた。
「天元様の初期化って、なに?」
「ーーフっ。知らね」
悟のいつも通りの返答に、近くの三人はそろって盛大に溜息をついた。
「なんだよ、その目は?」
「……悟。これは、少なくともお前は最低限知っていなきゃいけない内容だぞ。どうして知らない?」
「やった!許された」
「お前もだ、ユメ」
「ひぃん……」
しょんぼりする悟とユメ。
だが、二人が勉強をサボった結果なので、傑とホシノは特にフォローする気はない。
四人と一人の教師は校舎の廊下を進み、やがて人気のない化学準備室へたどり着く。
夜蛾は扉を閉め、静かな空間を作ると、そのまま教師らしく淡々と語り始めた。
「天元様は“不死”の術式を持っている。だが“不老”ではない。
老いることそのものに問題はないが……一定の年齢を超えると、術式が“肉体を作り替えようとする”」
「作り替え……?」
「進化だ。人間という枠を脱ぎ捨て、より高次の存在へ変質する、ということだ」
ユメが首を傾げるたび、夜蛾は教師らしく淡々と補足していく。
「じゃあいいじゃん。かっくい〜」
悟は何処か人ごとのように言葉を溢す。
別に人ごとな訳ではないし、それを理解していながら五条はこんな姿勢を取っているので、なおさらタチが悪いといえば、そうかもしれない。
「悟。事はそう単純じゃないんだ」
傑がため息混じりに言い、そのまま視線がホシノへ流れた。
ホシノはわずかに肩をすくめ、淡々と話を引き継ぐ。
「天元様曰く、“進化の先”には意思が存在しないそうです。
つまり……天元様が“天元様でなくなる”。人格の喪失ですね」
その声音は冷静で淡々としている。感情を乗せていないぶん、余計に重い。
普段の性格というよりは、五条に少しは事態の重さを認知しろという、言外のメッセージなのだが、当然のように五条は無視している。
「今の呪術界は、天元様の結界術の恩恵で成り立っています。
高専各校の防御結界、補助監督が扱う簡易結界、監視網……
あれらは全部、天元様の“術式強度の底上げ”があるから機能してる」
ホシノの説明にユメが「へぇ……」と素直に感心し、悟は相変わらず退屈そうに耳をほじっている。
ホシノに関しては此処まで説明した以上、引き返すわけにもいかないので、仕方なしに肩をすくめると更に会話を進めていく。
五条の方向は、もう見ないことにした。
「もし天元様が人でなくなれば、
結界が暴走し、呪術社会……それどころか、現代社会そのものが維持できなくなる可能性が高い。
最悪の場合……あの方が“人類の敵”になることもあり得る
だから──
天元様は五百年に一度、“星漿体”と融合して寿命をリセットする。
そうしなければ、世界の均衡が崩れる」
言ったあと、ホシノは少しだけ息を吐いた。
「……一年でも習いますけどね。こんなところで良いでしょうか」
「良いね、ホシノ。
100点だ」
夏油の声音は淡々としているのに、褒める時だけ響きが柔らかい。
その落ち着いた肯定を正面から浴びて、
ホシノはほんの僅か──眉尻が下がり、目が泳ぐ。
「……うへえ」
照れ隠しのような声が零れた。
「ホシノちゃん、すごいねぇ~!
私、半分くらい置いてかれちゃったよ!」
ユメが後ろから、相変わらず能天気な声で拍手を送ってくる。
「なあに、簡単よ」
そう言ったのは──よりにもよって五条だった。
ホシノは嫌な予感しかしない。
「メタルグレイモンになる分にはいいけど、スカルグレイモンになると困る。
だからコロモンからやり直すって寸法よ」
「な、なるほど……!」
「ええ……」
ユメは真顔で感心し、傑は表情の筋肉が死んだような顔で引き攣る。
五条の例えが“理解出来ているのか、いないのか分からないほど雑すぎる”のは、もう三人ともよく知っている。
「どう?ホシノちゃん!
私、多少は勉強できるようになったんじゃない?」
「ユメ先輩は、まず一年の授業を寝ずに受けるところから始めてください」
「ひぃん……!」
ユメは肩を縮め、すぐ傍で悟が「ぷっ」と噴き出す。
「……なあ傑。
あいつらって、こう……頭カタイっていうか……なんかムズいよな?」
「悟。君が何も覚えていないだけだ」
「チビもたいがいだしなあ……」
わざとらしく後ろから指をさしてくる五条に、ホシノは即座に返す。
「誰がチビですか。殺すぞ」
「聞こえてた!!?」
ホシノの声は妙に静かで、その静けさがむしろ殺意を増幅していた。
傑が苦笑し、夜蛾は「静かにしろ」と咳払いする。
だが──誰一人、本気で止める気はなさそうだ。
喧嘩のようで、漫才のようで、利害も価値観も全部バラバラ。
それでも妙に噛み合ってしまう、不思議な四人。
そんな空気を断ち切るように、夜蛾は「話を戻すぞ」と言わんばかりに、わざと今度はより大きく咳払いをひとつ響かせた。
「──問題はここからだ。
星漿体の少女の所在が漏れた。」
空気が、ほんの少し冷える。
「今、少女の命を狙っている勢力は大きく二つ」
夜蛾は指を二本立て、淡々と続ける。
「一つ。
天元様の“進化”による呪術界の転覆を狙う呪詛師グループ──
『Q』」
「変な名前」
ユメが率直に感想を述べる。
「もう一つ。
天元様を神格視し、星漿体との同化を異物化として忌避する宗教団体──
『盤星教・時の器の会』」
「宗教は面倒ですね……」
ホシノが眉を寄せる。
「神秘組は話を最後まで聞け。
同化は二日後の満月だ。
それまで星漿体を守り抜き、天元様のもとまで送り届けろ」
夜蛾の目が四人を射抜く。
「失敗すれば──
その影響は一般社会にまで及ぶ。
分かっているな?」
責任重大と言っても過言ではない特級案件。
だがこの任務が、のちに三人の運命を大きく歪める“分岐点”になるなど、
この時の彼らはまだ知りもしなかった。
*
「……行ったか」
四人が去った化学準備室に、静けさが戻る。
夜蛾はようやく肩を落とし、低く長いため息を吐いた。
五条一人でも十分に手がかかる。
そこへ夏油、ホシノ、ユメまで並べば、騒がしさも倍以上。
学校と呪術を同時に背負う身として、疲れが溜まらないわけがない。
だが──今、彼の顔に浮かんでいる疲れは、
その種のものではなかった。
もっと別の、静かな重さ。
Prrr……
突然、机の上に置かれた携帯が震えた。
付けられた発信先は、《シークレット》。
夜蛾は一瞬だけ目を細めると、ためらわず通話ボタンを押す。
「……私だ」
短く名乗った瞬間、受話器の向こうから女性の声が響く。ただし、女性のものとしては低い声だ。
『ごめんなさい。時間を取ってしまったかしら?』
「いや、構わない。
丁度、私からも言っておくべきことがあった」
夜蛾の返答に、電話の向こうの女は淡々と相槌を打つ。
『そう。では──早く言いなさい。
あなたが今回の任務について“何を思ったのか”、私は知っておきたいの』
女は、何処か急かすかのように。
女は、遠慮を排除するように。
言葉を発した。
夜蛾は短く息を吸い、ためらいなく切り込んだ。
「悟と傑、それからホシノ──この三名は“天元様からの指名”として通達を受けた。
だが、ユメについては何の説明もなかった。……これは、やはり上層部の――」
『ええ。
嫌がらせと言って差し支えないでしょうね』
あまりにも簡潔に。
あまりにも軽く。
その“軽さ”が、呪術界という腐った沼の底をそのまま晒していた。
夜蛾は眉をわずかにひそめる。
「そうか。相変わらず……君のような“ヘイロー持ち”への扱いは、厳しいままか」
『そうね。
自画自賛ではないけれど──本来の私は、こんな窓際の連絡係で終わる器じゃない。
でも、無理もないのよ』
女は淡々と続けた。
『“過去”を愛し、“伝統”という名の枷を抱きしめ、そしてそれによって守られる“己の身”を最も可愛がる。
そんな連中の集まりなのだもの、上層部は』
薄く笑った気配が、受話器越しに伝わる。
『明治から突然現れた“新たな系統”。
術式とも呪力とも異なる力──“神秘”。
彼らにとって、そんなものは異物以外の何物でもない。
嫌われて当然よ』
まるで、長い間付き合ってきた事実を再確認するように。
『呪術の歴史は、千年をかけて、
“自分たちの都合の良い『人間』だけを選別してきた文化”よ。
そこへ、突然、外の理から生まれた力が紛れ込む。
許すわけがないわ』
女の声は淡々としていながら、
その底には確かな冷笑と諦念が沈んでいた。
『……でもね。
今は、そんな小競り合いをしている場合ではないのは──
貴方だって理解しているはずでしょう?』
その声音が、ほんのわずかに鋭さを帯びる。
『ここ十五年ほどで、術師も呪霊も、明らかに“力”が上がっている。
長く九十九を抜きにして空席だった特級に、新たに二人も現れた。
これが異常事態でなくて、なんだと言うの?』
女は一拍置き、言葉を選ぶように続けた。
『そんな時に──
くだらない身内争いで人材を削るなんて、正気の沙汰じゃないわ。
“人々のため”なんて建前が、これっぽっちも感じられない。
非効率にも程がある』
夜蛾は眉を寄せ、静かに問い返す。
「そうか。それで……君は何を言いたい?」
電話の向こうで、ふっと笑みが漏れた気配がした。
『小鳥遊ホシノ──この一級術師の評価は、あなたも知っているでしょう?』
女の声は、どこか淡々とした調子のまま、核心だけを射抜いてくる。
『いずれ“特級”に届くとされている。
神秘の異能、その臨界点。
あの子は“暁のホルス”と呼ばれるに相応しい力を持っているわ』
夜蛾は黙って耳を傾ける。
『そして──それは梔子ユメも同じこと。
今の彼女は平凡よ。お世辞にも強いとは言えない。
でも、術式そのものは飛び抜けている。
いま足りないのは“経験”だけ』
女は断言した。迷いの欠片もなく。
『つまり、梔子ユメさえ鍛えられれば……
“もう一人の特級”が生まれる可能性は十分にあるの』
八蛾はここで、溜め息ひとつもつかずに言い返した。
「つまり君は──今回の嫌がらせを利用するつもりか」
『その通りよ。』
あっさりと言われ、夜蛾は額に手を当てる。
しかし、続く言葉を遮ることはできなかった。
『いずれ来る“進化した脅威”に対抗するために、呪術界の内側はもっとシンプルにしなければならない。
人間同士が足を引っ張り合い、見えない力に怯え、政治に縛られる──
そんな時代は終わらせるべきなの』
女の声に、静かで、しかし確かな“決意”が滲む。
『そのための第一段階として――
私は〈ヘイロー保持者〉から、特級術師を選出するわ』
その一言には、呪術界の構造を揺るがすほどの重さがあった。
『いずれ、呪力の体系は行き詰まる。
既に兆候は出始めている。
だから必要なのよ──“別系統の最強”が』
八蛾は小さく目を伏せた。
「……ユメとホシノを育てるつもりか」
『ええ。
呪術界の未来のために。
そして、貴方の教え子たちのためにもね』
女はここで、ほんのわずかに声の調子を落とす。
『上は、彼女たちを捨て駒にするつもりよ。
でも私は違う。
育てる。守る。
使い潰すくらいなら──力を与える』
夜蛾は、そこでようやく深い息を吐いた。
『だから、夜蛾先生。
どうか覚えていて。
“今回の任務”は、ただの護衛でも、ただの抹消でもない』
静かに断定する。
『これは──“新しい特級術師を作るための試金石”よ』
*
任務の説明が終わり、ユメと傑と別れ、ホシノと道中自販機で買った缶ジュースを飲みながら例の少女との合流場所に向かっていた。
悟は携帯の向こうの傑と会話を続けている。
「でもさー、呪詛師集団Qはわかるけど、盤星教の方はなんでガキンチョ殺したいわけ?」
『あ!それ私も気になってた!!』
携帯の向こうから喧しい声が響く。
どうやらユメはこちらの会話に混ざって来ているらしい。
『崇拝してるのは、純粋な天元様だ。星漿体……つまりは不純物が混ざるのは許せないのさ』
「迷惑な連中ですね」
いつの間にか近づいていたホシノが、顔の側でこちらの会話を聞いている。
『良いかい、悟。盤星教は呪力や呪霊に知識があるだけの一般人が集まったもの、特段警戒する必要は無い。意識を向けるべきはやはりQ方で…』
「まぁ大丈夫でしょ。俺たち最強だし。だから天元様も俺たちを指名したんだろ」
悟は、アッサリとそう結論づけた。
傲岸不遜、大胆不敵。五条悟と言う男を表すのなら、それこそが正しいだろう。
『…はぁ~~』
「あ?何?」
電話の向こうから響いて来た声に、悟は苛ついたように返事をする。
『悟、前々から思っていたが、一人称『俺』はやめた方がいい。
相手に圧迫感を与えかねないし、何より失礼だ。
出来れば、“私”、最低でも僕にした方がいい』
「あぁ?」
電話の向こうから飛んできたアドバイスという名の余計なお世話に、悟は苛ついた声を出す。
「くすくす。」
わざとらしく、笑い声を上げているホシノに、ゲンコツを叩き込みたくなる。
『ホシノちゃんも、もっと可愛い感じで変えてみたら?一人称を”おじさん”にしてみたり。特定のマニアに受けるかもよ?』
「ーーはあッ!!」
が、そんなことをするよりも早く、我らのマスコットがやってくれた。
ナイスだ。今は居ないが心の中でサムズアップを送る。
「どこに需要あるんですか。それで喜ぶ人がいたら人間として駄目駄目ですよ。死刑にすべきです!」
『……そこまで言う?』
ホシノの過激な発言に、発案者の癖にドン引きするユメ。
悟はもう、湧き上がる笑いを堪えきれない。
「ぷー!くすくす」
「このッ!!」
ホシノにやり返したところ、取っ組み合いの喧嘩が始まったので、応じてやる。
やり出したのはそちらだと言うのに、ガキみたいなことだ。
『ま、まあ〜…仲良くやってね?あ、こっちは着いたからまた後でね…って、あれ?』
指定された部屋の前に到着し、インターホンを鳴らして通話を切ろうとするユメ。
が、その時扉の向こうでアラーム音が鳴り────
─────爆発が部屋と扉を吹き飛ばした。
吹き飛んだ上層階を見上げながら、五条とホシノは違いに表情を見合わせる。
「……これって、星漿体死んだら私たちのせいになります?」
「ワンチャン?……いや、ほぼ間違いなく?」
「どっちですか」
「まあ、傑とユメは生きてるっぽいし、気にしなくてよくね?」
五条の返答はいつも通りふざけているが、その目は上空の爆心地の奥を鋭く見据えていた。
そして──
視界の上方に、人影が落ちてくるのが見えた。
セーラー服。中学生ほどの年齢。
爆発の熱も煙も纏わず、まるで“何か”に運ばれたかのように、綺麗な落下軌道で降りてくる。
「「──あ。」」
やべえ。やべえと二人が慌てて行動を起こそうとしたその瞬間。
爆発で立ち上った灰色の煙を引き裂いて、マンタのような姿の呪霊に乗った傑、それとユメが星漿体の少女を見事にキャッチした。
「いやぁ、セーフセーフ」
「それで良いんですか?貴方は……」
呆れた表情で呆れるホシノと、呑気な声をあげる五条。
そんな二人の会話を遮るように。
ヒュンッと──。
風を裂く鋭音とともに、無数のナイフが飛来した。
そのいくつかは五条の目の前で、
まるで空中に糸で吊られたようにピタリと静止する。
だが、軌道を逸れた一本だけが横からホシノへ向かった。
彼女は一歩も動かず、指先で弾丸を弾く。
逸れたナイフは空中でピタリと硬直し、そのまま糸の切れたように落下した。
パチ、パチ、とわざとらしい拍手が響く。
「素晴らしいね」
ホシノと悟の視線の先には軍服の長髪の男が拍手している姿が映っている。ナイフを放ったのはこの男で間違いない。
「……Qですか」
ホシノは心底うんざりした顔で名前を口にした。
男はその反応を楽しむように、マスク越しにも分かるほど頬を緩ませる。
「おお、やっぱ本物だ。五条悟と小鳥遊ホシノ。
有名人だよ?強いんだってねぇ。噂が本当か、確かめたくてさ」
舐め腐った声。
ホシノの眉がわずかに跳ね、ヘイローが浮かび上がる。
「……どした?」
悟はほんの僅かに眉を上げ、ホシノに問う。
ホシノは静かに息をつき、口元は緩めた。だが、目線は冷たく鋭いまま相手を睨みつけていた。
「分かるでしょう?私たち、舐められてるんですよ。五条先輩。
術式使って“ちゃんと”教えてあげるだけです」
ホシノは淡々とショットガンを抜いた。
その瞬間、彼女のヘイローがわずかに強く発光する。
「ほら、早く来てください。
……命だけは、一応、助けてあげますから」
「クソガキが!」
男が苛立ち、二発目のナイフを投げかけた──その瞬間。
ホシノの引き金が先に落ちた。
轟音。
しかし弾丸は男に命中せず、ほんの数センチ横に着弾する。
「舐めたことを……!」
男は怒鳴りかけたまま、そこでピタリと停止した。
……ただ、声だけが漏れた。
「……は? へ……?」
状況が理解できず、男の声が裏返る。
ホシノは無言で距離を詰め、男の目前に姿を晒した。
静かな間合いが生まれる。
「術式の開示、してあげますね」
彼女は平然と続ける。
「私の術式──《Eye of Horus》。
効果は単純。範囲ダメージ。そして
今回は“縛り”であなたに直撃させてません。
それでもスタンは1.4秒。短いでしょう? でも──」
ホシノはそのまま男の肩を掴み、銃口を眉間に押し当てた。
「捕まえるには、十分です」
その言葉を聞いて、男の表情から血の気がサアッと消えた。
「ま、待っ……いや、ちょっと……!」
「では、泣かないように頑張ってください。こちらも“殺さないように”頑張りますので」
ホシノの声音は冷たく淡々としている。
対照的に、男の顔だけが恐怖でみるみる歪んでいった。
*
五条達が戦闘を行ったビルから数百メートル離れた高層ビルの一室。
広々としたオフィスのようなその部屋の、空がよく見える巨大な天窓から、爆発したホテルを眺める二人の男がいた。
そのうちの一人が天窓越しに煙の立つ空を見やり、ぽつりと呟く。
「始まったな」
その男はアジア系の顔立ちだが、日本人とはどこか骨格が違う。
どちらかと言えば、朝鮮系──そう判断できる外見だった。
「盤星教には呪術師と戦う力がねぇ。でも金払いはいいぞ。それは保証する」
その男は巨大な暗器のように──無駄な肉を削ぎ落とした殺しの筋肉だけで構成された男を前にしながら、少しも怯んだ素振りを見せなかった。
「どうだ禪院、星漿体暗殺、一枚噛まないか?」
「もう禪院じゃねぇ。婿に入ったんでな。今は伏黒だ」
伏黒と名乗る男性は紹介された仕事にニヤリと笑う。
皮肉げに口元を歪め、爆炎を上げるホテルをただ眺めていた。
「いいぜ。その話受けてやる」
その言葉に、ニヤリと笑みを浮かべた時雨。
だが、その次の瞬間に伏黒は背後を見ると怪訝げに呟く。
「んで、アイツは誰だ?」
「俺にこの仕事を持って来た本当のブローカー様だよ。
お前に依頼があるんだとよ」
伏黒の指差した先には、この部屋に妙に馴染むシンプルな机があった。
その机の向こう、逆光の中で顔の見えない一人の男が手を組んで座っている。
「ククク。お初にお目にかかります。
私のことは、そうですね。“黒服”とでもお呼びください」
ブローカーと名乗ってはいるが、その男の声は商人の軽さとは無縁で、妙に落ち着き払った幽霊のようなものだった。
「私からも依頼があるのですよ。伏黒甚爾殿。」
男は伏黒甚爾の名を呼ぶとその視線を彼に向ける。
甚爾は、その視線に動ずるような真似はせず、飄々とした声で返す。
「金次第だな」
「金に糸目はつけませんよ。
依頼としてはシンプル。呪術界最大の神秘、小鳥遊ホシノの身柄を“サンプル”として回収していただきます」
一応、設定の解説。
神秘持ち(ブルアカキャラ)は、明治から急に呪術の世界に入り込んだ連中なので、御三家からは烈火の如く嫌われ、上手く活動が出来ない、頻繁に嫌がらせに合うなど、色々と不遇な状態です。
ホシノが原作よりも棘が多いのは、そんな状況に置かれて、ストレスがやばいからです。
ホシノのプロフィールは次回載せます。